第118話 オーク大戦 〜 防戦 〜
続きです。
エーリが去ってから1時間。
西門前では、昨日から続いた戦いの後始末を行っていた。
どの顔も沈んでおり、その動きは遅い。
敵は捕らえた人族を爆破する程の鬼畜共だった。
彼のお陰で勝てた。
その力は圧倒的だった。
その姿は雷の化身。
まるで怒れる【雷神】ガルドリオス。
恐ろしかった。
その力が自分達に向けられるのが。
この国に向けられるのが。
国宝級とも噂される魔法鞄。
その能力を持ってしても収納しきれなかった力。
それがいつ暴走してもおかしくない状態で帝都内にあることが怖かったのだ。
笑いあった友の身体の内側に、時限爆弾が仕込まれているとわかったらどうだろう。
何も変えずに接することが出来る人間がどの位いるのだろう。
ある意味当然の結果だったが、人々の胸には罪悪感と呼べる感情がズッシリとその存在を主張していた。
それはもちろん、仲間だった者達にも言えた。
アンジーは助かっていた。
エーリが託してくれた魔力と生命力の塊と、店にある魔導具のお陰ですぐに身体は修復され、1時間後には元通りになっている。
だが、復活した時、いつもの笑顔は彼女にはなかった。
「無能……」
そう呟き、それ以来一言も発していない。
目の焦点は合わず、誰の問いかけにも答えない。
あれだけ執着していた食への興味も完全に失ってしまっていた。
主人であるエーリの魔力を収納しきれず、被害を出してしまったことが原因であると推察された。
道具としての職務を全う出来ず、主人が居なくなってしまったことが大きなショックとなったのだろうと、ノーマンは言っていたようだ。
オードリーは泣いていた。
相棒を助けられなかったこと、愛するエーリを追い詰めてしまったことが精神的な負担となっていた。
「私が、私が一番役立たずなのに! エーリに、迷惑ばかりかけてきたのに! 何を偉そうに……。上から見てたんならもっと出来たことはあったでしょう?! あの爆発だって、鑑定してれば防げたかもしれないじゃない!! 何で、何で私はいつも! うっ、ううぅぅぅ」
誰が慰めてもダメだった。
香油の香りや精神安定の魔法は拒否した。
自分のこの気持ちを他の何かで変えられるのが我慢できなかった。
相棒は相変わらず起きない。
状況だけが悪くなった。
役立たずの自分は、その全てを防げなかった。
自分の中でグルグルと回る思考。
出ない答え。
迫る敵。
もうどうしていいのか、考えたくなかった。
オードリーが悩んでいることは、皇帝も一緒だった。
今回の戦いにおけるミルク帝国の功労者に、確実に名が上がる冒険者。
彼が居たからこそ助かった命は数多い。
そんな功労者を、一度の過ちで追放せざるを得なかった自分の無力さ。
この先の戦いを彼抜きで行わなければならない不安。
今まで必死に抑えてきた『なぜ自分の代で』という考えが、また鎌首をもたげてきたようだった。
数少ない良い知らせとして、近隣諸国からの援軍はこの数日で到着する予定だ。
その数実に800万人。
しかし何分警戒しながら、散発的な戦闘をしながらミルク帝国領を進まねばならないため、どうしてもその進軍速度は遅くなる。
数日というのが何日後になるか正確にはわからない。
守らねばならぬのは帝都だけではない。
主要都市の防衛にも気を配らねばならない。
オークの巣の調査も並行して行なっているため、逐次報告が来てそれに対応する。
溢れる情報に溺れながら、的確な指示を求められるオーバーワークは、皇帝の体力と精神力をガリガリと削っていた。
解決しなければならない問題は山ほどあるのだ。
戦闘面では、明らかな戦力ダウン。
これまでの戦闘で大規模魔法を連発したせいで、将軍達も兵士達も、冒険者達も、魔力不足は深刻だ。
いくら休めば回復するといっても、その速度は人それぞれであるし、魔力が多い者ほど時間がかかる。
次に昨日のような戦闘が起これば、思っていたよりも早く限界が来るだろう。
それに、あの状態のエーリを気絶に追い込んだオークの存在。
レベル9、オークプリンス。
圧倒的だと思ったエーリの攻撃をいとも簡単に防ぎ、さらに気絶させるなどという芸当をやってのけた。
今いる最高戦力を以ってして、どこまでやれるかわからない。
もしかしたらあの1匹で全滅させられる、という予感もする。
ミルク帝国は今、レイディバロス王国と同じく、存亡の危機に直面していた。
「報告いたします!」
