第117話 決意
続きです。
走る。
ひたすら前に。
全てを失った男は今、全てから逃げていた。
転生前は自分を殺していた。
色々なものに縛られ、動けないまま。
転生後は力を手に入れた。
家族を、仲間を、居場所が出来た。
だがそれも自分には過ぎた物だったのか。
愛を知らずに生きてきた男には、大切なものの優先順位すらつけられない。
力に任せて一心同体だった筈のアンジーを殺しかけた。
いや、今この瞬間にも死んでしまったのかもしれない。
『後を頼む』『皆を守ってくれ』。
耳聞こえがいい言葉だが、要するに投げ出したのだ。
あの場に留まってアンジーの安否を確認することだって出来た。
この先来るオークの戦いに1人の人間として参加することだって出来た筈だ。
だが逃げた。
転生しようが、力を持とうが、性根は腐ったままだったのだ。
溢れ出る虹の魔力も隠さず、ひたすらに逃げた。
世界は綺麗だった。
空は青く、色鮮やかな花が咲き誇り、動物の親子が仲睦まじく寄り添いあっている。
こんな醜い自分とは違う。
ほら、あそこにある村でも、きっと笑顔が溢れて……
!!
ザッザザ!!
目を凝らす。
オークだ。
今まさにオークの集団が村に向かって走っている。
村人達は逃げるが、周囲をオークが取り囲んだ。
広場に集められた村人達は祈っていた。
ミルク像に向かって。
あれは、山賊に襲われていた村か?!
かつてゴーレム馬車が壊れた時に、魔石を調達しようと1人で町まで走った時があった。
山賊に襲われているのが見えて、助けた村の1つ。
ドン!
突っ込んでいた。
そしてその事実に自分自身が驚いていた。
グングン迫るオークの群れ。
増殖のために来たのだろう。
その群れにいたのはオークのみだった。
その内の1匹と目が合う。
瞬間的に湧き上がる怒り。
その感情に任せて殴った。
上半身が弾けてグシャリと嫌な音が鳴る。
次から次へと殴り続ける。
虹の魔力を出したまま。
100匹はいたオークの群れはあっという間に片付いた。
村人達には何が起きたかわからなかったことだろう。
一瞬だけ子どもと目が合ったような気がした。
前回刻んだ文字の横に、虹の魔力でこう書いた。
『ミルク村に行け』
村人だけでは不安だったので、念のため土兵を作って村人を守るように命じておく。
そのまま村を後にした。
暫し走って気づいた。
「俺、家に帰ろうとしているのか……」
周りを見ればいつか見た景色が広がっている。
この道をステフとオードリーと、後にルイーズと共に通ったのだ。
今は1人。
心がズキズキと痛み、その痛みは足を前に進めさせる。
また村が襲われていて、同じように助けた。
避難指示はどうした?
なぜこんなにも残っているんだ?
疑問を持ちながらも助け、『ミルク村に行け』と指示を出す。
それを幾度となく続け、遂に遠くに懐かしい景色が見えて来る。
「ああ……」
思わず声が出て、そして涙が溢れる。
およそ半年ぶりの生まれ故郷。
走る速度も自然と上がる。
あっという間に人が見えるほどに近づいた。
あそこにいるのは、村の護衛のユウゴさんか。
ザザザザ!!
