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第101話 始まりの合図

続きです。


2017/12/16 誤字を修正しました。

 ぎょろりとした目。


 太い腕と大きな手。


 口からは血だろうか? 赤い何かが滴っている。


 身長は2mほどあるだろうか。


 黒い毛並みの、豚(・)の魔物。


 それが『あれ』の正体だった。



 見た瞬間に、色々な負の感情が自分の中を満たしていくのがわかる。


 恐怖、焦り、戸惑い、恨み、憎悪、怒り。


 今すぐにでも逃げたい思うと同時に、今すぐに殺したいとも思う。

 こちらの神経をどこまでも逆なでしてくる、そんな存在に思えた。



 ズ……


 ズズズ……


「ふぅ……ふぅ……ふぅ…ふぅふぅ、はっはっはっはっ……」

「ルイーズ?」


「ふぅう! ふぅううう!」


 横にいるルイーズから、とてつもない密度と濃度の魔力が漏れ出している。

 ボコボコと泡立つその姿は、暴発寸前の爆弾を思わせた。


 アンジーからも驚きの感情が流れ込む。


 そんな中、オードリーだけは理解している様子だった。


「ルイーズ! ダメ!!」


 オードリーが出した声に、『あれ』が気づく。


 グリン! とこちらを向き、俺達を視認すると、とても、とても嬉しそうにニタリと笑った。



 それが、合図だった。



「ああああああああああぁあああああっっっ!!!」


 放たれた矢の如く、ルイーズが『あれ』に向かって突進する。


 泡立つ魔力は火属性に変化。

 バーナーの様に細く高温の剣となって、ルイーズの手に握られた。


「あぁっ!! んあ゛! 」


 ザンッと『あれ』の左肩から腹にかけて切り裂かれる音と、ジュウという肉の焼ける音が聞こえてくる。

 ルイーズの攻撃は、思ったよりも簡単に『あれ』に届いた。


 だが、


「ブギィイイイ!!」


 袈裟斬りにされ、辛うじて2つに分かれていない状態の『あれ』は、雄叫びを上げてルイーズを掴みにかかる。

 あれで動けるのか?!


「私に触るな!! 【風輪火斬(ふうりんかざん)】!!」


『あれ』の周りに圧縮した風の輪が幾重にも巻きつき、締め上げる。

 よく見ると切られた時に出来た傷が再生していくのがわかった。


 だが、締め付けた風の輪から炎が上がると、刃となってその身体を輪切りにしていく。


「ブガァアアアギイイイイィィ!!」


『あれ』は輪から抜け出そうとするが、下半身から順にボトボトと切り裂かれていった。


 落ちた身体は再生しようと踠(もが)き動いている。

 首だけとなってもこちらを見てニタニタと笑っていた。


 あれだけやってまだ死なないのか?!


「その目で見るなぁあああああああああああ!!!」


 一段と膨れ上がったルイーズの魔力は、巨大な炎、というよりもマグマのハンマーとなって現れた。

 そのハンマーで『あれ』のパーツを何度も何度も叩きつける。


 ルイーズは声にならない声で叫びながら、髪を振り乱し、狂った様に同じ動作を繰り返していた。


「ルイーズ……」


 オードリーは哀しいものを見る目でルイーズを見つめている。

 何か、ルイーズがああ(・・)なる原因を知っているのだろうか?


 そういえば、修行の一環として深い所まで鑑定し合っていたと言っていた。

 きっと、お互いの知られたくない過去も見せ合ったのだろう。

 俺にも教えない程の過去が、あのルイーズをここまで変えるのか?


『エーリ様……止めなくて、いいのですか?』


 心配そうな声でアンジーが伝えてくる。

 目の前では壊れたおもちゃの如く同じ動作をし続けるルイーズの姿がある。

 そうだな、そろそろ止めよう。


 ゆっくりとルイーズの元に向かう。


「ルイーズ」


 ルイーズはこちらを見ず、一心不乱に『あれ』だったものに向かってハンマーを叩き続けている。


「ルイーズ、もう終わった。やめるんだ」


 叩き続ける。こちらは見ない。


「ルイーズ!!」


 バッとルイーズの前に飛び出した。

 ピタリ、と俺の鼻先でマグマのハンマーが止まる。


「……エーリくん、どいて。まだ何も終わってない。まだ足りないの。まだまだまだまだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ!! 全然、全然足りないのよ!!」


 目を見開き、唾を飛ばしながら怒鳴るルイーズの姿は、俺が知るものではなかった。

 だが、引くわけにはいかない。

 このままだと、ルイーズがどこかへ行ってしまう気がしたからだ。


「どかない。このままだと、ルイーズがいなくなる気がする」

「……ふ、ふふ。あははははははははははははははは!! エーリくんの知ってる私なんて! 薄っぺらい上辺だけの存在なのよ!! これが私の本当の姿なの!! これがルイーズ・アンドレイク(・・・・・・)なのよ!」


「違う。ルイーズ・キングリッジ(・・・・・・)だよ」

「はっ!! キングリッジなんてただの偽名よ! エーリくんについて来たのも、その魔力があれば寿命を延ばせると思ったからよ!! あんたみたいな転生者、本当に好きになるわけないじゃない!! 自惚れるな、ガキが!!」


