23 〈花降る鈴扇〉
「…………」
〈スキルリセットポーション〉を飲み干した後、サンゴはしばらくうずくまっていた。
よっぽど不味かったのだろうけれど、これは誰しもが通らなければならない道なので慣れてもらうしかない。特に〈世界樹の巫女〉なんていうユニーク職業は、スキルをリセットして再取得する事が必要になることも多いだろう。
私もすべてのスキルを確認するため、実は何度かスキルをリセットポーションを飲んでいる。少しあの不味さが癖になってきた――わけがない。
「サンゴさん、大丈夫ですにゃ? 何か甘いものでも飲みますにゃ? いろんなジュースがあるんですにゃ」
タルトが街で買い溜めしていたであろうジュースを取り出して、サンゴに差し出している。果物系のジュースはどれも美味しそうだ。
しかし、サンゴはゆっくり首を振って「大丈夫です」と強気に笑ってみせた。これくらいはなんでもないというような、強い意志を感じる目だ。
「取得したスキルは、〈鈴花の舞〉〈鈴音色の結界〉〈鈴の鋏〉〈世界樹の心根〉〈自己治癒力増加〉〈マナ総量増加〉〈花の寵愛〉です」
「ありがとう。新しいスキルは試してみて、使い勝手を見ながら扇を召喚できるようなものがあるか確認していこうか」
そう言いつつも、扇を召喚できそうなスキルはなかったなと私はそっと遠い目をする。おそらく再チャレンジになるだろう。何に再チャレンジとは言わないけれど。
気になるスキルといえば、〈鈴の鋏〉だろうか。〈自己治癒力増加〉と〈マナ総量増加〉は名前の通りのパッシブスキルなので、検証する必要すらないだろう。
一応サンゴに確認してみると、それはやはり私の想像通りだったようで、増加系はパッシブスキルだ。
「では、スキルを使ってみます。〈鈴の鋏〉!」
サンゴスキルを使うと、その手に大きな鋏が現れた。鈴をモチーフにデザインされている鋏は、持ち手のところに鈴がついていて、動かすたびにシャンシャンと音が鳴る。サンゴは突然現れた鋏に驚きつつも、感触を確かめつつ説明していく。
「この鋏を使って、世界樹の手入れをすることができるようです。そうすることによって、世界樹はより美しく成長できるようですね。葉や花を間引いたり、予期せぬ方向に育ってしまった枝を切り落としたりするのも巫女の務めのようです」
「まさに巫女のためのスキルっていう感じですね」
「はい。巫女としてレベルアップし、たくさんスキルを覚えて、私は世界樹の役に立ちたいと思います。シャロンさん、皆さん、私のレベルを上げてくださって本当にありがとうございます」
私の言葉に頷いたサンゴは、胸の前で手を組んだ。
「今まで自分でレベルを上げてこなかったことは、悔やんでも悔やみきれません。……お婆様もレベルは低いと伺っていますから。歴代の巫女は……いえ、扇を持たない巫女はきっと、レベルが低かったのでしょうね」
サンゴの言葉を聞いて、私はその通りだろうなと思う。もしレベルを上げていれば、きっとなんらかの事象が発生して扇を手に入れられたはずだ。
ゆっくり深呼吸を繰り返したサンゴは再び〈スキルリセットポーション〉を手にして、「いきます」と飲み干した。
――〈スキルリセットポーション〉を飲み干すこと、七回。
サンゴはハッと息を呑んだ。
「初めて取得したスキルがあります! スキル名を考えると、もしかするかもしれません……!!」
「ついに当たりですか!?」
「スキル名は……〈顕現〉です」
私もサンゴも、ほかのみんなも〈顕現〉というスキル名にぱっと顔を輝かせる。確かにこのスキル名なら、期待せずにはいられない。
早く、早くスキルの効果が知りたいよ……!!
