12 シルフの目覚め
私たちは鍵を使って世界樹のある〈大樹の島〉へと戻るところだ。
もちろん鍵を使う条件はケットシーであることなので、私とケントはタルトに作ってもらった〈変身ポーション:ケットシー〉でケットシーの姿になっている。
なんというか、ケットシー姿の自分、とってももふもふしている。
ケットシーになった私は、思いのほか毛の量が多かった。猫で例えるなら長毛に分類されるだろう。
「お師匠さまもケントも、もふもふですにゃ~」
タルトは同じ種族になったことが嬉しいからか、なんだかニコニコだ。
「まあケットシーも新鮮で楽しくはあるけど、やっぱ俺は人間の方がいいにゃ。その方が、前衛の動きだって慣れてるしにゃぁ」
ケットシーの身体が不慣れだから嫌だとケントは言うけれど、きっとココアが人間のままなのに自分だけケットシーになるのが嫌なのだろうと思う。ココアに一方的に可愛いともふもふされるだけになってしまうからね。
「ケットシーになったお師匠さま、とっても可愛いですにゃ!」
「ありがとうにゃ、タルト。……でも私も自分でめっちゃ可愛いと思うにゃ!!」
……まさにこれが、ジャパニーズKAWAIIにゃ。
ついつい自画自賛してしまったけれど、可愛いのだから仕方がない。
そもそもシャロン――シャーロットに転生した時に自分の外見SSRだなと思ったほどだ。悪役令嬢という王太子の婚約者であるシャーロットは、それはもう、とても美しい女の子だった。
私の前世の外見について何か言うことはないけれど、可愛く転生したのなら可愛く生きるのが礼儀というものだ。
と、そんなことを考えている合間に、私たちはドアをくぐって〈大樹の島〉へと戻ってきた。
到着した場所は神殿の内部で、部屋の中には誰もいなかった。みんな世界樹の復活の方法探しやお世話で忙しくしているのだろう。
ということで私たちは世界樹の元へ行くと、サンゴの先代の〈世界樹の巫女〉である大婆様――シャラが作業を仕切っていた。
「ほら、お前たち! しゃんとするんだよ!」
「はい! 落ちてしまった世界樹の葉は、大切に保管いたします」
全員にテキパキと指示を出し、世界樹から落ちた葉を集め綺麗にしているようだ。
「大婆様、こちらはどうしますか?」
「それは――シャロンさん、タルトさん、ケントさん。よく戻られました」
シャラが私たちに気付いたことで、全員の視線が私たちに向けられた。私も周囲に視線を巡らせて、仲間たちを見つける。
サンゴはウンディーネの手伝いをしているようで、水の中のゴミを取り除いたりしている。ココアはルルイエと一緒にいて、ノームが世界樹のために土を作るのを手伝っているようだ。
私はシャラに視線を戻し、「ただいま戻りましたにゃ」と微笑んでから、みんなに声をかける。
「みんな、ただいまにゃ」
「ただいまにゃ!」
「ただいま帰りましたにゃ~!」
ケントとタルトも私に続いて挨拶をすると、みんながわっと駆け寄ってきた。
特にウンディーネとノームはタルトが使役していることになっているので、帰ってきたことにとても嬉しそうに笑顔を見せている。
ココアがすぐにケントの元へやってきたが、同じスピードでサンゴもやってきた。
「あらあらあらあら、やっぱりケントはその姿が一番素敵だわ。やっぱりケットシーとして生きるのはどうかしら……。頬の模様もとっても可愛くて格好いいわ」
サンゴは前回ケントがケットシーになったときと同様、熱い視線を向けている。そう、サンゴはケットシー姿になったケントのことが大好きなのだ。
「ああもう、からかうなにゃ!」
「本気ですわよ? 私の婿にきてくださらない?」
ついにプロポーズがというところで、ココアが「何やってるの!」と割って入った。
「サンゴさん、ケントは冒険者なんですよ。私たちと一緒にまだまだ旅をするんです。勝手に決めないでください」
「そうにゃ! 俺は世界中のいろんなところを冒険するんだにゃ!」
