9 今日も明日もアイテムを求めて……
私の羽をくれという言葉を聞いた天使は、顔から表情が消えた。
「シャロン。何を言っているんですか? わたしの翼をもぐなどと……無礼です」
「そこまでは言ってないじゃんんんんんん」
――そう、私は答えに辿りついた。
この世界で一番尊い羽根と言ったら、天使の翼ではないか? ――と。
聖女のスキルで召喚することでしか、天使に逢うことはできない。
モンスターとしても存在せず、野生の生物としても存在せず。ただ唯一、聖女だけがこの奇跡を顕現させることができる。
「天使ちゃんの翼に敵うものなんてないじゃない。天使ちゃんの羽根があったら、きっと私の杖は本当に最高のものができると思う」
そう言って私は天使をじっと見つめる。
「なので、お願いします。天使ちゃんの翼の羽根一枚ください!!」
バッと頭を下げてお願いをすると、天使はやれやれといった様子で肩をすくめた。
「貸し一つ、ですよ」
「――っ!」
まさかこんなあっさりオーケーをもらえるとは思ってもおらず、私は目を見開く。だって、天使のことだから情け容赦ない見返りとか、絶対零度の可愛い笑顔で駄目と切り捨てるとか、そんなことをしてきそうなのに。
「いいの!? ありがとう、天使ちゃん!!」
やった~~~~! 嬉しい~~~~~~!!
私は小躍りしそうなくらいにはしゃぐ。貸し一つと言われたのはちょっと不安ではあるけれど、羽根を一枚もらえたことに比べたら些細なことだ。
タルトとケントは、口をあんぐりと開けてこちらを見ていた。
「まさか、天使ちゃんの羽根を使うなんて思ってもみませんでしたにゃ」
「でも、天使ちゃんの羽根はこの世界で一番すげえ羽根だもんな! シャロンの新しい杖、とんでもねえのができるんじゃないか?」
ワクワクした様子の二人に、私は当然とばかりに大きく頷いた。
***
ダンジョン〈トーラスの山頂〉に戻る前、タルトは一度〈大樹の島〉にいるサンゴたちの元へ報告に戻った。
連絡手段がないので、鍵で気軽に移動できるケットシーのタルトが時間を作って報告に行ってくれているのだ。
待ちの状態の私とケントと天使は、その間にツィレで買い物。
これからダンジョンに戻って〈オリハルコン〉が出るまで、延々と〈オリハルコンゴーレム〉を倒す耐久レースが繰り広げられるので、物資はあればあるほどいい。
ダンジョンから町へ戻るのはアイテムを使えば一瞬だけれど、トトンの工房――炭鉱まで行くのはダンジョンを歩かなければいけないからできるだけ現地で引きこもりたいのである。
雑貨屋で日用品を買いだめて、次は飲食店へ足を運ぶ。
私たちは基本的に食料品ではなくて、出来上がったお弁当を〈鞄〉や〈簡易倉庫〉に入れて保存している。時間経過がないので、温かいうちに入れておけばずっと温かいままなのでもう手放すことができない。
たくさんストックを持てるので、飲食店でまとめて頼むと「こんなにたくさん!?」と驚かれることが多いけれど。
サンドイッチ、スープ、ステーキ、サラダ。色々な種類のお弁当を頼んだところで、ケントが「そういえば」と私を見る。
「トトンさんに土産とかあった方がいいんじゃないか?」
「それもそうだね。トトンはずっとダンジョンで暮らしてるから、街へ買い物に来ることなんてほとんどなさそうだし……」
実際のところがどうなのかは、私にもわからない。
けれどゲーム時代はいつ行ってもトトンは工房にいて、どこかに出かけているというような設定はなかった。
ゲームの時はいいけれど、今は現実世界になっている。ご飯を食べなければ餓死してしまうだろうし、娯楽品がなければ暇を持て余すかもしれない。
まあ、トトンは鍛冶をしていれば楽しいという人ではあるので、鍛冶のための道具や材料があれば問題ないのかもしれないけれど。
そう考えると、お土産は鍛冶関係のものか食べ物かと私は考える。でも、素人がプロの人に鍛冶道具を贈っても的外れってことって、あるよね。
「トトンが好むのは鍛冶道具だろうけど、私たちじゃ良い物か判断できないもんね」
「それはそうだな。なら、やっぱりうまい飯か。親父とかだったら酒も飲むけど、トトンさんは何歳……というか、貫禄の割に若かったというか……」
ケントの疑問は尤もだと私も頷く。
「私もトトンの年齢は知らないけど、見た目よりはずっと長生きしてると思うよ。種族も小人だって言うし」
そもそも、小人という種族はほとんど聞かないため、謎が多い。外見年齢と実年齢が人間と比べてどれだけ差があるのかとか、むしろ成長しないのでは? なんて噂もあったくらいだ。
「気になるけど……あんまり立ち入って聞くわけにもいかないもんな。触れてほしくない話題ってこともあるだろうし、だからダンジョンに住み着いているのかもしれないし」
「それはあるかもしれないね」
人が多いところに工房を構えて、なんやかんや色々聞かれるのが嫌ということもあるかもしれない。
「あ、でも天使ちゃんなら知ってたりするのか?」
ケントが後ろで飲食店の室内を興味深そうに見ていた天使に声をかけた。突然のことに、天使は目を瞬かせる。
「小人という種族をですか?」
「今まで小人なんて、聞いたことがなかったからさ」
「まあ、すべては作られた種族ではあるのですから……情報を知りえる方法はあるのでしょう。ただ、天使だからといってすべてを把握しているわけではないのですよ。知ることのできる立場ではありますけれど」
「なるほど?」
天使の言い回しに、「難しそうだな」と肩をすくめた。
知らないけど調べることはできるという天使に、さすがにケントも調べてほしいとまでは思っていないようだ。
……でも、天使ちゃんの知識量や情報にアクセスする方法は気になるよね。
この現実になってしまったゲーム世界で、情報という武器はかなり強い。世界の創造部分に触れたような気にさえなる。
それでいうと、受けているクエストの一つの報酬にカメラ機能実装があることも私はずっときになっていた。まだ手がかり一つなくて、いつ達成できるかはわからないけれど。
……カメラが実装されたとして、その仕組みはどうなってるの?
