第95話 挨拶回り
続きです。
「行っちゃいましたね」
「ああ、5年後にどうなっているか、楽しみだ」
「私達も成長していかないといけないわねぇ」
「ステフに負けていられません」
ステフを見送った後、俺達も自分達の成長を誓った。
「エーリ様、私はこの後特級の就任式があるのでここで失礼します」
「はい。本当におめでとうございます。母娘で特級とは凄いですよね」
「ありがとうございます。でも、長い歴史の中では何度かあったそうなので、それほどでも。それにこれから中央での研修が始まるので、少し憂鬱なんです」
ジャンヌさんが肩を竦めて困り顔をする。
トップの人がいっぱいの所で研修か。
マチルダ母さんも仕事に厳しい人だから、娘が来た所で便宜は図らないだろう。
「ジャンヌさんなら乗り越えられると信じています。……時々差し入れしますよ。チヨコとかプリンとかをね」
ウインクして返してあげると、とても嬉しそうな顔になった。
「本当ですか?! あの美味しさ、今でも夢に出て来てるんです。あれが食べられるなら、どんなシゴキにも耐えられそうです!」
「や、やる気が出たようで何よりです。」
うっとりと恐らくプリンのことを夢想しながら、ジャンヌさんは遠いところを見ていた。
スイーツにかける女性の執念って、結構怖いものがあるよな。
「あ、いけない。もういかなくちゃ。『虹の絆』の皆様、それではこれで」
そう言ってジャンヌさんは、中央ギルドの方へと走っていった。
「ジャンヌさんも出会った当初から大分変わりましたよね」
「そうねぇ。柔らかくなったかしらぁ。色香も出てきたわねぇ」
「恋する乙女は劇的に変わりますから」
女性陣はジャンヌさんの変貌を評価している。
恋する乙女の対象者である(はず)の俺は、少しこそばゆい感じになった。
「そ、それじゃあ俺達もやるべきことをやろう」
恥ずかしさをごまかす感じになってしまったが、やるべきことは山積している。
まずは引越しだ。
「荷物類はアンジーに頼めば良いですから、掃除がメインですね」
「それもすぐ終わるからぁ、今日は挨拶回りをしましょうかぁ」
「東地区のご飯は美味しかったです。一旦食べ納めに行かないといけませんからね」
アンジーはいつも通りだが、実際挨拶回りにも行かないといけない。
お世話になった人達が多いからな。
当面は西地区と東地区を行き来しながら暮らすことになるので、完全にいなくなったりするわけではないが、そのことを含めて知らせるためだ。
「じゃあまずは中央区の知り合いに知らせに行こう。『ココア・ド・コ』に寄ってココアへの挨拶と他に配るプリンの調達からだな」
「「「プリン!!」」」
「いや、ココアへの挨拶が先だからな?」
スイーツが絡んだ時の女性陣も大概だな……。
『ココア・ド・コ』でココアに挨拶した後、大量のプリンを作ってもらう。
作ってもらっている間、お互いの近況について話した。
どうやらプリンは皇帝以下上流階級に超ウケだそうで、注文がひっきりなしに来ている状態になっているらしい。
とはいえすぐに供給していくと希少性も薄れるため、現時点での販売先は皇帝家族とその親族、公爵、侯爵ぐらいに留めているそうだ。
特に『ミルク』プリンは皇帝とその家族までにしか食べさせていない。
皇帝からもこの先1年はそうせよと命じられたそうだ。
なお、俺達だけは例外という言質は取ってくれていて、もし新しいスイーツをミルク様の知識から思い出したら聞き出すようにとも言われているらしい。
……既にいくつか伝授して、同時並行で試作品を作っているんだけどな。
このことはココアと俺の秘密になっている。
出来上がったものを見せて皆をびっくりさせてやりたいのと、事前に知らせるとこれからの修行に影響が出るからだ。
以前チヨコに女性陣を取られている俺からすれば、当然のことである。
プリンを大量に仕入れて今度は中央ギルドへ向かう。
ジャンヌさんは就任式後そのまま研修に入ったようで会えなかったが、マチルダ母さんには会えた。
マチルダ母さんには『ミルク』プリンを、ジャンヌさん含めその他の受付嬢の方にはプリンを差し入れした。
