第97話 未来の嫁(になってくれるかもしれない女性)は俺が守る!
Side ブルゲスト辺境伯
「攻城兵器まで持ってきていたか」
城壁の上から向けた視線の先、数ライドに展開する兵士たちと共にあるモノを見てブルゲスト辺境伯トージスル・ジール・ブルゲストが苦々しげに呟いた。
「閣下、王国軍は街の東側に集結しました」
「ふん。2万程度では囲んだところで大して意味がないとようやく気付いたのだろうよ。一気に近づいて城壁を崩すつもりだろう」
「投石機を近づけては危険です。打って出て破壊しますか」
城壁に囲まれた街を攻略するための攻城兵器と呼ばれるものはいくつもある。
城壁の上から攻撃してくる弓兵を倒すためのバリスタや、高い城壁に上るための攻城梯子、頑丈な丸太の先端を金属で覆った破城槌、そして王国が用意した投石機。
城砦都市などを攻撃するときはこれらを組み合わせながら攻めるわけだが、その中でも特に脅威となるのが投石機。それも重りの落下を利用する堆重式投石機は弓矢の射程外から大質量の石で直接城壁を崩すことができるものだ。
骨組みとなる木材と丈夫な綱だけ持ち込めば石は現地で調達することができ、城攻めでは欠かせない装備となっている。
一番の対処法は投石機の射程に入る前に接敵して破壊することなのだが、とうぜんそれは敵も理解している。
そのために複数台ある投石機の周囲は分厚い防御陣が敷かれ、接近を許さないようにしている。
ちなみに破城槌は台車に括りつけた丸太を直接城門や城壁にぶつける必要があるため城壁の上の防御兵を完全に沈黙させてから投入するのが主な使い方だ。
「……油断だったな。ブランディス砦に頼り過ぎて完全に後手に回った」
「ですが、閣下が周囲の哨戒を徹底させていたおかげで領民の避難が間に合いました。備蓄も十分確保されていますから援軍が到着するまで十分に持ちこたえられます」
領都であるブルグラの街はブランディス砦が築かれるまで国境を守る最前線の城砦都市だった。
砦ができてからは街が拡張されたため、堅牢な当初の城壁の外側にさらに城壁が築かれたためさすがに砦ほどの防御力はない。
いよいよとなれば住民を内側の城壁の中に避難させるつもりではいるが、できれば街に侵入させることなく撃退したいところだ。
「知らせが届いていれば明日には砦から援軍が来るだろうが、ファンル王国もそれは考えているはず。何らかの妨害工作は仕掛けてくるだろう。となれば中央からの援軍に期待するしかないが」
「……早くても半月は掛かりますね」
辺境であるブルゲスト辺境伯領から帝都は遠い。
一番近い場所に居るまとまった帝国軍は東部の第5兵団で、北部に王国が侵攻してきた際に救援する取り決めとなっているのだが、その第5兵団は少し前の密輸事件で組織を再編している最中であり、援軍を出せるような状況ではない。
なのでトージスルは砦と帝都、それから中西部に駐屯する第4兵団に急使を出している。
「みすみす城壁を攻撃させるのは気に入らん。街は墜とさせぬとして、復旧に金と時間を使いたくないからな。投石機を動かす隙を作らせないよう牽制の兵を出すぞ」
「はっ!!」
投石機は攻城兵器としては脅威ではある。だがそれだけに準備に時間が掛かるし使用条件も厳しい。
圧倒的な兵力差で押し込められているならともかく、平原の城砦都市なら囲みの薄い場所を突破して城攻めを妨害することも十分に可能だ。
「騎兵を千、北側の門から出す。目的は投石機設置の妨害、可能なら破壊だ。油壺と種火を用意しろ」
「か、閣下、王国軍に動きがあります」
「前進したか? あ、いや、なんだあの動き、左側?」
トージスルと領兵の視線の先でファンル王国の兵が北側に気を取られている様子なのが見えた。
Side フォーディルト
「あ、居た居た。事前に聞いていた通りの数っぽいな。それと、実物見たことないけど、投石機かな? 10機くらいある」
「……まったく見えないんですが、隊長、どんな目してるんですか」
ムルドがどこか呆れたように俺を見る。
狩人の目が良いのは当然だと思うんだが?