ケントがココアの言葉に同意して頷いている。
もしかして、ケントとココアはサンゴのアプローチを機にくっついたりするのでは……なんて思ってしまう。この両片想いのジレジレちゃんたちは、ここに来て急展開を迎えればいいよ。……なんて、ついつい思ってしまう。
残った私の元にやってきたのはルルイエだ。
「おかえり、シャロン。それが新しい武器? ……強い力を感じる。大樹と、清らかな聖なる力」
闇の女神ルルイエとして、私の新しい杖に何か感じるところがあるのだろうか。もしそうなら、未知なる力を秘めていそうでちょっと嬉しい。
「うん。これが私の新しい杖――〈花兆しの聖杖〉にゃ」
私が杖を掲げてみせると、ルルイエは「ん」と頷いた。
「また強くなった、シャロン」
「これからもどんどん進化していかなきゃいけないにゃ。なんていったって、私は世界中を冒険して、美しい景色を見て、最高の冒険をするのにゃ!」
そう考えたら、装備なんて強ければ強いほどいい。とはいえ、そう簡単に手に入るものではないのだけれど。
私がルルイエに杖を見せていると、ココア、サンゴ、ウンディーネ、ノーム、シャラがやってきた。その後ろには、ウンディーネのお世話係のじいやもいる。
……ケントのことは決着がついたのかにゃ?
ココアが「それが新しい杖?」と目を輝かせて見つめてきた。
「そうにゃ! この杖、めちゃくちゃ性能がパワーアップしたのにゃ。早くみんなを支援したくてたまらないにゃ!」
……にゃ~~! 早く強いダンジョンに行って、私のパワーアップした支援をみんなに見せてあげたいにゃ!
「狩りに行くのが楽しみだね。私もシャロンに負けないように頑張らないと。きっと、今回留守番してたから離されちゃってる気がするし」
「にゃ~……」
それはまさしくココアの言う通りなので、私は申し訳なく思いつつ尻尾を揺らす。
ココアのレベルはおそらく二〇〇ちょっと。私たちのレベルは、炭鉱に通ったこともあって二三〇くらいになっている。
……あとでココアとルルのレベル上げの方法を考えないとだにゃ。
それはそうと、私は世界樹を見上げた。私たちが杖を作るのに島を後にした時より、世界樹が元気を取り戻している。
「世界樹の葉、緑が少し増えて……数も増えてるにゃ」
木の幹の感じは変わらないけど、元気になっているのは一目でわかった。
『当然なのだわ。わたくしが水を循環させて、ノームが栄養たっぷりの土を作ってくれたのだもの』
誇らしげなウンディーネとノームに、タルトが「すごいですにゃ!」と声をかけている。すると、それに対抗しようと思ったのか、鞄からサラマンダーが飛び出してきた。
『があああっ!』
サラマンダーが炎を吐いて、その熱が大気に混ざり世界樹の周りを暖めはじめた。すると、葉がさわさわと揺れて、成長の兆しを見せた。
「わ、すごいにゃ。世界樹はこうやって少しずつ回復していくんだにゃぁ」
私が感心すると、ウンディーネが頷く。
『ええ。あとはシルフが目を覚ませば、サラマンダーの風を世界樹のてっぺんまで行き渡らせることができるのだわ』
「シルフの復活が楽しみで仕方ないにゃ」
『けれど、どうやったらシルフは孵化するのかしら?』
ウンディーネの言葉に、私はう~んと悩む。残念なことに、まだなんの手がかりもつかめていないのだ。
「難しいにゃ。シルフがどんな状況で孵化するのか、まださっぱりにゃ」
〈シルフの卵〉でわかっていたことといえば、世界樹の木の枝の上の、鳥が作った巣の中にいつの間にか紛れ込んでいたという事実だけだ。
「確か、あそこら辺の枝に〈シルフの卵〉があったんだにゃ」
私が杖を掲げてその方向を示すと、不意に杖がパッと輝いた。
「にゃっ!?」
予想していなかった展開に、私は慌てて一歩下がる。
すると杖がキラキラ輝き出して、ウンディーネとノームとサラマンダーに共鳴するような輝き方をし始めた。
その光景をみたタルトが、ウンディーネたちと私の杖とを交互に見る。