1番上の立場のマチルダ母さんならともかく、特級になったとはいえ中央区では新人のジャンヌさんにも『ミルク』プリンをあげると、妬みの対象になりかねないからな。
同じ釜の飯を食べる周りの受付嬢の人達と同じにしてみた。
マチルダ母さんから渡してもらうことにして、ギルドを離れる。
次はマルス伯爵邸へ。
数日前に知らせておいたので、今回はとてもスムーズに伯爵夫妻と会えた。
ジュリアンヌにも。
アンジーが言うには、夫人には内緒で『へべれけ』でご飯を食べに行けているそうで、今の生活に満足しているそうだ。
伯爵は全然変わっていなかったが、エリー夫人には初めて会って話が出来た。
穏やかそうな人だったが、以前伯爵が恐怖していたところを見ると、怒らせたらダメなタイプの女性であるらしい。
引っ越しの挨拶とステフに関してのお願いをして、上流階級でしか食べられないプリンを食べてもらった。
食べた後の伯爵夫妻は絶句。
こんなに美味しいスイーツは食べたことがないと絶賛してくれた。
何だかんだ俺は伯爵のことが気に入っていたので、今後のステフへの支援の見返りとして、お茶会などにプリンを提供することを約束した。
もちろん頻度や個数は抑え目にしてもらうが。
それでも伯爵夫妻はとても喜んでくれた。
プリンがあれば上流階級のご婦人方の胃袋は掴める。
ご婦人方を味方に出来れば、上に食い込むことも出来るようになるだろう。
後は伯爵夫妻の頑張り次第だ。
やる気に満ち溢れた伯爵夫妻と別れ、次は南地区へと向かった。
「南地区も久々だな」
「そうですね。約1ヶ月ぶりくらいでしょうか?」
「セシルは元気かしらぁ?」
「ドーラ焼、超福、3兄弟……」
あー……後で買っていくか。
まずは南地区ギルドでセシルに会った。
セシルは以前よりも仕事に身が入るようになったそうだ。
俺とゴルドンの戦いを見て、絶対に俺の隣で戦いたいと想いを新たにしたらしく、最近ではギルマスとトレーニングをしていると言っていた。
……どことなく筋肉質になってきている気がする。
念のため、ギルマスみたいにはならないでくれとお願いしておいたが、どうなるのか少し心配になった。
でも、プリンを渡した時の反応からすると、あそこまでは行き着かないような気もする。
危うく人化しそうになってたからな。
その後は南地区を観光した際に利用した紅蜘蛛商会や『猫屋敷』『甘粒』『人魚の入江』にも顔を出した。
こう言う所に知らせておくと、口コミでどんどん拡がってくれるから、宣伝料と考えると安いもんだ。
プリンは1〜2年で庶民の口にも入るようになっていく筈だ。
その時のための布石だから、ギルド、商会や人気店に知らせておくことはマイナスにはならない。
南地区での挨拶回りも終わり、最後に東地区を回る。
まずはアーノルドの所だ。
アーノルドは来月の開店に向け準備をしている最中だった。
開店すると言っても、最初は一般向けの販売はしない。
現状アーノルド1人だし、既にあるネームバリューを考えると、宣伝しなくても売れるからだ。
まずは昔の上客から。
卸す量も少量で行う。
何せ復活してから2ヶ月しか経っていないのだ。
当然のことだろう。
準備する姿はたのもしかったが、どことなく寂しげなのはステフがいなくなったからだろうか。
この1ヶ月、特に最後の方はほぼ毎日会っていたからな。
もう自分の娘のように思ってくれていたのかもしれない。
『ステフが帰ってきた時に店が潰れていたら怒られるからね』
そう言って瓶に香油を移す姿は、寂しげではあるがやる気にも満ち溢れていた。
壁に貼られた紙には『よく食べよく寝る』とステフの字で書かれていた。
会えないと言っても手紙は書けるからな。
もうちょっとすれば慣れるだろう。
バリスティックローズを卸す時もあるし、東地区は今後もよく来るから、時間を作って時々見にこよう。
次に市場を回って挨拶がてら食材確保&昼食。
「記念ですから」そう言ってアンジーが全屋台の全種類を制覇したことだけ記載しておこう。
約800品。
かかった時間は30分……。
恐らく塗り替えられることはない大記録をを打ち立てて、市場を後にした。
