26 〈世界樹の雫〉へ
世界樹のダンジョンに、私たちは足を踏み入れた。
サンゴの神楽を見ていた島のケットシーたちは驚き、いきなり入るのはさすがに危険では――と止めてきたけれど、天使の「行きますよ」という声には誰も何も言えるはずがなく。
ダンジョンに入るメンバーは、私たちのパーティ……私、天使、タルト、ケント、ココア、ルルイエ。タルトが連れているサラマンダー、ウンディーネ、ノーム、シルフ。そして世界樹を見るのだと告げたサンゴ。
「もちろん攻略はしたいけど、とりあえずは視察かな」
私はそう言いながら、全員に支援を回していく。
攻略できることにこしたことはないけれど、未知なる上に、この世界で間違いなくトップクラスのダンジョンだろう。下手をすれば、全員生きて帰れないなんてことがあっても不思議ではない。
「……世界樹の中は、静かなんですね」
サンゴが周囲を見回して、そう呟いた。
今、私たちがいるのはダンジョンの扉をくぐったすぐの場所だ。円形の空間になっていて、世界樹の幹がそのまま壁になっている。天井に値する部分には世界樹の花が光っていて、灯りの代わりになっているようだ。
「綺麗で、神秘的だね。かしゃ」
「なんだシャロン、そのかしゃって」
「ふっふ~、これはサンゴさんのクエスト……扇取得を達成した報酬だよ。私の見た光景を写真……えっと、〈冒険の腕輪〉に記録しておくことができるの」
厳密に仕組みがあっているかは定かではないが、おそらくそんなものだろう。
私は腕輪を使って、「ほら」と撮ったばかりの写真を映し出した。これはゲーム時代と同じで、腕輪の上に小さなアルバムを表示させて他者と一緒に写真を見ることができるのだ。
「え、すげえ! 俺の腕輪でもできねえかな……」
「私はクエストで解除されたからね。もしかしたらケントもそういうクエストが発生するかもしれないけど、現状だと私にはなんとも言えないかなぁ」
これはまさしく本当にそうで、かなり予想が難しい。
……私が転生者でカメラの知識があるから実装できた、っていうことも考えられる。
確実性は何もないので、いつかケントもできたらいいねと……心の中で呟くしかできなかった。
「んじゃ、行くか!」
「うん」
「はいですにゃ!」
「初めてのダンジョンだから、気を付けてねケント!」
「ん」
慎重にケントが進んでいくのを見守る。しかし私たちの警戒とは裏腹に、最初に足を踏み入れた場所はなんのモンスターもいない場所だった。
根のダンジョンで見た卵があったのだけれど、違うのは、ヒビの入っていない綺麗な状態だということ。
しかもその卵は地面に無造作に置いてあるわけではなくて、世界樹の幹から生っていた。さきほど世界樹に花が咲いたが、この卵はまるで実のようだ。
「なんだろう……神秘的なのに、ちょっと怖いね」
「はいですにゃ……」
ココアの言葉に、タルトが頷いている。
おそらく感じているこれは、畏怖のようなものだろうなと私は予想をつけた。ぞくぞくするような、そんな恐さ。
……初めて見る卵だ。
このゲームにも卵、もしくは途中で孵化するモンスターはいたけれど、今実っている卵は初見だ。真っ白でつるりとしていて、美しいと表現するのが似合うだろう。
「迂闊に触って、孵化させちゃうかも……っていうのは避けた方がいいね」
「あー、確かにそうだな。こっちの卵はヒビも入ってないし、ダンジョン内部のものに不用意に触るのは避けよう」
もしこの卵がモンスターであれば、孵化した途端に私たちを襲ってくるのは目に見えている。それは避けたい。
そして周囲を観察するように目を凝らせば、世界樹の幹の内側は螺旋階段が作られていた。とはいえ、幹の内側ということもあって綺麗な人工物ではない。太く安定した木の枝が出ていて、少し平らで階段のように見えるだけで、一定間隔ではなく不規則の感覚で階段という形になって現れているようだ。
旋階段を上りきると、そこは広間になっていた。
壁が世界樹の幹ではなくなっていて、大理石の白い地面と、つるりとした美しい白の壁。相変わらず卵は置かれたままで、どこか異質な様子を感じる。