「おわっ!!」
急に現れたように見える俺に、驚いた様子のユウゴさん。
「お久しぶりです。ユウゴさん」
「あ、え? え、と……エーリ、か?」
「はい。父さんと母さん、いますか?」
「あ、え、と。多分いるだろう。それよりもそれ」
言われて気づく。
自分が虹の魔力を垂れ流していたことに。
「これはえーと……。あ、ミルク様のお力を使う機会があって、それでちょっと」
「そうか。まああとは風呂に入った方がいいぞ? 泥だらけだ」
「あ、はい。そうします」
嘘はついていない。
俺は魔力を抑えて村に入った。
家に着くまでの間に何人かの人達に話しかけられ、その都度同じような会話をした。
たった半年では変わらないわが故郷。
帝都の物とは比べ物にならない高密度の【神域】も健在だ。
ミルク像は今日も虹色に輝いていて、観光客だろうか? 像に触れては何かつぶやいている。
そんな広場を背にして歩くこと数十秒。
遂に懐かしい我が家へと到着した。
「……」
ガチャ。
一瞬の迷いの後、ドアを開けた。
「……ただいま」
「エーリ?」
そこにいたのは優しくも厳しいお母さん。ミリア。
洗い物をした手を止め、驚きの表情で俺を見ている。
「どうした? 何かあっ……エーリ?」
仕事に向かう準備をしていたであろうルークも出てきて、俺を見て動きを止める。
「ただ今、お父さん、お母さん」
「おかえりなさいエーリ。……まずは入って?」
「うん」
促されてドアを閉め、室内に入る。
懐かしい匂い。
心が急速に落ち着いていくのを感じる。
「どうしたんだ? お前」
「え、と」
「まずはお風呂に入りなさい。随分泥だらけのようだし、洗濯はしておくから。ルーク、沸かしてくれる?」
「ん? おう。わかった」
「はい」
言われるがままお風呂に入る。
カポン
我が家でのお風呂。
ボーッとした頭でここまでを振り返った。
転生して最初の山賊事件、国軍事件。
オードリーの鑑定。
【雷神】との修行での魔物達との戦い。
ステフの誕生。
オードリーの冬眠。
修行の日々。
オードリーの解凍と旅立ち。
ルイーズとの出会い。
帝都についてからのあれこれ……。
そして、オークとの戦争。
大切な人達への裏切り。
逃亡。
ジワリと滲む涙をお湯に流し、お風呂を出た。
居間に戻るとミリアがお茶を入れてくれていて、ルークも仕事に行かず待ってくれていた。
入れてくれたお茶をゴクリと飲む。
優しさが喉を通って胃に落ちていく。
「今日は急にどうしたの? 何か、あった?」
優しく問いかけるミリアは、きっと何かを感じ取っているのだと思う。
「うん、ちょっと。……大切な、大切な人達を傷つけてしまったんだ。俺、頑張ってたつもりだったんだけど、一番大変な時に、身近にいるその人達のことを考えられてなくて。傷つけて、しまって。そのまま、逃げてきちゃったんだ」
自分で言っていて情けないことこの上ない。
俺は今、どんな表情をしているのだろう?
「そう。逃げてきてしまったのね」
ミリアは理由を聞くでもなく、微笑んだままだ。
ルークは窓の外を見ながらお茶を飲んでいる。
「俺、これからどうしたらいいのかわからなくなって。とりあえず走り続けていたら、いつのまにかミルク村まで来ちゃってた」
「そう」
「お母さん。俺、これからどうしたらいいのかな。今もその人達は大変な状況なんだ。でもさ、俺の居場所はもうあそこにないんだ。殆どの人は俺のことを嫌ってる」
「そうなの」
ミリアは答えをくれない。
ルークも。
長い長い沈黙の後。
「それで、エーリはどうしたいの?」
「え?」
「俺もお前ほど劇的な人生を送っちゃいないけどな。それでも大小山も谷もあった。自分で崩しちまった山だってある。逃げたことだって沢山ある。そんな時人に助言をもらって、もし上手くいっても、きっと心の中では納得できちゃいないんだ。最後は、自分の心に聞いてみろよ。エーリ、お前はどうしたいんだ?」
両親からジッと見つめられる。
『流されるな。自分で決めろ』
その目は如実に語っていた。
「俺、は……」
答えなんて最初から決まってるんだ。
言いだすのが怖かっただけなんだ。
自分で背負うのが怖かっただけなんだ。
でも、もうやめよう。
俺の答えは……。
「……側にいたい。仲直りしたい。守りたい」
大切な存在と。
俺の答えを聞いても、両親は喜ぶでもなく、悲しむでもなく。
「なら、そのお茶を飲んだら、戻りなさい」
「まだやれることがあるんだろう?」
「うん。飛ばせば間に合うと思う」
お茶をグイッと飲み干し、口元を拭う。
「じゃあ、行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
自分でドアを開けて出て行く。
両親は座って見守っていた。
バタン
扉が閉まる。
目に入るのはミルクの像だ。
今日も虹色の光に包まれ、優しく村人達を見守っている。
ミルク像に触れる。
少しだけ、勇気をくれ。
自分に中の魔力を解放する。
もう隠さない。
ありのままで行こう。
俺は虹の光を纏った。
村人達、観光客が目を見開き、驚いている。
村長と目が合った。
「行ってきます」
何も言わず、頷いてくれた。
帝都の方を向く。
全身に魔力を行き渡らせる。
俺は今一度、帝都を目指し全力で走り出した。
ギリギリ間に合いました。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。




