妖精の森の酒盛り
「子どもが……行方不明、ですか。」
「はい。森に行ってもう丸一日、まだ帰ってこないのです。」
母親は不安そうにうつむいた。
正直、妖精の森は私にはまだレベルが高すぎるかもしれない。
エルナは考えた。
しかし、良心は子供をほおっておいていいのかと訴えている。
(本当に?私に出来る?)
それでも。
「わ……かりました。」
エルナは良心に負けた。
「ただ、…少し準備がありますので、捜索は昼からになりますが……」
「構いません!どうか、息子を……アベルを、お願いします……!」
「と、言うことなんですけど……」
エルナはギルドの端っこのテーブルに座っていた4人に声をかけた。
レベルの高い人たちは、みんな頼んでも無視して去っていった。
「俺は構わない!子供を探すのも正義の仕事だ……いいだろ?ネロ!」
「お前がそう言うなら。」
「ねえジオ、私たちもお手伝いしよう?」
「数だけそろえてごちゃごちゃ行っても役に立つかは……まあいいぜ、俺たち5人で、今パーティ組もうかって相談してたんだ。」
5人?首をかしげるエルナの後ろから、如何にも悪役顔の男が現れた……
「アルドさん!」
「レベルの高いパーティは誰も入れてくれなかったんですよ。」
優しい声で、アルドは説明してくれた。
「それならいっそ、低レベルパーティ組んじゃおうかって相談をね。」
「エルナちゃんもどう?私たち、この間芋煮を共に守った仲じゃない!」
警備員に参加しておいてよかった。エルナは心からそう思った。
妖精の森は、その名の通りキラキラと輝くような、不思議な美しさの森だった。
皆、それぞれに探索の準備を整えて来ていて――1人だけ、量がおかしい。
「あの……ジオさん。その荷物の量は……」
「ああ、俺、燃費が悪くてな。ちょくちょく食べないとへばっちまうんだ。今回は一応3日分」
「それで3日分ですか!?」目を見開く。「1週間分くらいありそうですよ!?」
あっはっはと笑うジオと、やはり少し多めの材料を背負っているミア。
「大丈夫よ、ジオ。私が手作りしてあげる。ちょっと自信ないけど……」
「許してくださいお願いします」
土下座を始めたジオと困惑するミア。あのカップルはなんだか大変そう。
「それならネロに頼めばいい。ネロの料理はとても美味しいんだ……いや、やっぱ止め。食べるのは俺だけでいいや。」
「……………」
もしかしてここも……?カップル?なのだろうか……?エルナは観察力がアップした。
「私は子供の分も含めて持ってきました。丸一日行方不明じゃ、おなかはペコペコでしょうからね。」
アルドさんはいつもやさしいなあ。エルナは心のなかで尊敬した。
ついでに周囲の雰囲気から目をそらした。
「行こう〜行こう〜♪」
楽しそうにミアは歌う。隣で並んで歩いているジオさんもほほ笑ましそうだ。
エンツォさんとネロさんは……会話はないけど、離れない。
というかそういえば芋煮会の警備の時以外離れてるの見たことないな?今更ながら、エルナは気付いた。
アルドさんは……ヘロヘロしていた。
魔術の塔から来てる魔法使いさんだし、たぶんこんなに歩くことってなかったんだろうなぁ……
「おーい、アベルくーん!」
名前を呼んでみる。
けれど、森はしんと静まり返って、ただキラキラと輝いているだけだ。
「アルドさん……大丈夫ですか?」
声をかけてみる……なぜか顔が青い。
「この森……なんか、なぜだか……魔術感覚が狂うんですよ……うっ、……なんか、こう、船酔いみたいに、なるんですよね……」
「皆さん!休憩しましょう!」
慌てて叫んだ。
「おー、まるでリーダーみたいだな、エルナ!」
思いもよらないことを言われて、驚いてしまう。
「そういえばリーダーを決めていませんでしたね」
休憩して少し顔色の良くなったアルドさんは、皆を見渡していった。
「パーティをギルド登録するときにはリーダーがいるんですよ。立候補される方はいますか?」
「俺は……きっとミアを優先しちまうから、パス。」
「うーん、わたしはめんどくさいなぁ。パスで。」
「今こそ正義の名のもとにギルドリーダーになる時!名前はザ・ジャスティスで!」
「………………………」
「こいつだけはリーダーにしちゃいけねぇ……そうだ!言い出しっぺがリーダーって事でどうだ!俺たちのなかでも唯一のレベル2だしな!決まり!」
「あ、私もいいと思います!アルドさん、優しいですもん。」
「えぇ……」
アルドさんの顔が少し引きつった。
まさか自分がリーダーにされてしまうとは思わなかったのだろう。
「ザ・ジャスティス……」
「…………」
まだ言っているエンツォさんを、私たちはなるべく無視した。
さすがにザ・ジャスティスは嫌だった……
「アベルくん、見つかりませんね……」
「心配だよね……」
私とミアさんは、焚き火の前で話し合った。
時間は夜。あんなに探し回っても、アベルくんは見つからなかった……焦りが募る。
「今日はここで野宿だな!」
