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第1話  「お前は我が家の恥だ」

「お前は我が家の恥だ」


幼いころから、父には何度もそう言われてきた。


私は男爵家の娘である。


もっとも、父の正妻から生まれた娘ではない。


父が屋敷の侍女だった母に無理やり手を出し、その結果生まれたのが私なのだ。


しかも、私は父に似てしまった。


丸い顔に太った体つき。


お世辞にも美しいとは言えない容姿である。


父はそんな私を見るたびに、あからさまに嫌な顔をした。


「なぜお前は、そんなに醜いのだ。せめて美人なら使い道もあったのに」


そう言われても困る。


私だって、好きでこんな顔に生まれたわけではない。


だが、そんなことを言い返せるはずもなかった。


父だけではない。


義母も、腹違いのきょうだいたちも、私を嫌っていた。


屋敷の中で、私は厄介者だったのだ。


幼いころは、どうすれば家族に認めてもらえるのかと考えたこともあった。


勉強を頑張ればいいのだろうか。


礼儀作法を身につければ、少しは褒めてもらえるのだろうか。


だが、何をしても無駄だった。


結局、私は家族から愛されることはなかった。


そして、年頃になった私に、父はこう告げた。


「お前を軍に入れることにした」


軍?


私は耳を疑った。


当時、シルバー王国は周辺諸国との戦争に明け暮れていた。


国土は広いとはいえず、人口も少なく、国力も決して強くはない。


慢性的な兵力不足に悩まされていると聞いている。


そんな国の軍に、私を入れるというのだ。


「お前のような女に、まともな縁談など来るはずがない。せめて国の役に立ってこい」


父は、さらに付け加えた。


「戦争で死ねば、多少は弔慰金が入るだろう。それくらいは我が家の役に立て」


なるほど。


つまり、死んでこいということらしい。


私は何も言わず、頭を下げた。


別に構わなかった。


どうせ、この家に私の居場所などないのだから。


戦場で死ねるのなら、それも悪くない。


そんなことを考えながら、私は王国軍に入ったのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


私が配属された軍には、一人の有名な女性がいた。


大将軍シェーラ様である。


シルバー王国の大将軍。


シェーラ様がこの国を支えるようになってから、すでに350年以上が経っているという。


数々の戦場で敵軍を打ち破り、一度として敗北したことがないとされる、伝説的な人物だった。


その強さから、この国の守護神と謳われている。


敵国の将兵たちは、シェーラ様の名前を聞いただけで震え上がるという。


私にとっては、雲の上の存在だった。


ところが、訓練を重ね、魔物討伐にも参加していたある日、信じられないことが起きた。


「あなた、名前は?」


突然、シェーラ様から声をかけられたのだ。


私は慌てて名乗った。


「リネンと、申します」


「そう。あなた、迅雷隊に来なさい」


「……え?」


思わず、間の抜けた声が出てしまった。


迅雷隊。


大将軍シェーラ様直属の近衛隊は、いくつも存在する。


その一つが、迅雷隊だった。


武勇に優れた者たちで構成され、敵陣に真っ先に切り込む奇襲専門の精鋭部隊である。


なぜ、そんな部隊に私が?


