第107話 魂に火をつけろ
続きです。
ハッパをかけるべき兵士達の不安を煽る皇帝。
見た目にはわかりにくいが、萎縮した空気が漂う。
「ふむ……」
皇帝はそれを見ると、【炎帝】に何か耳打ちした。
【炎帝】も何か話している。
話終わった皇帝を見ていると、ニコっと微笑み、次にニヤリと笑った。
「ミルク帝国を守る兵士達よ。そして、ギルドにいる冒険者たちよ。今からそなたらには、ある男が命と誇りをかけて残した記録を見てもらう。その男の名はジョージ。ある国の暗部で、この国の特級と同じ能力をもつ鑑定士でもあった男だ。皆、心を強く持ち、最後まで見届けよ」
そして、映像が流れた。
俺も、兵士達も、ギルドにいる冒険者達も、最後まで見た。
先程見たレベルに冠しての記述、絵に描かれる元になった映像、絵では伝わらない音声、ジョージという男が残した全記録を。
オークについて残した、その全てを。
「この男の記録がなければ、恐らくとうの昔に世界は滅んでいただろう。この世界に存在する全ての国の王は、この記録を知っている。もしオークが発生した時には、どんな状況だろうと相互に助け合うという魔法契約も結んである。それほどまでの情報なのだ。……そなたらは、あの男から何を感じた?」
兵士達を見る。
その全てが泣いていた。
勿論俺もだ。
ジョージの記録はこう言っていた。
「ああなっても良いのか?」
皇帝の一言に、全員が雷撃を食らったようにビクリとする。
「あの人々はお前達の父で、母で、兄で、姉で、弟で、妹で、祖父で、祖母で、孫で、夫で、妻で、息子で、娘で、友人で、仲間で、隣人で、知り合いだ。愛し合い、笑い合い、共に涙し、時に対立することもあった、今の己を形作った大切な存在だ。その全てが消えて無くなる。あのようにな」
「オークには慈悲の心などない。泣き喚く我らの目の前で、楽しそうに愛するものを喰らい、犯すだろう。そして増え、同じことを別の場所で行うのだ」
「今一度問おう。ああなっても良いのか?」
光る板には、ジョージの記録した映像が流れ続けている。
親の前で子が、子の前で親が喰われ、夫の死体の前で心を失った妻が犯され続けていた。
生まれたてのオークに別のオークが死体を喰わせ、別の場所では死体の首を投げ合って遊んでいる。
勇敢にも立ち向かった兵士達はオークの集団にミンチにされ、渾身の一撃もオークの太い腕を切り落とすには至らず、再生した腕に掴まれ、全身の骨を折られて絶命していた。
泣き叫び、逃げ惑う民衆をギガントオークが容赦なく踏み潰し、オークメイジの魔法は障壁を飴細工のように溶かし、中にいた人間を生きたまま燃やしている。
「この映像を見て恐れ慄く私も含めた役立たずの戦士達よ。このままで良いのか?」
皇帝は悲しむ様な、困った様な顔で問いかける。
「己の心に問いかけよ。自分が守りたいものはなんだ? 家族か? 恋人か? 国か? 文化か? 書物か? それとも自らの命か? 」
俺にとって大事なもの……。
家族、仲間、縁が出来た多くの人達。
俺自身。
そして、ミルク。
恐らくこの場にいる皆、これを見ている者全てが、それぞれの大切なものを思い起こしていることだろう。
「何でも良い。正解などない。どれが一番だろうと、そんなことは瑣末なことだ。『守りたいものがある』その思いが大事なのだ」
「我らにあって、オーク共にないものは何だ? それは『心』だ。オーク共はその破壊衝動、増殖願望、殺戮本能に従い、ただ行動している。我らはどうだ? 『心』があるが故に時に思い悩み、小さなことで気落ちし、怒り、戦う。だが、『心』があるからこそ我らは愛し合い、助け合い、慰め合い、文化を生み出し、国を作ることが出来るのだ」
少しずつ、顔が上がっていく。
「我が声を聞く冒険者達よ。何の為に冒険者となった? 金のため、力のため、名声のため、珍しいものを見るため、集めるため、戦うため、助けるため。理由は1人ずつ違うだろう。だが、目指すものがあったはずだ。全てが自分の実力次第、野垂れ死ぬこともある。何らかの理由で夢破れることが殆どだ。だが! それを承知で己の目指すものに向かって歩を進める者達、そんなそなたらを、羨望と、畏怖と、尊敬の念を込めて我らはこう呼ぶのだ。『冒険者』と!!」
ドクン、ドクン、と、心臓の高鳴りは止まらない。
ジョージの映像で感じた恐怖。
それを感じて尚、心が、魂が前を向いていく。
「兵士達よ!!」
皇帝の一言に、兵士全員の顔が上がった。
「貴様らは誰だ!」
「国を守る兵士でございます!」
軍団長が叫ぶ。
「国の名は!!」
「「「「「ミルク帝国でございます!!」」」」」
将軍以下重臣も加わる。
「国の名に冠した神とは誰だ!!」
「「「「「全能神ミルク様でございます!!」」」」」
全兵士が応える。
魂に火がついた。
「我らは全能神ミルク様の子であり、使徒であり、僕である! 子が親を見捨てるのか?!」
「「「「「否!!」」」」」
「使徒が恐怖に怯え、神に背を向け震えて泣くのか?!」
「「「「「否!!」」」」」
「僕が主を置き去りにし、自分可愛さに逃げるのか?!」
「「「「「否!!」」」」」
「我らは何のために血反吐を吐きながら訓練を続けた? 富を得るためか? 否! 名誉名声のためか? 否!! 強大な敵を前にして、崇める神の守護に縋り、震えて泣くためか? 否!! 断じて否だ!! 我らの力は、技は、心は、この日この時のためにあったのだ!! 鍛えた身体は何のためだ? 磨いた技は何のためだ? 我らを人たらしめる心は何のためにある?!」
「全ては!! 守りたいものに明日を迎えさせるために在るのだ!!」
魂が燃える。
色は虹色。
全ての命を愛する少女の色。
「人族よ!『心』を持つ全ての人よ!『心』を持たぬ豚共に、今一度人の持つ強さを思い知らせてやろうぞ!!
感情が爆発し、雄叫びは世界を震わせた。
全軍から色とりどりの魔力光が立ち上り、それは虹色の光となって闘技場を満たした。
その光は地上にも吹き出し、天に向かって伸び続けたという。
その光は遠い周辺諸国からも見え、当然、『あれ』も気づいた。
闘技場を兵士達の雄叫びが満たす中、【炎帝】が皇帝に近寄り何か耳打ちをした。
ピクリと眉を動かし、頷く皇帝。
前を向き、右手を前に出すと、それまでの雄叫びが嘘だったかのように静まり返る。
「オークが進軍を開始した。向かっているのは東。つまり次の標的は……我らだ」
もう誰の目にも恐怖はない。
それを見た皇帝はゆっくりと兵士達を見回し、大きく頷いた。
「我、ミルク帝国第3819代皇帝、ジョージ・M・ミルキスタが命じる!! 全軍、戦闘準備!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
後の世に語り継がれる『オーク大戦』は、こうして始まったのだった。
演説って考えるの大変ですね……。
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