「テントは男女で2つでいいのか?」
「……えっと、うーん……ああ!正義の名にかけて、邪なことにはならないとも!」
「何言ってんだ……?」
テントの設営はジオさんとエンツォさんが担当してくれている。
料理はネロさんとアルドさんだ。
私とミアさんは、夜番の最初を担当することになっている。
正直、一番楽をさせてもらっている気がする。本当にいいのかな……。
「明日探して駄目だったら一旦引き返しましょう。この森、飲水は十分にあるし、危険な動物はいないようです。」
アルドさんは冷静に判断をした……その手に嵌っているミトンは大変かわいかったが。
「私たちよりレベルの高い探索中心のパーティに任せるべきかもしれません。」
真面目な話をしながらも、みんなの目線はポトフとチーズとパンに釘付けだ。
一日中歩いたのだ。お腹もペコペコだった。
次の日も、散々歩き回ったのにアベルくんは見つからず……
アルドさんは、苦虫を噛み潰したような表情で撤退を宣言した。
きっとアルドさんも辛いけれど、早く引き返して子供の危機を高レベルの人に託す選択をしたのだろう……
しかし、そこで問題が起こった。
「なあ……俺たち、帰ってる……んだよな?」
「さっきから……なんか、景色がかわりませんね……」
ずっと同じ所を回っているかのような不安感。
そこで、ネロさんが静かに言った。
「………待て」
少し先の木を指さす。いつの間にか十字の傷がつけられていた。もしかして……?
「………さっき付けた」
「流石だな、ネロは。」
エンツォさんは無邪気にネロさんを褒めているが……つまり、これって………
「戻れていない、って、事ですか?」
森は夜になってもなぜかキラキラと輝いている……
「……どうする……?このままじゃアベルくんどころか俺たちも帰れないぜ?」
「どうりで……なんだか、魔力酔いすると思いましたよ……」
「えっ!?明日はジャスティスの会が朝からあるのに!?帰れない!?」
「それは一体何の会なんだよ!?」
不安になって、私はおろおろするばかりだった。
こんな時、私が一番役に立ててない……!(エンツォさんは論外)
「それならいっそ逆に進んでみようよ!逆に行ってもぐるぐる回るようなら問題だけど、どこかにつながってるなら何かあるのかもしれないじゃない!」
ミアさんは何事もないようにそう言った。
私たちは、ネロさんを先頭にして逆方向に歩き始めた。
彼の観察眼はかなりのものだ。少しの違和感も見逃さない。
さっきの場所を抜けて、森が進ませたい場所を的確に見つけて、どんどんと景色が変わっていく。
そして……進んだ先に。
キラキラが途切れ、少し森からひらけた場所に出た。
「…………!」
ネロさんが急に止まった。
ジリジリと、後ずさる。
私たちは、恐る恐るネロさんの背中から様子を窺って………
そこにいたのは………
ど、ド、ドラゴン……!?
「動くな」
ドラゴンが、重々しい声で言った。
「そこから逃げるなよ……?人間たちよ。」
漆黒の大きな体躯に、金の目が、にやりと笑った。
「私は暇でな。付き合ってもらおうか?」
「暇、とはどういう意味でしょう?」
アルドさんが声を張り上げた。……足は、震えていた。
叶わないだろうが、一縷の望みをかけて、私たちは剣を抜く。……私は、杖を握りしめた。
「そのままに決まっておろう」
喧嘩っ早くて人間は駄目だな……
ドラゴンはそれだけ言うと、突然光り輝き、ゆっくり形を変えてゆく。
あまりの眩しさに、一瞬目を閉じた私たちの前には、黒いドレスの美しい美女が立っていた。
……頭には立派な角が生えていたが。
一目で人間ではないと分かる。
「長い眠りから目覚めたばかりでな!暇にもほどがあったのだ!酒ならある!共に飲み交わして、今の時代のことを教えてもらおうか!」
そう言うと目の前の美女はそれはそれは楽しそうに微笑んだ。
ドラゴンには酒を飲ませて、酔った所を討伐せよ――
なんて、よくあるおとぎ話だけど、おとぎ話はやっぱりおとぎ話であったらしい。
黒いドレスの美女――ドラゴンは、右手にジオさん、左手にネロさんと、雰囲気の違う美男2人を両手にそれはそれは楽しそうにお酒を飲んでいた。
エンツォさんは雰囲気がうるさい、アルドさんは悪くないけど悪役ヅラ、とはねられて、なんだかちょっと落ち込んでいた。
「お前はイケる口だな?もっと飲むがいい!」
「はは……ありがとうございます……」
「逆にお前は弱いのか?うんうん初々しいなあ!」
「……………。」
ジオさんはミアさんにめちゃくちゃ睨まれていた……
エンツォさんはアルドさんと不安そうにネロさんを見ながらも
おつまみ?という名のガッツリしたご飯を作っている
……ジオさんがたくさん持ってきていてよかった……
そして、正面に座らされた私は……
「うんうん、愛らしい花もいいものだ。フルーツならたくさんあるぞ?食べるか?」
……なんだか、ドラゴンのハーレム?に入っていた……
なんで私、ここに座らされているんだろう……?
