第128話 オーク大戦 〜 決戦6 〜
続きです。
いつもより長めです。
「まずは怪我を治しましょう。これは2人に任せますね」
そう言うとオードリーとルイーズが出てきた。
「エーリ! ああ、良かった。すぐ治します」
「私は皇帝陛下を治してくるわぁ」
「頼む……」
あちこち痛む身体を何とか起こし、オードリーに魔法をかけてもらう。
傷が見る間に治り、体力も回復してきた。
「あとはこれを」
そう言って出して来たのは、懐かしいコップ。
中に虹色の液体が入っている。
「ありがとう」
魔力が回復すると同時に、心まで暖かくなってくる。
オードリーの気づかいに自然と頰が綻んだ。
遠目には皇帝もルイーズの魔法とポーションで回復しているのが見える。
さぁ、最後の仕上げだ。
後はどうそこに持っていくかだが……。
フータから決定的な隙を引き出す必要がある。
「エーリ様。少しご相談があります。エーリ様が考えてらした手段ですが、オードリーが気を引きますので、その間に」
「私に任せてください」
「……」
フータは大抵の攻撃なら気にしない。
再生速度の方が勝つからだ。
気を引けるほどの高威力の魔法をオードリーは持っていただろうか?
「皇帝に頼んだ方が良くないか?」
「それだと最後に皇帝が不在となってしまいます。この役目はオードリーじゃないとダメです」
「私は大丈夫ですから」
アンジーとオードリーの目に迷いはない。
恐らく3人で話し合ったのだろう。
「どうやって気を引くのかだけ教えてくれ。それを聞かないと納得は出来ない」
「はい。方法は……」
ちょっと衝撃的な内容だった。
「既に準備は出来ています。後はオークキングが来るだけです」
「……個人的には賛成したくないけど、確かにそれならいけるだろうな。……わかった。頼んだよ、オードリー」
「絶対に成功させてみせますから、エーリも失敗しないでくださいよ?」
「ああ、任せろ」
拳と拳を合わせる。
そこへ、回復した皇帝とルイーズがやってきた。
「エーリ、ルイーズから聞いたが、本当にやるのか?」
「はい。現状これしかないかと思います。……仲間を危険に晒すのは心苦しいですが、信じます」
「そうか。ならば後はやるだけだな。……来たぞ」
皇帝が向いた方向、遠くから歩いてくるのは、オークキング、フータ。
急ぐでもなくゆったりとした速度で歩いてくる。
米粒よりも小さく映るほど遠くにあって、踵を返して逃げ出したくなるほどの瘴気。
もしここに花畑でも広がっていたなら、一瞬で枯れ果てていたことだろう。
フータもまた、次が最後だと悟り、準備して来たのだ。
「そういえば、フータを吹き飛ばしたアレ、どうやったんだ?」
緊張を紛らわすため、アンジーに聞いてみる。
収納していた物を出したんだろうが、オークキングをかなり遠くまで吹き飛ばすことが出来る物とは一体?
「ああ、アレは【風姫】様の全魔力を注いで詠唱で仕上げた突風です。私に向かってゼロ距離で放ってもらいました」
「……え?」
「かなり厳しいタイミングでしたが、収納して良かったです」
将軍級の全魔力詠唱付きの魔法をゼロ距離?
一歩間違えれば身体千切れて死んでるぞ?
「かなり無茶させちゃったな」
「いえ、空間把握能力なら誰にも負けませんから、魔力が魔法の形を取った瞬間に収納しただけですよ」
「あー、うん。今のところ俺には無理だ」
「ふふふ、エーリ様に勝ちました」
無駄口叩いたお陰で、少し気が楽になる。
よし、大丈夫。
やれる。
「アンジー、来い」
「はい。ご主人様」
跳ねる心臓、高ぶる魂。
身に纏ったアンジーの心地よい感触が、心臓を宥め、高ぶりすぎた魂を抑えてくれる。
そこに、フータがやってきた。
その姿を目に入れたくないと思うほどに強烈な瘴気を放っているが、全属性で補強した精神で耐える。
俺でこれなら、他の皆は大丈夫だろうか?
