第50話 母は強し
続きです。
メイガード家のお母様、マチルダさんが登場です。
2018/02/03 読みにくい箇所を修正しました。
「ふう。やっぱりこういう嫌な人はクドいですね。胃がムカムカします」
胃のあたりをさすりながら、アンジーが顔をしかめる。
目は元どおりだ。
「ア、アンジー。何やったんだ?」
皆目を丸くしている。
「? 食べました」
「食べた?! 殺し、たのか?」
表現上、そう判断するしかないが……。
「まだです。あ、食べたって言うのは、収納したってことです」
ふう……。
そう言うこと、か。
「焦りましたね」
「ちょっと咀嚼する所想像しちゃったぁ」
怖いこと言うな!
「まだ。ってことはいつでも出来るんだろうね。アンジーちゃんすごい!」
「えっへん。私は凄いです」
場の空気とは裏腹に、アンジーのご機嫌は直ったようだ。
「アンジェリーナさん。息子は、ライアンは生きているんだね?」
冷や汗をかきながら、アルベルトさんが尋ねる。
あんなでも息子だしなぁ。
「はい。でもエーリ様のご命令があれば、いつでも消化出来ます」
生物も入れられる魔法鞄、か。
やはりアンジーは相当凄い。
「エーリくん、この通りだ。ライアンを出してやってくれないだろうか」
アルベルトさんが頭を下げる。
うーん。正直……出したくないな。
「アンジーちゃん。あの人って今どんな状態なの?」
ステフがアンジーに問いかける。
ベルウッドさんが言ってたな。
確か魔法鞄の中は、
「時間が、止まってるんじゃないか?」
「今はそうです。でも、思考だけ動かしてあげることも出来ます。私達、昔は生きた牢獄として使われていたこともあったようです。魂の記憶に、そう刻まれています」
「なるほど……生きた、牢獄」
殺すことはいつでも出来て、身体を衰えさせず長い時間拘束可能……。
食事も睡眠も必要なし。思考だけが許可される。
いつ訪れるともしれない死に怯えながら、自分では死ぬことも出来ない。
考えただけで恐ろしいな。
「私なら絶対に嫌です」
「私もぉ。永遠に生きることができるかもしれないけどぉ、なんの意味もない不老不死だわぁ」
「うーん。でもアンジーちゃんがかわいそうだよ。胃もたれしてるんだし」
確かに。
「アンジー。ライアンさんの意識を覚醒させて、今の状況を教えてやれ。外の音や映像は流せるのか?」
「はい、可能です」
「よし、じゃあやってくれ」
……
「終わりました。なんかいっぱい喚いてますが、遮音しました」
それでいい。どうせ悪態ついてるだけだろうしな。
「エーリくん……頼む!」
「頭を上げてください、アルベルトさん。どうやら今はまだ、ライアンさんは落ち着いていないみたいです。今出しても、なりふり構わず襲ってくるだけでしょう」
「では、どうすればいいんだい? 私に出来ることならなんでもしよう」
「そうですね。もしこのまま私達に危害を加えるつもりなら、ジャンヌさんに全てを話さなくてはなりません」
「……なんか凄いです。泣きながらやめてくれって言ったり、殺してやるって言ったり。忙しい人ですね」
猛省してもらおう。
絶対に知られたくない相手に知られるかもしれない恐怖。
とくと味わえ。
「お待たせ兄さん。……あれ? 兄さんは?」
そこへタイミングを計ったかのように、ジャンヌさんが戻ってきた。
この人、わざとやってるんじゃなかろうか?
そう思えるほどのタイミングだった。
「あ、ああ。ライアンは、そう! 忘れ物を取りに戻っていてね。まあ、その内戻ってくるだろう」
何とか笑顔を取り繕ったアルベルトさん。
少々引き攣っている。
「えー。これどうするのよ」
手に持った皿を見つめ、ジャンヌさんがボヤく。
「私がいただきます」
「あらそう? ありがとう、アンジー」
ジャンヌさんからご飯をもらって、アンジーはもくもく食べている。
さあ、お仕置き開始だ。
「そういえば、私たちの家族構成は似ていますね。両親と兄、妹で」
「あら、そうですね。ステファニー様は良いですね。エーリ様がお兄様で」
「ありがとうございます。自慢の兄です。少々規格外ですが。ライアンさんもカッコいいですよね!?」
『どうしようもないシスコンですけど』
お前も顔と思考が合ってないぞ。
「お兄ちゃんもね』
「確かに強いですし、私のことも大事にしてくれますが、過保護というか。時々うんざりする時があるんですよ。本人には言えませんけど」
『血反吐吐いてのたうってます』
素晴らしい。続けよう。
「そういえば、母の友人が昔、とんでもない兄を持った妹の話をしてくれましてね」
「ほう、それはどんな?」
アルベルトさんも協力的だ。
「傍目にはとても仲がいい兄妹なんですが、兄の方が一方的に妹を愛していまして。妹と仲良くなる人間全てを兄がチェックして、そのお兄さんが付き合ってもいいと判断した人間以外は、妹さんに近づかないように排除していたそうなんですよ」
誰かさんみたいですね〜。
「うわぁ……」
「ジャンヌさん、こんなお兄さんどうですか?」
「無理、ですね。家族でいることもやめてほしいです。正直、血の繋がりを持っていることも呪いたくなるレベルですよ」
120点の解答ありがとうございまーす!!
……様子はどうだい?