「もしかして、世界樹繋がりで何かあるんじゃないですにゃ!?」
『一理あるのだわ。わたくしたちは、世界樹の世話をするのが使命なのだもの。シャロンのその杖は、世界樹の聖なる火柱で鍛えられていて……関わりがあっても不思議ではないのだわ』
ウンディーネは自分に降り注ぐ光を手のひらで受け取るようにしながら、『温かいのだわ』とうっとりした声で呟いた。
『この光……体が回復しているのだわ』
「私の杖が勝手に回復してるのにゃ!?」
『その杖は、きっとシャロンが……わたくしたちが思っている以上に世界樹の力が宿っているのだわ。タルト、シルフの卵は今ここにあって?』
「部屋の窓辺に置いたままですにゃ。すぐ取ってきますにゃ!」
タルトがぐっと地面を蹴り上げて、勢いよく走り出した。きっと、すぐに卵を取ってきてくれるはずだ。
「いったい何が起こってるのにゃ……」
『その杖が、世界樹と繋がっているようだよ』
「にゃ!?」
静かに淡々とした口調で話しかけてきたのは、ノームだ。まだ言葉を少ししか話せていなかったのに、流暢に喋っている。
『その杖の力だろう。回復と、成長を促している。私は言葉を上手く話せるようになって、サラマンダーは体が一回り大きくなっている』
『がうう~』
「本当だにゃ……」
まさかここまで杖の効果があったなんてと、私は驚くしかなかった。
「世界樹の素材で聖なる火柱にしたけど、それだけでこんなに世界樹と深い繋がりができるなんて……思ってもみなかったにゃ」
今後、世界樹は復活して元気になる予定だ。そうしたらきっと、世界樹の素材は今よりずっと得やすくなるだろう。落ち葉だって増えるはずだ。
……問題は〈オリハルコン〉の入手率にゃ~。
「ノーム様、この杖が世界樹と繋がってることで何が起こるかわかりますにゃ?」
『……いや。すまないが、私には繋がっていることしかわからない。私たちは世界樹の世話をする使命を得てはいるが、それほど世界樹というものを理解しているわけではないのだよ』
「にゃ……?」
『私たちが知っているのは、世界樹を世話する方法だけということだ』
まるで、概念としてしか知ることを許されてはいないかのようだ。
世界樹が大切であることは確かだが、いつから世界樹としてここに存在しているのかとか、そういったことは知らないのだろう。
「貴重なお話、ありがとうございますにゃ」
『かまわない』
ノームの話が終わったところで、ちょうどタルトが戻ってきた。その手には、〈シルフの卵〉を大切そうに抱えている。
私の近くに来た途端、〈花兆しの杖〉の光が〈シルフの卵〉にも届き始めた。
「やっぱりお師匠さまの杖が、精霊の眷属たちに力を与えてるみたいですにゃ」
「回復スキルも使ってみるにゃ。今ならパワーアップしてるはずだし、効果は抜群! だと思うにゃ」
そう告げて、私は〈シルフの卵〉にスキルを使う。
「〈癒しの光〉〈絶対回復〉〈虹色の癒し〉〈果てなき癒し〉〈月の光〉〈星の光り〉にゃ!」
卵がふわりと光を得て、回復スキルが効いたことがわかった。けれど、卵が孵化する気配はない。
……眷属を目覚めさせるのは、タルトのクエストでもあるにゃ。私だけの力じゃ、目覚めないのかもしれないにゃ。
「私のポーションも使ってみますにゃ! 回復できるものは、たくさんあった方がいいですにゃ」
今度はタルトがありったけのポーションを取り出して、卵にかけはじめた。私が回復スキルを使うよりは、現実的かもしれない。
「シルフ様、早く目覚めてくださいにゃ!」
タルトが語り掛けながらポーションをかけると、いつもと違うことが起こった。それは、ポーションがキラキラと輝きだしたことだ。厳密に言えば、私の杖と共鳴して光っていた卵の光がポーションにも浸透した、と言った方が正しいだろうか。
「にゃにゃにゃっ!」
すると、卵から生えていた羽が羽ばたいて――シルフが誕生した。