 ぐちゃぐちゃになった感情が俺にぶつけられる。

 俺を好きじゃない、利用しただけ。

 言葉だけ聞けば俺は騙され続けたかわいそうな男になるけど、顔を見れば、それだけじゃないことは一目でわかった。


「じゃあ、なんで泣いて(・・・)るんだよ?」


「はぁ?! 泣いてなんか……!!」


 自分の頬に触れ、零れ落ちている涙に気づく。

 ぐらりとその身体が揺れ、動揺しているのが見て取れた。


「ルイーズの言う通り、俺は転生者だ。前の世界から逃げてきた弱い人間だ。自分で死ぬことも出来なくて、俺を好きだと言ってくれたミルクに甘えてこの世界に来た。他人より優れたステータスと才能を与えてもらって、色んな人に保護してもらいながら生きてきた、ただのガキだよ」


 ルイーズは両手で頭を抱え、何かブツブツと呟いている。


「そんな俺を、ルイーズは支えてくれたよ。頼りない俺を、色んな面からね。……俺はルイーズが好きだ。出会ってたったの3ヶ月。長く生きているルイーズの過去なんて何も知らない。ルイーズの言う通り上辺しか知らない。だから、もっともっとルイーズを知りたい」


「私、は……エーリくんを、利用してただけ」


「利用したいならすればいい。多かれ少なかれ、人は誰かを利用して、自分も利用されて生きてる」


「エーリくんのことなんか、好きじゃない」


「今はそれでもいいさ。俺には[長命]がある。いつか惚れさせて見せるよ」


「ダメ、だめ……それは、駄目。私に、そんな資格、ない」


 ガクっと膝から崩れ落ち、ルイーズは自分を抱きしめる。

 唇は震え、顔も小刻みに横に振っている。


「ダメじゃない。資格なんて必要ない。俺がルイーズを好きなんだ」


 ギュッとルイーズを抱きしめた。

 資格云々なら、俺だって初めはルイーズの身体目当てだったんだ。

 それを考えたら好きだなんだと言う資格すらない。

 でも今は違う。それは伝えなくてはならない。

 俺は目を合わせ、届けと願って言う。


「俺はずっと側にいる。ルイーズよりも長く生きてやる。アンドレイクだろうがキングリッジだろうが、ルイーズはルイーズじゃないか。俺にとっては何も変わらないよ。だからどこにも行くな。お前は、俺の女だ」

「!!」


 見開かれた目。

 何かを口にしようとしては言い淀む。

 小刻みに震える身体。

 自分でもどうしたらいいのかわからないのだろう。


 目を合わせ続けたまま、暫く見つめ合った。

 このままルイーズが戻ってきてくれることを祈る。


 が、


「ぁぁ、あああぁぁあああぁあ゛あ゛あ゛ぁあああああ゛あ゛ぁああああ!!」


 ルイーズは再び頭を抱え、俺の腕を振りほどこうと踠き出す。

 そして処理不能となった感情が、魔力となって溢れる。

 制御が出来ておらず、ルイーズの身体も傷つけていく。

 魔力の暴走だ。


「くっ!」


 何とか抑え込もうとするが、魔力の暴走は止まらない。

 飛び散った魔力が付近に着弾し、さまざまな魔法となって辺りを破壊している。


「仕方が、ない」

 アンジーに収納してもらおうかと思ったその時、


 コン!


「ぁ……」

「うっ……」


 ルイーズの意識が落ちる。

 スッと力が抜け、重たくなった身体を必死に支えた。


 ルイーズの意識を刈り取ったのは、この2ヶ月間苦楽を共にした、相棒(オードリー)の氷の一撃だった。



「オードリー……」


 手を伸ばし、泣きながらこちらを見つめるオードリーの名を呼ぶ。


「すみません……介入が遅すぎますね」


 ゴシゴシと袖で涙を拭いながら、オードリーは近づいてきて言った。

 その顔には哀しみと後悔が刻まれている。


「いや、助かったよ。俺も対応を決めあぐねていたから」


 そう言いながらルイーズを寝かす。

 涙や鼻水で汚れた顔を魔法で綺麗にした。

 寝顔だけは、いつものルイーズに戻ったか。


「エーリ様、これからどうするんですか?」


 密着形態を解除して、アンジーが話しかけてくる。

 心配そうにルイーズの髪を手で梳かす。


「一度戻ろう。報告もしなくちゃだし」

「そう、ですね。まさか『あれ』が発生していたなんて思いませんでした。一刻も早く戻らないと」


 ?

 オードリーは『あれ』を知っているのか?

『あれ』は一刻も早く戻らないといけないほどのものだったのか?


 湧き上がる疑問は、俺の心に不安ばかり投げつける。

【トラブルホイホイ】の言うパーティとは、これのことなのか?

 じゃあ他にも、同じようなことが起きている?


「なあ、オードリー、『あれ』って……」

「エーリ様!! 何か変です!!」


 目を瞑り、怯えるようにアンジーが叫ぶ。

 周囲を見渡すが異常は見られない。


 どういうことか聞こうとしたその時、西の方に大きな魔力を感じ取った。


 ?!



 ーーーーィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイン!!!!!



「伏せろ!!」


 光と音と、衝撃が俺達を包む。

 その場でしゃがみこみ、被害の最小化を図る。


 音と衝撃が過ぎ去った後、それがやってきた方向を向くと、西の空に巨大な光の柱が立ち上っているのが見えた。



 頭の中で、今朝の光景が繰り返される。



 [トラブルホイホイ]:パーティが始まるよ


 [トラブルホイホイ]:パーティが始まるよ


 [トラブルホイホイ]:パーティが始まるよ



 俺達はただ呆然と、光の柱を見続けた。

いつも見て下さってありがとうございます。


お気に召しましたらブクマ、最新話下の評価をどうぞよろしくお願いいたします。

感想もお気軽にどうぞ。


お腹の事情によりこの時間に……。

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