2 世界樹の素材
折れた自分の杖――〈芽吹きの杖〉から目が離せなくなる。ゆっくり折れていくそれに、もしかして今が走馬灯なのではとすら思ってしまった。
別に、そんなに良い杖ではない。必死に倒した、初めて倒したボス〈エルンゴアの亡霊〉からドロップしたこの〈芽吹きの杖〉は……確かに、もっと強い杖を手に入れるまでの繋ぎとして使おうと思っていた。
……いつのまにか、めちゃくちゃ愛着が沸いてた。
その事実に苦笑しつつ、けれど私とタルトを助けてくれたのだから立派な最期だったのだと思うことに――という私の思考の端で、「ケント!!」と名前を呼ぶココアの叫び声が聞こえてハッと目を見開いた。
私とタルトはケントの機転のおかげで助かったけど、ケントはそのまま落下していったことを思い出す。
「ケント!!」
「にゃ~~!」
タルトと同時に叫んで、眼下を見ると同時に叫ぶ。
「〈果てなき癒し〉!!」
これは私の視界に入っていれば、どんなに離れていても回復可能なスキルだ。ゲームだったら、絶対に判定がバグってる。
私の回復スキルが間に合ったのか、そもそも張っていたバリアのおかげで無事だったのか、はたまたケントの高レベルの肉体ゆえ実はまったく問題なかったのかはわからないけれど、ケントは落下でうずくまっていた体勢からあっさり立ちあがってみせた。
「よ、よかったぁ~」
「無事みたいですにゃぁ~」
私とタルトは枝の上で抱き合って、ケントの無事にほっと息をついたのだった。
無事に地上に戻ってくることができた。これもすべてはケントのおかげだ。
「ケント、助けてくれてありがとう」
「ありがとうですにゃ」
慌ててケントにかけよると、「余裕」と笑った。
「やっぱレベルと職業のおかげかな? 着地はミスったけど、ダメージはなさそうだったんだよな」
シャロンのバリアのおかげかもしれないけどと付け足しながら、ケントはあっけらかんとしている。
「まあ、それならよかったけど……」
「そうは言うけど、見てるこっちは心臓が止まるかと思ったよ……。私じゃケントを受け止めるなんて自殺行為みたいなものだし」
ココアはぐったりしていて、ケントの落下がかなり堪えたようだ。まあ、誰だってケントが落ちてきたら焦るよね……。
「で、だ!」
そんなことはもういいからとばかりに、ケントがタルトを見た。
「〈シルフの卵〉、ゲットできたんだろ!?」
「はいですにゃ!」
タルトがいい笑顔で頷いて、じゃじゃーん! と両手でしっかり持った〈シルフの卵〉を見せてくれた。小さな羽がついていて、ときおり動いているのが可愛らしい。
「すごい、生命って感じ……!」
羽が動いているので、しっかり生きているということがわかる。
タルトはクエストウィンドウの内容をみんなに共有して、とりあえず今までと同じように卵を孵化させようということで落ち着いた。
***
ここ〈大樹の島〉に滞在する間、私たちは世界樹を守護する神殿にお世話になっている。真珠貝を砕いた素材を使って建てられた神殿はキラキラ輝く白色で、とても美しい。島でも一部のケットシーしか立ち入ることを許されていないのだという。
ふかふかのベッドから出て朝の支度を終えて食堂へ行くと、魚の焼けるいい匂いがただよってきた。ケットシーはお魚大好き種族だからね。
すでにタルトをはじめ、全員が揃っていた。
「お師匠さま、おはようございますですにゃ!」
タルトがぶんぶん手をふり、ケント、ココア、ルルイエも私に気付いて「おはよう」と朝の挨拶をしてくれる。
「おはよう。美味しそうだね、ご飯」
「お魚いっぱいで幸せもいっぱいですにゃ!」
「どれも美味いぜ!」
ニコニコのタルトにケントも賛同して、「早くとって来いよ」と配膳口を視線で示した。
神殿の食堂は料理人が配膳口に定食を用意してくれるので、各自でそれを取りに行って食べるという流れになっていた。
……なんだか学食みたいでちょっと楽しいね。
そんなことを考えながら美味しい朝食をぺろりと平らげた。
食後のお茶を楽しんでいたら、ピピを抱いたサンゴが「相談があるのだけれど……」と私たちのところへやってきた。
「実は、島のポーションの在庫が心許なくて。タルトさんは〈錬金術師〉でしょう? もしポーションを作れるようだったら、いくつか譲ってほしくて……」
「ポーションの在庫がないのは大変ですにゃ! わたしが作ったものでよければ、いくつか在庫がありますにゃ」
サンゴの言葉に、ケントとココアもポーションは大事だとタルトを見て頷いている。特に私たちは冒険者なので、一般人よりポーションのありがたみはわかっているつもりだ。
タルトは〈教皇〉ティティアの専属錬金術師もしているため、普段からよくポーション作りをしているし、ある程度の在庫も〈簡易倉庫〉に入れている。
「ありがとうございます。ご助力、感謝いたします」
「困ったときはお互い様ですにゃ! どれくらい必要ですにゃ?」