どうやらまだ砂粒程度にしか見えない距離なのであまり細かな違いはわからないらしい。
「レスタール卿、ブルグラの街は無事ですか?」
「ええ。まだ本格的な侵攻は始まっていないみたいです。投石機と多分破城槌かな? 大型の攻城兵器みたいなのがあるので足はそれほど速くなかったのかもしれません」
俺の言葉を聞いてブルゲスト辺境伯領の騎士がホッとしたような表情を見せた。
まぁ、故郷が戦火に晒されるとなれば冷静では居られないのは理解できる。
「とりあえず、ブルグラの街は城壁に囲まれてるし、領兵も精強だから防衛戦なら十分に持ちこたえられるでしょう。ただ、攻城兵器、特に投石機は厄介ですな」
騎士の言葉に俺も頷く。
重量のある石を遠くまで飛ばすことのできる投石機だが、それでもたかが数十ケルド(数十kg)程度の石で城壁を崩すのはそうそうできることじゃない。
投石機の一番の脅威は城壁の上で守備をする兵士を頭上から攻撃できることだ。
拳大程度の石を一度に大量に上空からばら撒いて城壁の上から攻撃させないようにして、その間に破城槌で城門や城壁を崩したり、城壁に梯子を掛けて街に侵入する。
逆に投石機の支援がなければそう簡単に城壁に取り付くことはできないのだ。
「予想どおりですな。それでは目標は投石機ということになりますが、本当に大丈夫ですか? 300程度の騎兵で」
うちの小隊の連中は淡々としているが、辺境伯軍所属の騎士たちは不安そうに顔を見合わせている。
その言葉どおり、俺たちの総数は300人ちょっと。一個大隊どころか中隊規模でしかない。
援軍と言うには少なすぎる兵力なのだが、これはもちろん理由がある。
というのも、ブルグラへの援軍を決めた直後に発見されたファンル王国の軍。その数およそ1万5千。
常時1万人以上の兵士が詰めるブランディス砦を攻略するには少なすぎるが、それでも砦の目と鼻の先にそれだけの軍が居る状態で砦の防備を減らすわけにもいかないし、中途半端な数では街への道中で後背を突かれかねない。
王国の狙いは明らかに砦から援軍を出させないようにするためであり、足止めしている間にブルグラを墜とすつもりなのだろう。
それがわかっていながら、ボーグ司令官は動くことができない状態に陥ったのだ。
とはいえ、ブルゲスト辺境伯領が攻略されてしまったら今度はブランディス砦が孤立して結局砦を捨てるしかなくなる。
それを防ぐためにはブルグラの街をしっかりと防衛して帝国軍の本隊が到着するまで時間を稼ぐ必要がある。
幸い、ブルグラは元々城砦都市で砦を支えるために常に潤沢な食料と燃料の備蓄があるため街に侵入さえさせなければ数ヶ月籠城することも可能だ。
2万もの侵攻軍を撃退するのは難しくても、被害を最小に抑えて時間を稼ぐだけならやりようがあるというものだ。
なので、俺が提案したのは騎兵のみの少数で砦を出発して追いつけないくらいの速さでブルグラの街へ駆けつけることと、俺の第24小隊と騎馬戦と弓の腕が良いブルゲスト辺境伯領の騎士で王国軍をかき回して攻城兵器を無力化することだ。
その案を、ボーグ司令官はしばらく考えた末に許可してくれた。
もちろん、砦に来ている王国軍を撃退できたら改めて援軍を派遣するということだ。
そんなわけで、換えの空馬も連れて夜通し走り、ようやく街の近くまで到着したところだ。
俺の指示で疲労のたまった騎馬から空馬に鞍を載せ替え、お疲れさんな馬たちは少し離れた草原で休ませている。