しかも、女性の隊員など、ほかには見当たらない。


「わ、私でよろしいのでしょうか?」


「ええ。あなたがいいのよ」


シェーラ様は、顔まで覆う黒い鎧に身を包んでいるため、表情はわからない。


だが、声はとてもやさしかった。


私のような醜い女を選んで、何の役に立つというのだろう。


だが、大将軍様の命令である。


断るなどという選択肢はなかった。


こうして私は、迅雷隊の一員となった。


そして、迅雷隊として初めての戦場を迎えた。


敵軍は、こちらを大きく上回る兵力を持っていた。


まともに戦えば、勝ち目などないように思えた。


私の手は震えていた。


怖い。


死ぬのは怖い。


屋敷にいたころは、どうせ死んでも構わないと思っていた。


だが、いざ目の前に敵兵が迫ると、そんな覚悟など簡単に吹き飛んでしまった。


そのときだった。


「怖い?」


目の前に、シェーラ様がいた。


私は小さくうなずいた。


「そう。なら、私の背中をただ追えば良い」


その言葉を聞いた瞬間、なぜか胸の奥が少しだけ温かくなった。


「何も考えなくていいわ。私についてきなさい」


シェーラ様はそう言うと、馬を走らせた。


私は必死に、その背中を追いかけた。


何が何だか分からなかった。


怒号が飛び交い、剣と槍がぶつかり、血が流れる。


私はただ、必死に戦った。


倒れそうになりながら、それでもシェーラ様の背中を見失わないようにした。


気がつけば、敵軍は崩壊していた。


私たちは、勝ったのだ。


そして、私は生きていた。


「おい、よくやったな!」


「大軍に向かってあれだけ突っ込んでいけるとは大したもんだ!」


「さすがは大将軍様が選んだだけのことはあるぜ!」


仲間たちが、私の肩を叩いた。


私は戸惑った。


怒られるのではないのか。


役立たずだと罵られるのではないのか。


ところが、誰も私を馬鹿にしなかった。


むしろ、皆が私を褒めてくれる。


「どうした?何で泣いてるんだ?」


そう言われて、初めて気づいた。


私は泣いていたのだ。


「い、いえ……何でもありません」


慌てて涙を拭った。


嬉しかった。


生まれて初めて、人から必要とされた気がした。


私は、ここでなら生きていてもいいのだろうか。


そんなことを思った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


軍務の合間に、私は一度だけ男爵家へ戻ったことがある。


戦功を挙げたことを報告すれば、父も少しは喜んでくれるかもしれない。


そんな淡い期待があった。


だが、屋敷に戻った私を待っていたのは、冷たい言葉だった。


「何だ。まだ生きていたのか」


父は、心底つまらなさそうに言った。


「戦場に出ても死なないとは、役に立たない娘だ」


義母も眉をひそめた。


「あなたのような容姿では、結婚も望めないでしょうに。いつまで家に迷惑をかけるつもりなの?」


私は、いつものように頭を下げた。


「申し訳ありません」


だが、そのとき。


なぜだろう。


胸の奥に、今まで感じたことのないものが生まれた。


悔しい。


そう思ったのだ。


軍の仲間たちは、私を認めてくれた。


シェーラ様も、私を必要としてくださった。


それなのに、なぜこの人たちは、私が生きて帰ったことを喜んでくれないのだろう。


私は、ぎゅっと拳を握った。


結局、何も言い返すことはできなかった。


それでも、屋敷を出たときには、少しだけ気持ちが軽くなっていた。


私には、帰る場所がある。


この屋敷ではない。


軍の仲間たちがいる、あの場所だ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


戦争は続いた。


私は何度も戦場へ出た。


そして、ある日、再びシェーラ様から呼び出された。


「あなたには、少し違う仕事をしてもらうわ」


「違う仕事、ですか?」


「ええ。作戦を考えてもらうの」


私は驚いた。


作戦?


私が?


