第63話 〇〇だけ、は魔法の言葉
続きです。
〇〇だけ。そう思っていても、やり始めると結局止まりませんね。
2018/02/06 読みにくい箇所を修正しました。
工房に入ると、酒蔵かと間違うほど、良い香りが充満していた。
「どうやら熟成もうまくいっているようだ」
職人の顔になったクリザリスさんが、一つ一つ香油瓶を確認していく。
「まるで琥珀が液体になったようですね」
黄金の液体は、ゆっくりと瓶の中を動いているように見える。
「ああ、こうなると香りにも奥行きと深みが出てくる。普通はここまでの熟成には10年はかかるんだけどね。この魔導具が熟成を早めてくれているんだ」
「完成、なんですか?」
「そうだな……あと1日も経てば完璧だ。報酬は瓶10本だったね。明日来てくれれば、アンジェリーナさんに入れてあげよう」
これで思い残すことはない、と言いたげだが、そうは問屋が卸さない。
「『青のバリスティックローズ』はどうしましょう?」
ピタッとクリザリスさんの動きが止まる。
「いや、やはり私の仕事はこの『エイミー』達で終わりだよ。自分で言うのもなんだが、私の人生の中で最高傑作だからね」
「でも青い方は香りが『格別』なんですよね?」
「クリザリスさんほどの香油士が『伝説の』、『青いバリスティックローズ』を香油にしたら、どんな素晴らしいものが出来るんでしょう?」
「いや、それでも……」
「『カレン』さんも『伝説の青いバリスティックローズで作った香油』を供えられたら、きっと喜ぶと思いますけどね」
クリザリスさんの身体が震え出した。
「くっ……あ……」
言葉にしないように必死だが、明らかに『作ってみたい』という欲求が身体を満たしているな。
さ、楽にしてあげよう。
「まあ作るかどうかはともかく、とりあえず、この工房で一番大きな香油瓶で、『青いバリスティックローズ』の時を止めてみませんか? 実際半信半疑でしょう? 見るだけみてくださいよ」
「み、見るだけ?」
「そうです。見るだけですよ」
「じゃ、じゃあ少しだけ。……(見るだけ、見るだけだ)」
ぶつぶつと呪文のように言い聞かせながら、クリザリスさんが一際大きな香油瓶を出してくれた。
出したというか、かかっていた布を取っただけなのだが。
「大きい、ですね」
その瓶は全高2mはあるだろうか。
直径もかなり大きく、大人4人は楽に立つことが出来るほどのものだった。
「昔、大量の作れないかと試行錯誤していた時に作ってもらったんだ。結局、この瓶を満たすだけの能力を持った素材は手に入らなかったが」
「本数を入れてもダメなんですか?」
「ああ、一つの瓶に一つの素材。これが鉄則だ。混ぜたり、本数を増やすとダメになるんだ」
ヘェ〜。
「『青いバリスティックローズ』なら、この瓶にふさわしいかもしれませんわねぇ〜」
ルイーズが蠱惑的な指使いで巨大な香油瓶を撫でる。
「と、とりあえず薬液を入れよう」
薬液が溜まる間、クリザリスさんはずっとソワソワしていた。
はははは、まるで始めて風俗に行った若造のようじゃないか!
『エーリは行ったことあるんですか?』
はははは。前世で何度かだけどね。
『後でお話、聞かせてもらいますね?』
え?
『ダメよぉ? 今は繋がっているんだから、そういう事を考えちゃあ』
オードリーがにっこりと微笑んでいる。
俺は引き攣った笑いしかできない。
「は、ははは」
やってしまった……。
「あ、溜まりましたよ」
アンジーが指差すと、全員がバッと瓶の方を見る。
ゴクリ
「じゃ、じゃあ……出してもらっても、いいかな?」
「アンジー、お見せして差し上げて」
「はい」
トプン……
「これが……?!」
「はい。満月の夜、バリスティックローズ達が全て眠りについた時に見つけた、『青いバリスティックローズ』です」
赤と青。
その違いは色だけではない。
赤は比較的真っ直ぐで、花束になった薔薇、そんな感じだ。
だが、青は独特の捻れというか、曲がりがある。
女性の腰からお尻にかけたラインの様なそれは、見るものを強烈に惹きつける。
花びらの艶、輝きも段違い。
恐らく香りも、凄いはずだ。
直接かいだりしたらどうなってしまうかわからない。
そう感じさせるほどの魅力を放っていた。
青いバリスティックローズからは、どんどん青い液体が滲み出ている。
「これは……マズい!」
「「「「え?」」」」
俺達が見惚れているのとは逆に、クリザリスさんは焦っていた。
「この花の香りを、薬液が制御出来ていない! エーリくん、すまないが手伝ってくれ」
ほっほう。
どうやらやる気になってくれたようだぞ?
