1 シルフの卵を手に入れろ!
――世界樹の復活。
それは今までゲームをプレイしていた時にはなかった、新たなシナリオだ。
世界樹という単語がゲーム内に出てきたことはあったけれど、それが存在しているとか、どこにあるとか、そういった情報は今までなかった。そのため私たちプレイヤーは、いつかアップデートでくるクエストだろうとか、単なるフレーバーテキストだろうとか、そんなことを話していた。
けれど今、その世界樹を復活させるためのクエストが私の眼前で起こっている。
そのことがすごく楽しくて、最近の私はずっと――良く言えば思い切り感情を揺さぶられているのだと思う。
私たちが滞在しているのは、水の精霊の眷属ウンディーネとケットシーたちの愛する世界樹が根付く、〈ケットシーの隠れ里〉だ。
***
てっぺんが見えないほどに高い世界樹を眺めて、私たちはどうするべきか頭を悩ませている。
「ん~~……」
「にゃ~~……」
今の世界樹は色褪せて元気がないけれど、必ず私たちが復活させてみせる――という気持ちはとても強い。
そして、そんな世界樹の木の枝に注目する。
視線の先に捉えたのは、世界樹の枝に作られた鳥の巣だ。その中にある卵にまぎれた、羽の生えた卵。
そう、あれは風の精霊の眷属、シルフの卵だ。
よかったですにゃ。シルフの卵を探すのが。シルフの卵が見つからなかったら大変なところでしたにゃ。
でも、すごい高いところにあるから、どうやって取ろうね。
タルトの言葉に、私は苦笑しながら返事をする。
シルフの卵がある場所は、大体二〇メートルほどの高さがあるだろうか。
その高さを登って鳥の巣から卵を取るというのは、なかなかにハードなミッションだと思う。乗り物のドラゴンがあるからそれで空を飛べたらいいのだけれど、さすがにドラゴンで木の枝には近づけない。大きすぎるからね。
「シルフの卵を手に入れたら、世界樹の復活がぐっと近づくはず」
今のわたしたちは世界樹の復活もそうだけれど、タルトのユニーク職業〈創造者〉への転職クエストも同時に行っている。
――というか、間違いなくリンクしてるよね。
タルトが〈創造者〉になるためには精霊の眷属の力が必要で、世界樹の復活にも精霊の眷属の力が必要。
――ああもう、ぞくぞくしちゃう。
私は世界樹を見上げて、「よしっ!」と気合を入れる。
「登ろう!!」
それしかない!!
世界樹に作られた鳥の巣の中に、風の眷属シルフの卵があった。それを孵化させなければいけない。卵の精霊の眷属は、ノームとシルフ。あと少しで、四属性の精霊の眷属が揃う。
「それにしても高いなぁ~」
ところどころ枝が生えているとはいえ、太い樹皮で登りやすい木ではない。しかし、女には木登りしなければならない時があるのだ。
「こんな高い木、俺も登ったことないぞ」
「木登り名人でもいたらよかったねぇ……」
ケントとココアが隣にやってきて、世界樹を見上げながら呟いた。
私たちのパーティーメンバーは、〈聖女〉の私ことシャロン。〈錬金術師〉で私の弟子のタルト。〈竜騎士〉のケント。〈歌魔法師〉のココア。闇の女神で《料理人》のルルイエ。そしてタルトが使役している精霊の眷属サラマンダー、ウンディーネで構成されている。
まだ一次職のときから知り合い、パーティを組んで一緒に強くなってきた。全員信頼できて、頼りになる強い味方だ。
「とりあえず、まずは俺が登ってみるか。それとも、猫は木登りが上手いって言うし、タルトが案外登れたりする……?」
ケントがタルトを見て、再び世界樹を見ている。
「わたしですにゃ? 木登りなんて、ほとんどしたことないですにゃ。でも、確かに木登りが好きなケットシーは何人か知ってますにゃ」
二人のやりとりを聞き、私は病弱だったタルトのことを思い出す。寝込むことが多かったので、タルトは基本的にずっと家にいたはずだ。なので、ほかのケットシーと比べたら体を動かすのは苦手かも――と考えたけれど、それを圧倒するレベルがあることを思い出した。そこらのケットシーなんて、タルトの足元にも及ばないだろう。私は手のひらくるくる〜、だ。
すると、タルトがちょっとソワソワし始めた。
「も、もしかしたら、わたしも登ってみたら上手かったりするかもしれないですにゃ!」
「いや、やめとこうか」
「にゃ!?」
ちょっと気合の入ったタルトの言葉に、ケントが首を振った。きっとすぐに落ちてしまいそうだと思ったのだろう。
しかし私は可愛い弟子を信じるし、推すよ!