「ここも、モンスターはいないみたいだな」
ケントがそう言いながら周囲を見回し、奥へ続く道を指差した。
「あの先から攻略が本格的に開始する……って感じか?」
「気を引き締めていかないといけませんにゃ!」
「もう一回支援をかけ直しておくね」
私はみんなに支援をかけながら、サンゴに話しかける。
「サンゴさん。レベルが上がっているかもしれないですけど、戦闘経験はないに等しいわけですから……絶対に前に出ないようにお願いします。私たちもここは初めてなので、予測できることは少ないんです。絶対に守ってあげられる確約もできませんから」
「もちろんです」
サンゴは真剣な顔で頷いて、絶対に前へ出ないことを約束してくれた。
念のため隊列も改めて確認しておく。
ケントが先頭を進んで、その次にルルイエ、ココア、私、天使、サンゴと続いて殿をタルトが務める。タルトとは精霊の眷属四人も一緒だ。
しかし、私たちが先へ進もうとするより前に、ピシッとガラスの割れるような音が周囲に響いた。
「「「……っ!?」」」
一体なんの音だろうかと視線を巡らせると、卵にヒビが入っているのが見えた。
「卵にヒビが入ってる! モンスターが生まれるのかもしれない!!」
私が叫ぶと、進もうとしていたケントが転がるように走ってきて私たちの前に立つ。剣を構え、卵を睨んでこれから起こることに備えている。
「……おいおい、マジかよ。ヒビの入ってる卵、一つや二つじゃねえぞ!」
この広い部屋にあった卵は軽く数十個。その全てに少しずつひびが入り、空間に不協和音を響かせていた。
私の横に立っていた天使が「もう生まれるのですね」と小さな声で呟いた。きっと、隣にいた私にしか聞こえなかっただろう。それくらい小さな声だった。
天使の顔は少し苦痛に歪んでいるようで、これから何が起こるか知っているのかもしれないと思ったけれど、今はそれを聞く余裕もない。油断をしたら瞬間、生まれたモンスターにやられてしまうかもしれないからだ。
……入る前に、天使ちゃんにこのダンジョンを知ってるか聞いておけばよかった。
ここ〈世界樹の雫〉のことは誰も知らないと思い込んでしまっていたのが、今回の敗因かもしれない。
私がため息をつきたいのをぐっと我慢して卵を見つづけていると、割れた殻を押しのけるようにして少女が中から姿を表した。その背中には純白の翼が生え、頭には天使と同じ輪っかがついている。
いったい息を吞んだのは誰だったか。いや、私を含めた全員かもしれない。それくらい衝撃的な光景で、歪な美しさがあった。
卵が割れて生まれてきたのは――そう、天使だった。
生まれてきた天使モンスターは、各々その手に武器を持っていた。レイピア、槍、弓、長杖だ。それらを一斉に構えてきて、こちらに視線を向けている。
「……っ、〈挑発〉!!」
まるで反射的にと言うように、ケントが叫ぶ。すると、今まで表情のなかった天使たちの瞳がぐるんと動き、一斉にケントを見据えた。
「……ひっ」
ケントが思わず声をもらしてしまったのも、仕方がないだろう。私だって、大量の天使の生気のない目を向けられたらゾッとする。現に、今だってかなり鳥肌が立っている。
「先に仕掛けなきゃ! 〈絶対零度の冷ややかな笑みを浮かべる氷の女王は、その力で氷の世界を魅せていく♪〉」
私はココアの歌が終わるより前に〈必殺の光〉をかけて攻撃力を三倍にする。歌が終わると大量の氷柱が地面から生えて、天使たちを攻撃していく。
「効いてる! けど、数が多いな!!」
ケントが〈挑発〉を何度もするが、強すぎるためか……〈挑発〉が効かず私たちの方へ向かってくる個体がいくつかいる。
「こっちに来たら駄目ですにゃ! 〈ポーション投げ〉にゃっ!!」
タルトがスキルを使うけれど、一撃では天使を倒せない。そんな天使に対してトドメを刺したのもまた、天使だった。
「ならば、私の槍に沈みなさい」
天使の重い一撃を食らうと、モンスターの天使の翼と輪っかが消える。しかし、モンスター自身は光の粒子になってはいない。
……もしかして、これでも倒せないの!?