『『『『計画通り……』』』』
この時の俺達は、さぞ悪い顔をしていただろう。
「わかりました! 指示をください」
「ああ、あの魔導具から『エイミー』に繋いだような管で一番大きなものを持って来てくれ。それを瓶に繋ぐんだ。繋いだら、あそこの青いボタンを押してくれ」
「はい。あれ? クリザリスさん、どこへ?」
何故かクリザリスさんは螺旋階段の方へと走って行く。
「私は必要な物を取ってくる!」
そう言うが、足取りはどこか怪しい。
あの身体ではそう多くは持てないだろう。
「アンジー、頼めるか?」
「はい、任せてください」
力強く頷いて、アンジーが後を追った。
クリザリスさんに頼まれた仕事をこなし、彼を待った。
〜〜 その頃、上階 〜〜
「はぁ、はぁ」
クリザリスさんはバテていた。
無理もない。体力、魔力が回復したと言っても、完全ではない。
この30年殆ど運動などもしていなかったのだ。
むしろよくここまで動けるものである。
「大丈夫ですか?」
「はぁ……うん? はぁ、アンジェリーナさんか。はぁ、はぁ……」
青白い顔、吹き出している汗。
その必死さが、緊急事態であることを表していた。
「お手伝いします。どちらへ運びましょう?」
「つ、妻の部屋だ。だが、君では……」
「大丈夫です。失礼しますね」
ひょい。
小柄なアンジーが、クリザリスさんをお姫様抱っこする。
「えぇ?! ちょ、ちょっと!」
「これくらい大丈夫ですよ。さあ、行きましょう」
アンジーがクリザリスさんを抱っこしたまま、螺旋階段を猛スピードで駆け登っていく。
「うわぁあああああ!!」
螺旋階段はそう大きくないため、クリザリスさんの顔は壁ギリギリを通っている。
「空間把握に関しては、魔法鞄の専売特許です。ぶつけたりはしません」
自信満々のアンジーとは対照的に、クリザリスさんの顔は青ざめたまま戻って来ない。
ザザザ!
アンジーは言葉の通り、一度もぶつけることなく住居フロアに到着した。
「カレンさんの部屋ですね」
「ああ、そう、だ!?」
ぶっ飛ばすアンジー。
もう急がなくてもいいというのに……。
「着きました」
「あ、ああ。ありがとう。ちょっと、待っていてくれるか?」
「構いませんが、助けが必要なら呼んでください」
コクっと頷くと、クリザリスさんは部屋に入っていった。
「熟成的にこれ、これ……あとはこれ、か。くっ! 重い……。仕方がない、か」
扉からクリザリスさんが顔を出す。
「アンジェリーナさん。中に入って、中身だけ収納することは出来るかい?」
そう言ったクリザリスさんは、まだどこか悩んでいるようだった。
「はい。大丈夫です。中にあるのは、『見てはいけないもの』、なのですか?」
その様子から、アンジーは素直に聞く。
その質問に、クリザリスさんは俯く。
「……見てはいけない、いや、そうじゃない。ただ私が、見せたくなかっただけだ。入ってくれ」
「はい」
アンジーの純粋さがそうさせたのかもしれないが、クリザリスさんは誰にも見せなかったカレンさんの部屋に、アンジーを入れてくれた。
「……綺麗」
部屋に入った瞬間の、アンジーの感想。
それは全てを表している。
部屋の中にはカレンさんが居た。
もちろんご本人ではない。
着色され、生きていると見紛うほどにリアルな、カレンさんの像である。
その周りに、何十本もの香油瓶が置かれ、魔導具の灯りがそれを照らし、幻想的な光景になっていた。
「帝国内では、ミルク様以外のこうした像の製造は犯罪だ。このカレンの像も、ミルク様の像だと偽って運んで、親しかった職人にこの部屋で着色してもらったんだ。人には、見せられない」
「この方がカレンさん、なのですね。まるで生きているようです」
「……ありがとう。私から見ても、この像はカレンそのものだ。さあ、仕事に取り掛かろう。私が指示する瓶から、必要な量の香油を収納してくれ」
「任せてください」
グイっと腕まくりして答える。
2人は作業を進めていった。
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