10 ダンジョンの通路
私がはてさてと記憶を思い起こしていると、ネズミを蹴散らしたケントが「どうしたんだ?」とやってきた。タルトと天使も不思議そうに、私と私が視線を向けている壁を見ている。
「いや、ここ行き止まりだけど通路があった気がしたんだよね。でも壁だし、私が勘違いしてたのかもと思って。いや、でも絶対通路だった気がするんだよね。行き止まりの通路あったもん」
「シャロンが炭鉱の構造まで知ってるのは今更だから何も言わないけどさ、あるはずの通路がないっていうのはちょっと変だよな」
ケンとまで悩みだすと、タルトが「にゃ!」と声をあげた。
「もしかしたら、何か仕掛けがあるんじゃないですにゃ? わたしの故郷に船で行くときも仕掛けを使わなければいけないようになってるって、お姉ちゃんに聞いたことがありますにゃ」
「それは確かに」
可能性としては高いなと、私は考える。
というのも――ダンジョンには一度動かすと永遠にそのままになる仕掛けというものがある。
例えばそれは、そう、一度開けたら二度と出現しない、たった一度だけの、最初に見つけた人だけが手に入れることのできる宝箱。
たった一度だけなので、攻略方法を知ったところでもうそれを手に入れることはできない。
しかし、この世界ではほぼ全てのその宝箱が残っていると考えていいだろう。その宝箱に辿りつけるほど強い人間がほとんどいないからだ。
……宝箱、ほしすぎるっ!!
「隠し通路かもしれないから、仕掛けを探してみようか!」
私が目を輝かせながら提案すると、二人は速攻で頷いてくれる。
「おう! 絶対見つけてやる!」
「はいですにゃ! ワクワクしちゃいますにゃ~!」
炭鉱の岩壁には柱の役割を持つ木が支えとして組み込まれている。私がその部分を軽くグーで叩くと、ゴッと鈍い音がした。
「特に空洞っぽい感じはしないかも……?」
やっぱりこの先が通路だったというのは、私の思い違いだったのだろうか。空洞でなければ、先に通路なんてあるわけがないのだから。
とはいえ、まだ望みを捨てるつもりはない。
「スイッチがあればわかりやすいんですけどにゃ~……」
タルトは足元の方を見て地面をペタペタ触っているが、スイッチらしいものは見つからないようで、耳がへにょりとなっている。
「壁をぶち破ったら早いんじゃないか……?」
ケントは剣で壁をつついたりして、変わった場所がないか探してくれているようだ。しかし物理の力で押し切ろうとしている。
天使ちゃんは戦闘ではないので手伝う必要はないと考えたのか、反対側の壁に寄りかかってのんびりこちらを見ていた。
ただ、時折現れるネズミを一撃で倒してくれているので、私たちが自由に探せるようフォローしてくれている。
「うーん、どうやったら隠し扉が見つかるんだ? 思いっきり殴ってみたいけど、崩れたら大変だもんな」
「ケントがちゃんと考えてくれててよかったよ……」
いきなり壁にスキルを撃ち込まれて炭鉱が崩れでもしたら、どうなってしまうかわかったものではない。私はこっそり胸を撫でおろした。
「でも、仕掛けがあるとしてそう簡単に見つからないのも……。天使ちゃんも手伝ってくれたりしないかな?」
駄目元で天使に頼んでみると、「構わないですよ」と案外乗り気な返事が。これならもっと早くお願いすればよかった……。
「ですが、モンスターはどうするんですか? ほら、またネズミが来ましたよ」
「それなら大丈夫! 〈聖なる結界〉!!」
私が高らかに叫ぶと、周囲が淡く光って結界が現れた。これは、モンスターが入ることのできない結界を張るスキルだ。
この結界を見て、すぐさまケントが声をあげる。
「それ、もっと早く張ってほしかった!」
ケントはときおりネズミに足を噛まれているので、モンスターが入って来られない結界は最高だとでも思っているのだろう。
モンスターが入ってこないのでとても便利ではあるのだが、もちろんこの結界には欠点だってある。
私はちらりと結界の外へ目をやった。
その結界の外では、私たちを攻撃しようとしているネズミが牙を立てている。前足で結界をひっかくようにしながらこちらを睨む姿がたくさん目につく。……そう、たくさん。
とりあえず見なかったことにして、私も仕掛け探しを再開した。
「シャロン、本当にここに通路が出現するんですか? それらしいものは、何もないですよ」
「絶対に通路はあったはずなのに……なんで……」
どこを探しても仕掛けはなかった。天使にも見つけられなかったようなので、何か魔法的なもので隠されている線も薄そうだ。ほら、天使ってそういうの察知できそうだから……というのは、私の勝手なイメージだけど。
結界を張って、仕掛けを探し出してそろそろ一五分。
「さすがに限界かなぁ」
「限界って――うおっ!」
私の呟きにきょとんとしたケントが振り向くと同時に結界の外に群がるネズミとクマを見て叫んだ。そこにいたのは、ネズミが約三〇匹とクマが五匹。
「にゃー!?」
驚いたタルトも叫び声をあげた。
「すごい数ですね」
天使はちょっとげんなりしている様子だ。まあ、この数のネズミに群がられたいマゾなんていないので、その気持ちはとてもよくわかる。
