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第2話  「お前のような娘を嫁がせるわけにはいかん!」

戦争が終わると、軍の縮小が決まった。


シルバー王国は、決して裕福な国ではない。


大軍を維持する余裕などなかったのだ。


兵士たちは次々と故郷へ帰っていった。


迅雷隊も再編されることになり、私の今後についても、まだ何も決まっていなかった。


私は途方に暮れた。


軍にいる間は幸せだった。


皆が私を認めてくれた。


シェーラ様も、私に仕事を与えてくださった。


だが、軍を離れたら、私はどこへ行けばいいのだろう。


男爵家へ戻ることなど、考えたくもなかった。


シェーラ様にお願いすれば、何らかの仕事を与えてくださるかもしれない。


しかし、これ以上ご迷惑をおかけしたくはない。


そんなことを考えていたときだった。


「少し、話があるのですが」


一人の男性に声をかけられた。


あの「五千崩し」で助けた将校だった。


相変わらず、眩しいほど整った顔をしている。


キラキラしている。


いいなあ。


きっと、女性に人気があるのだろう。


私とは、まるで違う世界の人間である。


「何でしょう?何か失礼をいたしましたか?」


尋ねると、彼はなぜか緊張した様子で咳払いをした。


「いや、そうではなく。実は……あなたに結婚を申し込みたいのです」


「……はい?」


「嫌でなければ、私と結婚してほしいのです」


私は、しばらく何も言えなかった。


結婚?


この人が?


私と?


「あの……お相手を間違えていませんか?」


「間違えていません」


「私は、こんな顔ですし、体型もきれいじゃないし、戦場で傷も負っていますが……」


「承知しています」


「それに、男爵家の庶子で……」


「それも知っています」


私は困ってしまった。


どうやら、本気らしい。


「ですが、私が結婚したいと思ったのは、あなたという人だからです」


彼は真剣な声で言った。


「あの戦場で、命を懸けて私を守ってくださった。その姿が、今も忘れられないのです」


私は、ますます困ってしまった。


彼の名は、アルカード・グラファイト。


シルバー王国の同盟国であるポインセチア王国の、グラファイト公爵家の分家に生まれた方なのだという。


公爵家!


分家とはいえ、私とはあまりにも身分が違いすぎる。


そう伝えると、彼は優しく笑った。


「公爵家と言っても、分家です。本家ほど格式張った家ではありませんよ」


なるほど。


そういうことだったのか。


本家ではないから、私程度でもよいということなのだろう。


それに、戦場で助けたことを恩に感じてくれているのかもしれない。


なんと義理堅い人なのだろう。


私は、少し考えた。


この人は、私のような女を妻にしてくれると言っている。


ならば、その恩を一生かけて返そう。


そう決意して、私は求婚を受け入れたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


結婚の話を男爵家へ伝えると、大騒ぎになった。


「公爵家だと!?」


父は、目を丸くした。


義母も驚いていた。


だが、すぐに話はおかしな方向へ進んだ。


「そんな立派な家に、お前のような娘を嫁がせるわけにはいかん!」


父はそう言った。


「そうですわ。あちらの家に申し訳が立ちません」


義母もうなずいた。


そして、腹違いの妹を呼び寄せた。


「こちらの娘なら、容姿も教養も申し分ありません。ぜひ、この子を花嫁に」


私は、やはりそうなるのかと思った。


まあ、仕方がない。


私より妹の方が美しいのは事実だ。


ところが、婚約者は激怒した。


「私が結婚を申し込んだのは、この方です!」


普段は穏やかな人なのに、恐ろしいほどの剣幕だった。


「別の女性を勧めるなど、侮辱も甚だしい!」


父たちは、すっかり黙ってしまった。


私は驚いた。


そこまで怒ることだろうか。


私などのために、申し訳ない。


だが、彼は私の手を取った。


「あなたを妻に迎えたいのです。ほかの誰でもありません」


その言葉に、胸が温かくなった。


私は、初めて自分の意思で男爵家を離れた。


もう、戻ることはないだろう。


そう思った。


そして、結婚を機に王国軍を離れ、アルカード様の故国であるポインセチア王国へ向かうことになった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ポインセチア王国での生活は、最初から順調というわけではなかった。