「む、無理です!私などが軍の作戦を考えるなんて!」


「どうして?」


「私は、ただの兵士です。しかも、女ですし……」


シェーラ様は、少しだけ首をかしげた。


「それが何か関係あるの?」


私は答えられなかった。


「戦場で敵の動きを読むことのできる人間は、そう多くないのよ」


シェーラ様は続けた。


「経験を積めば、ある程度の戦術は身につくわ。でも、あなたには、それだけでは説明できないものがある」


「……?」


「戦場の呼吸が読めるのよ。敵がどこを動かせば崩れるのか、どこに兵を置けば勝てるのか。あなたには、それが見えている」


そんなことを言われても、私にはよく分からなかった。


ただ、戦場の地形や部隊の位置を見ていると、何となく敵の次の動きが想像できることはあった。


そして、ここを攻めれば勝てるのではないかと思うこともある。


だが、それは誰にでも分かることではないのだろうか。


「それは才能よ。とても貴重な才能」


シェーラ様は、はっきりと言った。


そして、私を一人の将軍に紹介してくださった。


その将軍は、私を見ても嫌な顔一つしなかった。


「大将軍様が認めたのなら、私に異論はない。思いついた作戦は遠慮なく言ってくれ」


「し、しかし、私の考えが間違っていたら……」


「そのときは私が責任を取る。指揮官とはそういうものだ」


将軍は笑った。


「お前は作戦を考えろ。兵を動かすのは私の仕事だ」


こうして私は、戦場で作戦を考えるようになった。


最初は恐る恐るだった。


だが、私の考えた作戦が採用され、実際に成果を上げることが増えていった。


「お前の読みは当たるな!」


「敵の動きが見えているみたいだ!」


仲間たちは、そんなことを言ってくれた。


私は、そのたびに恐縮した。


きっと、たまたまなのだろう。


私は、そこまで立派な人間ではないのだから。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


そして、長く続いた戦争にも、終わりが近づいていた。


最後の大きな決戦である。


敵も味方も疲弊しきっていた。


それでも敵軍の兵力は、こちらを大きく上回っている。


この戦いに敗れれば、我が国は深刻な危機に陥るだろう。


作戦会議が開かれた。


シェーラ様を中心に、将軍たちが地図を囲んでいた。


私は末席に座り、じっと地図を見つめていた。


敵軍は強大だった。


だが、よく見れば、敵軍の陣形にわずかな綻びがある。


ここを突けば、敵の主力部隊を分断できるのではないだろうか。


私は、恐る恐る意見を述べた。


すると、シェーラ様の声が少しだけ弾んだ。


「そうね。私も、そこを狙うつもりだったわ」


私は驚いた。


「よく見つけたわね」


その一言が、何より嬉しかった。


作戦は決まった。


シェーラ様が迅雷隊を率いて敵陣に突入する。


敵主力の五千の兵のわずかな綻びに向かい一気に突破するという、無謀とも思える作戦だった。


私は、再び前線へ出ることを志願した。


「あなたは、もう作戦を考える立場なのよ?」


シェーラ様は、少しだけ不思議そうに言った。


「はい。ですが、最後だけは……」


私は頭を下げた。


「もう一度、シェーラ様の背中を追わせてください」


シェーラ様は、しばらく私の方を向いていた。


やがて、小さく笑った。


「仕方のない子ね」


そして、出撃を許してくださった。


突撃は苛烈だった。


敵軍の中へ突入した迅雷隊は、怒涛の勢いで敵陣を切り裂いた。


私も必死に槍を振るった。


その途中、一人の兵士が敵に囲まれているのを見つけた。


見覚えのある顔だった。


同盟国から派遣されていた将校である。


非常に整った顔立ちの、若い男性だった。


だが、そのときは顔などどうでもよかった。


仲間が死にそうになっている。


それだけだった。


私は馬を走らせ、敵兵の間へ割って入った。


槍を突き出し、彼を守った。


「立てますか!」


「あ、ああ!」


「ならば、私の後ろへ!」


彼が味方の隊列に戻るまで、私は槍を振るい続けた。


顔に傷を負った。


鎧も血に染まった。


それでも、シェーラ様の背中を追い続けた。


そして、ついに敵軍は崩壊した。


五千の敵兵が、我々の突撃によって総崩れとなったのである。


戦闘が終わり、ようやく息をついていたときだった。


「ぐわっはっは!やったな、リネン!」


突然、背後から豪快な笑い声が聞こえた。


振り返ると、そこには近衛総隊長殿がいらっしゃった。


「必殺の槍」と呼ばれる、歴戦の勇士である。


四年前、シェーラ様が七万の連合軍を率いて敵軍を退けた戦いでも、活躍された方だった。


「お前の働きは見事だったぞ!さすがは迅雷隊の兵士だ!」


「あ、ありがとうございます!」


私は慌てて頭を下げた。


まさか、近衛総隊長殿から直接お褒めの言葉をいただけるなんて。


こんな私でも、少しはお役に立てたのだろうか。


この戦いは、のちに「五千崩し」と呼ばれることになる。


そして、我が国は戦争に勝利した。


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