第98話 ブルグラ防衛戦
「随分と派手な登場だな」
投石機を半分以上炎上させた俺たちがブルグラの城壁に近づくと、壁の上から街の兵士が北側の門へ誘導してくれたので大人しくそっちに向かうと、城門前でブルゲスト辺境伯ご本人が出迎えてくれた。
んで、その第一声がそれである。
そんなに派手だったか?
まぁ、王国が一生懸命組み立てたであろうでっかい投石機が燃え上がってたら確かにちょっと派手に見えるかもしれん。
「援軍が少なくて申し訳ありませんが、砦の方でも色々ありまして」
「別働隊が牽制しに来たか。王国としては当然の対応だろうな」
さすがは帝国の北を守り続けてきた辺境伯だ。詳しく話すまでもなく状況を理解してくれたらしい。話が早くてありがたい。
ブルゲスト辺境伯は帝国の高位貴族随一の武闘派と呼ばれているらしいけど、硬軟両面を臨機応変に使いこなす知略にも長けた人物なのだ。
ちなみに、ウチの親父は貴族たちの間で武闘派じゃなくただの無頼漢と認識されている。
「ともかく、到着早々に投石機を潰してくれたのはありがたい。さすがにあの暴れっぷりには驚いたがな。噂には聞いていたがレスタールの狩人の力は想像以上だ」
街を包囲されているという危機的状況なのだが、ブルゲスト辺境伯の顔に悲壮感など欠片も浮かんでいないし、むしろ普段から厳つい顔がますます凶暴な笑みを見せている。
「何台かは残っちゃいましたけど、しばらくは時間が稼げると思います。それに、日が沈んだら残りの投石機と破城槌は俺の方で燃やしてきます」
「夜襲や間者による工作を王国軍も警戒しているだろう。普通ならそんな簡単にできるわけがないだろうが、貴公ならやってのけそうだ」
今日は月に3日あるアルマ(月)が隠れる夜だからな。日が沈めば周囲は闇に沈む。
王国の陣がいくら篝火を焚こうが忍び込むのは難しくないだろうからな。
「それより、街と領民の被害状況はどうなってます?」
「発見が早かったのと、王国軍が攻城兵器を抱えて足が遅かったのが幸いして被害は出ていない。……貴公が懇意にしている飯屋の女給も無事だぞ」
っ!?
なんでそのことを辺境伯が知ってるんだよ!
「休暇の度に貴公が足繁く通っていると報告を受けていたのでな。万が一でもその者に危害が加われば単身で王国軍に突撃しかねんからな」
辺境伯は悪戯っぽく口元を歪めた。
って、それより俺の行動がどこまで把握されているのか怖すぎる。
「女に会って安心したいところすまんが、これから軍議に参加してもらわねばならん。領軍の者は家族を安心させてやるがいい。指揮官と副官は明日の朝、儂のところに顔を出せ」
ブルゲスト辺境伯は俺たちと一緒に来た辺境伯軍所属の兵士たちに顔を向けてそう気遣いを見せた。
こういうところが兵士たちに慕われている所以なんだろうな。
俺も領地を受け継いだら見習うことにしようと思わなくもない。んだが、うちの連中にそれが理解してもらえるかは、多分、無理なんじゃないだろうか。
すっかり日が暮れ、街中は侵入者に備えて煌々と灯りに照らされてそれなりに明るいが、城壁の外は完全に闇に沈んでいる。
結局、投石機の大半を失った王国軍は戦術の練り直しを余儀なくされたのか、街を半包囲していながら攻撃を仕掛けてくることはなく、5ライド(約4km)ほど離れたところで陣を張り直したようだ。
城壁の上から見ても微かに灯りが見えるだけで、特に大きな動きはない。
まぁ、少しでもアルマの明かりがあるならともかく、一般兵にこの真っ暗闇の中で行軍するのは無理だろう。
警戒すべきなのは少数で忍び込んでこようとする暗殺者だけど、こっちもかなりの人数が不寝番を志願してくれて文字通り地面を這う虫一匹通さないくらいの警戒をしてるから大丈夫なはずだ。
最高指揮官である辺境伯は何重もの護衛に守られているから近づくことも難しいはず。
で、そんな真っ暗な平原を俺は灯りも持たずに王国軍の陣に向かって走っている。
小隊の他の連中は連れてきていない。
夜目が利くレスタールの狩人ならともかく、砦の兵士たちにアルマの明かりがない頼りない星明かりだけで行動させるのは無理だからな。
砦の兵士も普段から夜哨してるからある程度は暗くても行動できるけど、さすがにこれだけ暗いと難しいらしい。
で、なんで俺ひとりで夜陰に乗じて敵陣までやってきたのかというと、辺境伯に言った通り王国軍の攻城兵器を無力化するためだ。
そのために俺は燃えやすい油の入った拳大の壺を大きな袋に入れて担いでいる。
