14話 隣のイケメンが大好きです
「……俺のこと、嫌ってないの?」
神崎君がそう言うと、私は時間が止まってしまったように感じた。
胸の奥に針が刺さったようだった。チクリと痛くて、息が止まりそうになる。そんなふうに聞かれるなんて、思ってもいなかった。
嫌いなわけ……ない。
今、隣にいるのは偶然なんかじゃない。神崎君が佐伯さんと楽しそうに話しているのを見て、気づいたら勇気を出して声をかけていた。
まさか一緒に帰って、本屋に寄って、映画の約束までするなんて。自分でも、よくやったと思う。
でも、どうしてだろう。彼の顔を見ると、つい恥ずかしくなって睨んでしまう。本当は笑いたいのに、緊張してしまう。
私、またやってる。
神崎君はそんな私を見るたび、困ったように眉を下げる。その顔をいつも黙って見ているのが、つらかった。
――ほんとは違うんだよ、って言いたいのに。
神崎君が連絡先を聞いてくれたときも、私がオタク話で暴走したときも、転びそうになって助けてくれたときも。
いつも、私は彼を困らせていた。
神崎君に笑っていてほしい。隣にいてほしい。それなのに、わがままばかり言ってごめんなさい。
気軽に「翼」って呼べる愛が羨ましかった。
「また話したい」って素直に言える佐伯さんが妬ましかった。でも、そんなふうに誰かと自分を比べているのがいちばん嫌だった。
どうして私は、素直に笑えないんだろう。どうして“嫌ってない”って、たったそれだけの言葉が言えないんだろう。
また中学のときみたいに拒絶されたらと考えると、どうしても素直になれない。怖いよ……。
そのとき、どうしても言葉が出ない私を見かねたのだろう……。神崎君が頭を下げて、私と視線の高さを合わせてくれた。その瞳の奥に、まっすぐな優しさがあった。
「……月城さん、俺はまた君に悲しそうな顔をさせてしまっているね。中学のときから迷惑かけてばかりで、ごめんね。せっかく同じ高校で隣の席になれたんだ。できたら俺は仲良くしたいと思ってる」
静かな声だった。謝らなきゃいけないのは私のほうなのに――。ずっと、あなたの優しさに救われてきたのに。あの日、私が勇気を出して告白しても、あなたは自分を責めていたんだ。
胸の奥が熱くなって、涙がこぼれそうになる。
やっぱり、神崎君は――優しい。だからこそ、好きになったんだ。
あぁ、もう! そういうところだよ、神崎君……。
「……嫌ってなんか、ないよ」
言えた。ずっと喉の奥につかえていた言葉を、ようやく外に出せた。
でも――まだ全部は言えない。“好き”なんて言葉は、もう少し先でいい。
今はこの一言だけで、充分だ。背負っていた肩の荷がひとつ降りたように、心が軽くなった。
彼は嬉しそうに笑ってくれた。
「そうか。良かった。もう遅いから、そろそろ帰ろうか。暗くなると危ないから、家まで送るよ」
そう言って、彼は私の隣に並んで歩き出す。一歩ずつ、二人で。中学のときから止まっていた時間が、ようやく進み始めたみたいに。
ありがとう、神崎君。大好きだよ――心の中で、そっと呟いた。
* * *
「……嫌ってなんか、ないよ」
その一言が、ずっと心の奥で鳴り続けていた。
帰り道、風が妙に優しかったのは気のせいだろうか。
こんなにも単純な言葉ひとつで、世界の見え方が変わるなんて。
月城さんを送って家に帰ると、父さんがリビングで筋トレをしていた。
お! 心臓が高鳴ってるな翼! なんか良いことでもあったか!」
「ち、違うよ!」
……バレバレなのが恥ずかしかったけど、不思議と嫌じゃなかった。
「できたら俺は仲良くしたいと思ってる」とか月城さんに言っちゃったけど、引かれてない? 引かれてないよなぁ!?
翌朝、いつもより少し早く家を出た。
教室のドアを開けて――自然に月城さんに「おはよう」と言えた。
「……おはよぅ」
月城さんの顔は――今日も俺を睨んでる。
でも、俺はもう知っている。あれは“嫌い”だからじゃない。理由はまだわからないけど、これからどんな高校生活が待ってるんだろう。
入学式の後とは違う、期待に胸を膨らませながら、俺は中学のときフッた女の子の隣に座る。
「おーい、翼ー!」
背中をバンッと叩く音。駿と高瀬が同時にやってくる。
「あれー? 二人とも顔が赤いぞ」
高瀬がにやにや笑いながら俺と月城さんを交互に見る。
「大体いつも赤いけどな!」
駿が茶化すように笑って、教室の空気が一気に明るくなる。
俺と月城さんは、顔を見合わせて――同時に、笑った。
作者のなぐもんです。ここまでお読み下さり、ありがとうございます。
完結の後書きではないので安心して下さい。物語はまだまだ続きます。
一度、読者の皆様に感謝をお伝えしたかったので、こちらで書かせていただきました。
少し長くなるかもしれませんがお付き合いいただければと思います。
私は2025年6月から小説投稿サイトで投稿をはじめました。いわゆる、初心者の位置でございます。当時の私は小説くらい簡単に書けるだろー! と思っていたのですが、そんな簡単な物ではありませんでした。数字が出ない日々が続いて悔しかったです。
処女作の連載が終わって一月半程、書籍化作品を読んだり、正しい投稿の書式などを学んでいました。その間に、ラブコメ作品を執筆していたのですが、途中から書けなくなってボツになってしまい、自暴自棄に……。
Xをやっている方はご存知かと思いますが、作者同士って結構、SNSの繋がりがあるんです。仲良くさせていただいてる方々はどんどん新作を出したり、〜PV達成しました! というポストをしたりするのですが、なにも生み出していない自分が歯がゆかったです。
なんとか今作、
『イケメンになった俺、中学でフッた女の子が美少女になって隣の席から睨んでくるんだが!?』
の構想を出して、「まぁどうせ読まれないだろうから作者同士で読み合いして気長にやろー」と思っていました。しかし、あれよあれよとたくさんの読者の方にブクマしていただきました。
ジャンル別で日間1位まで上がっていたりして、ただの趣味で書いている自分からしたら驚愕でした。
仕事と育児に追われてヘロヘロな私でございますし、ど素人の物書きで至らないところも多々ありますが、読者の期待を裏切らないように精一杯頑張りたいと思います。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
では、また次話で。