「天使ちゃん、どういうこと!? 不死身なの!?」
思わずといったかたちで、天使に向かって叫んだ。この現象に理由があるとしたら、知っている可能性が高いのは天使だからだ。
案の定というべきか、天使は知っていたらしく嫌そうにしながらも口を開いた。
「あの卵から生まれたのは、〈疑似天使〉ですよ。いわば、天使と認められる前の天使。そして倒されたら、天使になる資格ナシとみなされ〈天使の遣い〉となります」
つまり一度倒すと〈疑似天使〉の小間使いのような存在、〈天使の遣い〉になるらしいことを教えてもらった。
……つまり私たちが天使になる将来を奪ってしまったということか。
申し訳ない気持ちはあるが、弱肉強食だ……許せよと心の中で思うにとどめる。そもそも、襲い来る〈疑似天使〉を倒さなければ先に進むこともできないのだから。
「〈挑発〉!! 天使って、そんななのかよ! とりあえず、二回倒せばいいんだよな!」
「やってやりますにゃ! 〈ポーション投げ〉にゃ!」
「〈飾り切り〉〈みじん切り〉!!」
タルトとルルイエが攻撃し、〈疑似天使〉一体を遣いにして倒す。
「わ、私も戦います!」
「サンゴさん! 支援します、〈必殺の光〉」
奥義を顕現させたサンゴが、天使に向けて攻撃の構えを取る。
「……っ、〈崩壊〉!!」
サンゴがスキルを使った瞬間、ドンッと大きな音が響いて足元の大理石がヒビ割れ崩れ始めた。そこに足を取られ、挟まれ、〈疑似天使〉はダメージを受けていき大漁の遣いが誕生する。
「すっげえ、強すぎる!」
「全体攻撃愛してる……」
さすがはユニーク職業だけあって、サンゴのスキルは強力だ。しかもこのスキル、先ほど聞いていたけれど……スキルレベルはマックスではない。発展途上中でこの力なのだから、恐れ入る。
……スキルの完成が今から楽しみだね。
次に精霊の眷属たちが一気に攻撃し、〈疑似天使〉も〈天使の遣い〉も一層した。光の粒子になって消えた場所には、〈天使の心得〉〈闇落ちの宝石〉〈遣いの短杖〉が落ちていた。
装備のドロップアイテムだけれど、手にした感じあまりいいものではなさそうだ。ただ、流通している杖と比べればいいものではあるので、欲しがる人は多いだろう。
「あ~~、心臓に悪かったな。俺、ちょっとやばかったかも」
ケントがドロップアイテムを拾いながら、正直な感想を口にした。
「驚きましたにゃ」
「私もです……。まさか、世界樹の内部がこんなダンジョンになってるなんて思いもしませんでしたから」
タルトとサンゴの二人が同時に猫耳をへにゃりとさせている。
「あー……そうですよね。〈世界樹の巫女〉からすれば、世界樹のダンジョンに厄介なモンスターがいるなんて思いたくないですもんね」
しかも天使ときた。
ゲームでは割と鉄板な設定なので私はまったく気にしなかったけれど、生まれたときから世界樹を大切に慈しんでいたサンゴとしては、実は中はモンスターうようよでした! というのは、なかなかに受け入れがたいのかもしれない。
「とりあえず倒せなくないってことがわかったのは、収穫か?」
ケントがそう言うと、「確かに」と全員が頷く。
「あの数の〈疑似天使〉を倒せるってことは、そこまで強い敵がいるわけじゃないかもしれないね。いや、めっちゃ強い……それこそ神とか出てくる可能性もあるけどさ」
「ココア、それはフラグって言うんだよ……」