グラファイト公爵家の本家へ挨拶に行ったときなど、ひどいものだった。


本家の人々は、私を見るなり顔をしかめた。


無理もない。


ごつごつした体型。


美しいとは言えない顔。


しかも、戦場で負った傷まである。


こんな女が公爵家の一族の妻になるなど、さぞ不愉快なのだろう。


「軍人上がりの女性とは……」


「もう少し、お相手を選べなかったのかしら」


そんな声が聞こえてきた。


私は黙って頭を下げた。


慣れている。


ところが、夫は違った。


「妻を侮辱するのでしたら、私は失礼させていただきます」


彼は、はっきりと言った。


本家の人々は驚いていた。


私も驚いた。


そして、そのまま彼に手を引かれ、屋敷を後にした。


「申し訳ありません。私のせいで……」


そう言うと、彼は不思議そうな顔をした。


「なぜ、あなたが謝るのです?」


「だって、私がこんな容姿だから……」


「私には、誰よりも美しい女性に見えますよ」


私は困ってしまった。


この人は、本当に変わっている。


戦場で何度も敵兵と戦ったせいで、目が悪くなってしまったのだろうか。


心配である。


その後、夫は戦争での功績などを認められ、国王陛下から伯爵位を授けられた。


なんと私は、伯爵夫人となったのである。


まったく、人生とは分からないものである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


夫は、国の重職に就いていた。


非常に優秀な人物で、国王陛下からも厚い信頼を寄せられていた。


そのため、仕事は忙しく、屋敷を留守にすることが多かった。


領地や屋敷の管理は、私に任された。


最初は心配だったが、帳簿を確認したり、使用人たちと相談したりする仕事は、思ったほど難しくなかった。


戦場で部隊の配置を考えることに比べれば、ずっと落ち着いて取り組める。


もっとも、屋敷の者たちは、最初のうち私を恐れていた。


どうやら、私には恐ろしい噂がついて回っていたらしい。


目が合っただけで殺されるとか。


気に入らない相手は、その場で斬り捨てるとか。


殺人鬼ではあるまいし。


むしろ、私は我慢強い方だと思うのだが。


だが、噂というものは恐ろしい。


執事も侍女たちも、私の前ではひどく緊張していた。


私は、なるべく優しく接するように心がけた。


もっとも、私が笑うと、かえって怯えられることもあった。


困ったものである。


そして、屋敷の外でも、私の評判は芳しくなかった。


特に、貴族社会での評判はひどいものだった。


理由は、いくつもある。


容姿が醜いこと。


軍人上がりであること。


公爵家の一族にふさわしくないと思われていること。


さらに、厄介な事情もあった。


この国の王女殿下が、以前から夫を気に入っていたというのだ。


どうやら、夫との結婚を望んでいたらしい。


なるほど。


それでは、私が嫌われるのも無理はない。


夜会へ出席すれば、決まって嫌味を言われた。


「まあ、伯爵夫人。今日も立派なお体ですこと」


「戦場では、ずいぶんとご活躍されたそうですわね。貴族の女性とは思えませんわ」


「旦那様も、お気の毒ですこと」


私は、そのたびに頭を下げた。


「お気遣い、ありがとうございます」


もちろん、嫌味であることは分かっている。


だが、どう答えればいいのか分からないのだ。


ある夜会では、わざとぶどう酒をかけられたこともあった。


「まあ!ごめんなさい。手が滑ってしまいましたわ」


私は、濡れたドレスを見下ろした。


矢ではなく、ぶどう酒である。


ただ、せっかく夫が選んでくれたドレスがもったいない。


「お気になさらず。お怪我がなくて何よりです」


そう答えると、相手はなぜか悔しそうな顔をした。


不思議である。


私は何もしていないのに。


もっとも、傷つかないわけではなかった。


帰宅してから、一人で泣いたこともある。


夫が買ってくれたドレスを、そっと撫でたこともあった。


どうして、私などを妻にしたのだろう。


私でなければ、夫はもっと立派な女性と結婚できたはずなのに。


そんなことを考えてしまう。


だが、夫には何も言わなかった。


仕事で忙しい夫に、余計な心配をかけたくなかったのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そんな私にも、夜会で好意的に接してくれる人々がいた。


