第64話 カレン
続きです。
長いですが、どうぞ。
2018/02/06 読みにくい箇所を修正しました。
〜〜 地下工房 〜〜
「ん? 何か音が……」
「うわぁあああああああああああああ!」
ドドドドドドドドドドドド!
ッザァアアアアア!!
「お待たせしました」
「お帰り……。クリザリスさんは、生き、てるんだよね?」
アンジーの腕の中でグッタリしているクリザリスさん。
「問題ありません。……ほっ。生きています」
「今心音確認したよね?!」
「問題ありません」
キリっとした表情のアンジーさん。
まあ、いいか。
「クリザリスさ〜〜ん。工房ですよ?」
ペシペシ叩いてみる。
ピクッと反応した。
「う……。着いたか」
意識が戻ったクリザリスさんがヨロヨロと香油瓶の方に向かう。
随分逞しくなったものだ。
「アンジェリーナさん。「アンジーでいいです」じゃあアンジー、今から言う順番で入れてもらえるかな?」
「はい!」
すっかり仲良くなった様子の2人。
テキパキと香油瓶に何か入れていく。
「それは、何ですか?」
飴色の液体が注がれていくが、そのどれもがいい香りを放っている。
「これは、長時間熟成されたバリスティックローズの香油達だよ。素材同士は反発するんだけど、香油になったものは受け入れてくれるんだ。それが同種の素材なら尚良い。今持ってきたのは、私が作った中でも傑作と言える娘達だ。これから産まれる妹を、導いてくれることだろう」
熱がこもった目で作業を続けるクリザリスさん。
うん、完全に『最後』じゃなくなったな!
見えないところでグータッチする俺、オードリー、ルイーズ。
アンジーはお手伝い中である。
「……よし、安定した。ここから調整が必要なんだが……。正直私の魔力量だと上手くいくかどうか」
腰に手を当て、顔を顰める。
「魔力なら、俺のを使えませんか?」
魔力量なら自信がある。
「んー。それが、ダメなんだ。同じ属性の魔力でも、波長が少し違うだけでそれが香りに影響が出る。無属性魔力の魔石があれば話が別なんだが……」
ニヤァ
「では、俺が無属性魔力を提供します」
「は? 無属性魔力なんて、人が出せるものなのかい?」
俺の言葉が信じられないのか、いぶかしんだ表情をされる。
「俺は諸事情で無属性魔力を出すことができるんですよ。細かい話は後で。これなんですが……」
ブワッと魔力を出し、触ってもらう。
「……?! こ、これならいけるかもしれない。少し試してみよう」
クリザリスさんに魔力が取られる感触がある。
うん、この様子なら。
「おぉ……。これならいけそうだ。すまないが、そのまま魔力供給を頼む」
「はい。いくらでもどうぞ。魔力量には自信があります」
ふぅ〜、と息を吐き、集中しだしたクリザリスさん。
魔力が体内で練り上げられていく。
人の魔力練成過程を感じるのは初めてだけど、凄いな。
丹田を中心に魔力が文字通り練られていく。
徐々に密度、濃度が濃くなり、やがて金色の魔力になっていった。
香油を作るのには、金属製の魔力がいるのか……。
「……やはりまだまだ足りない。エーリくん、借りるね」
「はい。遠慮はいりません。あるだけ持っていってください」
「助かる。……じゃあ遠慮なく」
ズズズズズズ
どんどん魔力が持っていかれる。
この感触、ルイーズとの魔石練成に似ている。
こう言うのには慣れてきたし、魔力も馬鹿みたいにある。
最高の一品を作ってもらおう。
!
クリザリスさんの表情が変わった。
持っていかれる量もかなり多い。
魔力が喉に集まっていく。
詠唱か?!
「我、アーノルド・クリザリスが我が魔力に命ずる。眼科に存するは渇望せりし愛しき赤子なり。我が娘達の力を借り、現世に新しき娘を誕生させん。汝は我が人生、我が命。我に全てを捧げ、愛で包みし最愛の妻の名を与えよう。汝の名は『カレン』。全てを癒す存在なり」
キン!
その瞬間、命が誕生したかのような錯覚を覚えた。
産声が、聞こえる?
他にも幾人かの女性の声が聞こえるような……。
「……ーリ」
ん?