「え、あ……ごめん?」
何気ないココアの言葉にそう言いつつも、私は仕方ないと苦笑する。ダンジョンの下層で天使が出てきたら、それこそ上位は神か悪魔か……と想像してしまうだろうから。
「まあ、気合を入れて先に進もう」
「そうですにゃ! わたし、このダンジョンを出たら〈創造者〉に転職するんですにゃ~! レベル1になっちゃうので、今はダンジョン攻略を優先させたんですにゃ!」
「そっかタルトは偉いねぇ」
それもフラグ~~! とは叫ばずに、私は可愛い弟子を褒めた。
そして進むうちに出てきたモンスターは、〈天使の卵〉から生まれる〈疑似天使〉をはじめ〈天使の遣い〉、〈夢プルル〉〈トレントマスター〉〈樹の守護者〉だ。
この中で一番の曲者だったのは〈夢プルル〉で、幻覚を見せる攻撃をしてくる厄介な相手だった。もちろん私が状態異常を解除して事なきを得たが、ケントがこちらに襲い掛かってきたときは冷や汗をかいた。
***
「ここってダンジョンの最奥か? ……いや、あっちに扉があるな」
「さらに先があるってことですにゃ?」
ケントとタルトが見ているのは、重厚な黒い扉だ。このキラキラ光る、白に近い空間のダンジョンには似つかないものだなとは思う。
「やばいくらいの強敵がいるとか、ありそうじゃない?」
「……でも、なんの気配もしない」
「え? ルルが感じないのなら、そうなのかも……?」
私の予想に反したルルの答えに、つい首を傾げる。この中ならば、きっと闇の女神であるルルイエが一番気配に敏感だろうし、何かを感じ取ることもできるだろう。そんなルルイエが、なんの気配もしないと言っているのだ。
こちらと向こうを断絶できるほど、強固な扉なのか、本当に何もないのか。
前者であればかなりやばいが、後者であれば宝箱などがあるかもしれない。なんといっても、ここは未攻略ダンジョン。お宝が眠っててしかるべきだ。
「よーし、ルルの言葉を信じて先に進もう! きっと宝箱があるはず!」
私がそう告げると、全員の顔がぱっと明るくなる。
「確かに宝箱がありそうだな」
ケントがワクワクしながら扉の方へ行って、私に「念のため支援くれ!」と声をあげた。
「もちろん! 〈聖女の加護〉〈火の加護〉〈土の加護〉〈水の加護〉〈風の加護〉〈月の光〉〈星の光〉〈守護の光〉〈必殺の光〉っと!」
「サンキュ!」
ケントが扉の方へ行く間に、私は他のメンバーにも支援をかけていく。何属性の敵が出てくるかわからないので、耐性支援もフルサービスだ。
「……ん? シャロン、この扉うんともすんとも言わないぞ」
「思いっきり押しても引いても開かないですにゃ~……」
「え、本当?」
ケントとタルトがしょんぼりした顔でこちらを見ている。
「先へ進むために、何か必要なパターンなのかな?」
それこそ、サンゴの神楽舞だったり、ドロップアイテムだったり、見かけなかったけれど中ボスの撃破だったり。
……条件を検証しなきゃいけないのは、骨が折れそうだね。
ゲーム時代であればうん万人のプレイヤーがいて検証をしたが、ここにいるのは私たち一パーティのみなのだから。
「推しても引いても駄目だと、いっそ引き戸とか?」
流行りのスライドドアかもしれない。スライドするには高さ三メートルほどあってでかすぎる扉だけれど。
私がそんなことを言いながら黒の扉に触れた瞬間――プツリと意識がブラックアウトした。




