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第60話 伝説の香油士

続きです。


バリスティックローズを依頼主に届けます。


2018/02/06 読みにくい箇所を修正しました。

「ここ、かな?」

「ええ、多分」


 俺達は今、依頼主、アーノルド・クリザリスの住んでいる家に、来ているはずだ。

 はずだ、と言うのは、見た目的に人が住んでなさそうに見えるので、自信が持てずにいる。

 元は店だったのだろう、という外観なのだが、窓にはカーテン、看板は傾き汚れていて、辛うじて『クリザリス香油店』と見える。


「一応住所的にはここよねぇ……」

「すんすん。……食べ物の匂いがするので、人はいるようです」


 もはや超能力の域に達してるぞ、アンジー。


「じゃあまずは」


 コンコンコン


「すみませーん。クリザリスさんいらっしゃいますかー?」


 反応なし。


 ドンドンドン

「クリザリスさーん! ご依頼の件できましたー!」



 ガチャ


「……はい」


「え、と。Cランク『虹の絆』です。ご依頼の品をお持ちしました」


「……どうぞ」


 出迎えてくれたクリザリスさんは痩せこけていて、既に死んでいるんじゃないかと思うほど、目に光がなかった。

 この人が、伝説の香油士?


「お邪魔します」


 家の中も外観と変わりなく、廃墟のようだ。

 壊れた商品棚、転がっている香油瓶。

 破れたポスターには、『Sランクの』という言葉が何とか読める。


「こっちだ……」


 奥に通じる扉に入っていく。

 ついて行くと、住居スペースだった。

 ここは辛うじて生活感があるが、動線上以外は埃だらけだ。


「すまないね、人なんか来ないから」

「いえ。構いません。手伝いましょう」


 手分けして椅子とテーブルを布巾で拭いながら話した。

 ようやく座れる状態となり、全員で椅子に座った。


「自己紹介がまだだったね。アーノルド・クリザリスだ」

「『虹の絆』エーリ、オードリー、ルイーズ、アンジェリーナです」


 皆、会話は俺に任せてくれるらしく、大人しく座っている。


「それで、依頼した花は手に入らなかったのかな……。見たところ持っていないようだし」

「いいえ、手に入りました。ウチのアンジェリーナは魔法鞄なんです」

「ほう、若いのに魔法鞄とは。なら花はまだ出さないでくれ。鮮度が落ちる」


 花がある、と言った時、少し目に輝きが戻ったように見えた。

 やはり、待っていたのだろう。


「地下に工房があるんだ。そこで出してもらうよ。付いてきてくれ」


 更に奥の部屋へ行くと、地下へ通じる階段があった。

 ルイーズの工房を思い出すな。

 あの時は貞操の危機を感じていたけど……。


 ルイーズを見ると、パチリ、とウインクされた。

 同じことを考えていたらしい。


 螺旋階段を降りて行くと、少しずついい香りがしてくる。


「これは、香油の匂いですか?」


「……ああ」


「いい香りですね」


「……」


 その後は黙って地下へと降りて行く。


「ここだよ……」


 ギイィ


「「「「うわぁ……」」」」


 重い扉を開けたそこには、大小様々な瓶に入った、色とりどりの油に入った花が並んでいた。


「初めて香油瓶を見ました……!」


 抑えきれない興奮が声に反映される。

 きっと目も輝いているだろう。


「……花によって油に着く色が変わるんだ。花の良し悪しで香りの全てが決まる」


 それを感じ取ったのか、クリザリスさんは少しだけ説明してくれた。

 表情は暗いままだ。


「この瓶に一本ずつ入れていってくれ。それで花の時が止まる」


 そこには50本の大きな香油瓶が置かれており、中には液体が満たされていた。


「アンジー、指示された通りに」

「はい」


 アンジーは瓶に近づくと、一本ずつ液体の中にバリスティックローズを入れて行く。


「これは……!」


 目を見開いたクリザリスさんが、瓶の中の花を食い入るように見ている。


「あの、何か不手際がありましたか……?」


 流石に不安になって尋ねた。

 採取は初めてだったから、もしかしたら完全体じゃなくなっていたのかもしれない。


「……だ」


 ?