スレイン商会にも顔をだす。
ここにはまだ顔なじみが出来ていないが、引越しの挨拶と、頼んでいた物を取りに行くためだ。
注文した物を受け取り、店を後にした。
ジャンヌさんはいないが、東地区ギルドへも挨拶へ。
事前に知らせた訳ではなかったが、チヨコをあげた時の様に、受付嬢の方が集まってくれ、全員でお礼を言われた。
『我等がジャンヌ・メイガードを特級へと導いてくださり、ありがとうございます』
そう言われたのがとても嬉しかった。
感謝されたことじゃなく、ジャンヌさんが皆に好かれていることがわかったからだ。
自分の好きな人が周りに好かれているって、なんか嬉しいもんだな。
幸せな気持ちでメイガード家へ。
アルベルトさんは快く家に迎えてくれた。
「ジャンヌが特級に上がれたのは、君達のおかげだ。ありがとう」
「私達がこうして帝都に住める様になったのは、メイガード家の皆さんのおかげです。ありがとうございます」
そう言ってお互いに笑いあった。
どちらかが一方的に恩恵を受けた訳ではない。
俺達はジャンヌさんがいなければ家すら確保できなかったし、アルベルトさんがいなければあんなにいい部屋にはならなかったろう。
ライアンさんにもSクラスの強さを教えてもらったし、マチルダ母さんがいなければスムーズにいかなかったことも多々ある。
西地区の家探しもそうだしな。
本当に得難い縁に恵まれて、俺達は幸せだったと心の底から思った。
アルベルトさんの厚意により、今まで住んでいた部屋は今後も使っていいことになった。
タダというのは心苦しいので、その時々で何かあげることにして決着させる。
ここら辺は甘えすぎない方がいいからな。
長く楽しい話をして夕方になったため、お暇することにする。
食事でもどうかと言われたが、今回は断った。
どのみち今後も会えるし、どうせならジャンヌさんの特級祝いの時に皆でワイワイやりたいからだ。
夕食は全員一致で『へべれけ』へ。
挨拶回りも兼ねての選択だ。
『へべれけ』の店主以下店員さんが出迎えてくれ、それは美味しい料理を堪能した。
アンジーは昼にあれだけ食べたのに、底なしの胃袋でここでも全種類制覇×2を達成。
3周目に入ろうとしていたため、全員で止めて西地区へ向かう。
時間的に地区間の往来が出来なくなってしまうからだ。
アンジーを引きずりながら店を出る。
泣き叫ぶアンジーを3人がかりで引きずる姿を大勢の皆さんに見られた。
これもダメな意味で話題になってしまうな。
プリンでなんとか宥め、西地区へ向かう。
「今日1日挨拶回りしたけど、なんかこの3ヶ月で起きたことを思い出したな」
「そうですねぇ。濃い3ヶ月でしたし」
「色んなことが起きたわねぇ」
「まだ3ヶ月なんですね……。もう何年も経ってる気がします」
『虹の絆』が結成されて3ヶ月。
自分達の短い歴史を振り返り、得がたい幸せな日々を想う。
「この先、この3ヶ月の幸せを超えることってあると想うか?」
何となしに皆に聞いてみた。
それぞれ一瞬だけ考えた後、
「当然です。この後メンバーだけの生活が始まるんですよ? 既に超えるじゃないですか」
「幸せに上限なんてないのよぉ? 幾らでも超えていけるわぁ」
「毎日毎日更新中です。私にとってはご主人様と一緒に居られる時点で最高ですから」
と、言い切る女性陣。
質問しておいてなんだが、俺も今、その幸せの上限が引き上がっていくのを感じている。
「そう言うエーリはどうなんですか?」
オードリーが横に立って聞いてくる。
その目は答えを知っているようだった。
「決まってるだろ。現在進行形で幸せが増えてるよ。こんなにいい女3人と一つ屋根の下で暮らせるんだぜ?」
「ふふふ」
「ん〜、楽しみねぇ」
「ふふふん」
俺達は笑顔のまま、西地区の我が家へと向かうのであった。
挨拶回りは意外に大事です。
それは人間が心を持っているからだと思うのです。
いつも見て下さってありがとうございます。
お気に召しましたらブクマ、最新話下の評価をよろしくお願いいたします。
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