本来、カメラ機能で撮影したデータは装着した『リアズリンク』本体か、別途課金していた場合はゲーム内の個人クラウドスペースに保存される。
しかし現実となった今、カメラで撮影したデータはどこに保存され、どのように見るのか? 唯一可能性があるものといえば、機能が実装される〈冒険の腕輪〉だろうか。
……この腕輪に、データ保存ができるとは思えないけど。
そもそもネットワークの概念すらないこの世界で、どうしようというのだ。私はカメラ実装にワクワクしたと同時に、不安と、わずかな恐怖のようなものも感じていた。
「シャロン、なんだか表情が険しいですよ」
「え?」
「そんなに小人が気になるのですか?」
「あー、ごめんごめん。なんでもないよ、大丈夫」
うっかり思考が潜り込んでいて、私は天使に苦笑して問題ない旨を告げる。
「小人のことは大丈夫! さっ、荷物はいくらでも持てるから、美味しいお肉から甘いお菓子まで色々お土産に買っていこっか」
「賛成!」
「そうですね」
私とケントでトトンのお土産を決定し、天使も気になるものをリクエストしてくれて、あれもこれもと美味しそうなものをたくさん購入した。
***
「んあ~~~~!」
私たちがダンジョン〈トーラスの山頂〉にこもり始めて二〇日が経った。いや、出ないね〈オリハルコン〉。
今日も今日とて倒した〈オリハルコンゴーレム〉を見て、その跡地に〈オリハルコン〉が残らないことを嘆く。
「でない! 私の〈オリハルコン〉ちゃん!!」
ただ、そこそこレアな鉱石のドロップアイテムもあったので、トトンのお土産にしている。
トトンは鉱石が大好きなので、何をあげてもめちゃくちゃ喜んでくれる。もしトトンが乙女ゲームの攻略キャラクターだったら、かなりのチョロさを誇っているだろう。
「一日一回ですし、なかなか出ないですにゃ」
「だなあ……。こればっかりは仕方ないけど、せめて一日に数回ぐらい湧いてくれたらなぁ」
「ほんとそれ」
タルトとケントの言葉に私は思いっきり頷いてみせる。
この世界でボスを倒せる人はまだ一握りしかいない。そのため、これは贅沢な悩みでもあるのだけれど……もっとボスを倒しまくっていいアイテムをゲットしたいという気持ちはものすごくある。私たちはボスを簡単に倒せるので、倒せるなら倒せるだけ倒したい。贅沢な悩みだけどね。
「工房に帰るか」
「トトンさん、きっとすごくがっかりしますにゃ」
私たちが工房に戻ると、「〈オリハルコン〉は!?」と顔を輝かせてやってくるのがトトンだ。首を横に振ってないことを伝えると、その顔が悲しみに溢れてしまう。
でも仕方がない。出ないものは出ないんだから。
〈オリハルコン〉のドロップ率は三パーセントなので粘るしかないのだけれど、そろそろ出てもいいような気がするんだよなと思う。
しかしこればかりは運なので、ただただ祈るしかないのである。
「さくっと工房に帰れたらいいんだけど、毎回これはなぁ……〈挑発〉!!」
群れになって跳びかかってくるネズミの攻撃に、気付けばケントはだいぶなれていた。痛いことに変わりはないだろうに、今では真顔で攻撃スキルを放てるほどになっている。
……男の子の進化って、すごい。
ケントに〈癒しの光り〉を飛ばしながら、私はふとした違和感に気づく。
……あれ? ここって、ちょっと通路なかったっけ。
ちょうど私の右手部分、炭鉱の壁があるのだけれど……ゲーム時代は行き止まりの通路があったと私は認識していた。けれど、今ここは壁になっていて通路なんて見当たらない。
……私の記憶違い?




