第104話 絶望の数
続きです。
「ジャンヌ!!」
オードリーは叫んだ。
待ち焦がれた恋人に会えた時のように。
「ジャンヌ・メイガード特級受付! なぜこのような所に?!」
白鎧達も突如現れたジャンヌに面食らっているようだ。
外出禁止令も出ている状態で急に特級受付が現れれば驚きもする。
「その声はショーンさんですね? 任務ご苦労様です。はい、これが許可証です。この方達は中央ギルドの依頼で『あれ』の調査に行ってもらっていたんです。こちらが依頼書ですね。オードリーさんとエクレールだけなのを見ると、後からエーリ様とアンジーとルイーズさんがいらっしゃると思われます。こちらで顔を確認してください」
「私の名前を?! は、はい……。確認が取れました。どうぞお通りください」
声で名前を言い当てられたショーンという白鎧が門を操作すると、一部分だけ【神域】が解除される。
「ありがとうございます。ジャンヌ、助かりました。なぜここに?」
「それは道中馬車でお話ししましょう。それよりもエクレールにこれを」
ジャンヌが差し出したのは、雷属性の魔石だった。
「! わかりました。エクレール、これを食べなさい」
「クルルゥ」
オードリーから口に魔石を運んでもらい、ゴクリと飲み込む。
しばらくするとエクレールの目に活力が戻り、立ち上がることが出来るようになった。
「エクレール用の馬車も用意してあります。一旦東地区ギルドで預かりますので、安心してください」
「何から何まで……流石ですね」
「魔石とエクレール用の馬車の手配はマチルダ特級受付の指示ですけど」
「ふふふ」
ぺろっと舌を出し、おどけてみせるジャンヌを見て、焦りに支配されていたオードリーの心に余裕が戻ってきた。
「では急ぎましょう」
「ええ。エクレール……ここまでありがとう。後は私に任せて、ゆっくり休んでくださいね」
「クルァ」
エクレールを撫でて、オードリーは馬車へと向かった。
いつもは人でごった返す大通りを、馬車が1台通っていく。
誰もいないため避ける必要がなく、かなりの速度だ。
「それで、なぜあそこに?」
「凡そ40分前、西の空に光の柱が立ち上り、その後各ギルドにレイディバロス王国が滅んだことと『あれ』が発生したとの通達がありました」
「?! レイディバロス王国が滅亡?! あの光……自爆したのですか?!」
「はい……」
沈痛な面持ちで1つの国が滅んだことを告げるジャンヌ。
オードリーには信じがたい情報だったが、あの魔力量、衝撃、感じた哀しみを思い出し、納得するしかなかった。
「『あれ』の発生により、帝都は【神域】を展開。国民にも警報と、ギルドや兵士などから各地区長に通達をして24時間の外出禁止令を発令。冒険者には有事の際の防衛命令が出ました。レイディバロス王国との国境がエーリ様達に依頼した場所に近かったため、恐らく皆さんが報告のために戻って来ると思いましたので、特級受付の特権を活かして、書類や認証を最優先でもらったんです」
「なるほど」
ジャンヌからここまでの経緯を聞き、帝都の状況を把握するオードリー。
「私達は国境付近の村で『あれ』を目撃しました。どうするか判断する間もなく、ルイーズが突撃。即座に倒しましたが……我を忘れ、後に魔力暴走。エーリと私で押さえ込み、なんとか制圧しました。恐らく今はアンジーに収納してこちらに向かっているはずです」
「暴走?! あの、ルイーズさんがですか?!」
「はい。彼女の過去に関連がありますが、私の口からは話せません」
「……わかりました」
オードリーからの報告を受け、衝撃を受けるジャンヌ。
初めてルイーズのギルドプレートを見た時の衝撃にも似たものを感じて、聞き返した。
だが、オードリーの目を見ればこれ以上聞いても無駄だということがひしひしと感じられ、それ以上は聞くことが出来なかった。
かなりの速度が出せたこともあり、東地区、中央区を抜け、馬車は帝城ヘと到着する。
帝城は厳戒態勢が敷かれており、いつもは出てこない精鋭部隊も巡回をしていた。
「私が先触れとして出ますので、ここで待っていて下さい」
「わかりました」
ジャンヌが馬車を出て、入口を警備する兵士に事情を説明している。
