7 鍛冶師トトン
「おかえり㌧! まさかこんな短時間で戻ってくるとは、驚いた㌧!」
私たちがトトンの工房に戻ると、笑顔で迎え入れられた。その表情はニコニコで、自分の打った武器を使うのに相応しいと思っていそうだ。
「それで、君たちはどんな武器を作ってほしい㌧?」
トトンの言葉に、私は折れてしまった〈芽吹きの杖〉を取り出す。
「今まで使っていた杖が折れてしまったので、これよりいいものを作ってほしくて伺いました。伝説の鍛冶師と名高いあなたにならば、可能でしょう?」
「これは……」
折れた私の杖を見て、トトンは「これはこれは㌧」と手を伸ばした。〈芽吹きの杖〉を優しく手に取り、じっと見ていく。ゆるりと杖を撫でて、トトンは一人うんうんと頷いている。
「この杖をとても大事にしていたことが、わかる㌧。あなたは良き――」
しかし、ここでトトンの言葉が途切れた。
何事かと思えば、私を見るトトンのオレンジ色の瞳がこれでもかというぐらいに見開いて驚いている。
「……?」
いったいどうしたのだろうと私が首を傾げると、トトンの喉がゴクリとなった。
「あなた、聖女㌧!?」
どうやら私の職業に気づいて驚いたようだ。
というか、どうしてトトンに私の職業がわかったのかわからないけれど、まあ、伝説の鍛冶師NPCだからということにしておくしかない。
……そういえば、ゲームのときも職業を当てられた気がする。あのときはシステム的なものだろうからと、特に気にはしなかったけど……。
私は「そうですよ」と素直に頷いてみせた。
「いや、まさか聖女にお目にかかれるとは思わなかった㌧。ようこそ㌧、トトンの工房へ。聖女様」
ふわりと微笑んだトトンは、改めてというように私たちを工房内部へと招き入れてくれた。
トトンの工房は、入ってすぐのところが作業スペースになっている。奥へ続く扉の向こうが居住スペースだ。ゲーム時代には何度か足を運んだけれど、現実世界で見るとまた違って見える。
工房内部は常にごうごうと鍛冶の火が熾されていて、肌で熱風を感じることができる。ちりちりと熱いものを皮膚に感じて、じわりと汗が浮かぶ。
ここでずっと作業をするには、どれだけの忍耐力があればいいのだろう。
ケントとタルトは工房内をキョロキョロと見回して、すごいと感心している。
「大変な暑さですにゃ! ずっとここにいたら干からびてしまいそうですにゃ~!」
タルトはケットシーなので、人間に比べたら高温には弱いだろう。モフモフの毛の部分があるので、おそらく熱も溜まりやすい。
それに気づいたらしいトトンが「……㌧」と声をあげた。
「ケットシーには特にこの工房はきついかもしれない㌧。ここよりは涼しいから、打ち合わせスペースにご案内する㌧」
「ありがとうですにゃ」
「こっちへどうぞ㌧」
居住スペースとは別の扉を開くと、一〇人掛けのテーブルがある打ち合わせスペースになっていた。
トトンの言った通り工房の熱気があまり入ってこないようで、室温が外とあまり変わらないため過ごしやすい。
窓も大きく開いているので、心地のいい風も入る。トトンは冷えたジュースを用意してくれて、本題に入ると笑顔を見せた。
「まず、作るのは聖女様の武器で間違いない㌧?」
「はい」
おそらく私以外も武器は気になっているだろうけれど、ひとまず最優先なのは私なのでそのまま話を進めていく。
「どういった武器を望む㌧?」
トトンは先ほどまでのニコニコした表情と打って変わり、真剣みを帯びた瞳で私を見ている。
「完全なる癒しを求める㌧? 闇を打ち払う力を求める㌧? それともバランスよくすべてを求める㌧? もしくは鉄槌をとメイスを求める㌧?」
〈聖女〉――支援職といっても、その戦闘スタイルは多岐に渡る。
支援だけに特化する者、攻撃スキルを使って闇属性のモンスターを高火力で倒す者、どちらも行えるようにバランスよく選択する者。メイスでモンスターを殴る者。
そんなパターンの中から、私はずっと支援特化で生きてきた。
このスタイルを今後も変えるつもりはない。もちろん、戦わなければいけないシーンがきたら〈スキルリセットポーション〉を使うなどして臨機応変に対応することはあるけれど。
「私は、どんな窮地でも仲間を支えられる聖女でありたいと思っています」
「それは素敵だ㌧」
トトンはそれならばと、先ほどの杖を出すように言ってきた。
「〈芽吹きの杖〉を修理してみるのはどう㌧? この杖は大切に使い込まれている㌧、ここで手放してしまうのはもったいない㌧」
「……そうですね。大事な私の相棒でしたから」
そういえばとゲーム時代のトトンのことを思い出す。