そこにもたらされる良い情報かつ最悪な情報。
オーク最大の巣の発見と、レベル10誕生の可能性があると言う。
巣の発見はいい。
少なくとも今後の殲滅戦で必要な情報だ。
だが、もう一つは手放しで歓迎出来ない情報だった。
成体になってしまえば世界が終わると言われた存在が生まれるかもしれない。
本来そこまで行くには王族くらい濃い血が必要となる。
だが、レイディバロス王はそれを許さなかったし、近隣諸国の王族達も現時点で無事だ。
なぜ誕生の予兆なんてものが出て来てしまったのか、理解できない。
理解できないが、その時は刻一刻と迫って来ていた。
「……仕方ない。『ポーション』を配れ!」
「?! 陛下! よ、よろしいのですか?」
「仕方あるまい。そもそも国が滅ぶかもしれない事態だ。それに、こう言うものはいつまでも持っているようなものでもなかろう。今使わずしていつ使うのだ?」
「……はっ。仰せのままに」
ポーション。
ルークのネックレスにも入っていたアレである。
この世界ではかなり貴重な物で、一口飲めば体力、魔力が回復し、欠損を除く怪我が治る。
ルークの持っていた小瓶の大きさで金貨100枚は下らない。
そんな高級品を配れと言われれば、躊躇する家臣が居ても仕方がない。
だが、こう言うものは後生大事に抱えておくような物でもない。
総力戦なのである。
皇帝の命により、将軍や高ランク冒険者達から順次ポーションが配られていった。
次いで怪我人、精神に支障をきたして者と続いて、一般の兵士、冒険者と続く。
皇帝の決定に胃が痛くなっていた重臣は多かったが、重臣の気持ちとは裏腹に、兵士達の士気は上がっていった。
特に一般兵の指揮はかなり上がった。
ポーションなど存在すら知らない者もいるくらい、普通はお目にかからない代物だ。
冒険者がお守り代わりに買うことはあっても、もったいなくて使わないままにすることも多い。
そんな高級品を自分達のために支給してくれたのだ。
『お前達は使い捨てではない』と言われているようで嬉しかったのである。
兵士達が回復し、士気も上がったことを聞いた皇帝はオークの巣攻撃を指示。
帝都防衛は【神域】と予備兵、【炎帝】に任せ、その間に一気に殲滅してしまおうという考えだった。
時間が経てば絶望が生まれてしまう。
それだけは避けねばならなかった。
「全軍進め!! 目標、オークの巣! 奴らを倒し、世界を救うのだ!!」
皇帝の号令でミルク帝国軍400万(追加で到着した兵士含む)、冒険者3万の連合軍は、報告にあるオークの巣に向かって進軍を開始した。
〜〜 数時間後 〜〜
そこで繰り広げられていたのは、初日よりも酷い激戦だった。
報告にあった場所にオークの巣はなく、逆に囲まれて防戦一方となっていた。
なぜこんなことになっているのか、その場にいる誰にも分かっていなかった。
エーリも感じた違和感。
なぜ避難していない人間がいたか。
その答えは、簡単だ。
報告していたのがオークだったからである。
伝令兵は食われる前に、オークスタッフの鑑定を受けていた。
それにより暗号を解読され、魔力波長も真似られて、『住民の避難完了』や『オークの巣の位置情報』を改竄して報告していた。
誤った情報で住民達は何も知らないまま襲われオークの増殖は進み、帝国軍は今、窮地に立たされている。
攻めるより守る方が遥かに難しい。
包囲されたことにより、塊ごとに分断された帝国軍に雨霰と矢や槍、岩、攻撃魔法が降ってくる。
方々で断末魔が聞こえ、着実に兵士の数は減っていた。
「このままでは……!」
皇帝が撤退戦をどうするか考えていたその時、
ゴロゴロゴロゴロ……
バリン!!
青空が突如曇り、直後虹色の雷がオークの集団に降り注ぎ、殆どのオークが消し炭になった。
「何、だ? 何が起こった?」
オーク、帝国軍両軍が呆気に取られる中、彼は現れた。
虹色の魔力光を揺らめかせ、ゆっくりと歩いてくる。
彼が何か呟く度、虹色の炎、風、水、土が現れ、オークを倒していく。
不思議なことに、倒したオークからは瘴気も漏れない。
あっという間に周囲のオークは死に絶え、残りは逃げていった。
歓声が上がる中、彼を知る者はその名を呼んだ。
「エーリ」
全能神に愛された男は、穏やかな顔で戦場に戻ってきたのだった。
遅くなりました。
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