12話 隣の美少女と一緒に帰る
昇降口には、放課後のにぎわいが広がっていた。学校指定のローファーに履き替えてそのまま帰る者。部活のジャージに着替えて駆け出していく者。友達同士で「カラオケ行こうぜ!」なんて笑いながら遊びに繰り出す者。
それぞれの放課後が交差し、笑い声や足音でごった返す。
靴を履き替えていると、後ろから小さな声がした。
「……あのっ、神崎くん」
振り返ると、月城さんが鞄を抱え込むようにして立っていた。
その目はいつものように睨んでいるはずなのに、頬は赤く染まっていて、どこか恥ずかしさを隠しているように見えた。
「月城さん……。ど、どうしたの?」
一瞬、頭が真っ白になる。抱きつき事件以降、気まずくて、目も合わせてくれなかったから、まさか、話しかけてくるなんて思ってなかった。
「昨日……助けてもらったのに、私、お礼も言ってなくて……ご、ごめんなさい」
彼女は視線を泳がせながら俺に謝ってきた。その瞬間、高瀬の昨日の講義が頭をよぎる。
――自信を持つこと!
ウダウダしてたらダメだ。せっかく、彼女から声をかけてもらえたんだ。まずは自信を持て、俺はモテ男(仮)の神崎翼だ!
必死に自分を励ましながら言葉を選ぶ。
「いや。俺の方こそごめん。怪我してない?」
「うん。おかげさまで大丈夫だったよ。あ、あの……ほんとにありがとう」
一瞬の間。でも、その時間は気まずさなんかなくて、助けて良かったという素直な喜びが胸に広がっていく。
「そっか。よかった。」
以前の俺ならここで会話が終わって気まずくなっていただろう。でも、今の俺はモテ男。一味違うのだ。
「今から帰るとこ?」
「うん」
「……よかったら、一緒に帰らない?」
言った瞬間、自分の心臓の音が耳の奥で爆発した。――俺の渾身の勇気だ。
断られたらどうしようって不安で足がすくみそうになる。
月城さんは少し目を丸くしたあと、鋭い視線を俺にぶつけて「……うん」と、頷いてくれた。
二人で並んで校門へ向かう。
校門に到着するまでの間、周りの生徒からの視線が気になった。俺は高身長だからよく目立つ。さらに隣には不釣り合いなほどの『美少女』がいるからだろう。
視線が集まるのは気恥ずかしいけれど……、少しだけ誇らしい気持ちもあった。
「なんか、見られてるね。私たち」
月城さんも視線が気になるようだったので、俺はモテ男として強がる。
「ごめん。気になるなら離れようか?」
嫌だ。本当は離れたくなんかない。月城さんの隣を歩いていたい。頼む、俺の提案を断ってくれ――。
「えっ!?」
月城さんが信じられないものを見たように、目を見開いて立ち止まる。俺も止まって彼女の横顔を見ると――。
「ち、違うの。私、離れたいなんて思ってないから」
どこか慌てたように、顔を真っ赤にしてそう言った。
俺は理解した。なるほど、確かに一緒に帰ると頷いておいて、離れて歩くのは不自然だ。これは月城さんの優しさがもたらす、社交辞令なのだ!
「……そ、そうだよな。ごめん、気を遣わせた」
気まずさをごまかすように、俺は先に歩き出した。革靴の足音がやけに大きく響いて、心臓の鼓動を隠してくれる気がする。
「ま、待って……!」
小さく息を弾ませて、月城さんが慌てて隣に並んでくる。
二人で校門を出て、駅前にある商店街の方へ進む。中学のとき聞いた覚えがあったので、月城さんの家の大体の位置は分かる。わりと俺の家から近い。もちろん行ったことはないが……。
隣を歩く美少女は終始、下を向いてなにかブツブツ言っている。
「……なきゃ」
「……さなきゃ」
「何か話さなきゃ」
その様子に少し、少しビビってしまうが、何か話さなきゃって言ってるのか?
そうか! 少し気まずい空気を察して必死に言葉を探しているんだ! 俺なんかの為に……なんて優しい人なんだ。
ここは俺が声をかけよう。
――聞き上手になること!
高瀬の言葉が頭の中に響く。
「月城さんはまだラノベとか読んでるの?」
途端に、月城さんは俺の顔を見つめて、ぱぁっと表情が明るくなる。その顔には見覚えがあった。俺が学食で、うさ実さんのことを彼女に尋ねたときの顔だ。
き、きた! オタクモードの月城さんだ!
「うん! でも最近は高校に入って勉強が忙しくなったから読む時間は減っちゃったんだけど寝る前の30分くらいは毎日読んでるよ。この前も本屋さんに行ったときいいなぁーと思う本が三冊くらいあったんだけど一時間くらい迷っても決めれなかったから一緒に行ってたお父さんにおねだりして全部買ってもらっちゃった。三冊は全部ジャンル違うし今度アニメ化されるものもあるからその前に原作チェックしとこうと思ったの! アニメは週末にサブスクで一気見しちゃうんだけどこの前もテレビの前を占領してたらお母さんに怒られちゃったんだよね。それからね――」
キラッキラの瞳でほとんど息継ぎなしで早口に語る彼女。その姿は……めちゃくちゃ可愛い……。実は睨まれても可愛いと思っているのだが、純真無垢な瞳を向けてくる月城さんはまるで小さな子どものように愛らしい。
数分くらいだろうか? しばらく相槌を打っていると急に月城さんはボンッと顔を赤く爆発させた。
「ご、ごめん。私また……」
どうやらオタクモードが終了したらしい。また下を向いてモジモジしている。
「全然大丈夫だよ。気にしなくていい」
そう言うと、月城さんは少し驚いた顔をしたあと、ほっとしたように小さく頷いた。その仕草がまた可愛らしくて、俺は思わず微笑んでしまう。
ちょうどそのとき、俺たちは商店街の本屋の前を通りかかった。棚の前で立ち止まる月城さんの目がキラキラと輝いているのが見える。
「寄ってく?」
自然と出た俺の一言に、月城さんは満面の笑みを見せてくれた。
「うん! 行こう行こう!」
今日の帰り道は、ちょっとした小さな冒険――そんな気がした。
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