「私はタルトなら登れると思う!」
「お師匠さまっ!」
「しなやかなケットシーの体、瞬発力、周囲の音を拾って、眼だっていい。タルトが木登りが下手な理由がないよ!」
タルトがキラキラした目で私を見てる。
「それに、シルフの卵が欲しいのはわたしですにゃ。だから、私も一緒に登りたいんですにゃ」
「そっか、そうだよな。わかった! タルトも一緒に登ろうぜ!」
ケントがニッと笑って、「慎重にな!」と真剣な声色で告げる。さすがに高レベルとはいえ、あの高さから落ちたらどうなってしまうかわからない。
……〈守護の光〉でバリアを張っておけば、いけるかな?
とはいえ高さは二〇メートル。いけるのか? いけるのか……? わからない。でも、いけると思って登るしかない。
「とりあえず、登るのはケントとタルトと私の三人かな?」
「え、シャロンも?」
ケントは驚いた顔で私を見たがそれも一瞬で、すぐに「シャロンだもんな」と言って笑い出した。これは信頼されていると思っていいのだろうか……?
「私は下で待ってるよ」
『応援してるのですわ!』
「頑張って」
ココア、ウンディーネ、ルルイエがエールを送ってくれる。木登り組と待機組、ちょうどいい具合に分かれることができてよかった。
「もし卵を落としちゃったら、しっかり受け止めてね!」
「やめて怖い!!」
私が笑顔でそう言うと、ココアが顔を青くして叫んだ。
「うわっ、樹皮が結構もろくなってるな……」
世界樹に登り始めてすぐ、ケントが眉を寄せながら呟いた。足をかけたところの樹皮が剥がれて、地面に落下していく。
ケント、タルト、私の順番で世界樹に登り始めた。
……少しでも気を抜いたら、あっという間に地面に逆戻りしちゃいそうだね。
地上では、誰よりもハラハラした様子のサンゴがこちらを見ている。彼女はこの島のケットシーで、〈世界樹の巫女〉だ。私たちが世界樹の樹皮をボロボロ落としながら登っているので、気が気ではないのだろう。
……うん、これはごめん本当に。
「シャロン、タルト、大丈夫か?」
「なんとか!」
「はいですにゃ!」
樹皮が太く登りづらくはあるけれど、ところどころから生えている枝にしっかりつかまれば、そこまで難しくもなかった。おそらくレベルが上がっている分、身体能力が底上げされていることもあるだろう。
あと一応、前だけ見るようにして登ってはいる。別に高所恐怖症ではないけれど、さすがに木登り二〇メートルだからね。
それに、登り切ってから見た方が絶対にいい景色だから!
「うう、木の枝までちょっと届かないですにゃ……」
タルトが困り顔でにゃーにゃー声をあげている。それがちょっと可愛いと思ってしまった私を許しておくれ……と思っていたら、ふいにタルトの尻尾がゆらゆら揺れ始めた。
「にゃにゃ、にゃ!」
そして気合いを入れたタルトは、樹皮をぐっと蹴ってジャンプする。その勢いで枝をつかみ、「やりましたにゃ!」と満面の笑みを浮かべた。
「すごい、タルト!」
これは私も負けていられない! 私たちの支援をかけなおし、深呼吸をしてから登るスピードを早めていく。
負けられない戦いが、ここにあるんだよ……!!
「おいシャロン、無茶すんなよ!」
「私はやるときはやる女だよ……!」
「いやそれはいつもだろうが」
なぜかケントから冷静なツッコミを返されてしまった。
「でもほら、登ってるうちにコツを掴んできたよ」
二〇メートルほど先にあった鳥の巣まで、気づけばもう残り半分というところまできている。案外簡単にシルフの卵を手に入れることができそうだ。
ケントもタルトも木登りに慣れてきたようで、なんだかリズムよく登っていっている。
「わたし、木登り上手かったみたいですにゃ〜〜っにゃ!?」
しかしタルトがご機嫌に登っていると、枝を掴み損ねて「にゃにゃっ!?」と悲鳴をあげて私の上へ落下してきた。
「ちょ――――!?」
まさかの展開に、私は叫ぶ。これ、絶対ケントが最後尾じゃなきゃ駄目だったやつじゃん! いつものノリでケントが先頭に立ったけれど、もしものときのために殿を担当してもらうべきだった。……もう遅いけど。
いや、しかし私は耐えてみせる!!
しまっていた杖を瞬時に取り出して、枝の上に置いて私は枝を挟むかたちでぐっと杖を握りしめた。これでタルトが落ちてきても、支えられるはずだ。たぶん。
「にゃあぁぁ〜〜! お師匠さまああああぁぁ!」
「大丈夫、私が受け止めるから!!」
樹皮にぐっと足をかけて踏ん張ったタイミングで、タルトが私の上へ落ちてきた。さすがに落下してきた勢いがあったけれど、「うぐっ」とうめきつつも私はなんとか耐えた。耐えてみせた……!
