4 土の精霊の眷属ノーム
私の言葉を聞いた瞬間、全く予想していなかったからか、周囲がしん……と静寂に包まれたが――すぐにケントが口を開く。
「すっげー! そんな鍛冶師がいるのか!! しかも、この聖なる火柱を使って武器を作るなんてかっけえ! 俺も作ってもらえたりするかな?」
「わたしも気になりますにゃ!」
「シャロンの折れた杖は早急になんとかしたかったし、ちょうどいいね。でも、どこにいるの? その伝説の鍛冶師」
みんな、私の武器を新調するために伝説の鍛冶師の元へ行くことは賛成してくれたようだ。というか、自分の武器も欲しいと顔に書かれているくらいだ。
私はココアに尋ねられて、トトンの情報を整理する。
「伝説の鍛冶師トトンは、〈エレンツィ神聖王国〉と〈ファーブルム王国〉の国境にあるトーラス山脈の山頂にいるの。そこまで自力で辿り着いて依頼するっていうのが流れかな」
今のわたしたちであれば問題はないけれど、トトンに会いに行くには山頂へ行かなければならない。生半可な冒険者では辿り着くのも難しいだろう。
「でも、お高いんだろう……?」
恐る恐るといった感じでケントが聞いてきたので、私は笑う。
「必要なのは素材だったり、お金だったり、その時々とお願いする武器によって変わってくると思う。行ってみてのお楽しみ……っていう感じかなぁ」
「まじかぁ。まあ、聞いてみなきゃどんな素材が必要かなんてわかんないもんな」
「こればっかりは仕方ないですにゃ」
「そうだねぇ」
なるほどと頷きつつ、ケントとタルトは「各地で素材を集めるのも醍醐味だよなぁ」となんて話をしている。
ゲームのときは、どの武器にどんな素材が必要で、金銭をいくらほど請求されるとか、そういう情報は多く出回っていた。そのため、主要なものに関しては素材や金額を私も覚えている。
けれど、今回はなんと言っても聖なる火柱を使い、新たな杖をお願いするのだ。今までの枠に収まる依頼料だとは考えない方がいいだろう。
……いったい何を要求されるんだろう。
私が難しい顔をしてしまったからか、タルトが「大丈夫ですにゃ?」と心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「ごめんごめん、大丈夫。どんなものを請求されるかわからないから、ドキドキしちゃって」
「みんなでいけば、きっと大丈夫ですにゃ!」
タルトが任せてくださいとばかりに気合を入れてくれたので、確かにみんながいれば百人力すぎるかもしれない。
ああ、新しい杖を手にするのが待ち遠しいね。
なんて私たちの話がまとまったタイミングで、叫び声が聞こえてきた。
「きゃー! なんですかこの炎は!!」
「皆様、すぐお逃げください!!」
声をあげたのは、神殿に勤める神官や巫女たちだった。その顔は青ざめていて、私たちに早く避難するように言ってくる。
ごめんなさい、犯人は私たちです。
『あなたたち、落ち着きなさい! 大丈夫なのだわ』
「ウンディーネ様!?」
『これはサラマンダーの火で燃えた世界樹の樹皮の、聖なる火柱なのだわ。悪いものではないから、安心なさい』
「そうでしたか……」
ウンディーネの言葉を聞いて、この場にいる全員がほっと胸を撫で下ろす。同時に、燃え上がっていた火柱の勢いが落ちて――消えた。
「綺麗な炎でしたにゃ」
「うん。それに、すごくあったかいね」
タルトの言葉にココアが頷いて、少しだけ手で顔を扇いでいる。
「なんだか島全体の温度が上がったみたいだね」
私がココアの言葉を受けてそんなことをいえば、タルトがハッとして私を見た。
「もしかして、〈ノームの卵〉に何か影響を与えたりしてないですにゃ!?」
「え……、ありえそう」
タルトの言葉にすぐさま頷いて、私たちは神官たちにこの場を任せて走り出した。もし卵に異変が起こってしまっているなら、一刻も早く向かわなければ。
世界樹から伝った水が落ち、柔らかくなった砂浜に〈ノームの卵〉を置いて様子を見ていた。
卵が反応していたので、時間はかかるだろうけれど、待てば孵化するだろうと私たちは考えていた。けれど、それがこんなかたちになるなんて。
ざざん、ざざんと波の音が響く砂浜は、先ほど火柱が上がった場所と同じで気温が上がっているようだった。
さすがは聖なる火柱と感心したいところだけれど、今はそれより先に驚くことがあった。
「卵が孵ってますにゃ!」
『ノームが生まれたのだわ!』
『があ!』
タルト、ウンディーネ、サラマンダーの声が重なった。その後ろで、ケントたちも「やった!」と喜びの声をあげている。
ノームの卵は真ん中から二つに割れていて、頭に卵の上部の殻が乗っている。そのまま殻の中でゆらゆらしたと思ったら、こてりと転んでしまった。
「大丈夫ですにゃ!?」
タルトがすぐさま助け起こすと、ノームはにこりと笑顔を見せた。
土の精霊の眷属、ノーム。
二頭身の可愛らしい体型で、体長は三〇センチほどだろうか。茶色の長髪は髭と一体化してしまっているようで口元は見えない。頭には割れた卵の殻をそのまま載せている。気に入ったようだ。
大きなボタンのついた服はゆったりしている作りで、広い袖口からは小さな手がのぞいている。
「土の精霊の眷属、ノーム……。会話はできるのかな?」
私もタルトの横にしゃがみ込んで、ノームを見る。