基本的にトトンは一から新たな武器を作ってくれるけれど、ときおり、一定以上の価値がある武器の場合はそれを大元の素材として使うことがある。
メリットは新しい武器を作る際の大幅な素材減少。デメリットは元になった武器が消失してしまうことだろうか。
……プレイヤーがいないこの世界は素材集めが一番大変だからね。
トトンの提案で素材を減らすことができるなら、それほどありがたいことはない。
しかも、今まで愛着を持っていた武器をそのまま使えるということもちょっと嬉しい。ゲーム時代はあまり感じることがなかったけれど、実際に手で杖を持ち冒険を共にしていたので愛着が湧いているのだ。
しかし、今回はそれでお願いしますというわけにはいかない。
なんて言ったって、私たちには奥の手があるのだから。
「トトン、嬉しい提案ですが――私はどん欲なんです。それだけじゃ、足りないくらいに」
「㌧!」
私の言葉に、トトンが不思議そうに目を瞬かせた。
きっと今までこんなふうに言ってきた冒険者はいなかったのだろう。
もしくは、現実世界の今となっては、トトンの元を訪れることのできる冒険者はほとんどいないかもしれないが。
「トトンならできるかもしれない、と提案させていただきます」
「新たな武器に、何か付加価値をつける相談㌧?」
私はゆっくり首を振る。付加価値なんて、そんな可愛い言葉で表すようなものではない。この世で、この世界に一振りしかない、私だけの杖を作ってほしい。
私の願いはそれに尽きる。
ゲーム時代に聞いたトトンの雑談から出た聖なる火柱という単語。今、私の目の前にいるトトンも、その火柱に恋焦がれているのだろうか。
少しドキドキする心臓を抑えるように、私は口を開く。
「聖なる火柱を知っていますか?」
瞬間、空気が変わった。
ぞわりとするような、威圧のような、そんな感覚。部屋の中に重力負荷がかかったと言われても、すんなり信じてしまうだろう。
トトンは表情を変え、私を見る。
「一体どこでその情報を知った㌧?」
「やっぱり、トトンは知っているんですね。聖なる火柱を使ったら、どれだけの杖を作ることができますか?」
私の問いかけに、トトンはひゅっと喉を鳴らした。
すぐ口元に手を当て、眼球がキョロキョロと動いている。頭の中で必死に何ができるか考えているということが見てわかる。
「聖なる火柱を使って杖を……㌧? 前代未聞㌧。昔、聖なる火柱で作られたのは確か、
そう、聖剣だった㌧。剣や槍を作るのはわかる㌧。まさか聖なる火柱で杖を……㌧? 贅沢だが面白い㌧」
呟くトトンの声に、なるほど杖を作る人はあまりいないのかとついつい苦笑してしまう。
……確かに伝説の武器って、聖剣がお約束だもんねぇ。でもほら、聖杖があってもいいと思う。
しばらくブツブツ呟いていたトトンが、パッと顔を上げて私を見た。
「火柱は……聖なる火柱は用意できると言ってみただけ、なんて思わせぶりなことはなし㌧ね?」
「もちろんです。タルト」
「はいですにゃ! サラちゃん、でてきてくださいにゃ」
疑っているトトンを横目に、私はタルトに声をかける。堂々と聖なる火柱の話をしはしたけれど、用意できるのは私ではなくタルトなのでね……!
タルトの鞄でお昼寝していたサラマンダーが顔を出して、口からゴッと火を噴いた。それを見たトトンはまた驚いて、思わず椅子から立ち上がる。
「それはもしや、伝説と呼ばれているサラマンダー㌧!?」
「そうですにゃ! サラマンダーの、サラちゃんですにゃ」
タルトがサラマンダーの紹介をしてくれたので、その後の説明は私が受け持つ。
「サラマンダーの炎で世界樹の葉や枝を燃やすと、聖なる火柱が立ち上るんです。水の精霊の眷属ウンディーネ様に確認していただいているので、間違いないと思いますよ。私たちは、聖なる火柱を熾すことができるのです」
私が堂々と告げたことと、ウンディーネの名前を出したことも相まって、トトンは「なるほど㌧」と頷いた。
「すごいことだ㌧。聖なる火柱は、鍛冶師の夢の夢のまた夢だ㌧。伝説級の武器を作るには絶対に必要な最高の火種だ㌧。けど、火柱を手に入れる方法を誰も知らなくて、ずっとずっともう伝説の武器は生まれていなかったんだ㌧!」
話すトトンのスピードが上がっている。目の前で起こっていることに、かなり興奮しているみたいだ。
トトンは机を迂回してきて、タルトとサラマンダーの前に立った。
ゆっくりサラマンダーに向けて手を伸ばし、トトンは音にならない声をもらす。
「おいらが伝説の武器を、聖杖をこの手で生み出すことができる㌧。今日はなんて素晴らしい日だ㌧!」
トトンは改めて私を見て、握手を求めるように手を差し伸べてきた。
「聖女様の杖、鍛冶師トトンが承りました㌧」