その後もドラゴンはどんちゃん騒ぎをし、両手の2人を離さず、私の頬を撫でたり時折膝に乗せたりして、やりたい放題だった。
……けど、逆らうなんてとんでもない。
友好的だけど、敵に回すと死んでしまうって、みんな分かっていた。
「あ、あの。ドラゴンの姉御?」
いつの間にかジオさんは姉御呼びになっていた。
「うんうんどうしたワイルド系よ。なにか欲しいものでもあるのか?」
「この森を出る方法、とか。知りませんか?」
「ん?ああ、たぶんこの森の妖精の仕業だな……そこの悪人面。お前なら妖精語が使えるだろう?話をして脅すかどうにかすればいい。今日の酒宴の例に、私の鱗を1枚やろう。」
それだけで怯えて逃げるはずだ。ドラゴンはカラカラと笑った。
しかし、もう一つ聞かなければいけないことが……!
「あ、あの……この森に、子供が入り込みませんでしたか?」震える声を、なんとか飲み込む。「最近この森の近くで行方不明になっているんです!」
「小さな気配ならお前たちと入れ違いになるように帰ったぞ。」
………えっ?
「妖精がお前らを相手にしたほうが面白いと判断したんだろうなぁ……小さな気配から離れて、お前らのほうについたのが分かった。」
へなへなと力が抜けた。それならアベルくんはもう家に帰れているのかもしれない……
「それにしても綺麗系よ。お前は本当に喋らないなあ。その言葉を聞かせてほしいものだが……」
ドラゴンは相変わらず両脇にセクハラをかましていた。
……どっちもお相手がいるんだから、変なことしないでください……
心のなかで、言いかけた言葉を飲み込んだ。
食料を全部使い果たして、お酒もほぼドラゴンが飲みきって、私たちは解放された……
ジオさんとネロさんはとくにぐったりしているようだったけれど。
それでもネロさんは道をしっかり覚えているらしく、迷うことなく歩く。
そう時間もかからずに、私たちはあの何度も戻される森の道までやってきていた。
「妖精よ、我が力に応え、その姿を、示せ!」
きっちり4カウントの詠唱でアルドさんが妖精に呼びかける。
キラキラした森の、キラキラした光がみんな子どもの姿を取った……こんなにいたんだ!?
「私たちはこの森から帰りたいのです……ドラゴンにも許可を取ってきましたよ、ほら。」
黒く薄くけれど恐ろしく硬い手のひら大の鱗を妖精たちに示すと、彼らは一気に青くなった。
そんな、どうしよう、ドラゴンおこるかな、ごめんね!、にげなくちゃ……
いろんな声が聞こえた後に、光は一気に霧散して、残ったのはしんとした暗い森だけ……
「もう……ようやく帰れそう!つかれちゃったよー。」
「これなら明日の朝のジャスティスの会には間に合いそうだな!」
「ジャスティスの会って結局なんなんですか……?」
思い思いの言葉を口にしながら、私たちはようやく森から出られたのだった……
そうして、次の日。私はアベルくんが無事に家に帰れたかどうかの確認に行った。
結果、ちゃんとアベルくんは家に帰りつけていて、私は一安心。
お母さんは、迷惑をかけて申し訳ないとそのまま依頼料を払ってくれた。
……私だけなら断ったけれど、パーティの皆に迷惑をかけるわけには行かないものね……
そうして今回の事件は終わった。
正直大変だったり、死ぬかと思う瞬間もあったけれど、終わってみれば、ちょっとだけ……
そう、ほんのちょっとだけ、楽しかった気もする。




