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第98話 『あれ』

続きです。


ちょっと怖いかもしれません。

 こちらの世界に来て初めての明確な敗北。

 正に完敗。


 俺達はリンクでの反省会を行った後、図書館で知識量を増やした。

 俺はこの世界について何も知らないに等しい。

 転生する時に知った情報は結構大雑把な物だったから、種族ごとの特性については知らなかった。

 正次兄ちゃんとの話に出てきた毒物や、その他危険生物などの知識も必要だ。


 まだまだ伸び代は無限にあるんだ。

 それにまだ子どもだからか、記憶力もいい。

 俺は今、学ばねばならない。


 アンジーも俺に付いて回る。

 今後の連携のために、同じものを見ることも必要だろう。

 わからないところは後で年長者2人に聞けばいい。

 とりあえず詰め込めるだけ詰め込む。


 既に知識抱負な2人は、戦術関連の知識を増やしに行くと言っていた。

 帝都の図書館には映像記録も豊富に残っているらしく、過去の闘技場での戦いや戦争の記録から、使えそうなものを拾うとのことだった。


 ルイーズは長く生きているが、戦闘はなるべく避けてきたと言っていたから、今回のようなガチ戦闘はいい刺激になったらしい。


 俺達は心に燃え上がる炎を燃やしながら、それから数時間、知識の吸収に没頭した。



 〜〜 数時間後 〜〜


 カランカラーン!


「まもなく閉館の時間になります! 取り出した本は元の位置に戻し、忘れ物をなさらないようにお帰りください!」


 職員が閉館のベルを鳴らしながら回ってくる。


「もうこんな時間か」

「あっという間でしたね」


 アンジーと手分けして本を戻し、オードリー達と合流するために出入り口へと向かう。


「ん?」


 その時、ある絵本に目がいった。


『あれ』と書かれたその本は、表紙に不気味な黒い顔が書かれていた。

 ぎょろりとした目が何とも気持ち悪い。


 夢で見たものを思い出し、ページをめくる。



 〜〜 『あれ』 〜〜


 ジーナはわるいこでした。


 いつもイタズラをしてママやパパをこまらせています。


 たべものはちらかすし、ぬいだふくもおきっぱなし。


 おもちゃだってあそんだままかたづけません。


 そのたびにママはこういいます。


「そんなわるいことをしていると、そのうち『あれ』がきてジーナをさらっていっちゃうんだから」


 でもジーナはこわくなんてありません。


 だって、いままでいちどもみたことがないんですから。


「ふーんだ。『あれ』ってなによ! わたしこわくなんてないんだから」


 それでもママはいいます。


「ジーナ。ママもちいさいころはそうおもっていたわ。でもね、『あれ』はほんとうにいるのよ。ママはいちどだけみたことがあるの」


 そうはなすママのかおは、とてもこわがっているようにみえました。


 いつもとちがうママのかおに、ジーナはとてもきょうみがわいてきました。


『おこるとこわいママがこんなにこわがるなんて、『あれ』ってどんなのかしら!』


『あれ』のことをしりたくなったジーナは、ママにききます。


「ママ、『あれ』ってどんななの?」


 きかれたママはすこしまよったあと、おしえてくれました。


「『あれ』はね。おおきなからだでなんでもたべるおおきなくちをもっているの。いぬよりもおうまさんよりもはやくて、おとこのこはたべるし、おんなのこもさらわれたあとたべられるの。みにくいかおでぎょろっとしたおめめでね。おくちのなかはいつもまっかなのよ」


