13話 隣の美少女は恋人ではない
商店街の端に、昔からある小さな本屋――。
外観は少し古びていて、木製の看板には色あせた文字。扉を開けると、カラン、と鈴の音が響く。中に漂うのは、インクと紙の混じった独特の匂い。床板が歩くたびにミシリと鳴る。けれどその音さえも心地いい。
店内を切り盛りしているのは、おばさんひとり。俺が小さいころからの顔なじみで、よくお菓子をもらったり、絵本を読んでもらったりした。
最近は若者向けにラノベのコーナーを増やしたらしく、棚いっぱいに並んだカラフルな表紙が目に映える。
月城さんは本棚の前で目をキラキラさせていた。ラノベ棚の前で二人並ぶと、少し肩が触れそうな距離感になる。俺はなんとなく視線を泳がせながら、一冊の本に手を伸ばした。
『となりのヒロイン計画』――。
その表紙を見る度に、中学時代の辛かった日々と月城さんとの思い出が込み上げてくる。
「……懐かしいな。これ。図書室で一緒に読んだよね」
ぽろりと口からこぼれた言葉に、月城さんがこちらを見る。その瞳が、ほんの少し潤んでいるように見えた。
「……覚えててくれたの?」
「忘れるわけないよ。この本は……月城さんとの思い出が詰まった本だから」
無意識だった。つい本音がポロリと出てしまっていた。思わず、自分の口を手で抑えてしまう。
一瞬、彼女の頬が赤く染まる。俺は慌てて表紙に目を落とした。帯には大きく【今夏 劇場公開!】の文字があった。自分の気持ちを取り繕うように、表紙を彼女に見せる。
「映画やるんだね。知ってた?」
「もちろん! 絶対見に行く」
「面白かったもんなぁ。俺も……見に行こうかな」
「じゃ、じゃじゃじゃ……」
「じゃ?」
「じゃあ……一緒に観に行かない?」
一緒に……って俺!? いつも睨んでくるのに……今日の月城さんはやけに積極的だ。嬉しいけど、混乱してしまう。
「お、俺と? なんで俺なんかと?」
「ほ、ほら! 一人で行っても楽しくないし……あの……その……そう! 批評仲間が欲しいなーって」
誤魔化すように笑う月城さん。
……これはデートってやつに誘われた、でいいのか? いやいや、批評仲間って言ったじゃないか! 下心なんて出したら失礼だろ!
「あぁ……うん。俺でよければ、ご一緒させてもらうよ」
「ほんと!? 決まりだよ! 絶対だからね!」
月城さんはブレザーのポケットからスマホを取り出して、スケジュールを確認する。
「神崎君、この映画、夏休みに公開になるんだけどいつがいいかな?」
「俺はいつでも大丈夫だよ。夏休みなんてどうせ、筋トレとラノベを読むくらいしかすることないから」
「じゃあ、八月一日はどうかな? 平日でそんなに混み合わないと思うし」
「問題ないよ。よろしくね」
俺は必死に自分を落ち着かせた。月城さんとの急な予定に胸が高鳴る。まだ先なのに、今から楽しみで仕方ない。
「うん! わぁー楽しみだなぁ……」
それは映画が見れることですか? それとも、俺と映画に行くことですか? どっちなんだい!!
でも……彼女は俺のこと、どう思ってるんだろう? ふと、そんな疑問が湧き起こる。
映画に誘ってくれるくらいだ、悪い印象はないと……思う。
じゃあ、なぜ彼女は俺を睨むんだ? 嫌われてるから睨まれてるんじゃないのか? えっ!? でも映画に誘ってくれて……。ああああ! もう訳がわからん!
「……あ、これ気になるかも」
月城さんが手に取ったのは、まだ発売されたばかりのライトノベル。表紙のイラストが可愛く、タイトルも目を引く。
「いいね、それ」と俺が声をかけると、月城さんは嬉しそうに笑う。
二人でその本を手にレジへ向かうと、奥からおばさんが顔を出した。悪の親玉みたいに目を吊り上げてニヤニヤとこちらを見ている。
「あら翼ちゃん、いらっしゃい……まあ、彼女? すっごく可愛い子じゃない」
「か、かかか彼女じゃないよ!」
俺と月城さん、同時に真っ赤になった。
なに言ってくれてんだおばさん! こんな美少女が俺の彼女の訳ないだろ!
「なんだ、まだ序章かい?」
「序章って……! 本の構成みたいに言うなよ!」
おばさんはレジの向こうで、いたずらっぽく笑った。
「これからに期待だね」
なにを期待するというのだおばさん……。
「ふふ、でもねぇ、物語ってのは最初にちゃんとページをめくらなきゃ進まないよ。表紙だけ見て中身を決めつける人ほど、誤解しやすいんだ。ちゃんと読まなきゃ中身なんてわからないのにね」
おばさんの言葉が、胸の奥に静かに落ちていった。
――俺は、月城さんの“表紙”しか見ていなかったのかもしれない。睨まれてるって思い込んで、勝手にページを閉じていたのは、俺のほうじゃないか。
お会計が済むと、手にした本の重みが、なんだか心の重みも少し和らげてくれるような気がした。その本を月城さんに渡し、二人で店を出た。
外に出ると、商店街はもう薄暗い。オレンジ色の街灯がともり、シャッターを下ろす音が響き始めている。
歩き出したところで、俺はふと足を止めた。どうしても……月城さんに聞いておきたいことがあった。ずっと……ずっと気になっていたことだ。
「どうしたの? 神崎君」
「……俺のこと、嫌ってないの?」
月城さんが驚いたように、俺の顔を見ていた。その瞳が夕暮れに揺れて――。
俺の心臓もまた、大きく揺れていた。
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