ケントが頭をかきながら「やるかぁ」と気の抜けた声を出す。
「倒したら、とりあえず今日は工房に戻ろうぜ。もしかしたら、トトンさんがその通路のこと知ってるかもしれないし」
剣を構えるケントに支援をかけて、私も頷く。確かにトトンが何か情報を持っていたり、クエストの発生源だったりする可能性だってある。
結界が消えるのと同時に、ケントが叫ぶ。
「全部、俺のとこに来い!! 〈挑発〉!! 〈竜の逆鱗〉!!」
「〈ポーション投げ〉にゃっ!」
「〈天使の悲哀〉」
ケントの全体攻撃に、タルトの攻撃でかなりネズミとクマの体力を削った。そこにトドメとばかりに、天使の攻撃――光の矢が容赦なく降り注ぐ。
……天使ちゃん、容赦ないな……。
モンスターが光の粒子になって消えたのを確認するのと同時に、ゴゴゴゴ……と地響きのような音が炭鉱内で発生した。
「えっ!?」
「ちょ、もしかして今の攻撃のせいか!?」
「炭鉱つぶれちゃいますにゃ!?」
ダンジョン内だけど、さすがにやりすぎた!? と私も冷や汗が出る。すぐ逃げられるように帰還アイテムを用意しようとして……視線の先の異変に気付いて手が止まった。
「うそ……」
私の言葉に、慌てていたタルトたちも視線を巡らせる。そして見たのは、通路があるはず! と私が主張していた場所だ。ゴゴゴと音を立てて、岩壁が地面に沈んでいっている。
「向こう側が空洞じゃないとか、そういう問題じゃなかったんじゃん……」
「ありえねえだろ。どうなってるんだ?」
「にゃにゃにゃにゃ……」
めちゃくちゃ驚いてしまったし、仕組みを理解することはできないのだけど……私の頭の中は、まあ、ゲームだから。という一言で片付いてしまってもいる。現実世界とはいえ、元はゲームだからね。ダンジョンだし、何が起きても不思議ではない。
そして仕掛けが完了したのか、通路ができあがった。
「おそらく、一度に倒すモンスターの数がトリガーだったのでしょう。そういう、マナの移動を感知しました」
「そういう仕掛けだったんだ……」
天使の言葉に納得はしつつも、知らないと達成が難しくてつい頭を抱えたくなった。が、ゲーム時代はモンスターを集めて集めてまとめて倒すという戦闘スタイルは一般的だったので、判明はたやすかったのかもしれない。
現れた通路は、私がゲーム時代に見たものと同じだった。
奥行きは一五メートル、横幅は三メートルほど。通路の一番奥、その地面に直接置かれているのは――ゴールドで縁取りがされた、赤い宝箱。
「うっわ……」
思わずと言ったふうに、ケントの口から声がもれた。
とはいえ、私だってケントのことは言えない。心臓がすごい速さで脈打って、動悸がすごい。目の前にある赤い宝箱に恋い焦がれるように、私はふらふらと無意識のうちに足を動かす。
「この赤い宝箱は、再出現しないんだよ。一回開けたら、それでおしまい」
「え、それって超レアじゃんか」
「うん」
ケントの言葉に頷いて、私はみんなを手招く。
「ほら、全員で開けよう」
「おう!」
「はいですにゃ」
「何が出てくるんでしょう?」
宝箱に手をかけたのを確認して、私は「せーの!」と声をかける。いったいどんなすごいものが出るのだろう。
開けると、レアアイテムが出るときのまばゆい光が暗い炭坑内を照らした。その眩しさに目を細めながらも、何が入っているのか目を凝らして集中する。
「何が入って――〈オリハルコン〉じゃん!!」
「えっ!?」
「にゃ!?」
「あら……」
ボスから出るやつじゃん!! レアアイテムであることに変わりはないけど……もっとこう、もっと私の知らないアイテムとか、装備とか出るかな~~~~~~って思ってた私の気持ちを返してほしい。
嘘です、〈オリハルコン〉とっても嬉しいです。
私が露骨に落ち込んでいたからか、ケントが声をあげて笑い出した。
「ふはっ、シャロン、へこみすぎだろ! 〈オリハルコン〉だって十分すごいアイテムだろ?」
「わかってる、わかってるよ!! でも、夢見たかったんだよ~~!」
「んはははっ」
悲しむ私にケントは大爆笑だ。
「まったく、人間は強欲なんですから」
「いや女神の座を狙ってる天使ちゃんに言われたくないんですけど?」
強欲はどっちか。
私がそう言うと、天使はすんとすました様子で顔を逸らした。この件に関しては進展していないのか、ノーコメントのようだ。
「〈オリハルコン〉、すっごく綺麗ですにゃ! キラキラ光ってて、眩しいですにゃ~!」
タルトが〈オリハルコン〉を手に持って、その輝きにうっとり顔をとろけさせている。薄エメラルドの色合いで、透度が高い。しかもこの鉱石は生きてでもいるのか、こぽこぽと内部で泡が発生している。
まさに神秘の鉱石〈オリハルコン〉だと思わずにはいられない。
タルトはケントと天使と〈オリハルコン〉を眺めてから、「はいですにゃ!」と私に渡してくれた。
「これでお師匠さまの最強の杖を作ってもらえますにゃ! 誇らしいですにゃ!」
「私の弟子、めっちゃいい子……!」
〈オリハルコン〉ごとタルトを抱きしめて、私は「最高の杖を作ってもらうから!」と高らかに宣言した。