「ふーん」


 ママのはなしをきいても、ジーナはあまりこわくありませんでした。




 あるひのこと。


 こわいものしらずなジーナは、いってはいけないもりへでかけました。


 おおかみがいるし、『あれ』もいるといわれているもりにです。


「ふんふんふーん。わたしはあしがはやいし、ちいさいからきっとみつからないわ。ぜったい『あれ』をみつけるんだから!」


 くらくなってきたもりのなかでも、ジーナはどんどんあるいていきます。


 そしてついに、ジーナはみつけたのです。


 からだがおおきくて、みにくいかおで、ぎょろっとしたおめめで、くちのなかがまっかな『あれ』を。



「『あれ』だわ! なによ、おもってたよりこわくないじゃない。そうだわ。おともだちになってむらまでもどれば、きっとみんなびっくりする!」



 ジーナがこえをかけようとたちあがったとき、もう『あれ』はジーナをみていました。


 ぎょろりとしたおめめで、みていました。


『あれ』はうれしそうにわらいました。


 てにはなにかをもっていました。


「……ボビー?」


『あれ』がもっていたのは、ボビーでした。


 ボビーはすこしへんでした。


 こしからしたがありません。


 よくみると、『あれ』がはんたいのてでもっていました。


『あれ』はボビーをすててジーナにむかってはしってきました。


 わらいながらはしってきました。


 ジーナはこわくなってにげました。


 かけっこならだれにもまけないジーナ。


 ちいさなからだでがんばってはしります。


『あれ』は、きをたおしながらおいかけてきます。


 ジーナはひっしにはしって、かくれて、がたがたふるえてよるをあかしました。



 あさになって、『あれ』がいないことをかくにんして、ジーナはほっとしました。


「もうだいじょうぶ。むらにかえればママもパパもいるわ。ママにはあやまらなきゃ。『あれ』はとってもこわかったわ。これからはいいこになろうっと」


 スキップしながらむらにかえると、むらはいつもとちがいました。



 みんなさけびながらはしりまわっていたのです。


 ひっしになって、『あれ』からにげていました。


 ジーナはこわくなってかくれます。


 こっそりのぞくと、『あれ』がパパをたべていました。


 ジーナとママのなまえをよんでいます。


 こわくてジーナはでていけませんでした。


 ママもでてきませんでした。



 ママをさがしていると、ジーナのいえからきいたことのないママのこえがきこえてきて、しばらくするとジーナのいえからちいさな『あれ』がたくさんでてきました。



 ジーナははしりました。


 ひるもよるもなくはしりました。


 おなかがすいても、ころんでも、なきながらはしりました。


 やがてむらからとおくはなれたまちにつくと、きしだんのつめしょにいってこういいました。


「わたしのむらに『あれ』がきたの。パパはたべられたし、いえからちいさい『あれ』がいっぱいでてきたの」


 それをきいたきしだんは、すぐにむらへむかうじゅんびをはじめます。


 まちでまっているようにいわれましたが、ジーナはきしだんといっしょにむらへもどりました。




 むらはもえてなくなっていました。


 むらのみんなもいなくなっていました。


 きしだんはもりをさがして、むらのみんなをたべていた『あれ』をみつけて、がんばってたおしました。


 すべてがおわったあと、いちばんえらいきしだんちょうさまがジーナをなでてこういいます。


「ありがとうジーナ。はやくしらせてくれたおかげで、『あれ』をたいじすることができたよ。きみはいいこだね」


 そういわれたジーナは、きしだんちょうさまにこういいました。


「ちがうの。わたしがわるいこだから『あれ』がきたの。わたしのせいなの」


 それからというもの、ジーナはわらわなくなりました。


『あれ』から、くにをすくったとてもいいこだとこうていへいかからほめられても、どんなにプレゼントをもらっても、ジーナがよろこぶことはありません。


 ジーナはしぬまで、『あれ』をむらへよんでしまったことをこうかいしたのでした。



 〜〜 おしまい 〜〜



 子ども用の絵本とは思えない重たく暗いバッドエンド。

 これが事実だと言わんばかりに、読み手に絶望を投げつけてくる。


 自分の心が泡立つのを感じながらも、絵本が終わったことに安堵する。


 だが、気づいてしまった。


 まだ……数ページ残っている。


 震える手でページをめくる。


 そこには、黒い紙に赤い歪んだ文字でこう書かれていた。




 わるいこたべにやってくる。


 おおきなからだでやってくる。


 ぎょろっとおめめでみつけだし、


 おおきなおくちでモグモグむしゃり。


 きみがいいこかわるいこか、


 パパママみんなにきいてごらん?


 もしもわるいこだったなら、


 ほらほらそこまできているぞ。


 きみのそばまできているぞ。


 ふりかえればほら……















 ページをめくると…………





















『みぃつけた』





 そこには、真っ黒な紙の真ん中に、ぎょろっとした目、大きくて真っ赤な口の、『あれ』と思しきものが書いてあった。

 ゴクリと唾を飲み込む。


 夢で見た黒い何かにそっくりな『あれ』。


 先程から冷や汗が止まらない。


 この絵本に書かれている『あれ』は、本当にいる。

 そう思わずにはいられなくなった。

 出来れば一生会いたくないと、心の底からそう思った。



「エーリ様、ここにいたんですね。皆心配して……どうしたんですか? 汗、凄いですよ?」


 俺を呼びにきたアンジーが、俺の様子に気づいて訝しむ。


「ああ、いや、何でもないんだ。……今日の試合を思い出したら、ちょっと」


 咄嗟に嘘をついてしまった。

 自分でも不思議だ。

 絵本で怖がっているのを知られたくなかったんだろうか?


「今日の悔しさは私も忘れません。これから頑張っていk グゥウウウウウウウウウウ!!


 静かな館内に響く特大の音。

 それはアンジーのお腹から鳴っていた。


「ア、アンジー?」


 アンジーの顔がみるみる赤くなり、目には涙が溜まっていく。


「ふ、ふええええええええん!お腹が空きましたぁ!」


「ちょっとそこのあなた達! 閉館時間は過ぎていますよ! とっとと出ていってください!」

「は、はい! 今すぐ! ほら、行くよアンジー!」

「ふえぇえええええん!」


『あれ』を棚に戻し、そそくさと図書館を後にする。


 出入り口ではオードリーとルイーズが待っていてくれた。


「もう、エーリったら遅いです……ってアンジー! どうしたんですか?!」

「あれよほらぁ。お腹空いたのね? そうでしょう?」


 コクコクと泣きべそをかきながら頷くアンジー。


「ごめんごめん! さぁ、すぐどこかのお店に入ろう。俺も腹減ったよ」

「そういえばお昼抜いてましたもんね」

「そういえば、そうねぇ。アンジー、よっぽど悔しかったのねぇ」


 アンジーが食事を忘れる位か……よっぽどだな、うん。


「よし、急ごう!」

「「はーい」」

「ふえぇ……」


 俺達は近場の店に駆け込み、腹一杯食べた。


 アンジーは反動なのか店の食材を食べ尽くし、店のはしごをする羽目になった。


 家に帰ってぐっすり眠る頃には、図書館で見た『あれ』のことは、キレイさっぱり忘れていた。

 不自然なほどに。


 その後2ヶ月余りの間、俺が『あれ』を思い出すことはなかった。

家で想像しながら書いていると、たまに背筋が寒くなることがあります。

もしかしたら、『あれ』が見ていたのかもしれませんね。


いつも見て下さってありがとうございます。

お気に召しましたらブクマ、最新話下の評価をよろしくお願いいたします。

感想もお気軽にどうぞ。

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