第91話 皇帝とのお話し
続きです。
皇帝に『ちょっとツラ貸せや』と言われたので、馬車で移動中である。
呼びに来た白鎧達は全く話さないし、表情も見えないからとてもつまらん。
今回は皆の同行は許されず、俺1人だけだ。
リンクしていこうと思ったが、マチルダ母さんに止められた。
『1人だけということは、聞かれたくない話をする可能性があるわ。盗聴の疑いがかかるとマズイことになるから止めておきなさい』
とのことなので、本当に1人きりだ。
何気に初めてじゃないか?
ミルクくらいはいるかなぁ。
そんなことを思っていると、帝城に着いた。
「エーリ様、お待ちしておりました。Aランク昇格、おめでとうございます。この度は突然の呼び出し、申し訳ございません」
出迎えてくれたのは、いつもの老紳士だ。
「いえ、お気になさらず。皇帝陛下には後で呼ぶと言われておりましたから」
「ありがたいお言葉です。それではこちらへどうぞ」
老紳士の後について帝城内を進む。
相変わらずデカくて綺麗だ。
ある程度進んだ場所に庭があり、植物に隠されるようにしてミルクの像が建っていた。
老紳士が何事が呟き指輪をかざすと、像がせり上がり、空洞が見えてくる。
「中にお入りください。そのまま皇帝陛下の居室へと向かいます」
「え? あの、あなたは……」
「私にはこの先へ進む許可が降りておりませんので、ここまででございます。ミルク様に誓って危険はございませんので、ご安心ください」
老紳士はニコッと笑うと、一歩引いて俺に入る様促してくる。
「えーと、行ってまいります」
「行ってらっしゃいませ」
両側から扉が閉まり、深々と頭を下げる老紳士の姿が見えなくなった。
円柱状の空洞の中は、魔力光が灯り暗くはない。
ふと前を見ると、1、B1、B2……と、見たことがあるパネルが光っていた。
「エレベーターだよな、どう考えても」
パネルに紙が貼ってあるものがあった。
『これを押してね ミルク』
ミルクの書き置きか。
ポチッと押すと、ゆっくりと下に降りていった。
「何階なんだ?」
紙をめくってみると、『B369』と書いてある。
369、ね。
ボーッとしながら降りていく。
なんか昔を思い出すな。
事務所内や客先で怒られた後、エレベーターの中や1人移動の時のの電車とか、それくらいしかボーッと出来る所なかったもんなぁ。
今は良い意味でボーッと出来てない。
ありがたい限りだ。
このままずーっとこの生活を続けたいけど、そうはならない。
それは当たり前のことで、もしかしたら明日には死んでしまってるかもしれないし、次に扉が開いたら、『実はただの夢でした』ってこともあり得る。
俺は死んだりなんかしてなくて、病院のベッドで長い夢を見ているだけなのかもしれない。
そうして目が覚めたとき、目の前にはクソ上司がいて、『目が覚めたか、お前のせいで仕事が山積している。とっとと会社戻るぞ』とかなんとか言われるのかもな。
もし、そうだったら、今度こそ死のう。
チーーーン!!
思考の海に沈んだ俺を現実へと戻す到着の音が鳴った。
扉が開くのがこんなに怖いことは、今までなかったな。
額に汗をかきながら扉を凝視する。
ゆっくりと開く扉の先には……
庭園が拡がっていた。
チュンチュン、と鳥の鳴く声がする。
あちらで見知った蝶や蜂が飛び、生えている草木も俺が知っているものが多い。
音の反響具合から、かなり広い空間があることはわかっているが、生えている草木が邪魔をして、遠くまで見通せない。
「これは、一体……」
「エーリ? こっちよ!」
戸惑っていると、ミルクの声が聞こえてきた。
この声は実体化している時の物だ。
少し心が落ち着く。
幾度か角を曲がると、ミルクと皇帝の姿が見えた。
「良かった……」
思わず声が出る。
戻ってきたわけではなかった。
「どうしたの? 顔、青いわよ?」
ずっと突っ立っている俺を見て、ミルクが近づいてきた。
心配そうにこちらを見るその姿は、彼女が神であることを忘れるくらい人間味に溢れている。
「ちょっと昔を思い出してね。少しナーバスになっていたみたいだ。でも、ミルクを見たら元気になったよ。ありがとう」
「そ、そう? えへへ」
髪を耳にかけながら顔を赤くする。
はぁ、落ち着く。
「エーリ、来たか。立ってないでそこへ座れ。ミルク様、どうしたのですか? 少し顔が赤い様な……」
