第103話 国防会議
続きです。
「あれが音に聞く『王家の誇り』、ですか……」
「ああ、以前友好200周年の記念パーティーでレイディバロス王が話してくれたことがあってな。この先も使わぬことを願うと言っていたが……」
【雷帝】の問いに皇帝が答える。
【雷帝】は国毎滅ぼすというその魔法の考えに戦慄し、皇帝は国を治める者として、そうせざるを得なかったレイディバロス王と国民の気持ちを慮り、少なからぬショックを受けていた。
「皇帝陛下、ご心痛重々承知しておりますが、我が国の方針は変更なしで宜しいですか?」
【炎帝】が静かに尋ねる。
仮面の下はどんな顔をしているのか、誰にも伺い知ることはできない。
「いや、警報を出す」
「いきなりでは国民が混乱しますが?」
「どの道あの光を見た後では不安ばかりが増すだけだ。警報を出し、【神域】の展開、兵士の派遣などを迅速に行え」
「はっ!」
「各地区のギルドとも連携を。協力要請と防衛命令を出せ」
「はっ!」
「ゴルドン、辺境軍の再編を進めよ。情報連携は密に、帝国領内にも『あれ』が発生している前提で動け」
「仰せのままに!!」
「ジェフ、指揮能力に優れた人材を選べ。主だった都市に派遣し、防衛の指揮を取らせよ」
「私の裁量で宜しいので?」
「こういう時のお前の勘は信用している。出来るな?」
「お任せを」
「カミラ、引き続き『あれ』の情報を収集しろ。どんなものでも構わん。それと同時に帝国領内の各都市における防衛可能日数を算出せよ。他国に救援を求めるにも、どの程度篭れるかわからないと対応に差が出る」
「既に取り掛かっております」
「よし」
一息に指示を出し終わり、皇帝は一度重臣達を見回す。
重臣達もまた、決意に満ちた目で見返してくる。
「我らは今日、友とその国、また多くの人間族を失った。『王家の誇り』で『あれ』が滅んでくれていればいいが、それは楽観が過ぎる。1匹でも残っていれば、また同じことが繰り返されるであろう。それは断じて許すことが出来ぬ。……今、私はそなたらが傍にいてくれることをミルク様に感謝している。仲が悪い者達や、クセが強い者もいる。だが、根っこの所ではこの国が好きだということで一致している。私にはそれが嬉しくて仕方がない。私がこの名前に生まれたことや、私の代で『あれ』が発生したことは、運命と呼べるものなのかもしれない。だが、だからこそこの戦いには絶対に勝つ! 先人達が残した知識に、今を生きる我らの武を乗せ、必ずや『あれ』を打ち倒す! 人間族のしぶとさ、『あれ』に思い出させてやろうではないか!」
ガン! と自らの胸を叩く皇帝。
その顔は、『あれ』の発生を聞いた時の呆けたものではなく、レイディバロス王国が消滅した時の悲しみに満ちたものでもない。
ミルク帝国の皇帝として威厳に満ちたものであった。
重臣達は一様にその場で跪き、頭を下げた。
「では各々仕事にかかれ!」
「「「「「はっ!」」」」」
謁見の間から次々に重臣達が自分の持ち場へと散っていく。
最後の1人が出ていくと、皇帝も執務室に向けて移動を始めた。
「ご立派でございました」
老紳士が表情を変えないまでも、暖かい言葉で労う。
「友に託されたのだ。いつまでも悔やんでばかりはいられん。それよりも国民に混乱が生じないように各地区との連携には気を配れ」
「承知しております。既にギルドとの連携は完了し、警報を出すタイミングで動いてもらう手筈となっております」
「よし、ここからが正念場だ。準備出来次第知らせよ。……それまでは少し、1人になる」
「はっ」
バタン
老紳士を廊下に残し、執務室に入った。
ソファに腰掛け、天井を仰ぎ見る。
「……はぁ」
自然と溜め息が漏れ、両手で顔を覆った。
「このまま何事もなく、私の治世が終わってくれれば良かったものを……。よりにもよって『あれ』とはな。は、はははは」
乾いた笑いが部屋に響く。
皇帝であるがゆえに引き継いだ記憶。
その中にある『あれ』は、絶対に関わりたくないものだった。
全ての生命にとっての敵。
文字通りの化け物。