見渡すと、折れそうになる足を気合いで立たせ、こちらに頷いてくるオードリーとルイーズ。
皇帝も冷や汗をかきながら力強い視線を投げてくる。
「最後はチーム戦、かな?」
「ああ、今の俺達じゃ勝てなさそうだったんでな。ダメか?」
「いいよ。……さぁ、やろうか」
フータは静かに、しかし油断なくこちらを見つめる。
俺達が全快していることはわかっている。
多対一であることも承知のうえ。
それでもなお戦いに臨む。
俺は一つ頷き、合図をした。
それに反応してくれたのを確認し、声に魔力を乗せる。
詠唱、開始。
「我等が魔力よ」
フータが動く。
徐ろに、しかし早く。
皇帝が真っ先に反応し、フータの相手をしてくれる。
「我等が想いよ」
フータの一撃は重く、掠っただけでミルキスタに宿る全属性魔力が剥がされていく。
「悲しみと、憎しみと」
オードリーとルイーズのコンビネーション。
【深霜世界】と【纏わりつく監獄】の合わせ技。
フータの身体に這い登り、登ったそばから凍っていく。
深部まで作用し、動きを止める。
「怒りと、妬みと」
止まったかに見えたフータだったが、内部から自分の身体をボコボコと作り変え、固まった組織を生まれ変わらせる。
「復讐に燃えし男を救いたまえ」
その手から溢れた瘴気が津波の様に襲いかかる。
3人は一時俺の側まで後退。
アンジーがある場所から持ってきた最高密度の【神域】を展開する。
「愛する者を失った、その悲しみから救いたまえ」
瘴気が【神域】を包む。
ジュウジュウと煙を上げ、瘴気が浄化されていく。
が、【神域】も徐々に減り続ける。
「己を蔑み、陥れた者達に対する憎しみから救いたまえ」
ポーションを飲んだ皇帝が、更にポーションをミルキスタと自分にかけ、【神域】から飛び出した。
濡れたミルキスタでフータを殴る。
フータの身体がのけ反った。
「力無き己と、力に振り回されし己と、力ありながら愚行に用いし者達への怒りに満ちる心を救いたまえ」
これを好機とオードリーとルイーズも畳み掛ける。
オークと初めて戦闘した際に用いた【風輪火斬】。
風の輪で締め付け、炎の刃で輪切りに……は瘴気に阻まれて出来ない。
がしかし、動きが遅くなったフータに、極大の氷塊が落ちて来た。
「才能に恵まれ、環境に恵まれ、顔に恵まれ、身体に恵まれ、知に、友に、愛に恵まれし者達への妬みから救いたまえ」
俺は一歩前に進む。
フータは氷塊を瘴気で溶かすが、その氷の元になっていたのは、ポーションと呼ばれし全属性の水。
全能神の名を冠したとある村にこんこんと湧き出る聖なる水。
大量の聖水が瘴気の塊と化したフータを飲み込む。
「我等は願う。かの者に殺されし者達の安息を」
フータの断末魔が聞こえ、周囲を瘴気の煙が満たしていく。
「また願う。かの者が持つ復讐の力が、愛する者を呼び起こす力へと変わることを」
所々瘴気が剥げ、オークキングの身体と、それ以外の肌色の部分が露わになる。
フータは叫び、再び瘴気を吹き出した。
「かの者よ、癒されたまえ。報われたまえ。愛されたまえ」
吹き飛ばされた聖水をオードリーが魔法で集め、再びフータにかけていく。
ルイーズがオードリーに掴みかかるフータの腕を得意の木魔法で縛り、引っ張る。
すぐに千切れはするが、一瞬でも遅くなればオードリーは逃げられる。
一瞬でも遅くなれば、皇帝の拳がめり込む。
「我等が心よ、心なき、かの者を満たしたまえ」
詠唱が最後に近づくにつれ、俺の身体から魔力光が漏れ出す。
その色は、色であって色ではない。
無色。
この世界の神が出す色ではなく、何物にも染まっていない、人族が作り出した色。
始まりの色だった。
聖水に汚されたフータが気づく。
俺が出すこの魔力に、何が込められているのかを。
そして恐れた。
このままでは、『この時代』ではなく、『存在そのもの』が消えてしまうかもしれないと。
【神域】に身を灼かれるのを厭わず、手を伸ばす。
やらせない。
そんな意思がアンジーから伝わる。
聖水をシャワーの様にしてフータの顔にかけた。
オークキングの顔がただれ、生身のフータの顔が少しだけ見える。
後は、この魔法を届けるだけ。
一歩出る。
フータは逃げようとした。
回れ右をして背を向けた時、その場にいたのは満身創痍の拳闘士。
獰猛な笑顔でこう聞いた。
『どこへ行く?』
野球のアンダースローの様に身体を屈め、右拳を下から上へ。
天を突くその拳は、オークキングの顎をカチ上げた。
