19 ダンジョンの最奥にて
私があまりにもいい笑顔をしていたからか、ケントが「シャロン〜?」と嗜めるように呼んできた。
「いくらなんでも、ここでレベリングなんて無謀すぎんだろ!」
「いくら私でも今すぐしよう! なんて提案はしないよ!?」
ケントはいったい私のことをなんだと思っているのか。さすがに現実世界となった今、無茶だということはよくわかる。そりゃあ、ゲーム時代であれば適当に装備を用意して適当にスキル攻撃してもらって多少のレベル上げくらいはしただろうけれど。
「とりあえずこの島でレベル上げは無謀だから、いったん移動するべきかな」
このダンジョンでレベル上げも、島の〈プルル〉でレベル上げも、どちらも無謀だ。かといって、水中にいる海のモンスターを相手にするのもやりづらい。
「ちょっと今すぐは無理ですけど、ここのダンジョン関連が落ち着いたらレベル上げしましょう」
「ありがとうございます。その、私もすぐに……なんて考えてはいませんから」
サンゴが驚いたように手をぱたぱたした。ここでモンスターに攻撃しろと言われたらどうしようかと思ったと、顔に書いてある。
なんだかみんなして私のことを規格外だとでも思っているのではないだろうか。至って一般的な攻略プレイヤーの一人だったのに。
そんなことを考えていると、前方から新たなモンスターがやってきた。
可愛らしい女の子の見た目なのに、毒々しい紫のねっとりした翼が生えている天使だ。さらに、白い肌の顔や手など、至るところに紫色の筋が見える。
ちらりとじいやに視線を向けて、名前を要求する。
『あれは〈毒の天使〉じゃ』
――天使。羽が生えている時点でそうかなと当たりはつけていたけれど、本当に天使の名前を冠しているとは、と私は息を飲む。
名前に天使とついているくらいだから、きっと強いのだろう。
そして名前に毒がついていることから、毒の状態異常を仕掛けてくるというのは目に見えている。
〈治癒〉があれば毒の浄化も可能だ。普段より注意深く様子を見て、毒の状態を警戒しておけばいい。
ケントは体力があるから、おそらく毒状態になってもすぐにやられることはない。逆に、後衛のココアやタルトの方が毒のダメージは強く現れるだろう。
状態異常の種類で、〈治癒〉をかける順番を変えていく必要がありそうだ。
「〈挑発〉!!」
ケントのスキルに天使が反応して、『キアアアァァ』と叫びながら襲いかかってくる。
天使が歩いた跡には毒液が落ち、世界樹の根がじゅわっと溶けた。体に触れただけで、かなりダメージを受けそうだね。
ケントもそれはすぐに理解したようで、地面を見て目を見開いていた。
「あの液体、食らったらダメージを受けて毒状態にもなるってことか!? なかなか無茶言ってくれる敵じゃねえか……!!」
そんなに器用に動けないぞ! と、ケントが叫んでいる。
私はすぐさまケントに〈星の光〉と〈守護の光〉をかけ直す。星の光は五秒ごとに体力を回復するので、仮に毒状態になったとしてもある程度は持ちこたえることができるだろう。
とりあえず、状態異常をかけてくる敵は速攻で倒すのが定石だ。
長引けば長引くほど厄介なことになる。ゲームなら状態異常になったな~程度で、多少の不安感みたいなものがリアズリンクからもたらされるくらいだけれど、現実世界の今はゲームの時より体にダイレクトな不調がくるだろう。
「タルト、ココア、ルル!」
「任せて! 〈空から降る悲しみの雨すら、冬の祝福を得れば刃になり私の味方となる♪〉」
「任せてくださいにゃ! 〈ポーション投げ〉にゃ!」
「ん。〈飾り切り〉」
私が名前を呼ぶと、三人が一斉に攻撃を仕掛けた。
強力な一撃を一度に食らった天使は、思った以上にダメージがあったのか……あっさり光の粒子となって消えた。
「お……? なんだ、思ったよりあっけなかったな」
ケントがほっと胸を撫で下ろしたが、すぐにわらわらと複数の天使がこちらへ向かってきていた。
「ケント、おかわりきたよ!」
「うぇっ!? まじか、結構数が多いな! 絶対そっちに行かせないから、殲滅を任せたぞ! 〈挑発〉からの〈竜の逆鱗〉!!」
ケントが天使たちのターゲットを取って、周囲を炎で焼き尽くす範囲攻撃を食らわせる。そこにココア、ルルイエ、タルトも範囲攻撃を加えて天使たちを殲滅するが――残念なことに二体の天使が倒しきれず残ってしまった。
天使は大きく翼を広げて風を起こし、毒の液体を周囲に撒き散らす。それを一身に食らってしまったのは、前衛のケントだ。
「――ケント!!」