人間と姿かたちが似ているので、ウンディーネと同じように、私たちと意思疎通ができるかもしれない。
『ノーム、あなた喋れるんですの?』
『……すこし』
『ぎこちないのだわ。……孵化したばかりだから、少し時間がかかるのかもしれないわね』
ウンディーネとノームのやりとりを見て、私はなるほどと納得する。生まれたばかりなのだから、体が馴染むのに時間がかかるのも当然だろうと思う。
「とりあえず、わたしが抱っこしておきますにゃ。ノーム様、わたしはタルトですにゃ。よろしくお願いしますですにゃ」
『よろしく』
ノームはにこっと笑って、タルトを受け入れた。
***
私、タルト、ケント、ココア、ルルイエは、サンゴを相手に神殿の会議室で今後についての打ち合わせを始めた。サラマンダー、ウンディーネ、ノームは世界樹のお世話をすると言って、居合わせてはいない。
「タルトさんたちが島に来てから、枯れていた世界樹は少しずつですが活力を取り戻しています。本当に、これだけでもなんとお礼を言っていいか」
サンゴは目に少し涙を溜めながら、私たちに感謝を伝えてきた。
「そんな! 当然ですにゃ! 世界樹が大切なものだということは、ウンディーネさまたちの様子からもわかりますにゃ。わたしも、早く復活してほしいと思っていますにゃ」
「うん。私も、世界樹が復活したところを見てみたい。だから協力は惜しまないつもりだし、何かあったら遠慮なく相談してくださいね」
タルトに続いて私も告げると、サンゴは頷いて再度「ありがとうございます」と微笑んで本題に入る。
「新しい武器を作るために、世界樹の樹皮などがほしい……ということですよね?」
「そうです」
島のケットシーたちが大事に大事にしている世界樹の一部をくれなんて、とんでもないことを口にしているだろうなという自覚はある。
世界樹は完全ではないが枯れているので、落ち葉はそれなりにある。しかし、樹皮や枝は自然に落ちてくることは少ない。
……もちろん、わざとはいだり枝を折ったりするつもりはない。
しかし、しかし……! 聖なる火柱を立てるのであれば、それなりの量の世界樹が必要なわけでして。
「その、今落ちている葉だけじゃ足りない気がして……」
私がぺしょりとしながら震える声で告げると、サンゴはクスリと笑った。
「大丈夫ですよ。世界樹から落ちた葉や枝は大切に保管していますから」
「えっ!?」
サンゴの言葉にはめちゃくちゃ驚いてしまったけれど、確かに枯れていっている世界樹の一部だ。大事に保管していても、なんら不思議はない。
「ですが、大切なものでしょう?」
「ええ」
私の問いかけに、サンゴはすぐに頷いた。
もし世界樹復活のために、世界樹の葉や一部が必要というのならば話もわかるし、使うこともなんら問題はなかっただろう。しかし今回のことは、世界樹とは無関係の私の杖を新調するために譲ってくれ……というものだ。
……下手したら、ふざけんなって言われても仕方がないのに。
「世界樹が復活し始めている。私にはその事実だけでも十分なのですけれど、しかしケットシーの中には本当に完全復活するのか? と、疑心暗鬼の者たちもいます」
「それはそうでしょうね」
世界樹というものが、そう簡単に復活するとは思えない。今現在復活の兆しを見せていても、どの程度の月日で完全復活に至るかは誰にもわからないのだ。
もしかしたら一年かもしれないし、一〇〇年かもしれない。その場合、希望を抱いたのに世界樹の復活を目にできず命が尽きてしまうだろう。
そこでと、サンゴが提案を口にした。
「私の……〈世界樹の巫女〉のための武器を復活させてはくれませんか?」
「え……?」
予想していなかった提案に、私たちは驚いた。
「巫女の武器があるんですにゃ?」
「でも、復活ってことは……シャロンみたいに、武器が壊れちまったってことか?」
タルトとケントの言葉にサンゴは首を振る。
「代々、〈世界樹の巫女〉だけが持つことを許されたものがあると聞いているわ。でも、今は世界樹が枯れてしまったからか……それがなくて。私は、〈世界樹の巫女〉の役目をまっとうするためにそれがほしい」
「失われてしまった武器の復活、ですか」
なかなかの無茶振りをしてくれると、私は嫌な汗をかく。
ゲーム内で話題になったことがあるものであれば、私の記憶でどうにかなったかもしれない。けれど、世界樹関連は本当に何も手がかりがないのだ。
……とはいえ、助けてあげたい気持ちはある。
ただ気持ちがあったとしても、依頼を達成できるかどうかは別問題だ。仮に、依頼期限が短かったりしたら、可能性は絶望的だろうけれど……さすがにそれはサンゴもわかっているはずだ。
「無茶なお願いをしている自覚はございます。ですので、すぐにとは言いません。ですが、情報を得た場合はすぐに共有していただきたいのです」
「……わかりました。どのくらい時間がかかるかはわかりませんが、私の持てる力をすべて使って武器を復活させてみせます」
「ありがとうございます」
私が言い切ると、クエストウィンドウが目の前に現れる。
【〈世界樹の巫女〉が求める神楽扇】
世界樹に捧げるための舞で使う〈花降る鈴扇〉を〈世界樹の巫女〉の手に復活させよ。
報酬:スキル機能〈カメラ〉の実装
「……は?」
突然の情報量の多さに、私の思考が止まった。




