第121話 和解 〜 アンジー&オードリー 〜
続きです。
ミルクの話を受けて、皇帝は俺に協力するよう全軍に通達した。
協力と言っても、俺の邪魔をしないってだけで仲間として迎え入れた訳じゃない。
あくまでも俺は危険人物なのだ。
正直それだけでもありがたい。
ミルクには感謝だ。
ゴルドンは終始下を向いていたな。
やはり不満があるのだろう。
それから言い忘れていた情報の共有もした。
情報が正確に行き渡っていなかった件についてだ。
皇帝も、今回包囲されたことを顧み、進軍の決め手が情報部の文字による暗号通信だったことを教えてくれた。
ミルクからもオークワイズなら鑑定や暗号解読出来るかもしれないと教えてくれたため、今回の件はオークによる情報操作ということで一致した。
今回で終わりにするつもりだが、もしも終わりに出来なかった場合に備えて、文献に残すことを皇帝は約束してくれた。
怪我人の手当てが進む中、斥候から情報が入る。
斥候が見聞きした情報だが、念のため鑑定もして確度を高めた。
結果わかったことは、ここから2kmほど行ったところに巨大なオークの巣があること。
そして、そこで何やら儀式を行うための祭壇が用意されているということ。
さらに、その巣には強力な結界が施されていることが伝えられた。
「マズいわね。オークキングを産むつもりだわ」
その言葉に場が凍りつく。
「ミルク様、オークキング誕生までにあとどのくらい時間が残されていいるのでしょうか?」
「わからないわ。オークキングを孕むことが出来る女性が王族以外にいる筈がないから、なぜ儀式まで行えているのか不明だし。その女性の資質によって誕生までの時間も左右されるから、正確には何とも」
「つまり、いつ誕生してもおかしくないんですね?」
「ええ、そうよ」
将軍達の表情も暗くなる。
「ならば早く進軍せねばなるまい。軍団長、いつ頃出発出来るのだ?」
「はっ! 重度の怪我人などを置いて行けばすぐにでも」
「オークが潜んでいるかしれぬこの場所に、か」
皇帝が悩んでいると、ミルクから新情報がもたらされた。
「その点は大丈夫よ。オークキングが生まれるには、その時代に存在する全てのオークの生命が捧げられるの。だから、オークキングが生まれた時点で、オークと呼べる存在はオークキングただ1人になるのよ。だからこれまでは、成体になる前に討伐出来ていたんですもの」
おお、と喜びの声が上がる。
が、
「でも油断しちゃダメよ? 生まれたばかりのオークキングでも、オークプリンスの何倍も強いんだから。今までも規格外の能力を持った転生者達が決死の攻撃をしかけたけど、生まれたてのオークキングに惨殺されていたし。やるなら生まれた瞬間に決戦魔法級を出来うる限り叩き込み続けるしかないわね」
暴走していたとはいえ、10km四方を焼け野原に出来た俺の攻撃を片手で受け止めた奴の数倍強い、か。
……勝てるだろうか。
いや、勝たなきゃいけない。
俺にはまだまだやりたいことがある。
仲直りだってできていn ィィィィィィィイイイイイイイイイン!!
突如耳鳴りの様な音が聞こえてくる。
あれ? これって。
周囲がざわつく中、天幕を出た俺の目に映ったのは、東の空からやってくる紫色の光だった。
「エクレール?!」
エクレールには帝都防衛を頼んだ筈だ。
それなのに来たということは、余程の一大事が起こったか、もう終わってしまったか……。
最悪の想像が頭をよぎる中、その背中に何かが乗っているのが見え、そして気が抜けた。
そこには
「エーーーーーーーーーリ様ぁああああああああああ!!」
「アンジー! 手を離すと危なきゃぁああああ!」
ブンブンと手を振るアンジーと、それを必死に掴むオードリーの姿があった。
2人は叫び声と共に結界の外に着陸した。
着陸するや否や、アンジーは猛ダッシュで近づいてきて、そして
ガンッ!!
「おぷ!!」
結界に阻まれた。
鼻を押さえながら悶絶している。
残念なアンジーがそこにいた。
「何ですかこの結界! 私とエーリ様の感動の再会を阻むなんて生意気です。えい」
目が黒くなったアンジーは、掛け声と共に結界を収納した。
帝国軍の精鋭が作った結界が、いとも簡単に消え去ったのだ。
その異常さに一同困惑する。
そんなことは知らないとばかりに、アンジーは笑顔のまま俺に抱きついて来た。
「エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様エーリ様ぁ!」
グリグリと頭を擦り付けて力いっぱい抱きしめてくる。
痛いほどに。
「ア、アンジー。ちょっと落ち着け」
「無理です!! 愛してる人に、また会えたんですもの!! こんなに嬉しいことはないです!! エーリ様! 結婚しましょう!! 今すぐに!!」
「ちょ! どうしたんだ! ……アンジー、まずは謝らせてくれないか?」
ぐいっと引き剥がし、目を見て言った。
「ふぇ? 何をです?」
「……俺の魔力暴走でアンジーを殺しかけたことだ。本当にごめん。全然周りが見えてなかった。アンジーがいなかったら、味方にも被害が出ていたと思う。ありがとう」
「なぁーんだ、そんなことですかぁ!」
「え?」
そんなこと?