「はあ、はっ……よかった。タルト、無事? とりあえず念のため〈癒しの光〉っと」
「ありがとうございますにゃ、お師匠さま。無事ですにゃ」
タルトの表情が安堵で崩れるは、額にはうっすら汗をかいているので怖かったのだろうことがすぐにわかる。
「タルト、シャロン! 大丈夫か!?」
「バッチリ!」
焦り顔で見下ろしてくるケントに無事を伝えると、タルトが近くの枝に手をかけて体勢を立て直した。
「休憩して何かあっても嫌だから、あと少し頑張れそう?」
うっかり気を抜いて落下、みたいなことになっては大変だ。とはいえ、疲れ果てた状態で世界樹に登るのも微妙だろう。そう思いながらタルトに問いかけると、意外にも落ち着いた返事が。
「次は気をつけますにゃ」
「うん。じゃあ、さくっと登って卵をゲットしようか」
タルトが大丈夫そうだったので、私は枝にかけた杖を回収して再び登り始めた。
そして四苦八苦しつつも楽しく登ること三〇分。私たちは、お目当ての鳥の巣がある木の枝まで登ることができた。
「ひゃー、いい景色!」
私は速攻で眼下に視線を向けて、見守ってくれていたココアたちに手を振る。「無事に登れてよかったよ〜!」とココアが少し涙目になっていた。
「たしかにいい眺めだけど、まだまだ上があるんだよな」
そう言ったケントは、首を上へ向けた。雲を突き抜けその背を伸ばしている世界樹は、現時点でどれだけ高さがあるか判断がつかない。
……肉眼では追えないほど高い樹木か。
まさに世界樹と呼ぶにふさわしい――というのに、今の状態が力をなくし枯れている状態に近いというのだから驚くばかりだ。
「それじゃあ、卵を取ってきますにゃ!」
タルトが気合いを入れて、鳥の木がある少し太めの枝へと体を乗り出した。
鳥の巣には卵が全部で四個あり、そのうち一つから羽が生えている。しかも今は親鳥がいないようで、タイミングがいい。
ほふく前進するかたちで、しっかり枝をつかんでゆっくり進んでいく。さすがにこのタイミングで落ちたら助けるのは難しいからね。
「うん、いい感じ」
「タルト、焦るなよ!」
「任せてくださいですにゃ!」
タルトはいい笑顔で返事をして、危なげなく巣までたどり着いた。そのまま手を伸ばして羽のついた卵を手にし、ほっと息をつく。
「――クエストですにゃ!」
【ユニーク職業〈創造者〉への転職】
集まる眷属たちを見て集まった風が〈シルフの卵〉として顕現しました。眷属たちとともに、世界樹を復活させるときが近づいてきました。
タルトからクエストの内容を聞いて、私の胸が高鳴っていく。
「すごい、〈創造者〉まであと少しだ」
「わたし、もっともっと強くなりますにゃ!」
シルフの卵を大切そうに胸に抱えたタルトがこちらに戻ろうとして、しかしその瞬間、すさまじい風を切る音とともに親鳥が帰ってきた。
「にゃっ!?」
「タルト! はやくこっちに!!」
が、突風のような親鳥の勢いは私たちの想定以上の速さだった。タルトがあっさりと吹っ飛ばされて、ケントがどうにか掴まなければと手を伸ばすが――その手は宙を掴む。
「くっそ、タルト!!」
「これ、つかまって!」
私はさっきと同じように、咄嗟に杖を取り出してタルトに伸ばす。
「お師匠さまっ!」
タルトが必死に手を伸ばし、なんとか私の杖の先端を掴んだけれど――タルトの重みで杖がぐんっと下にひっぱられて、私の腕にとんでもない負荷がかかった。
……やっば、腕ちぎれそう! 落ちる!!
「たるとおおおぉぉ!」
気合いを入れるために叫んで、私はぐっと腕に力を込める。すぐ横にいたケントも私の腰に手を回して支えてくれるが、枝の上ということもあってその反動を上手くいなせないようだ。「やべぇ」というケントの呟きが耳に届く。
「「――あっ」」
「――にゃっ」
同時に、私たち三人の体が宙に投げ出された。
「いやああああぁぁぁぁっ!!」
まっさきに私が悲鳴をあげて、どうすれば助かる!? と脳内をフル回転させる。このまま地面に激突したら死んじゃうよ! どうするどうするどうしよう!? っていうか、走馬灯ってないんだ……なんて考えてしまった。まったくもってスローモーションじゃない。
しかし私が打開策を思いつくよりも先に、ケントの叫び声が轟いた。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
その叫びと同時にケントが私のお腹に回した手にぐっと力をこめて、私を世界樹の方へ投げ飛ばした。もちろん、杖をつかんでいるタルトも一緒だ。
「ぴゃああああぁぁっ!」
「にゃああああぁぁっ!」
しかし投げ飛ばされた先にはちょうどいい太い枝があって、私はそれに杖を持っていない方の腕を伸ばしてつかまった。
タルトが落ちないように杖を枝の上に引っ掛けて、これでよしと安堵した瞬間――私の杖がボキッと音を立てて折れた。
――は?
ついにエピソード8、楽しんでもらえたら嬉しいです。
ひとまず毎日更新です。




