↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

121/352

第105話 『あれ』の名前

続きです。

 200万人。

 パッと聞いても想像がつかない数だ。


 日本の首都、東京の人口が約950万人程なので、大体4人に1人は『あれ』ということになる。

 しかも敵はその1人1人が重武装した兵士で、こちらは数は多いが非戦闘員が殆どという状況。


 200万という数も全てではない。

『増加中』という言葉が、絶望に深みを与える。


【風姫】の言葉でその場の全員が凍りつく最中、



「あの、レベル(・・・)って、何の話、ですか?」


 謁見の間に現れたのは、何も知らないガキが1人。


「エーリ!!」


 思わず駆け寄るオードリー。

 皇帝の前で不敬だが、今はそんなことに構っていられる精神状態の人間などいなかった。


「ルイーズは……」

「アーノルドに預けてきた。アンジーも一緒だ。落ち着いたから安心して」

「ああ……」


 その場に崩折れるオードリー。

 相棒の無事を伝えられ、思わず涙するのだった。




 〜〜 15分前 〜〜




 帝国領内の山を紫の雷が登っていく。

【雷電改】で走るエーリだ。


「見えた!」


 山を登ったエーリは、荒くなる呼吸を整えて叫んだ。

 300kmを30分で走り抜けた。


 遠目に見える帝都は、虹色の光に覆われている。


「【神域】? ミルク帝国だからある意味当然か。……オードリーとエクレールは見えないな」

『じゃあ入れるのでしょうか?』

「多分な。何かしらの許可が必要だと思うけど」


 結界についての予想をしながら走り続け、オードリー達と同じく東地区の門に到着した。


 ザザザザザ!


