第62話 『虹の絆』の企み
続きです。
虹の絆の色には黒も含まれております。
2018/02/06 読みにくい箇所を修正しました。
「どうぞ」
食後の片付けをした後、お茶を入れる。
クうリザリスさんは綺麗になった部屋を見渡し、何か考えているようだった。
「ああ、ありがとう」
皆で座ってお茶を飲む。
うん、おいしい。
「今回の依頼、バリスティックローズオイルを作ることが目的だったんですよね? 知人から、30年ぶりと聞いたのですが、どなたかに頼まれたのですか?」
「いや……」
カップをを下ろし、ジッとお茶を見つめている。
「掃除をしていたなら気づいただろうし、先程も話に出たが、私にはカレンという妻がいてね。毎年、記念日には私が作った香油を贈っていたんだ」
「写真の方ですね?」
「ああ。小さい頃から付き合っていて、帝都に移る時に結婚を申し込んだ。二つ返事で了承してくれたよ。あの時は人目も憚らず叫んだものだ」
昔を思い出したのだろう、目を細める。
カップの淵を親指でなぞっている。
「そのまま、帝都で店を始めて、私の香油は売れ始めた」
「聞きました。すぐに売り切れになる程だったと」
「そうなんだよ。1番凄かった時は、行列が2ブロック先まで伸びていたようだし」
帝都の2ブロック……確か500mはあるぞ?
「それは……確かに凄いです。人気店でも長くて数十mが精々ですし」
オードリーは信じられないと言った表情だ。
「毎日が忙しかった。自分の作ったものが評価されて売れていく。自分の作ったものが人を幸せにしている。職人としてはかなり充実した数年間だった。……ただね」
目から輝きが消えていく。
先程までとは打って変わって、苦々しい表情になった。
「夫としては最低になっていった」
ギュウッとカップを握りしめる。
「最低、ですか?」
「ああ。人気が出るにつれ、常に新作を求められていったんだ。そんな簡単に出来るものでもないのにね。当然といえばそうなのかもしれないが……。私は店を妻に任せ、様々な場所に赴いて色々な素材を集めた。素材が手に入ったら工房に引きこもって実験の繰り返しさ。あの頃、妻と殆ど会話した記憶がない。話していても、頭の中では実験結果の考察で忙しくて、多分『ああ』とか『そうだね』しか言ってなかったんじゃないかな」
「奥様が可哀想です」
「アンジー……」
そっと髪を撫でてやる。
「そう、そうだよ。私は妻を顧みず、仕事に没頭した。いや、妻が没頭させてくれていた。そうして、今日も作ったバリスティックローズオイルが完成したんだ」
あれが研究の成果だったわけだ。
「出来た時、喜びの中でふっと妻の顔が出てきてね。急いで上に上がったよ。『カレン、出来たぞ。最高傑作だ』そう叫んだ私の目には、倒れている妻の姿が目に入った。あれだけ美しかった妻が、こけて青白い顔をしていたんだ」
皆下を向き、一様に沈んだ顔をしている。
「医者からは極度の過労と、過労による内蔵の病気と言われた。もう限界に来ている、と。なぜこれほど放置した、こんなにやつれているのに気づかなかったのか、って医者に言われて、気づいたんだ。ここ1年間、妻がどんなだったか……思い出せない自分に」
ポタポタと、涙が手に落ち、濡らしていく。
「そこから妻の看病が始まって、在庫を最後に店を閉めた。妻から『ごめんね』って言われた時は、心臓が潰れたんじゃないかってくらい胸が締め付けられた。私は、妻を幸せにするどころか、命を削ってしまっていたんだ」
その場にいる全員が泣いていた。
アンジーはルイーズにしがみついている。
その頭を撫でるルイーズの頬にも、光る筋が見えた。
オードリーは両手を目に押し当て、肩を震わせている。
俺は、泣きながら、ずっとクリザリスさんを見ていた。
「……そうして1年が経った頃、妻が逝ったんだ。26歳だった。まだまだ、まだまだ……まだまだ長生き出来たんだ! 私が妻を見ていれば! 妻の優しさに、妻の哀しみに気づいていれば!」
握りしめた拳からは、血が滲んでいた。
「クリザリスさん。血が出ています」
「え? あ、ああ」
魔法で傷を塞ぐ。
「妻の最期の言葉がね。『これからもあなたの香油で、人を幸せにしてね。私は、幸せだったわ』だった。死ぬまで、私のことを考えてくれたんだろう。そうして、私は最愛の妻を、カレンを失ったんだ」
そう話すと、クリザリスさんはふー、と息を吐き、椅子の背もたれに寄りかかった。
「カレンにそう言われたものの、そこから今まで、記念日に香油を供える以外、仕事をする気にはなれなかった」
「では、なぜ今回だけ?」
「今年で付き合い始めて50年の節目なんだ。キリもいいし、ちょうどいいと思ってね。最上の物で、最高傑作も作れた。職人としての集大成だ。思い残すことは、ないんだよ」
これまでで一番優しい顔になった。
まずい。覚悟が、決まっている。
何か、何かないか?
強烈に興味を引く何か。
……
……
……
あっ!
「あの、クリザリスさん」
「なんだい?」
「バリスティックローズを採取した時に、ちょっと珍しいものが一本だけあったんです。バリスティックローズだと思うんですが、色が違っていて」
「色?」
ピクッとクリザリスさんの片眉が上がる。
「はい、一本だけ、青かったんです」
「青!?」
ガタッと椅子から立ち上がり、驚きの表情で俺を見つめる。
「クリザリスさん?」
「あ、すまない。青いバリスティックローズ……。いや、まさかそんなはずはない、か」
興味は、引けた。
右耳を触る。
皆、多分ここが正念場だ。
協力してくれ。
『喜んで。このまま終わりになんかさせません』
『腕のいい職人は貴重なのよぉ〜。死なせたりしたらもったいないわぁ』
『カレンさんのために』
よし、やろう。
「その一本、完全体でアンジーが保管しています」
「鮮度は抜群です」
「何だって?!」
信じられない、といった表情のクリザリスさん。
「青いと何かあるんでしょうか?」
オードリーが首を傾げて尋ねる。
「青いバリスティックローズは、伝説なんだ。見た、と言う人はいるが、証明できた者はいない。文献にも『存在するようだ』とだけ書いてあって、その香りは、格別のものだと言われている。本当に、持っているのか?」
「今すぐ見せることが出来ますけど、鮮度を考えたら、工房の方が良いですよね?」
「あ、ああ。熟成状態も気になるしね」
食いついた!
このまま煽り続けるぞ。
『『『了解』』』
工房への螺旋階段を降りている時も、時々ちらっとこちらを見てくる。
ふふふ、『最後の仕事』が揺らぎ始めた。
いつも見てくださってありがとうございます。
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