アンジーはニコニコとして手をブンブンと振っている。
「エーリ様は何にも悪くないですよ! エーリ様は何をしたっていいんです。私が無能なばっかりに、エーリ様の気を煩わせてしまったのがいけないんですから! さ、そんなことは置いといて、結婚式を挙げましょう! これからもずっと一緒ですよ?!」
また言った。
おかしい、絶対に。
「アンジー、お前、本当にどうしたんだ?」
「え? 何も変わっていないですよ? いつも元気なアンジェリーナちゃんです!」
胸を張り、踏ん反り返るアンジー。
「……何で、あれをそんなことなんて言うんだよ」
「エーリ様?」
「俺は魔力暴走を起こしたんだ! 生存者がいたかもしれない森を無差別に焼き払ったんだ! 人を、殺したかもしれないんだぞ? アンジーが魔力を飲み込んでくれなければ、味方も殺していたかもしれないんだ!! 何より、大好きなアンジーを殺しかけたんだぞ?! それを、そんなことだなんて……どうして言えるんだよ」
アンジーに怒鳴ったのは初めてだ。
ビクっとしたアンジーの顔が強張る。
「皆心配してたんだぞ? 助けようとしてくれていたんだぞ? 魔法鞄の皆が収納していた魔力を分けてくれていたのを知ってたか? ノーマンさんが必死に、アンジーを助けようと泥にまみれていたのを知ってたか? オードリーがアンジーを死なせてしまったかもしれない俺に、泣きながら助けろと怒鳴ったのを知ってたか? 俺のせいで色んな人が大変な目にあったのをわかってないのか? 俺は間違いを犯したんだ! それなのに『何をしてもいい』なんて、何で言えるんだよ!! 答えろ! アンジェリーナ!!」
途中から涙が止まらなかった。
後悔なら今もしている。
ガキの癇癪で、人が死んだかもしれないのだ。
叱られねばならないのだ。
それなのに、『お前は悪くない』、そんなことはあるわけがない!
俺はアンジーを睨みつけた。
「だ……て」
アンジーの目に大粒の涙が溜まり、ボロボロとこぼれ落ちて来る。
可愛らしい唇が歪み、その口から出て来たのは、慟哭だった。
「だ、だって! 私、す、凄い魔法鞄のはずだどに! エーリ様を助けてあげ、あげだでなぐっで……ひっく! み、皆に゛! い、いっぱい迷惑、を゛がけぢゃっだ、がら! す、捨て、捨てられちゃうんじゃな゛いがど思っだら、こ、怖ぐなっで! す、捨てないでくだざい! お願いじまず! 捨でないでぐだざい! ひっく! ぅぅうううわぁああああああああああん!!」
俺に縋るように腰の辺りで泣いている。
アンジーはその能力ゆえにずっと孤独だった。
いつから存在していたのかわからない。
年齢なら一番上の筈なのに、人生経験は一番少ない。
初めて出来たパートナー、主人が俺だった。
常にそばにいて、最近では一番近くで共に戦えるようになった。
それが嬉しかった。
人生がこんなに楽しいものだと初めて知った。
大好きな人と色んな話をして、色んな物を見て、聞いて、食べて。
沢山の物を出し入れした。
魔法鞄として、充実した日々だった。
でも、大好きな人が苦しんでいる時に、その助けを十分に出来なかった。
一番必要とされた時に、それに応えることが出来なかった。
この数ヶ月で出来てきた魔法鞄としてのプライドが、根元から折れた。
更に死にそうになった自分は沢山の人に迷惑をかけ、主人であるエーリの手すら煩わせた。
聞けば生命力まで奪い、エーリはフラフラになっていたと言う。
自分を呪った。
無能だと蔑んだ。
でも、何よりもエーリに嫌われたんじゃないかという恐怖が襲ってきた。
無表情の下には、恐怖に必死に耐えるアンジーの姿があったのだ。
虹色のオーロラが見えた時、居ても立っても居られなかった。
オードリーに発破をかける時も、本心は怖かっただけだ。
1人では行けなかった。
だから寝ているルイーズも収納した。
少しでも勇気がほしかったから。
エーリに会えた時、嬉しかったと同時にこれまでで一番怖かった。
『お前なんかいらない』『食べるだけしか能がない無能は出て行け』『消えろ』。
色々な拒絶の言葉が次から次へと頭に浮かぶ。
それを打ち消すようにらしくない程に明るく振る舞った。
結果、エーリを怒らせてしまった。
捨てられたくない、ただその一心が災いした。
堪えていた感情が溢れる。
もう縋るしか、なかったのだ。
そんなアンジーを抱きしめ、そしてゆっくりと体を離す。
「……! エ、エーリ様」
「アンジー。俺はさ、ただ言うことを聞くだけの女なんかいらない。戦いじゃなくても、隣に立ってくれる、対等で居てくれる女が欲しい。俺が魔力暴走なんかした日には、全部の魔力を吸収して、その上横面叩いて目を覚まさせる位になれよ。俺も、アンジーに愛想尽かされないように頑張るからさ」
「う! ぅぅううう……はぃ。……はい!」
目は真っ赤。
鼻水も出て顔はぐちゃぐちゃだ。
でも、意思を持ったいい顔になった。
「こんないい女、死んでも離さない。それに俺達は、『一心同体』なんだろ?」
「はい! 離れようとしたら食べちゃいますからね?」
顔は笑っているが目が黒い。
本気か?!
