守ることは、難しい
「ミア……そう、いつまでも泣かないでくれ……」
ジオさんがミアさんを抱きしめながらそう言いました。
「でも、でも……私が……」
ミアさんは涙で言葉になっていません。
パーティは沈黙。依頼は失敗。
どうしたらいいのでしょうか。私は頭を抱えました。
事の発端は、ミアさんが輸送依頼の品を壊してしまったことでした。
魔物に襲われ、谷底に落ちていく箱をキャッチしようとして……
ぐしゃりと怪力で握り潰してしまったのです。
中身は、依頼人の旦那さんが、形見として奥さんへ最後に送った櫛でした。
奥さんは泣き崩れて……結果、ミアさんも泣いて収まらないのです。
「み、ミア!元気を出すんだ!たぶん俺でも同じ事をした!きっとミアのしたことは間違ってなかった!」
「でも……、私じゃなかったら、きっと誰も握りつぶしたりなんかしなかったよ……」
ミアさんは余計に泣いています。
ジオさんはエンツォさんを睨みつけ、エンツォさんはいつもの元気さはどこへ行ったのか、しおしおになってしまいました。
「正義は……無力だ……」
そんなエンツォさんを庇うようにジオさんを睨みつけるネロさん……
ああ、空気が最悪だ……どう収めたらいいのでしょう?
エルナさんもオロオロしています……
こんな時、似た者同士を感じます……
纏めるだけの、圧がない。けれど今、それをどうしろというのか!
宿に帰って、ミアさんとジオさんはいつもと同じく部屋に帰っていきました……違うのは、空気だけ。
「あんな言い方は正義じゃない……ミアには悪いことをした……」
「……エンツォが謝ることはない。」
2人も宿のラウンジでしょんぼりとしています。
宿の娘さんがハラハラした顔でこちらを見ています……
外から見ても、多分今の私たちは、空気が悪いんでしょうね……。
「わ、私、もう一度奥さんに謝って……」
「止めておいたほうがいいと思います……エルナさん。」
傷口をすぐに、さらに広げられるのは奥さんにもきついでしょう。
謝られても、どうにもならないことはあります。
「少し時間を置きましょう……それより問題なのは、ジオさんとミアさん。」
ミアさんは事態を自分だけのものとして捉えすぎているし、ジオさんはミアさんを守ることに必死で周りが見えていない。
こういう時私の頭がもっと良ければ……
けれど、解決策は見つからず、時間は過ぎてゆきます……
ミアさんは部屋から出てきません。
……時々ジオさんが部屋へ食事を運んでいます。
いったい何をしているのか……
エルナさんもエンツォさんも、何か言いたげに私を見ています。
わかっています。今やるべきことなんて……ただ、勇気が出ない……
迷って迷って、私はジオさんとミアさんの部屋の扉を叩きました。
「……用は何だよ?」
ジオさんはじろりとこちらを睨みます。
ですが、ここで……ここで負けていては、パーティのリーダーではなくなってしまう。
立場はそうでも、きっと私はそう思えない。だから……
「ジオさん、ミアさんと話させてください。」
ジオさんは悩むように考え込みました。
「それは……けど、もう少し待って――」
「大丈夫だよ、ジオ。」
私も覚悟、したから。
そう言ってミアさんが出てきました。
泣き腫らした目に……怪我した、指先?
みんなが集まるラウンジで、私は頭を下げました。
「今回のことは……すべて、あの場をまとめられなかった私の責任です。ミアさんがあんなに泣くことはなかった……言い出せずに、申し訳ありません。」
頭だけならいくらだって下げられる。
前にエルナさんに言った言葉だ。許してもらえなくても、それでも……
「大丈夫だよアルド。今から奥さんの家に一人で行くつもりだったんでしょ。私も行く。」
ミアさんは手を開きました。
ガタガタでボロボロの、使ったら砕けてしまいそうな、それでもなんとか形だけ繋ぎ合わされた櫛。
そうか。これを直そうとしていたんだ。
そしてミアさんと私は宿を出ました。最後までジオさんはついて来たがっていましたが、それはミアさんが断っていました。
「ごめんね。私のかわりに謝ってくれようとしたんでしょ?」
「違いますよ……私が、リーダーであるための覚悟、みたいなものです。」
呼び鈴を引きます。
カラカラと音が鳴り、奥さんが私たちを見て――涙をこぼしました。
「どうして……」
「何度も申し訳ありません……ですが、せめてこれを受け取っていただけませんか。」
「ごめんなさい!」
ミアさんと必死で頭を下げました。
「これ……あの人の?」
奥さんは、ボロボロの櫛をそっと手に取りました。
「……壊れたものは、もう、もとには戻りません……」
それでも、頭を下げ続けます。許してもらえなくても。対価を請求されたとしても。
「でも……直してくださったのね。」
けれど、まだ少し辛いの。
奥さんはそう言って家の中へ戻っていきました……
「あれでよかったのかな……」
宿に帰る途中も、ミアさんは不安そうでした。
何度も、奥さんの家を振り返ります。
「……良くはなくても、出来ることはしました……あとは、何かあればきっと、助けに行きましょう。」
それくらいしか、冒険者の私たちに出来ることはない……
あとは、時が奥さんの心を癒してくれるのを期待するのみだ。
……宿では、玄関前でジオさんが待っていた。
少しだけ元気の戻ったミアさんに、ホッとしたように胸をなで下ろして。
「……ネロが飯作ってるってさ。あと……しばらく空気悪くして、悪かった。」
「そんなこと……気にすることじゃないですよ。それに……」
私も、初めて知りました。
壊したくないものがこんなに近くにあったなんて。
「守ることって、難しいですね。」