「ーリ!」
「エーリ!!」「エーリくん!」「エーリ様!!」
「ん……?」
「良かった……! 気がついたんですね?」
気がつくと女性陣が俺の顔を覗き込んでいた。
おお、オードリーの膝枕か。
気持ちいいな。
「もう、心配したんですからね!」
顔を赤らめながら怒ってくる。
「んー、とりあえず状況説明を頼む」
「あ、はい。クリザリスさんが詠唱し終わった瞬間、眩い光とともに、香油瓶に何かが飛び込んだように見えました。その後2人とも真後ろに倒れこんできたんですよ。エーリは私が、クリザリスさんはアンジーが受け止めました。で、30分ほどそのままで、今もクリザリスさんは目を覚ましていません。心臓は動いているので、生きてはいるんですが」
とりあえず生きているようで何より。
まああれほどの魔法を使ったんだ。
倒れもするさ。
それにしても。
「何かが飛び込んだ、か」
「思い当たる節でもあるのぉ?」
「ああ。気がつくまで、赤ちゃんの産声と、女性達の声が聞こえていたような気がする」
「多分、クリザリスさんが入れた香油達です」
アンジーがクリザリスさんに膝枕しながら答えてくれた。
「娘達、って言ってたからな。そうかもしれない。生まれたばかりの妹をあやしているのかも」
「う……」
どうやら気がついたようだ。
「『カレン』は……」
「……出来ているようですよ。ご自分の目で、確かめてください」
ゆっくりと視線を伸ばす。
「あ、ああ……。『カレン』だ」
スーッと涙を流すクリザリスさんが見たものは、金と青、2つの色が混じり合う『カレン』の姿だった。
「美しい、わねぇ」
「ええ。とても」
「優しい色をしています」
皆見惚れている。
「『最後』じゃ無くなっちゃいましたね」
「え? ……あ」
今気付いた、という表情をしている。
ふははは!
全ては我ら『虹の絆』の計算通りだ!
「あ〜〜……。やはり私は香油に取り憑かれているんだな」
「それは、違うと思います」
アンジーが『カレン』を見ながら呟く。
「え?」
「カレンさんはクリザリスさんの香油で、幸せになったんです。そして、これからも幸せにしないといけないんです」
「だが、私は……」
「カレンさんの名前をもらったこの子は、人を幸せに出来ませんか? 『エイミー』達は、人を幸せに出来ませんか?」
「そんなことはない!」
俺は『カレン』と『エイミー』を見る。
どちらも素晴らしい香りだ。
「間違いなく、俺達はこの子達の香りで幸せになりましたよ」
全員頷く。
「私には、その資格は……」
「あるでしょう? こんなにいい子達を生み出せるんですから。それに……このままカレンさんの元に行ったって、怒られるだけですよ。『全然足りない』って」
「え?」
「30年サボってたんですから、当然です」
呆気にとられるクリザリスさん。
妻の死を嘆く様を『仕事サボってた』とは……。
クリザリスさんは肩を震わせている。
言いすぎたんじゃないか?
『でももったいないじゃないですか。こんな仕事が出来る人がこのままだなんて』
まあなぁ。
「ふ、ふふ」
ん?
「あははははははははははは!」
「クリザリスさん?!」
痛いとこ突かれて壊れたか?!
「はははは……。いや、す、すまない。カレンを思い出してね」
「カレンさん、ですか?」
「ああ、カレンは怒ることはほとんどない人間だったけど、1度だけ、とても怒られたことがあるんだ。それは、仕事をサボった時なんだよ。『仕事サボっちゃダメでしょ! あなたの香油を待っている人がいるのよ!』ってね。それを思い出して、まるでカレンに言われてるような気がしてね。懐かしさや可笑しさが混じって笑ってしまった」
そう話すクリザリスさんの表情は、清々しい笑顔だった。
「じゃあ……」
「ああ。また、香油を作ろうと思う。ない、と思っていた新しい素材が手に入ったんだ。これからもどんどん出るかもしれないし、その方が、きっとカレンも喜ぶ。今はそう思える」
今は、か。
頭ではわかっていても、気持ちが付いて来なければ意味がない。
心があるからこそ、結果に差が出る。
「素材提供は『虹の絆』に任せてくださいね?」
俺が感慨に耽っていると、オードリーが朗らかにセールストークを行ってくる。
おいおい。
『伝説の香油士の専属なんて、そうなれるものじゃないでしょう? 私達にとっても、紹介してくれたジャンヌさんのためにも、必要なことです』
そ、そうか。
わかった、わかったからそんな目で見るな。
「ああ、素材は君達にお願いする。こんなに良い保存状態は初めてだったしね。君達のことも気に入った。これからもよろしく頼む」
スッと手が伸びてくる。
未来について語るクリザリスさんは、初めて会った時とは比べものにならないほど頼もしく見えた。
その手を、しっかりと握る。
そこに、皆の手が乗せられてきた。
目をしっかりと見る。
「お任せください。これからも、よろしくお願いします。クリザリスさん」
「アーノルドでいいよ。これから業務パートナーなんだ。よそよそしいのはやめよう。敬語も要らない」
「いいんですか? 俺、まだ10歳なんですが」
対外的にも。
「ああ。年齢なんて関係ないよ。君は、君達は尊敬すべき相手で、個人的にも親しくしていきたい。いいんだ」
手を握ったままそんなことを言われた。
なら、応えよう。
「わかったよ、アーノルド。じゃあ俺達も敬称なしで呼んでくれ」