「……それは、ちょっと本気で怖いな」
「ふふふ」
「……終わった?」
そばで見ていた全能神様の目は座っていた。
というか、俺とアンジー以外の目が座っていた。
「よくもまあこの状況下で長々と出来たものね」
「いや、あの……すみません」
「ごめんなさい。結界も」
マジでごめんなさい。
「いや、考えようによっては良いことかもしれぬ」
「ジョージ?」
何言ってんだお前? とでも言わんばかりにジト目になっているミルク。
皇帝はそちらを見ないように俺達に言った。
「あの結界は我が軍の精鋭が呪文詠唱も行なって作った物だ。戦場ではあれほどの結界を作る時間はない。だが、アンジェリーナならば即座に出すことが出来るだろう? ならば、この先のオーク達との戦いにおいても有効だと思うのだ」
「なるほど」
一理ある。
「じゃ、時間とった分、きりきり働きなさい、アンジェリーナ」
「はい。(……なんか当たりが強いですね)」
「なんか言った?」
「いえ!」
ひ〜〜。
「エーリ」
「オードリー」
「次はオードリーなの? ……ジョージ、進軍準備始めて」
若干黒いのが多めの全属性魔力が溢れるミルク様である。
「は……はっ! 聞いたな?! 急げ!! オーク共は待ってくれんぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
皇帝達は冷や汗をかきながら進軍準備を始めた。
少し離れた場所に座る。
「……オードリーには感謝しかないよ。お陰で色々と目が覚めた。ありがとう」
「私は、アンジーみたいに凄い能力もないですし、ルイーズのように経験や知識もありません。エーリよりも生きてるわけではないですし、戦闘能力も何もかも中途半端です。……正直に言うと、私がエーリのそばに居ていいのかと、何度も……今も思っています」
「オードリーは凄いさ」
「どこが……ですか?」
「オードリーは俺達の中で一番心が強い」
「どこが……!」
「何だかんだ言ってオードリーは諦めない。特級鑑定士も、冒険者も、決めたことはキッチリ手に入れてる。俺の初めても取ったろ?」
「それは、関係」
「あるよ。人はどうしてもどこかで折り合いをつける。無理矢理でもつける。でも、オードリーは諦めなかった。俺は前世を諦めた。ルイーズも命を諦めてた。アンジーだってパートナー探しを諦めてたんだ。オードリーだけだよ。諦めていないのは」
「……」
「力が足りないなら足せばいい。実際、ルイーズとオードリーのコンビネーションはこの数ヶ月で飛躍的に良くなった。自分が出来ることを模索して、ちゃんと結果も出ているじゃないか。……俺の能力なんかもらいもんだ。努力の度合いでいったら、オードリーの方が何倍も凄いんだよ」
オードリーは静かに聞いていたが、上を向き、やがて微笑んだ。
「そっかぁ。私、凄かったんだぁ」
「ああ、凄いよ。本当に。だから、そばにいるのに大層な理由なんていらないんだ。いたかったらいればいいんだよ。俺は……オードリーにそばにいてほしい」
少しは迷いが晴れただろうか?
安心出来ただろうか?
オードリーには辛く当たることもあったから、心配な部分があったけど。
「じゃあずっと、ずっとそばにいます! 次の目標はエーリの本妻、ですね!」
「ぶっ!」
吹き出してしまった。
オードリーと笑い合う。
和やかな空気が漂ったその時……
ゾクッ!
悪寒がした。
背中に感じる、良く知る魔力。
「……道のりは遠そうですが」
「……が、頑張れ」
決して後ろを振り向かず、互いの手を握って励ましあった。
「それで、ルイーズは?」
「ああ、それならアンジーが」
「最後はルイーズ、か……はぁ」
もはやため息しか出ない全能神様なのであった。
戦闘を開始するはずが、全然違う方に……。
あと1回だけこんなのが続いたら、次から戦いますのでお付き合いください。
いつも見て下さってありがとうございます。
お気に召しましたらブクマ、最新話下の評価をよろしくお願いいたします。
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