あいにく面倒をみる人員に余裕は無いので、俺の乗馬? であるバスクに群れのボスとして見張らせることにする。
草も小さな川もあるから多分大丈夫だろ。
「で? 隊長の無茶苦茶もいい加減慣れてきましたけど、予定どおりで良いんですよね?」
「ああ。俺が突っ込んで引っかき回すからその隙に投石機をぶっ壊してくれ」
ムルドだけじゃなく小隊の連中みんなが呆れた視線を突き刺してくるが気にしない。
……カルーファさんの視線だけちょっと気になるけども。
「辺境伯軍の隊は弓矢での牽制をお願いします。あまり近づかなくて良いので、上手く投石機から引き離すように誘導してください」
「しょ、承知しました。その、ご武運を」
これまであんまり接したことがないせいか、俺の作戦には懐疑的なようだけどちゃんと従ってはくれるみたいだ。
俺たちは身を潜めることなく堂々と王国軍に近づいていく。
そして距離が2ライド(約1.6km)ほどになるとようやく王国軍のうち1000ほどが武器を構えてこちらに向かってきた。
「んじゃ、後はよろしく」
俺が振り返って小隊の面々にそう言うと、部下たちも手に持った油壺を掲げて応えてくれる。
それを見届けて、俺は一気に走り出した。
「な、なんだ? ひとりだけだと!?」
「命知らずか。押しつぶせ!」
「ま、は、速い! ぎゃあっ!!」
たったひとりで、それも徒歩で突っ込んできた俺を侮ったような態度で槍を向けてきた王国の騎士を一振りで縦割りにし、そのままの勢いで集団のど真ん中に入って戟を振り回す。
振る度に飛び散る血しぶきと響き渡る悲鳴。
王国兵の足が止まればそっちに突っ込んでまたぶん回す。そしてすぐに走る。
近すぎて王国兵は弓を使えず、かといって槍や剣の届く距離は同時に俺の攻撃範囲でもある。
まだまだ本格的な戦闘に突入していなかったために弛緩した雰囲気を持っていた王国兵は突然の事態に十分な対応ができないまま。
俺はそれを良いことに一気に投石機近くまで行ってから少しずつ王国軍本隊の方に押し込んでいく。
「ひ、怯むな!」
「たったひとりに何をしているか!」
俺を押し返そうとする圧力が増してくる。
が、それは同時に投石機から王国軍の意識が離れることを意味している。
「しまった、投石機が!」
そんな声と同時に数台の投石機から火が立ち上る。
第24小隊の連中が騎馬で投石機に接近して油壺をぶつけることに成功したようだ。そこにブルゲスト辺境伯軍の騎士から火矢が放たれて見事に引火。
少し遅れてさらに数台の投石機が燃え上がり、王国兵の意識が逸れた隙に俺もその場を離脱する。
王国兵は俺を追うか投石機の火を消すか迷ったようだが、決断する頃にはすでに俺はスタコラサッサと離れていたので無事に小隊と合流を果たしたのだった。
さすがに一度に全部の投石機を燃やすことはできなかったけど、見た感じ半分以上を使い物にならなくすることができたようだ。
いくら投石機が脅威と言っても2,3台程度では城壁を崩すことも城壁の上の守備兵を殲滅することも難しい。
「れ、レスタール卿」
「そ、その、ありがとうございます」
辺境伯軍所属の騎士とも無事に合流したんだけど、なぜか怯えたような顔で見られた。
心外ではある。
けど、これでひとまず時間が稼げるはず。
この街には仲良くなった飯屋の女性、セリアさんが居るんだ。
王国軍の一兵たりとも侵入させん!