そう言いながら、タルトはポーションを取り出して机の上に並べた。それを見たサンゴが、わずかに目を見開いて驚いている。
「〈ポーション〉〈マナポーション〉〈星のポーション〉〈星のマナポーション〉あたりだったら、たくさんあるからいくつでもお譲りできますにゃ! ほかのポーションだと、作るか……材料がない場合は素材採取からになるから時間がかかりますにゃ」
「いえ、出してもらった四種類で十分すぎるほどだわ」
「そうですにゃ?」
それならばと、タルトが席を立つ。
「保管庫があるなら、そこで出しますにゃ」
「案内します。保管庫には素材もいくつかあるので、入用なものがあれば言ってください」
「それは助かりますにゃ!」
タルトは「ちょっと行ってきますにゃ~!」と、サンゴとともに食堂を出ていった。
この島は、外界とのつながりが希薄だ。
住んでいるのはケットシーだけで、私たちが島へくるのも大変だった。そのなかでポーションをはじめとした物資を手に入れるのは、なかなかに大変なことだろうと思う。
……まあ、ケットシーの中に〈錬金術師〉がいたら話は別かもしれないけど。
私がそんなことを考えていると、ココアが口を開いた。
「今日はどうしようか? ノームとシルフの卵をどう孵化させていくか考えなきゃいけないけど、神殿に引きこもって解決策が見つかるかはわからないし」
「それもそうだなぁ。〈シルフの卵〉は、とりあえずタルトの部屋に置いてあるんだよな?」
ケントの言葉に、ココアが「そうだよ」と頷く。
「窓を開けて、その前に置いてあるって言ってたよ。風を浴びるのがいいんじゃないかなって結論になったからね」
シルフといえば風のイメージなので、方向性は間違っていない……ようには思う。けれど、そんな窓を開けておいて孵化したら苦労せんのじゃとも思わなくもない。
『わたくしも、早くシルフに会いたいのだわ』
「……そういうウンディーネ様は、孵化の仕方とかは知らないんですか?」
私が首を傾げつつウンディーネに問いかけるが、『わからないのだわ』と首を振った。
『互いの存在を知ってはいても、関わることはほとんどないのよ。わたくしたちは、それぞれの役目のために生きているのだもの』
ウンディーネは『けれど』と言葉を続ける。
『ほかの眷属たちが眠りについた理由に、わたくしが〈クラーケン〉に三〇〇年捕らわれていたことが関係しているのだとしたら……申し訳ないのだわ』
いつも気丈なウンディーネの表情に、陰が落ちた。
「そんなことは――」
『がうっ!』
しかし私が否定するより早く、テーブルの上にちょこんと座っていたサラマンダーが声をあげた。
サラマンダーは喋れないけれど、ウンディーネの言葉は理解したようだ。そんなことはないと言うように、ウンディーネのことを見ている。
『サラマンダー……。ごめんなさい、わたくし少し弱きになっていたみたいだわ』
ウンディーネは笑顔を見せて、サラマンダーのことを抱きあげた。
『今はうじうじしているより、ノームとシルフを孵すことが先決だものね』
「そうですね。もし何か原因があったとしても、私たちがそれを払拭すればいいんですよ。過去より未来って言いますし」
『そうね』
「「賛成!」」
「ん!」
『があ!』
私の言葉にはウンディーネだけでなく、ココア、ケント、ルルイエ、サラマンダーも返事をしてくれた。
『俄然やる気が出てきたのだわ! ……あ』
「? どうしました?」
ふいに声をあげたウンディーネに、私たちの視線が集中する。
『ケントのせいで、すっかり忘れていたのだわ』
「俺?」
まさか自分の名前が上がるとは思わなかったようで、ケントがぽかんとして「何かあったか?」と頭をかいた。
『世界樹に登ったときのことなのだわ。樹皮がボロボロ落ちてきて、枝もちょっと折れてしまったの』
「……あっ! す、すみません……」
「ひゅっ」
ケントが慌てて謝り、私も犯人の一人ではあるので思わず息を呑んだ。ナニコレ、もしかしてお叱りを受ける展開だったりするのだろうか……?
嫌な汗をかきつつウンディーネに続きを促すと、『怒っているわけではないのだわ』と笑う。
『放置したままだから、片付けましょう。完全復活したわけではないけれど、世界樹の一部だから素材としても使うことはできると思うのだわ』
「それはいいですね!」
素材と告げたウンディーネの言葉に、私はくわっと目を見開いた。
「世界樹の素材! 使い方がわからないですけど、すごいものができそうな予感はします……!」
なんといっても、ゲーム時代に世界樹の存在はなかったのだ。もちろん、世界樹の素材なんてものもなかった。それを手に入れることができるなんて、テンション爆上がりでも仕方がないだろう。
「さっそく世界樹のとこに行こうぜ!」
「タルトが戻ってくる前に集めておこうか」
『なら、わたくしがタルトに声をかけておくのだわ』
タルトへの伝言はウンディーネに任せ、私たちは世界樹の元へ向かった。