無理やり天を仰がされたその目に映ったのは、妖艶な女性の双眸。
発動したのは最も得意とする性属性。
【性女の誘惑】
相手を強制発情させる、この魔法。
性に関してどんな生物よりも長けているオークキングには、この手の魔法は効きが悪い。
それでも使用したのは、後に控える相棒のため。
少しでも耐性を削る、そのため。
更に精神を揺さぶるため、声をかけた。
『フータが大きくなってて、ママ嬉しいわ』
その魔力、その容姿、ママという言葉に、フータの記憶が蘇る。
はるか昔に死んだはずの人間が、振り向いたらそこにいる。
以前と変わらないその姿で。
その事実はフータの精神を大いに揺らした。
また一歩近づく。
もう手が届きそうだ。
フータは腹に瘴気を集めようとするが、瘴気を出すことが出来ず、困惑した。
なぜか。
よく見ると、フータの身体はとある縄で縛られている。
ルイーズもやられた絶魔の縄。
瘴気にも効くのか半身半疑だったが、どうやら効いてくれたらしい。
今ある瘴気だけで何とかしようとし始めるフータだったが、途中でやめてしまう。
良い匂いがした。
その特徴的で大きな鼻が感じ取ったのは、強烈な雌の匂い。
思わずエーリから目を離し、振り向いてしまう。
自分の存在をかけた戦いの最中にも関わらず、見ずにはいられないもの。
そこにいたのは、水も、いや香油も滴る良い女。
染み込んだ香油が服を透けさせ、下にある柔肌を少しだけ見せる。
肌に張り付いた衣服はその抜群のプロポーションを際立たせていた。
何より、全身から発する雌の匂いは、性の権化オークキングをこれでもかと誘っている。
オードリーがやったこと。
それは、フータの気を引くため、若い『エイミー』をひと瓶、頭から被ることだった。
強烈な匂いは、オードリー自身の精神にも影響を及ぼす。
決死の行動だった。
その行動により、フータの意識はオードリー1点に注がれ、全ての条件は満たされる。
ルイーズと皇帝がエーリの元へ戻り、アンジーが収納していたものを放出する。
異様な気配を感じ、オードリーに釘付けとなった目を少しだけエーリの方へと向けたフータが目にしたのは、エーリの後ろにズラリと並んだ、人族の姿だった。
皆前の人の肩に手を乗せており、最終的にエーリに集まる様になっている。
エーリは両手のひらを上に向け、差し出す様な形を取った。
するとその手に、光の雷玉が現れる。
パリパリと音を立てるその玉は、この場の人族の心そのもの。
絶魔の縄で縛られ瘴気は出せず、この匂いで集中も出来ない。
避けることなど、出来なかった。
エーリはそっと、フータのお腹の位置にあるその珠に向け、雷玉を差し出した。
「フータ、終わりにしよう。……満たせ、癒せ、救え【人雷】」
雷玉がフータの珠に吸い込まれる。
一瞬の間。
そして起こり始める変化。
「うううぅぅぅ……やめろ……僕にこんな、こんな優しい心を入れるな。慈しむ心を……」
瘴気がボトボトと落ちては浄化されていく。
オークキングの身体が崩れていく。
「フータ。お前が今、いや、これまでも会いたかった人がいるだろう」
「……マナミだ。彼女しか、いない」
顔の半分ほどが人間に戻ったフータは、汗を垂らしながらそう答えた。
「じゃあ、ここで終わりにして、マナミさんに会え。彼女はずっと、フータを待っている」
俺の言葉に、フータは立ち上がる。
「僕の記憶を覗いたからって、知った風な口を利くな! ……探したんだ、マナミの魂を。あの無能のところまで行って、どこかに転生してないか、エネルギーになっていないか。でも、いなかった。僕の愛した人はどこにも……。だから壊すんだ。この世界も、あいつも!」
崩れゆくオークキングの身体。
露わになるフータ自身。
その叫びは俺達の心を揺さぶる。
だけど違うんだよ、フータ。
「マナミさんの魂は、ちゃんといるよ」
「何を……!」
「そこに」
俺が指差したのは、フータの珠。
それはフータに残った、いやマナミさんが残してくれた、フータの心。
「俺と皇帝陛下がフータの記憶を見た時、最後に真っ白な部屋にうずくまるフータを見た。
でもそこにいたのはフータだけじゃなかった」
「……え?」
「寄り添う様に、包む様に、フータを抱きしめる女性がいたんだ。……マナミさんだよ」
「う、嘘だ……!」
片手で顔を覆い、頭をブンブンと揺らす。
「ずっと、消えそうになるフータを守ってくれていたんだと思う。俺達の魔法が届いていれば、もしかしたら出てこれるかもしれないんだけど」