軍人たちである。


「失礼ですが、奥様は以前、シルバー王国軍の迅雷隊に所属されていたとか?」


「はい。少しだけですが」


相手の表情が変わった。


「シェーラ様のもとで、お世話になりました」


「やはりそうでしたか!お会いできて光栄でございます!!」


なぜか、その軍人は直立不動になった。


「迅雷隊といえば、伝説の『五千崩し』!」


「はい。参加しておりました」


次の瞬間、彼は深々と頭を下げた。


「嬉しく思います!あの戦いに参加された方と出会えるとは!」


私は慌てた。


「いえ、そんな!頭をお上げください!」


だが、相手はなかなか頭を上げてくれない。


「大将軍シェーラ様のもとで、五千の敵軍を崩した英雄の一人ではありませんか!」


いやいや。


私は、ただシェーラ様の背中を追いかけていただけなのだ。


あの方がいなければ、私など何もできなかっただろう。


だが、軍人たちは違うらしい。


私の経歴を知ると、次々に挨拶へやってくるようになった。


中には、戦術について意見を求めてくる者までいた。


私は、分かる範囲で答えた。


すると、なぜか感心される。


そんな光景を見た貴族令嬢たちは、ますます私を嫌うようになった。


困ったものである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


ある夜会でのことだった。


一人の若い令嬢が、数人の貴族令嬢たちに囲まれていた。


気の弱そうな女性だった。


どうやら、いじめられているらしい。


私は、その様子をしばらく見ていた。


昔の自分を思い出した。


何を言われても反論できず、ただ頭を下げるしかなかった自分。


気づけば、私は彼女たちに近づいていた。


「そのくらいにしてあげなさい」


令嬢たちが振り返った。


「まあ、伯爵夫人」


一人が、嫌な笑みを浮かべた。


「あなたのような落ちこぼれ夫人が、口を出すことではありませんわ」


別の令嬢も笑った。


「そうですわ。最近では、散財をして、さまざまな男性と関係を持っているという噂までありますのよ?」


私は首をかしげた。


初耳だった。


そんなことをする時間が、どこにあるのだろう。


そもそも、私のような容姿の女性に、言い寄ってくる男性がいるとも思えない。


夫くらいである。


あの人は、少々変わっているのだ。


「私のことをとやかく言うのは構いません」


私は静かに答えた。


「ですが、彼女をいじめるのはやめなさい」


「な、何ですって?」


「それから、私は散財などしておりませんし、ほかの男性と関係を持ったこともありません。私のような容姿の女に言い寄ってくる男性など、夫以外にはいないでしょう」


少し考えて、付け加えた。


「ただ、落ちこぼれという点については、否定いたしません」


令嬢たちは黙った。


私は、さらに言った。


「ですから、私への悪口は構いません。ですが、この方をいじめるのは、もうおやめください」


ただ、それだけだった。


ところが、令嬢たちは青ざめた。


「わ、分かりましたわ!」


そして、そそくさと去っていった。


私は不思議に思った。


そんなに怖い顔をしていただろうか。


助けた令嬢は、涙を浮かべていた。


「ありがとうございます……!」


私は慌てた。


「いえ、私は何もしておりません」


だが、彼女は何度も礼を言った。


後日、その家族からも丁寧な礼状が届いた。


それ以来、彼女やその家族とは親しく付き合うようになった。


私にも、社交界で友人ができたのである。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


それから、さらに年月が流れた。


夫との間には、三人の男の子と一人の女の子が生まれた。


まさか、私が四人の子供の母親になるとは思わなかった。


子供たちは、皆かわいかった。


夫は、相変わらず私を溺愛していた。


「今日も美しいですね」


朝食の席で、平然とそんなことを言う。


「あなた。子供たちの前ですよ」


「事実を言っているだけですが?」


困った人である。


どうやら夫には、私は絶世の美女に見えているらしい。


やはり、戦場で無理をしすぎて目が悪くなったのだろう。


一度、腕のよい医者に診てもらった方がいいかもしれない。


そう言うと、夫は大笑いした。


そして、私を抱きしめた。


「私は、あなたと結婚できて本当に幸せですよ」


私は、何も言えなくなった。


こんな私を、そこまで愛してくれる。


そのことが、嬉しかった。


屋敷の使用人たちも、すっかり変わっていた。


最初は私を恐れていた執事も、今では何でも相談してくれる。


侍女たちも、笑顔で話しかけてくれるようになった。


子供たちは、屋敷中を走り回っていた。


騒がしい。


だが、とても幸せだった。


私は、こんな日々がいつまでも続くものだと思っていた。



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