今まで多数の国、種族を滅ぼし、奪った生命の数は億で収まるかわからない。
発生すれば確実に甚大な被害をもたらす、生きた災害。
数だけは多い人間族だが、単体としては種族として弱い部類に入る。
その弱さを、意志の強さ、連携、知恵で補ってきた。
今、その真価が問われようとしている。
自分の代で。
その重圧は皇帝にしかわからないもので、誰にも共有出来ない。
縋れるとしたらただ1人、愛する全能神様だけだが、今はいない。
そもそも縋った所で助けてくれるという存在でもないのだ。
「……この難局を乗り越えたら、褒めてくださるだろうか?」
呟き、サイドチェストにあるお菓子箱に手を伸ばす。
そこには『ミルク』チヨコレイトが入っていた。
1つ手にとり、口に運ぶ。
滑らかで芳醇な香りが口に広がり、程よい甘さが心地いい。
張り詰めていたものが和らぎ、漸く気持ちもおちついてくる。
「『ミルク』様は偉大だな……」
執務室に、皇帝の独り言が静かに響いた。
〜〜 現在 、帝国領上空 〜〜
「エクレール! 大丈夫ですか?!」
「ク、クルルァ!」
国境付近から約40分。
ここまでエクレールは飛ばしに飛ばし、遠くに帝都が見える所まで来ていた。
エーリからもらった魔石を使い果たし、エクレールは自身の魔力を使用して飛んでいる。
しがみついているオードリーは、かなり無理をしているエクレールの身体が心配だった。
だがエクレールは止まらない。
親であるエーリから頼まれたのだ。
『最速で』と。
そして自分自身、今現在も成長を続けていると認識していた。
事実、行きよりもこの帰りの方が、最高速度やスタミナ面で上回っている。
あれだけ良質な雷属性魔力で育てられ、ここまでも魔石で魔力を補充してもらったのだ。
ここで任されたことをやり遂げられなければ、自分を許せない。
そんな思いを胸に、全てをかけてエクレールは飛んでいた。
やがて、
「見えました! もうすぐです! ? ……あれは、【神域】?!」
オードリーの目には、【神域】を展開する帝都が見えていた。
帝都の結界はそもそもが強力だ。普通はそれだけで魔物の軍勢が来ても事足りる。
だがミルクの結界、【神域】まで使うということは、帝国の存亡に関わる事態が起こっていることに他ならない。
自分達が遭遇した『あれ』と、西の空に見えた光の柱。
その2つが関係していることは明らかだった。
「エクレール、東地区の門に下ろしてください!」
「クルァ!」
指示を出し、門の前に降りる。
門には多数の白鎧が待機しており、突如現れたエクレールとオードリーに対し、警戒を強めていた。
「止まれ! 今帝都は『あれ』の発生により、一時外出禁止令と出入りの制限がかけられている。所属と氏名を述べよ」
「『虹の絆』Bランク冒険者のオードリーです。その『あれ』に関する情報を伝えに、雷鳥エクレールに乗って飛んで来ました。皇帝陛下への謁見を望みます」
「何?! ……だが、我らも勝手な判断でそなたらを入れるわけにはいかぬ。すまぬが確認が取れるまでここで待たられよ」
「そんな!! 一刻を争う事態なのですよ?!」
「わかっている……が、我らに与えられた任務は『許可なき者の帝都の出入りを許すな』だ。我らは軍人ゆえ、任務を放棄するわけにはいかぬのだ。許せ」
「! くっ!」
互いに引けない事情があるが故の膠着状態。
ここまで来て足止めされると思わなかったオードリーに焦りが募っていく。
「(これではエーリが託してくれた意味がない! エクレールの頑張りも無駄になってしまう!)」
悔しさに涙がこみ上げてくるのを感じたその時、
「その方の身元は私が保証します」
「あなたは……!」
そこに現れたのは、この東地区で『虹の絆』が最も世話になった女性。
「ジャンヌ!!」
中央ギルド特級受付、ジャンヌ・メイガードその人だった。
有事の際に統率が取れるトップがいるかどうか。
組織の良し悪しはここで決まる気がします。
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