ココアの悲痛な叫びは、ケントの状態を見てのものだった。
毒を浴びたケントの肌が紫色へと変色していく。その姿は痛々しいような、禍々しいような、そんな雰囲気を出している。けれど、プレイヤーの私からしたら「あ、毒状態ですね」という感想が一番に浮かんでしまった。
……いやごめんね、毒状態はゲームだと見慣れてたから。
私一人だけ、なんだか状態異常のテンションが違う気がするけど、まあ仕方ないか。
「〈治癒〉」
「……はっ、ふう。すごいな。気持ち悪くて体中チクチクしてたんだけど、それが一瞬で治った。っていうか、毒状態って思ったより辛いんだな」
毒状態になっていたのは短時間だったが、ケントはかなり堪えたようだ。汗の浮かんだ額を、手の甲で拭っている。
「シャロンが状態異常回復のスキルを持ってて本当によかったぜ。〈解毒ポーション〉とかもあるけど、あれは自分で飲まなきゃいけないし、毒状態になって自分で飲むのは結構辛いもんがあるからさ」
「あー、確かに状態異常の時に自分でポーションを開けて飲むのは大変そうだよね」
かけるだけでもよければ仲間が対応することもできるけれど、さすがに飲まないと体内の毒が消えることはないだろうからね。
でも、こればっかりは慣れるしかないだろう。もちろん私がいるときは〈治癒〉で回復できるけれど、常に私がいるとも限らないし、私がすぐに〈治癒〉を使えないこともあるかもしれない。
……状態異常や弱体化については、今度しっかり打合せした方がいいかもしれないね。
という行為ほど大変なことはないだろう。
「じゃ、追加の天使が来ないうちに奥へ進もうぜ」
「うん」
「はいですにゃ!」
ケントの言葉に頷いて、私たちはどんどんダンジョンの奥へ進んでいく。
世界樹の枯れた枝でできた〈枯れトレント〉、ウイルスを大きくしたような〈奇病ルフル〉、それから〈目隠し妖精〉と〈毒の天使〉、ときおり〈プルル〉が姿を現して、私たちはそれを全て倒していった。
ちなみに〈プルル〉はサンゴに担当になってもらったので、レベルが上がるほどではないけれどちょっとだけ経験値は入っている。
ダンジョンを出た後が楽しみで仕方がない。これからのサンゴの活躍にはかなり期待ができるだろう。
ちなみにサンゴが低レベルなのでモンスターの攻撃を絶対に受けないように気を張っていたのが、実は一番疲れる要因だった。
そして、私たちはついにダンジョン最奥にたどり着いた。
ダンジョンの最奥は円形の空間になっていて、その中央に白色の祭壇があった。キラキラ輝いているのは、おそらく貝を砕いた素材を使っているからだろう。
「あれは……祭壇?」
「ここにサンゴの求める〈花降る鈴扇〉があるんですよね?」
サンゴの言葉にかぶせるように、私はじいやをちらりと見た。なぜなら祭壇があるが、どう見ても〈花降る鈴扇〉がないからだ。
『…………』
しかしじいやは何も言わなかった。
……〈花降る鈴扇〉を得るにはじいやさんの協力が必要不可欠だと思ったけど、そういうわけじゃなかった?
それとも、私たちは何かを見落としているのだろうか。
私が考え込んでいると、周囲を見渡したケントがふうと力を抜いた。
「この部屋にモンスターはいないみたいだな。祭壇があって、儀式とかする部屋だから?」
「儀式……」
ケントの言葉に、私はひっかかりを覚えた。
確か、じいやは〈世界樹の巫女〉でなくなったら扇が自動的にこの場所へ戻ると言っていた。
……戻った扇が、宝箱とかに入ってるのは不自然だよね。
かといって、祭壇の上に放置されているというのも不用心に思える。だとしたら、ケントが言ったように扇を手に入れるためのなんらかの儀式が必要なのかもしれない。
「もしかして……〈世界樹の巫女〉のスキルか何か?」
私がぽつりと呟いたら、じいやの甲羅がピクリと揺れた。どうやら、私の予想は外れていないみたいだ。
「サンゴは今、レベル6だったよね?」
「え、ええ」
〈冒険の腕輪〉をつけていない場合、レベル6になって初めて職業固有のスキルを覚えることができるはずだ。つまりサンゴは今、スキルが一つだけ使える状態なのだろう。そのスキルが当たりなのか、外れなのか……。
「そのスキルって、教えてもらってもいい? できたら、あの祭壇で使ってみてほしいんだけど……」
「祭壇で? もしかして、〈花降る鈴扇〉を手に入れるのは〈世界樹の巫女〉のスキルが必要……ということなのでしょうか」
「まだ確信はないけど、その可能性は高いと思う」
私の言葉にごくりと息を呑んだサンゴは、頷いて祭壇の前に立った。