それを見て、オードリーはジャンヌと自分との違いを強く感じていた。
「同じ『特級』でも……先々まで見通して行動できる特級受付と、相棒の苦しみを救ってやれず、託された仕事も十分にこなせない無能な特級鑑定士、ですか……。はぁ……」
深い溜め息。
思い返せば失敗ばかりしてきた。
特級鑑定士になったはいいが、そこからは大した成果も挙げられず、エーリの鑑定では痴態を晒し、ルイーズとの鑑定対決では完敗。
エーリを風呂で襲って、『次迷惑かけたら消えろ』とまで言われている。
戦闘面でもステータス面でもアンジーを除けば断トツの最下位。
そのアンジーも魔法鞄としては国宝級。
チームメンバーの中で自分が優っている部分など殆どない。
エーリに好意を寄せる女性は後を絶たず、その誰もがキラリと光る魅力を持っている。
こんな国を揺るがす有事の際ですら、俗な思考をしてしまう。
「私、エーリの傍に居てもいいのかしら」
ルイーズは、自分がエーリを好きになる資格がないと言って涙した。
「本当は私の方が資格ない……」
満足に仕事をこなせていない自分に対して、どんどんネガティブな思考に陥っていく。
じわりと涙が浮かんだ時、ジャンヌが戻ってきた。
それに気づいてゴシゴシと目元を拭う。
「お待たせしました。このまま馬車で中に入れます。……どうしました?」
「すみません。飛んできたので、目にゴミが入ったようです」
「あ、こすってはダメですよ。魔法で綺麗にしましょう」
「ありがとうございます」
「いいえ、これくらい。私には待つことしか出来ませんでしたから」
「え?」
揺れる馬車の中、ジャンヌの表情に悔しさを感じ取り、意外な物を見た気がするオードリー。
「私には父や兄の様な戦闘の経験も、その素養もありません。セシルのように戦える受付嬢でもないです。母の様に人を従える力があるわけではないですし、オードリーやアンジー、ルイーズさんの様に、エーリ様の隣に立って支えることが出来ないんです。今回迎えに行く時も、エクレールのことを失念していましたし。どこか抜けていて、正直嫌になります」
涙を浮かべて、これまで知らなかった思いを吐露するジャンヌ。
オードリーは戸惑っていた。
自分より上だと思っていたジャンヌが、こんなにも劣等感に苛まれていることに。
仕事が出来、皆に慕われ、何より美しい。
自分などよりも優れていると思っていたジャンヌが、自分のことを羨ましいと言っている。
「え? あ、あの」
「いきなりすみません。ちょっと最近思い悩んでいたところにこれだったので、思考がネガティブになってしまいました」
「い、いいえ! わ、私も同じようなことを考えていたもので……」
「え?」
「え、と」
先程まで思っていたことを軽く話す。
エーリの鑑定の話は除いて。
「そう、だったんですか」
「はい……」
ふと目線を上げると、パチっと目が合った。
「ふ」
「ふふふ」
互いに可笑しくなり、必死に声を殺して笑いあった。
この有事で、他の人間に見られれば確実に処罰を受ける行為だが、2人は笑った。
「隣の芝生は青い、ですね」
「はい」
帝城の中に入るまでの僅かな時間で、2人の『特級』の心は、少しだけほぐれたのだった。
〜〜 謁見の間 〜〜
「オードリー、『あれ』の情報を持ち帰ったというのは本当か?」
皇帝はいつになく鋭い視線を送る。
現在進行系で情報を集めているが、詳細がわかるものは少ない。
今は1つでも多く情報が欲しかった。
「はい。レイディバロス王国との国境にて『あれ』1匹と戦闘し、倒しました」
周りにいる重臣からおお、と言う声と、なぜ倒したという声が混ざる。
「戦闘の一部始終を申せ」
「いえ、記憶を投影した方がよろしいかと」
「おお、そなたなら可能だったな。【炎帝】」
「はっ」
【炎帝】がオードリーの前まで来て、いつもの光る板を差し出す。
それに手をかざし、目を瞑るオードリー。
程なくして『あれ』との戦闘シーンが映し出された。
間近で見る『あれ』の姿に、感情と魔力が溢れるのを必死になって抑える一同。
やがて映像が終わると、オードリーがゆっくりと目を開ける。