「ああ」
こうして、伝説の香油士、アーノルド・クリザリスは、復活を遂げた。
その後、身の上話をお互いにして時間が経ち、熟成が進んだ『エイミー』『カレン』を持って、カレンさんの部屋に向かった。
「入ってくれ」
アーノルドの先導で部屋へと入る。
アンジーを介して知ってはいたが、実際に見ると息を飲むほどに美しかった。
カレンさんの像は、確かに生きていると言われても納得せざるを得ない出来栄えだ。
俺達が見惚れる中、アーノルドがカレンさんに話しかける。
「カレン。今日、新しいパートナーと、友人が出来たよ。そして、新しい娘達もだ。『エイミー』と、『カレン』だよ」
ゴト、と2つの香油瓶が供えられた。
その時。
「エーリくん、あれ」
ルイーズが指差す方向を見ると、カレンさんの像が青い光に包まれていた。
ぽわっとした優しい光だ。
『アーノルド……』
カレンさんの像の目が開き、話し始めた。
俺達は驚きのあまり動きが止まる。
「カレン? カレンなのか?!」
アーノルドだけは、カレンさんの呼びかけに応えていた。
『………………』
「………………」
最初の呼びかけ以降、2人の会話は聞こえない。
だが、表情をみるに、久しぶりの夫婦水入らずを楽しんでいるようだ。
アーノルドは時折目元を拭いながら、いい笑顔をしていた。
ふっと、カレンさんと目が合った。
『アーノルドを立ち直らせてくれて、ありがとうございます。特に、アンジェリーナさん』
「はい」
『あなたの言葉が、最後の決め手だったようです。本当に、本当にありがとうございます』
2人揃って頭を下げる。
「いえ、私は思ったことを口にしただけですから。アーノルドには、これからキリキリ働いてもらいます。あと、アンジーでいいです」
揺るがないな、アンジーは。
『ふふ。ではアンジー。この人がサボらないよう、たまに見にきてくれませんか?』
「いいですよ、カレン。私達にはいち早く娘さん達を嫁がせてもらわなければいけませんから」
「……アンジー?」
何言ってるの?
「アーノルドの香油は素晴らしいです。市場に出れば確実に売り切れます。それでは専属となった私達が使えなくなるじゃないですか。素材だけ提供して後は自力購入とか、どんな拷問ですか。使えるコネは最大限使わせてもらいますよ」
腰に手を当て、胸を張って言い切ったアンジー。
『絶対に引かん。絶対にだ』そう言っているのがわかる。
『勿論良いですよ。当たり前です。ねえ、アーノルド?』
「ああ、勿論だ。私達2人の、恩人達だからな」
わぁーお、纏まっちゃったよ。
『『アンジー、ナイス!!』』
オードリー、ルイーズから称賛の声が贈られる。
それにサムズアップで応えるアンジー。
まあ、売り切れ必至の商品が確実に手に入るってのは、かなり美味しい話だもんな。
気持ちはわかる。
話が纏まり、少し経った時だ。
「カレンさんは、その。いつまでこちらに居られるんでしょう?」
オードリーが不安そうに尋ねた。
心なしか、カレンが薄くなっている気がする。
『多分、あと数分かしら。ここに居る娘達、アーノルドの想いが呼んでくれたからここに来れたのだけど、それもそろそろ限界ね』
「カレン。私は、頑張るよ。次に君に会った時に、胸を張れるように」
「アーノルド……」
2人は、微笑みながら見つめ合う。
「皆、2人きりにしてあげよう」
「「「はい」」」
俺達は部屋を出て、リビングで待った。
10分後、目元を濡らしながらも、スッキリとした表情のアーノルドが現れた。
どうやら、吹っ切れたようだ。
「カレンは?」
「ああ、帰っていった。『あなたが来るまで、転生しないで待ってるわ』と言ってくれたよ」
「そうか」
色々あったが、アーノルドが死なずに済んだ。
それだけで、この依頼を達成した甲斐がある。
「そろそろ帰ろう。アーノルドも今日一日大変だっただろうし、休まないとまた倒れる。魔法はかけておくから、もう寝た方がいい。ルイーズ、オードリー、3人がかりでやろう」
「はい」「はぁ〜い」
「ありがとう」
【女神の口づけ】を3人がかりでかける。
威力がすごいのか、なんかもう光り輝き始めた。
「神々しさすら感じます」
「やりすぎたかしらぁ?」
「まあ、30年分を取り戻すんだから、大丈夫だろう」
「寝れるんですかね? これ」
……わからん。
「ははは。寝れなかったら娘達の所にでも行って熟成具合を確認するさ。そうだ。まだ完成じゃないが、『エイミー』と『カレン』を少し持って行ってくれ。塗ったり、お湯に溶かしたり、飲んだりしても大丈夫だから、使用感を今度聞かせてくれると助かる」
「わかった。じゃあ明日また来るよ」
「ああ」
『エイミー』『カレン』を受け取り、俺達は『クリザリス香油店』を後にした。
振り返って見た店は、どことなく輝いて見えた。
「さあ、ジャンヌさんに報告しに行こう」
「1週間ぶりですね」
「もう贈り物は届いているわねぇ」
「きっと気に入ってくれているはずです。あれを気に入らない女性はいません」
そんな話をしながら、ギルドへ向かって歩く。
その足取りは、とても軽かった。
いつも見て下さってありがとうございます。
お気に召しましたら、ブクマ、評価をお願いいたします。
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