「早速使ってみましょう! でも一応対モンスターかもしれないから、ケント!」
「おう」
私が指示を出すと、ケントはすぐに「わかってる」とモンスターを釣りに行ってくれた。
そして五分ほどで戻ってきたケントは、その後ろにトレントを連れている。けんとをペチペチ叩くように攻撃しているけれど、スキルの試し打ちなどで散々相手にしたため慣れっこになっている。
「頑張ってくださいですにゃ!」
「さっさとその〈顕現〉とやらを使ってみて、扇を手に入れようぜ!」
タルトとケントの言葉に、サンゴは胸の前でぎゅっと手を握りしめた。ゆっくり何度か深呼吸をして、静かに口を開く。
私の心臓も、めちゃくちゃドキドキしてる。
「――〈顕現〉」
すると、今まで静かにしていたピピが『にゃーん』と鳴いた。
突然のことに、全員の視線がピピに向かう。私たちはどうしたのだろうと戸惑うが、ピピは私たちの視線なんて全く気にしていないようで、軽やかに祭壇の上へ飛び乗った。
「ピピ!? どうしたの!?」
サンゴが慌ててピピを追いかけて、祭壇の目の前に行く。私たちもそれを追い、ケントは釣ってきたトレントをひとまず倒した。
『にゃーう』
低いピピの声とともに、どこからともなくシャン! と鈴の音が聞こえてきた。しかし周囲には何もなくて、どこから音がしているのかがわからない。
……世界樹から、ではなさそう。
目を閉じて耳を澄まして、音の発生地をさぐる。しかしそこは祭壇で――いや、祭壇の上にいるピピからシャンッと音がして――次の瞬間、その姿を扇へと変えた。
「え――!?」
『にゃっ!?』
全員の声が重なって、思わず開いた口を手で押さえる。だってまさか、ピピが扇になるなんて思ってもみなかった。
「どうして、ピピが扇の姿に……?」
サンゴは震える手を伸ばして、扇となったピピを手にする。それは花と鈴の装飾がついている、一メートルほどある大きな扇だった。
〈花降る鈴扇〉
世界樹に捧げる神楽を舞う際に用いる扇。
力強い鈴の音は邪気を祓い、新たなダンジョンの入り口をも顕現させることもできるだろう。
《ピロン♪ カメラ機能が実装されました》
「あ……?」
そうか、扇を手に入れるクエストの報酬はカメラ機能の実装だった。だけど今は――頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
私はゆっくり息を吐いてから、じいやを見た。今、何かを知っているとすればじいやだからだ。さすがに、詳細までは無理かもしれないが何かしらの情報はくれるだろう。
『やっとお役目を果たすことができたのう』
「どういうことですか!!」
じいやの顔は穏やかだったが、それに反論したサンゴだの表情は険しかった。当然だろう。彼女の相方のピピが扇になってしまったのだから。
詰め寄ってくるサンゴに、じいやは『待て待て待て』と慌てながら後ずさる。横にいたウンディーネも、『まずは話を聞くことの方が大切なのだわ』とじいやの味方をしている。サンゴは焦っているけれど、ウンディーネもじいやを信頼しているので、きっと悪いようにはならないと思っているのだろう。
そんな二人を仲裁するかのように、サンゴが手に持つ扇がシャンと鈴の音を響かせた。
サンゴは扇を動かしていないので、きっとピピが自らの意思で鈴を鳴らしたということがわかる。
「ピピ! あなた、ピピとしての意識がちゃんとあるの!?」
サンゴが問いかけると、もう一度シャンと鈴の音が鳴った。そして扇からあっさりピピ本来の猫の姿へと戻る。サンゴはピピをぎゅっと抱きしめて、安堵の息をはいた。
「ああ、よかった! ちゃんと元の姿に戻れたのね、ピピ」
『まったく、せっかちじゃのう』
やれやれ感を出しているじいやだが、ひとまず状況を整理せねばならない。
「じいやさん、どういうことか説明してくれるんですよね?」
『まあ、それぐらいならよかろうて。〈花降る鈴扇〉は、〈世界樹の巫女〉の相方の猫が姿を変えたものなんじゃ』
相方のピピが扇になるということは、今回たまたまピピだったなどというわけではなく、そういう事象だったようだ。
『その猫はいわば世界樹の遣い、とでも言うべきか。世界樹を大切にした者のところにのみ、その姿を表すと言われている』
そう言い、じいやは視線をピピからサンゴへと移す。
『じゃから、もしお前さんが〈顕現〉のスキルを得ても、ピピに認めていられなかったら、扇を手にすることは無理だったんじゃよ』
「……そうだったのですか」
サンゴはピピを見て、「私を見つけてくれたのですか?」と話しかけている。ピピはサンゴの言葉を理解しているようで、『にゃあ』と返事をした。
『前に言っていたな、サンゴとピピは子供の頃から一緒にいたと。そしてピピがどこから来たかもよくわからないと。それはそうじゃ。なんせピピは、世界樹の化身なのだからの』
「えっ!?」
『にゃにゃっ!?』
「ピピが!?」
私やタルトも思わず声をあげてしまった。
可愛い猫ちゃんだと思っていたけれど、ピピはとんでもなくすごい猫だったようだ。
『ピピはサンゴを選んで、その姿を見せたんじゃ。さあ、外へ出て世界樹の前で跪き、ピピを扇に変えて舞うのじゃ。さすればきっと、世界樹はさらなる発展をするじゃろう』