「以上です。村に居たのはあの1匹のみでした。はぐれたのか残り物を漁っていたのか、他の目的があったのかは定かではありませんが、伝承を裏付ける情報としては十分かと存じます」
物の2〜3分の映像ではあったが、魔力耐性や修復能力、首が飛んでも生きていることなど、ここから得られる生きた情報は無数にあった。
古い本や口伝にはあり、皇帝も記憶として知っているが、実際に見たかどうかはかなり重要だ。
裏付けが取れたことにより、伝承を事実として後々の作戦に役立てることができる。
「うむ。よくぞいち早く知らせてくれた。後で褒美を取らす。考えておくが良い」
「はっ。ありがたき幸せに存じます」
皇帝からの褒賞の確約。
普段なら喜ぶ所だが、ルイーズの状態を思うと手放しにとはいかなかった。
「してオードリー。戦闘を間近で見た者として、『あれ』のレベルはいくつだと思う?」
皇帝に問われ、自身の脳内にある知識と照らし合わせる。
「……1です」
「あれでか?!」
重臣の1人から悲鳴にも似た声があがる。
他の人間達も動揺を隠せない。
「静まれ!! どの道戦うことになるのだ! 基準として活用せよ!」
「はっ……」
「今、どこまで上がったかわかっておられますか?」
「いや、それを含めて調査中だ。遠目に見た限り、5まではいっていない」
「とは言っても、でしょうか」
「ああ。どこまで行っているか、見当もつかん」
その言葉に、思わず眉を顰めるオードリー。
「そんな顔をするな。わかっている。だが、レイディバロス王国の領土が侵されている現状、調査も追いついておらん。土地勘がない我らが行っても、逆に被害が増えるだけだ」
「はい」
わかるが故にもどかしい現状。
『あれ』について知らないエーリならば、
「『国を滅ぼすのが早い』とは言うなよ?」
皇帝の目に怒気が篭る。
よく見ると魔力光も漏れ出しそうな勢いで魔力が高まっている。
「わかっております。もしもレイディバロス国王陛下含め、王族がと考えれば、賢明なご判断でした」
「……ならば良い」
魔力が静まっていく。
やはり自分が来て正解だったと、オードリーは感じていた。
「(こういう事態も考えて、エーリは私に託したのかしら)」
そうかもしれない、と思った。
アンジーの試験でミルク様を呼び捨てにして、皇帝の怒りを買ったことは記憶に新しい。
事情を知らないエーリが行くよりも、今の帝国に詳しいオードリーが行く方が適任だった。
「(流石、エーリきゅんですね)」
久しぶりに昔の呼び方で呼んでみる。
沈んでいた心が、再び浮かび上がっていく。
オードリーが1人気持ちを落ち着かせていると、
「陛下!!」
血相を変えて【風姫】カミラ・ジェイルが入って来た。
「カミラ……ふぅ…………申せ」
表情を見ればわかる。
今から聞く話は、これまでで一番の悪い情報だ。
皇帝は覚悟を決めて先を促した。
「は、はっ! さ、先程、諜報部員より、緊急通信が、ありました」
余りの緊張に、言葉が上手く出てこない。
それを見て、周りの人間達の血の気が引いて行く。
「ん、レ……レイディ、バロス王国、首都跡地、に……『あれ』、の、大群を確認。か、数は……レ、レベ……」
その後が出てこない。
皆固唾を呑んで【風姫】を見つめる。
「か、数、は……」
首を絞められている様な状態で、その先が出ない。
「カミラ……そなたが悪いわけではない。私の目を見て、言え」
皇帝が玉座を降り、【風姫】の下まで歩く。
膝を折り、頰を撫でた。
「数と、レベルはいくつだ?」
ニコッと微笑む皇帝の顔を見て、【風姫】は涙し、そして、絶望を口にする。
「数は、凡そ200万。現在も増加中です……目視により、レベルが7まで引き上がりました」
「あの、レベルって、何の話、ですか?」
絶望の中、何も知らないA級冒険者のガキが、謁見の間に姿を現した。
因みに帝都グランドミルキスタは大体1,200万人が暮らしている設定です。
いつも見て下さってありがとうございます。
お気に召しましたらブクマ、最新話下の評価をよろしくお願いいたします。
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