15話 隣の美少女がピンチかも!?
「〜という事が昨日ありまして……」
昼休みの屋上で、俺は購買で買ったパンをかじりながら昨日の出来事を高瀬に報告していた。一緒に帰ったこと、本屋に立ち寄ったこと、映画の約束をしたこと。
「なにそれ!? 放課後デートじゃん!」
高瀬は学校の自動販売機で購入した、乳性飲料の紙パック「スカール」を飲みながら驚いていた。
「で、デート? 違うだろ!? 一緒に帰っただけだぞ!?」
「いや、デートだから! 本屋に寄って、映画の約束したとかもうそれ付き合ってるよね!?」
「そんな訳ないだろ! 月城さんは批評仲間が欲しいって言ってたから感想が聞きたいだけなんだよ!」
「うわー……それを鵜呑みにするとか引くわー」
高瀬は、目の前で未確認生物でも見つけたみたいな顔で俺を見た。……それも、絶滅したと思われてた伝説級のやつをだ。
「なんで!?」
「まぁでも、良かったじゃん。まだ先だけどデートの約束までしてくるなんてすごいよ。そこまで出来たのは一体、誰のおかげなんだろうねー?」
ニヤつきながら俺のことを茶化してくる高瀬。褒めて褒めてと言わんばかりに笑顔を向けてくる。確かに高瀬のおかげで月城さんと映画に行くことになったし、嫌われていないとわかった。ここは素直に感謝を伝えるべきだ。
俺は真剣に高瀬を見つめて、微笑んだ。
「月城さんと話してるとき、高瀬が講義で言ってた言葉が頭に浮かんでさ。月城さんと二人っきりなのに、普通に会話出来たのは間違いなく高瀬のおかげだった。ありがとう」
俺がそう言うと、高瀬はズズズっと音を立てて、パックに残った「スカール」を一気に飲み干した。
「いいね。いつもそれくらいはっきり言えたら……めっちゃカッコいいよ」
そう言った高瀬は優しげに微笑んで、俺の肩をポンと叩いた。
「あ、ありがとう」
「ふふ。モテ男まではまだまだだけどねー」
「これからもご教授、お願いします!」
やっぱり高瀬はいいやつだ。俺が知ってるギャルじゃない。いや、ギャルを悪く言うつもりはないんだが、高瀬に対しても、俺は外見だけで判断していたんだと思う。
俺が中学のときにギャルから発せられた言葉なんて「臭い」「汚い」「近寄んな」だけだったからな。そりゃあギャル恐怖症にもなる。
「あのー良い雰囲気のところ申し訳ないんだけど……」
そう言って気まずそうに手をあげた男がいる……駿だ。さっきからずっと高瀬の隣で俺たちの話に相槌を打っていた。気にはなっていたのだが、高瀬に昨日の一件を報告するのが先だと思ってずっとスルーしていた。
「そろそろ俺も混ぜてくんない?」
「駿はなんでここにいるんだ?」
俺が駿に疑問を投げかけると、高瀬は手で頭を抑えて、“しまった”という顔になった。
「あーごめん。翼の話で興奮して忘れてた。うちのクラスのモテ男子といえば……駿! 特別講師として来てもらいました!」
「いえーい。俺、講師ー。モテ男子なんて照れちゃうなー。まぁモテるんだけどね」
駿はキザそうに親指を立ててキメ顔をする。なぜだろう。イラっとする。
「昨日用事あるってウチ先に帰ったでしょー? 駿のこと誘ってたんだー。女子人気高いからね」
「なるほどな。確かに駿がいれば心強いよ」
駿は、黙っていれば本当に王子様みたいなやつだ。光の角度で色を変える茶髪。少し伏せた目がやけに絵になる。
軽口とノリだけで生きてるような言動のせいで、チャラいという印象を相手に与えているかもしれない。それでも、場の空気を読むのが抜群に上手くて、相手が笑うツボを外さない。たぶん女子が放っておかないのは、顔じゃなくて“楽しませてくれる安心感”なんだと思う。
「駿! 昨日も言ったけど、あんたも協力してよ。翼と麗を見て一緒にニヤニヤしようぜー」
高瀬の顔が、いやらしい……というより、“人の恋路が好物です”っていう肉食獣のようだった。
「喜んで! そういうの大好きだよ!」
一方の駿もウェーイとゲスな笑みを浮かべて悪ノリしている。……俺と月城さんで遊ぶなよ。
でも、二人とも悪気があってやっている訳ではないと分かる。ただ俺を助けてくれようとしている。その優しさがとても嬉しかった。
「翼、安心しろ。俺がいればお前はルックスとチャラさを兼ね備えた完璧モテ男になれる」
「「チャラさはいらない」」
俺と高瀬の返答が被ってしまって三人で大笑いした。
月城さんの為だったとはいえ、努力してよかった。きっと汗ダルマのままだったら今この場に三人でいなかっただろうな。
俺はふと空を見上げた。春の空は高く、どこまでも青い。このまま、ずっと穏やかな昼休みが続けばいい。――そう思った、矢先。
「あれ? ちょっと待って」
高瀬がフェンスの下を覗き込みながら、目を細めた。その声のトーンに、俺と駿もつられて身を乗り出す。
「どうした?」
「……下。中庭のところ。あれ、麗じゃない?」
「え?」
高瀬の指さす先、中庭の校舎の影のあたりに――。月城さんの長い黒髪が、陽射しを受けて輝いていた。間違いない。月城さんだ。
その向かいには、短髪で、スラッとした体格の男がいた。
「あれって、ニ年の桐島先輩じゃないか? ほら、サッカー部でカッコいいって有名な……」
途端に駿の声が心配するように低くなった。
「……あれって告白されてるのかな? なんか揉めてない?」
高瀬も唇を噛みしめている。
中庭の風景は遠いのに、なぜかその表情だけがはっきりと見えた。月城さんの視線は、まっすぐ相手を見ている。でも、どこか怯えているようにも見えた。
月城さんが誰かに告白されている。駿は以前に言っていた。あれだけの美少女だ。よくあること――らしい。でも、呼吸がうまくできない。心臓が、痛いほど鳴っている。
「大丈夫かな……麗」
高瀬が心配して、顔を暗くする。さっきまでの笑顔が嘘のようだ。
「……俺、行ってくる」
気づいたときには、俺の体が動いていた。高瀬と駿のの呼び止める声が、背中でかすれて消えていった。
屋上のドアを開けると、風の音が遠ざかり、階段を駆け下りるたび、胸の鼓動が大きくなる。
――やめとけ、関係ないだろ。
――でも、行かなきゃ。
その二つの声が、頭の中でぶつかり合う。
それでも、足は止まらない。
どうして走ってるのか、よくわからなかった。月城さんには、好きな人がいる。それは仕方がない。俺はあの日、ビビって彼女を突き放してしまったのだから――。
でも――もし、彼女が困っているなら、放っておくことなんかできなかった……。
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