「と、止まれ! 何者だ!!」

「『虹の絆』エーリです。先にウチのメンバーが来たと思うのですが」


 白鎧達の焦りとは逆に、努めて普通に話しかける。


「え? あ、ああ。先に来ている。少々待ってくれ。ジャンヌ・メイガード特級受付から預かった書類が……確認した。他の2名はどうした?」

「アンジー」

「はい」

「うおぉお?!」


 突如袖口から垂れて来たスライム状のアンジーに驚く白鎧達。


「う、噂の魔法鞄か……。では、えー、ルイーズという者はどこかね」

「ルイーズはケガをしているため、アンジーに収納してもらっています。ダメ、でしょうか」

「……いや、通っていい。早く医者に見せてやれ。これを持っていけば途中で止められることはない」


【神域】が解除され、そこを通った。

 ミルクの焼印が押された木札を渡され、首にかける。


「ありがとうございます」

「礼なら特級受付に言え。私達は任務をこなしているだけだ」


 軽く頭を下げ、走り去る。


「隊長、確認しなくて良かったんですか?」

「まあ、ダメだな。だが何となく通しても大丈夫かな、と」

「そっすね」


 そう言って肩をすくめるショーン隊長。

 部下も同じく肩をすくめる。

 兜によって表情は見えないが、どこか楽しそうな白鎧達であった。



『誰も居ませんね』

「恐らく外出禁止なんだ。後でジャンヌにお礼を言おう」

『はい』


 東地区をひた走る。

 巡回中の兵士が何事かと見るが、首から下げた木札を見ると、近寄ってくることはなかった。


 やがて『クリザリス香油店』に到着する。


「アーノルド!! 居るか?!」

「その声はエーr ! 何かあったのか?」


 アーノルドはエーリの表情を見て緊急事態を察する。

 エーリは事情を掻い摘んで話した。


「そうか……。よし、まずはお湯を沸かそう。エーリ、頼む。アンジーは客室を温めておいてもらえるかな? 私は娘達を調合する」

「ああ」「はい」


 各々が自分の仕事に走る。

 約2分後、全ての準備が整った。


「今からこのお湯に調合した香油を垂らす。精神、魔力の調子を整えてくれるはずだ。アンジー、ルイーズをベッドへ」

「はい」


 ルイーズがベッドに現れる。


「うっ! うぅぅ!」


 悶え、苦しそうな声を上げる。

 魔力も徐々に吹き出て来た。


 ポタ、ポタポタ……


 香油を沸かしたお湯に垂らす。

 直後フワリ、と心地いい香りが部屋に充満していく。

『カレン』をベースに、これまでかいだことのない香りも混ざっているが、とても落ち着く。


「うぅ! う、ん……すぅ」


「エーリ様!」

「ああ、良かった……」


 効果は劇的。

 ルイーズの顔から苦しさが消えた。

 溢れ出た魔力もゆっくりと戻っていく。

 触れて確かめると、魔力の流れも正常だった。


「このまま寝かせておけば体力も回復するだろう」

「ありがとう、アーノルド」

「いやいや。どうだい? 香りの力は凄いだろう?」


 ふふん、とでも言うように胸を張るアーノルド。


「ああ、アーノルドに頼って良かったよ」

「流石伝説ですね」

「面と向かって言われると恥ずかしいな。あ、2人はこの後どうするんだい?」


 アーノルドが照れ隠しに話題を変えた。


「俺は帝城に行ってくる。アンジーはここに居てルイーズを見てやってくれ。アーノルド、いいか?」

「はい」

「もちろんいいとも。頼ってくれた友の頼みは喜んで聞くさ」

「ありがとう、じゃあ行ってくる」

「「行ってらっしゃい」」


 2人 に見送られて店を出る。



 帝城に到着すると、ジャンヌが待っていた。


「エーリ様!」

「ジャンヌさん。色々としていただいたみたいで、ありがとうございます」

「いいえ、オードリーは中で皇帝陛下と謁見中です。『あれ』について報告してくれています」


 事前にジャンヌが話を通したため、兵士らに止められることなく、帝城内部に入ることができた。


「私は許可されていませんので、ここまでです」

「本当にありがとうございます、ジャンヌさん。このお礼は、後で必ず」


 クイ


「?」


 何か引っかかりを感じ、エーリがその部分を見ると、行こうとするエーリの服の裾を持つジャンヌの手が見えた。


「あの……お礼は今もらってもいいでしょうか?」


 目線を上げると、若干顔を赤らめたジャンヌの顔が見える。


「今、出来ることですか?」

「はい……」


 ジャンヌの顔はどんどん赤くなり、遂には下を向いてしまう。


「あの、ジャンヌさん?」

「……で」

「はい?」


「これから、はジャンヌと、呼び捨てで」


 こんな時に、と人は言うだろうが、こんな時だからこそ出る勇気もある。

 ジャンヌにとって、それは今だった。


「……ジャンヌ」

「!……はぃ」


 跳ねる様に顔を上げ、輝く目で見つめた後、幸せを噛み締めて返事をした。

 名前を呼んだエーリも、こんな小さなことで幸せを感じているジャンヌに心を奪われる。


「行ってきます」

「行ってらっしゃいませ、エーリ様」


 今までで何度も繰り返してきたこのやり取りも、今の2人にとっては格別なものとなる。

 方や謁見の間、方や中央ギルドに戻るその足取りは、どんな羽よりも軽かった。




 案内役の兵士に付いて謁見の間に向かう最中、自分達を追い抜く存在がいた。

 以前会ったことがある【風姫】だ。

 その顔は悲愴という言葉そのもので、顔は青く、今にも倒れそうなほど弱々しく見える。


 唇を噛み締めて走るその姿に、先程までの幸せがかき消えていく。


「何が……」


 背中にじわりと嫌な汗が浮かぶ。

 案内役の兵士もまた、少し震えている様だった。


 歩みを止めず謁見の間に近づくと、扉が開いており、中から話し声が聞こえてくる。



「…………………………により、レベル(・・・)が7まで引き上がりました」



 レベル?


 地球ではメジャーな言葉。

 だがこの世界では聞かない言葉に、エーリの心がざわつく。



「あの、レベル(・・・)って、何の話、ですか?」



 次の瞬間、思うよりも早く口から言葉が飛び出していた。






 〜〜 現在 〜〜



 涙するオードリーを撫で、皇帝の顔を見る。

 レベルという概念はこの世界になかったのではないか?


 皇帝も少し驚いている様だ。

『知ってんだろ?』という感じだろうか。


 皇帝は少し目を伏せた後、落ち着いた声で尋ねてきた。


「ふむ。エーリは『あれ』についてどの程度知っている?」

「殆ど何も知りません。図書館で絵本を読んだ程度です」


 嘘や知ったかぶりは危険だ。

 正しい知識は時に命を救う。


「軍団長。兵士達への演説まで後どのくらいだ?」

「はっ。……あと30分程かと」

「わかった。エーリよ。どの道お前にはこの戦に出てもらうことになる。この後の兵士への演説で、今一度『あれ』について認識を共有しよう。エーリも出席するが良い」

「え? あ、はい」


 急なお誘いに、少し驚く。

 演説と言うからには、戦いに赴く兵士への叱咤激励をするんだろうが、俺も一緒にいていいのか?


「陛下、よろしいので?」


 軍団長と呼ばれた男も同じ考えだったようだ。


「良い。確かギルドにいる冒険者にも聞かせるのだろう?」

「はい」

「なら聞く場所が変わるだけだ。大した差はなかろう」

「……はっ」


 差がありすぎな気がするが、特に断る理由もないし、ちょうどいいかもしれない。

 オードリーを見ると、コクリと頷いた。

『あれ』について、やっと詳細が聞ける。

 ……それにしても、


「皇帝陛下、『あれ』について後ほど詳しい話をしていただけるとのことですが、名前だけでも先にお聞かせ願えないでしょうか? いつまでも『あれ』『あれ』というのはちょっと……」


 指示語で呼び続けるのは辛い。


「ああ。普段は名前を呼ぶことすら忌まわしくて禁じているのだ。だが、実物を目の前にして『あれ』というのも確かにおかしいか……。【炎帝】、これよりこの戦が終わるまで、『あれ』の名前を呼ぶことを許可する。通達を出しておけ。それと、【風姫】を休ませよ」

「仰せのままに」


『あれ』はやはり隠語だった。

 流石に正式名称があったか。


 皇帝は玉座に戻る。

【風姫】は報告で力尽きたのか、兵士に抱えられて謁見の間を出て行った。


 玉座に座る皇帝の顔には、これから口にする名前に対する恐怖が感じられ、周りにいる人間達からも緊張が伝わってきた。


「エーリよ。これから戦う奴らの名前を聞かせよう」


「……はい」


 目を瞑り、開(あ)け、皇帝は言った。





「この世界の生き物にとって最悪の災厄。『あれ』の名は……『オーク(・・・)』、だ」

時間軸が行ったり来たりで読みにくいですかね……。


いつも見て下さってありがとうございます。

お気に召しましたらブクマ、最新話下の評価をよろしくお願いいたします。

感想もお気軽にどうぞ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。