暫く待つが、変化はない。
「ほ、ほら……やっぱり嘘だったんじゃないか!」
怒りながら、どこか悲しさを感じさせる顔。
会いたいんだろ? 当たり前だ。
絶対に会わせる。
「オードリー、ルイーズ、アンジー。ここへ」
「「『はい』」」
3人が側まで来た。
オードリーは『エイミー』を聖水で流しているため、強制的に興奮する様なことはない。
俺達はフータの側まで行き、珠に触れた。
「オードリー、ルイーズ。頼む」
2人は【真鑑】を使用する。
空間把握に優れるアンジーに手伝ってもらい、珠に残る彼女の魂を探した。
…………
…………
…………
……いた。
ゲム魔法を展開。
彼女の魂を、ゲムで作った人型に移していく。
少しずつ、少しずつ形が変わる。
変化が進むと、フータの顔が驚きに変わっていく。
やがて透明なゲムで出来たその人は、フータの良く知る、愛する女性の姿になった。
「マナミ……?」
名前を呼ぶ。
存在を固定する、大切なものだ。
名前を呼ばれたマナミさんは、キョロキョロと辺りを見回す。
まだ知覚が安定していない様だが、声は届いている。
「僕だよ、フータだ。わかる、かい?」
ヨロヨロとマナミさんの所まで歩いていく。
その顔をじっと見つめ、話しかける。
その問いかけに、やがてマナミさんの目が、フータを捉えた。
ゲムに音属性魔法を乗せる。
「……あー、あー」
発声練習をしているのか、何度か声を出すマナミさん。
その声は思っていたよりも少し高かった。
「……フータくん」
「あぁ! ……ああ」
膝が崩折れ、その目からは涙が溢れている。
救いを求める様に差し出された腕を、マナミさんは優しく包む。
「また、会えたね」
その言葉に、フータは頷く。
小刻みに震える唇。
今はまだ、話せるような状態にない。
「出てこれなくて、ごめんね? 私、魔法得意じゃなかったから」
「いいんだ……いいんだ」
泣きながら笑う。
これまでで一番、良い顔だった。
「僕が、弱かったからいけないんだ……」
「私だって、弱かったよ。傷ついて、傷つけるフータ君を止められなかった」
「最後まで振り回されていいたのは、僕自身の弱さだ。マナミは弱くなんか、ない」
そう話す男は、既にオークキングなどではなかった。
どこにでもいる、普通の1人の男だった。
「これからは、いや、これからもずっと一緒、なんだよね?」
「うん。……でも、そろそろ限界みたい」
「え?」
マナミさんが指差すのは、崩れ落ちていくフータの身体。
オークキングは浄化され、残ったのはフータという転生者の身体のみ。
とうの昔に朽ちているはずの身体は、むしろよく形を維持したものだと思う。
「そうか……ようやく終わるのか」
「うん。謝りに行こうね。迷惑かけた人達に」
「ああ、そうだな。数え切れないほどかけてきたから、な」
下を向き、自分の所業を思い起こすフータ。
だが顔を上げたその顔は、次の目的を決めたものになっていた。
その顔に、マナミさんはゆっくり頷く。
「じゃあ、私は一旦戻るね。ちゃんとお礼、言うんだよ?」
「わかってる。じゃあ、またすぐに」
「うん! エーリ君、皆さん。フータ君を救ってくれて、ありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀し、朗らかな笑顔を残したまま、彼女はフータの魂に戻っていった。
憑き物が落ち、人間に戻ったフータが、口を開く。
「僕の負けだ。いや、君達の勝ちと言った方がいいのかな。どちらにせよ、オークはもう出ないよ」
「全く」
「?」
「マナミさんに言われたばかりだろう? なんて言うんだっけ?」
キョトンとして、フッと笑った。
「ありがとう。そして、ごめんなさい」
「しっかり、謝って、償ってこい」
「ああ」
その日、オークと言う存在がこの世界から消え、後に伝説として語り継がれるオーク大戦は終結を迎えた。
ドス
「え?」
フータの胸から手が出てきた。
「負けたんならさっさと死になさいよ、この役立たずが」
「お前……!」
フータの胸を貫いた張本人。
その声は、知っている。
「ただいまエーリ」
背中からひょこっと顔を出したのは、この世界の頂点。
「ミルク……」
全能神ミルク、その人だった。
ようやく終戦。
だがしかし。
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