「完璧、なんだ……。花が摘まれたことに気づいていない……」


 ほっ。


「それは安心しました。恐らく全てこの状態だと思われます。ご確認ください」

「なっ?! ……ああ」


 それからクリザリスさんは全ての瓶を確認し、


「……はは。はははははははは……」


 泣きながら笑っていた。


 言われなくても、期待を超える結果が出せたのだろうとわかる。


「ああ、すまない。これまでの人生で、これほどいい状態の花に出会ったことはなくてね。まさか最後の最後に、こんな上物で香油が作れるとは」

「最後、ですか」

「ああ……。この仕事が終わったら、ここじゃない、遠いところへ行こうと思っていてね。ああ、依頼は達成だ。期待以上だったよ。これが証明書だ」


『遠いところ』か。

 その意味するのは恐らく……。


「もしよろしければ、その仕事、見せていただくことは出来ませんか?」

「え?」

「知人から聞きました。クリザリスさんは『伝説の香油士』だって」


 少し目を開き、その後俯く。


「私は『伝説の馬鹿野郎』だよ」

「それは、どういう……」

「……なんでもない。まあ、最後だからね。見ていってもいいよ」


 少し笑いながら、作業を始めるクリザリスさん。

 重たい瓶を持ち上げると、よろめいた。


「あっ?」

「おっと!」


 間一髪、支えることに成功した。


「……すまない。思っていたより体が鈍っているようだ」

「皆、手伝ってくれ。これをあそこにセットすればいいんですか?」

「あ、ああ」

「ルイーズはあちらを」

「りょうかぁ〜〜い」

「私はあっちをやります」


 テキパキと4人でセットしていく。

 およそ5分で終わった。

 クリザリスさんには座って待っていてもらった。


「終わりました。次は何を?」

「いや、ここからは私でないとダメだ。ありがとう、見ていてくれ。最高傑作を作るよ」


 ふっと優しい笑顔を向けられた。

 何故だろう、俺に言ったはずなのに、他の誰かに言っているような気がした。


 そこから俺達は観客になった。


 クリザリスさんの魔力がバリスティックローズが入った香油瓶に注ぎ込まれる。

 パイプが繋がった機械からは、ボコボコと液体が湧き出している。

 溢れ出た魔力光が、まるで流星のように宙を舞った。


「凄い、ですね」

「腕がいいと、その仕事は人を魅了するのよねぇ」

「わぁ〜〜〜」


 オードリーとアンジーの目はキラキラと輝き、ルイーズは自分も職人だからだろう、クリザリスさんの仕事から、重なる思いを感じているようだった。


「流石、『伝説の香油士』だな」


 時間が進むごとに、部屋の中を芳しい香油の香りが満たしていく。


「さぁ、おいで。君の香りが、君の想いが、皆を幸せにするんだ。私からは愛と、名を贈ろう。君の、君達の名は……」


 魔力光が強さを増していく。


「『エイミー』」


 一際強い光が瞬き、50本の香油瓶に注がれていった。

 そして……


「完、成だ……」


「クリザリスさん!」


 ガクッと崩折れるクリザリスさんを支える。


「お見事でした」

「ははは、自分で言うのもなんだが、最高傑作だよ。最上の素材を使わせてもらったからね」

「素材だけではこうなりませんわぁ。素晴らしい腕です」

「感動しました。まさに、魔法です」

「綺麗だった……」


 クリザリスさんの最高傑作、『エイミー』は、その香りもさることながら、瓶に入ったバリスティックローズがとても美しい。


「これは、満月に採取したんだね」

「はい。わかりますか?」

「ああ、バリスティックローズは満月に取れたものが最上なんだ。ただ、満月の時は警戒心も高くなるから、完全体が50本だなんて、奇跡としか言いようがない。依頼書にはああ書いたが、10本もあれば御の字だと思っていたよ」


 そうだったのか。

 パターンが変わらなかったことが最大の要因だな。

 これでもし、満月限定のパターンとかだったら、詰んでた。


「この後の作業はありますか?」


 オードリーがクリザリスさんを支えながら聞く。


「ここから更に熟成に入る。ただ、後はこの魔導具がやってくれるから大丈夫だ」

「じゃあまずは休みましょう。さあ、こちらへ」


 クリザリスさんを住居スペースまで運び、ベッドに寝かせた。


 念のため、聖と精の合成魔法、【女神の口づけ】をかける。

 これで体力、気力共に癒えていくはずだ。


 優しい光に包まれ、クリザリスさんは眠ってしまった。


「これからどうするのぉ? 多分数時間は起きないわよぉ〜」


 このまま帰ってもいいが……。


「クリザリスさん、多分この仕事が終わったら死ぬつもりだろう」


 皆を見ると、驚いた様子はない。

 まあ、気づくよな。


「かと言って、私達に出来ることはあるのでしょうか……」

「多分今、人生の一区切りがついちゃったわぁ。そこから生きよう、と思わせるには、相当な理由が必要よぉ〜」


 どうしたものか……。

 陰鬱な空気が部屋に漂う。




 パン!

「お掃除をしましょう」




 急にアンジーが手を叩いて、そんなことを言う。

 なんで掃除?


「こんなに埃が溜まっている部屋にいるから、気分も上がらないんです。見たところご飯も満足に食べていないようですし。綺麗な部屋で皆でご飯を食べれば、生きる気力も湧いてくるはずです」


 ふん! と鼻息荒く、アンジーはやる気のようだ。


 掃除……か。

 うん、いいかもしれない。


「よし、手分けしてやろう。掃除に使うくらいなら魔法を使ってもいいのか?」

「はい。生活魔法の規模なら」

「わかった。俺は店の方を、アンジーは台所を、オードリーは居間を、ルイーズは客間を頼む。その後は各々の遊撃になろう。そうだ、ゴミっぽいものでも思い出の品の可能性があるから、綺麗にするだけで置いておこう。それから……」


 とある方向を向く。


奥さん(・・・)の私物は埃を取るだけにして、極力触らないように」


 全員頷いた。


「じゃあ、始めましょうかぁ」


 ルイーズの声で一斉に動き出す。


 埃や割れた瓶、生ゴミなどは分別してずた袋に入れる。

 これだけでもだいぶ綺麗になる。


 複数の雑巾を濡らし、ゲム魔法で掴んだら、複数箇所を一気に拭き掃除する。

 こういう時にもゲムは便利だ。



 埃を被っていた写真立てを拭くと、若いクリザリスさんが、店の前で女性と並んでいる写真が現れた。


「やっぱりか……」


 横にいるのは奥さんだろう。

 写真の中の2人は、とてもいい笑顔をしていた。


「何があったんだろうな……。っと。片付けだった」


 思考の渦に落ちそうになるのを堪えて、俺は掃除に戻っていった。

本編が60話に達しました!

わざわざ報告することでもないんですが、作者からすると思い入れがあるので書かせてください。


見てくださってありがとうございます。

これからも毎日投稿していきますので、よろしくお願いします。

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