「きゅ、急に走ったから血流が良くなっただけよ! 大丈夫!」
「はぁ。ともかく座りましょう。冷たい飲み物を用意します」
「悪いわね、ジョージ」
「ははは、いえいえ」
そう言って飲み物を取りに走る皇帝は、威厳などなく、1人の人間だった。
「驚いた? 素はあんな感じなのよ?」
「ああ。何となくわかるよ」
もう40代になっているはずの皇帝が、今はいっても30代前半の様に見える。
ここはきっと、皇帝が息抜きをするための部屋なのだろう。
促されたミルクと俺は、少し先にある椅子に腰かけた。
「お待たせしました。『レモネード』です。エーリもこれで良いか?」
「はい。いただきます」
「ありがとう」
『レモネード』を受け取り、一口飲んだ。
「ああ、美味しい……」
懐かしいあの味。
エレベーター、この庭園、レモネード。
「ミルク様」
念のため敬称付きで話す。
試験の時を思い出すに、こうしておいた方がいいだろう。
ミルクを見る。
俺の目をしっかりと見つめ返し、ゆっくりと頷いた。
「ええ、話してあるわ」
そうか、そうだよな。
初代もきっとそうだったのだろうから。
皇帝に向き直る。
「皇帝陛下。改めて自己紹介させていただきます。ミルク村、ルークとミリアの子、『虹の絆』リーダー、Aランク冒険者のエーリです。そして、前世での名は、『其ノ崎衛理』と申します。ミルク様の御力でこの世界に生まれた、転生者です」
皇帝は真剣な表情で頷いた。
「ああ、ミルク様にも聞いている。ほぼわかっていたことだが、改めて聞くと心がざわつくな」
皇帝は複雑な心境を隠すことなく話す。
「お前だけ秘密を知られるというのもなんだな。私も名乗ろう。ミルク帝国、第3819代皇帝、ジョージ・M・ミルキスタだ。ジョージはこう書く」
気になることをさらりと言って、皇帝は手元の水滴を使ってテーブルに字を書いていく。
譲…………治……?
「漢字?」
「そう、これが俺の真の名だ。この字を知るのは、我が父母とミルク様のみ。今、お前も知ったがな」
「エーリも気づいたと思うけど、初代皇帝は転移者だったの」
「転移……。俺とは違うな」
俺は『転生』だからこの世界に生まれたが、『転移』は別世界から移って来たものだ。見た目もそのままだったろうな。
「ええ、マサツグは強い人だった。1代でこの帝国を作り上げたのよ。今も伝説になっているわ」
「マサツグ……」
今度はミルクが書いてくれる。
「これで『正次』よ」
「ミルキスタ家は転移者を祖とし、ミルク様のために全てを捧げてきた一族なのだ。代を重ねるごとに血は薄まってきているが、魂に刻まれたミルク様への愛は、少したりとも衰えておらん」
1人の神を長い年月かけて愛し続けられるってのは凄いな。
皇帝の顔は、自分達の歴史に対する絶対の自信があるように思われた。
「第……えーと」
「第3819代皇帝だ」
「そんなに歴史があるんですね。私の前世では長くて4000年ですよ。しかも同じ国でなんて、凄いです」
皇帝は褒められたことに気を良くしたのか、満足げにレモネードを飲んでいる。
ミルクも自分のことのように嬉しそうだ。
「ミルク様、初代皇帝陛下はどんな方だったんですか?」
「どんな人、か。会えばわかると思うわよ? 会ってみる?」
「へ?」
ちょうどそこまで来てるから、というテンションで言う。
思わずキョロキョロしてしまった。
誰も、いないよな?
「ふふ。ジョージ、お願い」
「はい、少々お待ちください」
そう言うと、皇帝は椅子にもたれかかって目を閉じた。
すると、少し白みがかった魔力光がじんわりと滲み出て来て皇帝陛下を包む。
「正次、あなたに会わせたい後輩がいるの。出てきてくれる?」
ミルクの問いかけに、皇帝は半目を開ける。
『ミルクか、久しぶりじゃねぇか。ちょっと待ってな。ジョージ、借りるぞ』
と、別人の声が聞こえてきた。
明らかに皇帝の声ではない。
若い、が、威厳が感じられる声だ。
「はい、どうぞ初代様」
今度は皇帝本来の声だ。どうなっている?
目を完全に開けた皇帝は、ゆっくりと両手で髪をかきあげ、オールバックにしていく
そしてテーブルの上にうんこ座りをして、上から俺を見下ろすと、
「よぉ、お前が後輩か。転生者だな」
片眉を上げてこう言った。
初代皇帝陛下は、やんちゃな方のようです。
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