なんとなく見た目はどこぞの富豪の家から金品を盗み出した泥棒のようだけど、今後も俺が心置きなく婚活に邁進できるようにするためには必要なことなのだ。
王国軍の陣まであと1ライドほどの距離に近づくと、少し速度を落として慎重に様子を窺う。
王国軍もこんな見通しの悪い闇の中で辺境伯軍が夜襲を掛けるとは思っていないのだろう。簡素な物見櫓がいくつかと、数人の歩哨が松明を手に持ちながら陣の周囲を回っているだけで、そこまで警戒しているような雰囲気じゃない。
陣は周囲を幕のようなもので囲み、中が見えないようにしている。
戦時なので見通しをよくしておいた方が良さそうな気もするけど、周囲から丸見えの状態ではなかなか身体を休めることができないらしいのでそのためなのだろう。
俺は歩哨の間隔を計って幕に近づくと向こう側の気配を探り、誰も居ない場所を探して一息に飛び越える。
目隠し目的でせいぜい3リード(約2.4m)の高さしかないので助走も必要ない。担いだ壺が割れたりしないように気を使うけど。
幕の内側に入ると身を伏せて、投石機と破城槌が置かれている場所を確認する。
高さのある投石機は外側からも見えていたし、台車の付いた破城槌もそれなりの大きさがあるのですぐに見つかった。
一応、間者による妨害工作を警戒しているようで、投石機と破城槌の周囲には20人ほどの兵士が見張りに立っているが、それでもしゃべくっていたり眠そうに欠伸をしていてあまり緊張感はなさそうだ。
それから篝火の位置もちゃんと把握しておく。
そうして準備が整うと、俺は気配を消したまま暗い場所を縫うように投石機に近づくと隙を見て台座の下に潜り込む。
投石機は片側に重りになる大量の石を括りつけて、重り側を綱で引き上げて固定し、解放すると重りが落下して振り子の要領で先端の籠に入れた石を遠くまで飛ばすものだ。
その威力は相当なものなのだけど、その分台座も振り子も支柱もぶっとくて頑丈な木材で作られている。
そうなると当然ながら、火を着けると実に良く燃えるわけだ。
俺は台座の支柱が固定されている箇所の周囲に油をたっぷりと掛けておく。
昼間なら台座が油で塗れてしまえばすぐに気付くだろうが、篝火だけの薄暗い状況だとパッと見てもほとんど目立たない。
同じ要領で他の2台にも油を掛けてから、今度は破城槌に目標を替えて移動。
破城槌はぶっとく重い丸太の先端に鉄製の覆いを取り付け、それを車輪付の台車に釣り鐘のようにぶら下げた物だ。
台車を城門や城壁に押しつけながら、丸太を振り子のように叩きつけて壊すという使い方をする。
投石機と違い、直接丸太の先端をぶつけなきゃならないので城門や城壁に取り付かなきゃいけない。
構造上、上からの攻撃に弱いので頑丈な屋根があるのだけど、それでも一抱えくらいの石を落とされたら壊れる。
なので投石機や弓兵の支援がなきゃ使えない代物なのだ。
蘊蓄はこのくらいにして、俺は投石機の時と同じように近づき、10台あった破城槌全部にありったけの油をぶっ掛けた。
そして、
「な、何者だ!」
「て、敵だぁ!! 帝国の工作員が現れたぞ!」
見つかった。
まぁ、篝火の隣に立った時点で気配を消すのをやめたし、周囲を煌々と照らす火を持ち上げたんだから見つかるのは当たり前だ。
んで、どうしてこんなことをしたのかというと。
「そりゃ!」
篝火を土台ごと持ち上げて、破城槌に投げつける。
まき散らされる火の着いた薪が破城槌の台座、油が撒かれたところに直撃してすぐに燃え上がり始めた。
「こっちにもおらぁ!」
続いて奥側の破城槌にも。
「もういっちょお!!」
最後に真ん中の一台にぶちまけてすぐに走り出し、今度は投石機の方に。
「ち、近づけさせるな!」
「篝火を消せぇ!!」
盛大に火柱が上がり混乱する王国軍だが、それでも俺の前に立ち塞がったり、篝火を守ろうとしたりする兵士もいた。
俺はそれに構わず、進路をふさいだ兵士を吹っ飛ばし、篝火を倒そうとしていた兵士を蹴り飛ばして破城槌と同じように投石機に火を着ける。
「消せ! 消すんだ!!」
「輜重を守れ!」
右往左往という言葉がよく似合う混乱具合。
もちろん俺を捕まえようと何十人もの兵士が群がってくるが、目的を果たしたところに長居するつもりはない。
俺は追ってくる兵士を振り切って陣の幕を飛び越え、一目散にブルグラの街へ走ったのだった。
……まだこの時間なら飯屋開いてるかなぁ。
辺境伯閣下への報告の前にちょっと寄ってみようかな。