『涙、涎、鼻水を垂らしながらピクピクしてますね。まあ魂だけですが』
効果は上々のようだな。
よし、追い込みだ。
「そうですよねー。実際その方の妹さんも同じような態度になったそうなんですが、そのお兄さん、『お前を愛してるんだ! 全てはお前のためなんだ! 俺以上にお前を愛している奴はいない!』って言ったらしいんですよ」
『あ、復活しました。……そうだ、ジャンヌならわかってくれる! って言ってますね』
ほほ〜う。
「ジャンヌさんがもしその妹なら、どんな言葉をかけますか?」
ジャンヌさんはしばらく考えた後、にっこり笑って答えてくれた。
「私のことを愛しているなら、今すぐ死んで。それが出来ないというのなら、家族の縁を切った上で、誰とも会わず、一人で生きて一人で死んでください」
俺は満面の笑みを浮かべ、アンジー以外のその他全員が笑いを堪えるのに必死だ。
『あっ』
どうした(笑)? アンジー。
『魂が消滅しかけたので、時間を止めました』
はははは。どうやら相当なダメージを与えることに成功したらしいな。
「いやー、しょうがないお兄さんを持つと、妹は困っちゃいますよねぇ」
「本当です。その方のその後が心配ですよ。どうなったんですか?」
「同じようなことを言われて、廃人同様でいつのまにかいなくなっていたらしいですよ」
「まあ、当然でしょうね」
いやー、大満足の結果になったようだ。
『嬉しそうですね、エーリ……』
『黒いエーリくんも素敵よぉ』
褒めるな褒めるな。
アンジー、出すとしたら場所は選べるのか?
『帝都は色々制限があって遠くへは無理です。精々数メートル離すのが精一杯』
十分だ。
玄関先に出してあげなさい。
『はい』
ドサ。
玄関先にライアンさんが落ちたようだ。
ガチャ。
顔面蒼白のライアンさんが戻ってきた。
ジャンヌさんを見て今にも泣きそうである。
「ん? 兄さん? いつの間に帰ってたの? っていうか顔色悪いよ、大丈夫?」
「ああ。ジャンヌは優しいな……。エーリくん、ただいま」
大丈夫? の辺りで元気を取り戻すところが重症度を表している。
まだやる気か?
ガチャ。
ん?
「ただいま。あら、お客様ね」
ライアンの後に入ってきた女性は、ジャンヌさんをきつくしたらこうなるだろうな、と思わせる顔をしていた。
十中八九ジャンヌさんの母親だろう。
とてつもなく美人である。
その顔から、仕事ができて、自分にも他人にも厳しいのだろうことは予想がつく。
この人に逆らってはいけない、本能がそう警鐘を鳴らす。
みんな、行儀良くな!?
『『『『もちろん』』』』
「お初にお目にかかります。ミルク村、ルークとミリアの子、Cランク冒険者のエーリと申します。本日は家を貸していただいたご縁で、こうして夕食にお招きいただきました。こちらの妹ステフ、パーティメンバーと共に、お邪魔させていただいております」
「ご丁寧にありがとう。アルベルトの妻、帝都中央ギルド特級受付のマチルダ・メイガードです。あなたがジャンヌが言っていた冒険者ね。……ランクが上がれば私が担当してあげるわ」
「母さん?!」
にっこりとそう言われる。
『光栄に思え』。そう言われたに等しい。
「ジャンヌ。いつまで上級で満足しているつもり? 早く上がってこないと、この子はどんどんランクを上げるわよ。その時あなたが上級のままなら、私が取ります」
「もう! わかってるわよ! 今年中に特級受かってやるんだから!」
……ドユコト?
『上級受付は、Aランクまでしか扱えないんですよ。つまりマチルダさんは、エーリがSランクに上がると思ってるんでしょうね』
めっちゃ買いかぶられている気がする。
『でもぉ、最低限のAランクくらいにならないと入れない場所とか多いからぁ、あげておくに越したことはないわよぉ〜?』
とは言ってもなぁ。
「ところで」
急にマチルダさんの声の温度が下がる。
その場にいた人間全てがビクッとする。
「ライアン、何かしたわね?」
「え……?」
ライアンの顔に脂汗が浮かぶ。
アルベルトさんがゴクリと唾を飲み込む。
ジャンヌさんが笑顔で数歩下がる。
皆! 離脱!
ザッとその場から下がる!
「待って母さn バチン!! ズパン!!
シュー……
そこには、轢かれた蛙の様に延びたライアンがいた。
恐らくただの張り手だが……。
Sランクを、一撃、だと?
「……ふう。大方あなたが何かしたんでしょう? アルベルト、後で話を聞かせてちょうだい」
「は、はい」
アルベルトさんも青い顔で笑顔を作っている。
あれだけ上機嫌に飲んでいたというのに……。
「S、ランクのライアンさんを一撃。その、マチルダ様も冒険者、だったのでしょうか?」
ス、ステフ?!
お前何を?!
「え? いやーねぇ。私はか弱い受付嬢よ? まあ年齢的に嬢、というには些か年を取ったけれどね。魔力も持っていないし」
「それで、その強さなんですか?」
説明がつかないその強さは一体……。
「母さんはなぜか、SとかSSランクの人に一目置かれるんですよね。最初は舐めてかかっていた人達も、いつのまにか敬語になってますし。秘訣を聞いても教えてくれないんですよ。『ただお話ししただけよ』って」
「「「『お話し』……」」」
俺、ステフ、オードリーはその意味するところがわかり、背中に冷たいものが流れた。
「妻の、マチルダの二つ名、教えてあげようか?」
アルベルトさんが、引き攣った笑顔を向けながら話しかけてくる。
「は、はい。是非とも」
聞くのが怖い。
「【女帝】、マチルダ」
納得!!
「嫌だアルベルト、恥ずかしい!」
バチン!!! ズパン!!!
シュー……
「はははは……」
俺達は、ただ笑うことしか出来なかった。
強い女性は美しいです。
見ていただいてありがとうございます。
これからもがんばって書いていこうと思います!




