3 聖なる火柱
私たちが世界樹の元へ行くと、地面には登ったときに落ちた世界樹の樹皮や折れてしまった枝が落ちていた。
周囲には神殿に勤める巫女たちが何人かいたが、落ちたとはいえ世界樹の一部に触っていいのかどうか判断しかねたらしく、少し遠巻きに見ているようだった。
……そうだよね。世界樹はケットシーたちにとってすごく大事なものだもんね。
そんな大切な世界樹を私たちがボロボロにしてしまったのを見て、なんとも言えない気持ちになっているかもしれない。
ちょっと申し訳ないと思いつつ、しかし早急に〈シルフの卵〉を手に入れなければいけなかったので、ここは目をつぶってくれと心の中でそっと思う。
「とりあえず、集めちゃおうか」
「そうだな」
「そうしよう!」
私の言葉に、ケントたちが頷いた。
一つ一つ丁寧に剥がれ落ちてしまった木の樹皮を拾い、一箇所に集めていく。
さすがに全員で作業すればあっという間で、一〇分足らずで全てのかけらが集まった。
……うーん。見た目は普通の、まあ、ちょっと傷んだような剥がれた木の樹皮っていう感じだよね。
「うーん……。どんなふうに素材にしたらいいんだろう?」
「ちょっとわからないね……」
悩む私に、ココアも頷いた。生産職の人に見せたら使い道がわかるかもしれないけれど、私たちのパーティに鍛冶師などの職業はいない。
「とりあえず、いくつか私の鞄に入れておこうかな。もしかしたら何かの素材に使えるかもしれないし! 各自でちょっとずつ持っておくのがいいかもしれないね」
一人がまとめて持っていて、いざ誰かが使いたい時にその人物がいないとなっては大変だ。それならば等分して各自持っていた方が使いやすいだろう。
私がそう提案すると、ケントとココアも問題ないと頷いてくれた。
ルルイエは元々どちらでも良かったようで、判断は任せると言ってくれた。
ひとまず自分の取り分だろう量をしまってから、私は積みあがった樹皮などを指さして、「みんなで分けようか」と言おうとしたところで――『がっ!』とサラマンダーの声が耳に届いた。
ルルイエの頭の上にちょこんと座っていたサラマンダーが飛び降りて、集めた樹皮の前にやってきた。
「サラちゃん?」
思いがけない行動に、私はぱちくりと目を瞬かせる。
今までサラマンダーが自分の意思で何かをするために動いたことはない。タルトの命令を聞くことはよくあるけれど、それ以外の時は大抵タルトの肩や鞄の中にいたり、今みたいにタルトがいないときはルルイエの頭の上だとか、大人しく後ろをついてきたりだとか、そういったことが多かった。
間違っても、自分から何かの元へ行くということはなかった。
「精霊の眷属は、世界樹のために力を使ってるんだろ? だったら、この樹皮に何かしら感じたのかもしれないな」
「確かにそれは一理あるよね」
ケントとココアが悩みつつ、「すごいことが起きるかも!」とちょっと盛り上がっている。
「ウンディーネ様は特に気にしてなかったから、精霊の眷属たちが必要にするっていうのもあまりピンとこないけど……」
もちろん、サラマンダーが何かできるのであれば、それに越したことはないけれど。
「サラちゃん、この木の樹皮で何かできるの?」
私がしゃがみ込んで問いかけると、サラマンダーは『があ!』と声をあげた。素直に受け取るのであれば、できるよと返事をしてくれたのだろうか。
私はケントたちと同じように、期待に満ちた目をサラマンダーに向ける。
「さすがに勝手にするのは良くないから、タルトが来てからにしようか」
私の提案にサラマンダーが素直に頷いてくれたところで、タイミングよくタルトがウンディーネと一緒に戻ってきた。
「お待たせしましたですにゃ!」
「おかえり、タルト。ポーションは大丈夫だった?」
「はいですにゃ」
数が足りないようであれば、素材集めなどの手伝いを……と思ったけれど、問題なかったようだ。
「この島は魔物も出ないので、ポーションの使用頻度はとっても低いみたいでしたにゃ。たまに怪我したときに使うくらいで、自然治癒するのを待つことも多いみたいですにゃ」
「そっか。もしもの時のために在庫を持っておきたいっていう感じだったのかもしれないね」
なるほどなるほどと納得しながら、私は今しがたサラマンダーが樹皮に興味を示したことをタルトに伝える。
「サラちゃんがそんなことを? わかりましたですにゃ! サラちゃんにやりたいことがあるなら、わたしは協力しますですにゃ!」
『この樹皮に使いようがあるなんて驚いたのだわ。サラマンダー、あなた何をするつもりなの?』
ウンディーネも興味津々で、『やるなら早くおやりなさい』とサラマンダーを急かし始めた。
「サラちゃん、いけますにゃ?」
タルトの声に、サラマンダーは頷いた。『キュン』と可愛らしい声を出して、落ちてしまった樹皮と風で散っていた世界樹の葉を少し集めて、そこに向かってガーッと吠えながら勢いよく炎を噴きかけて焚き火を作った。
世界樹の一部で起こした焚き火は、その素材ゆえなのか、それともサラマンダーという炎の金属が作った火だからか、ものすごい勢いの火柱が立ち上り、辺り一面を熱風が包み込んだ。
「――すっご」
思わずもれてしまった呟きも仕方がないだろう。
ゆらゆら揺れる火柱は、パチパチと時折音を立ててキラキラ光る。そのキラキラはまるで星がはじけたようだと思っていたら、パチンパチンと一定間隔で炎の中から星が飛び出してすぐに消えていく。
一体どういう原理になっているのだろう。私がそう考えていると、横にいたウンディーネが口元を押さえながらもはっきりとした言葉を発した。
『聖なる火柱なのだわ……!』
その言葉に私の心の底から記憶が掘り起こされる。
私がシャロンとしてこの世界に転生する前、まだ豊里美月という一人の人間として過ごし、ゲームをプレイしていた時の記憶だ。
このゲームには、伝説の鍛冶職人トトンというキャラクターが存在する。それはプレイヤーなら誰しも知っている|ノンプレイヤーキャラクター《NPC》。
素材等を持っていくと武器を作ってくれるのだけれど、ときおり雑談も口にしていた。その雑談の一つに「聖なる火柱があれば、もっとすごい武器が作れるんだがな……」というものがあったのだ。
プレイヤーたちは聖なる火柱とはなんだ、どこにあるのだと血眼になって探したけれど、残念ながらそれは見つからず……。
次第にその聖なる火柱はお伽噺なのでは? というのがプレイヤーたちの中の共通認識となった。もしくは、未実装だったのか。
「星が散る、聖なる火……」
誰も見つけられなかった聖なる火柱。それが今、私の目の前に立ち上っている。そのことに、高揚する。
まさか世界樹をサラマンダーの火で燃やしたものが聖なる火柱だったなんて。そりゃ見つかるわけもないと、私はついつい苦笑してしまう。
だけど、私は聖なる火柱を見つけることができた。まるで折れてしまった私の武器を復活させろとでも言うかのように。
私はゆっくり聖なる火柱に近づき、折れてしまった〈芽吹きの杖〉を取り出してその場にいるみんなに視線を向けた。
「この聖なる火柱を使うと、伝説の武器を作れる職人がいるの。……私の武器を作りに行っても、いい?」




