第94話 近衛騎士団強化計画
「お~い、大丈夫か?」
ブランディス砦近くの平原で死屍累々と転がってる近衛騎士団に声を掛ける。
揃って息も絶え絶えで返事もろくにできない中、リスランテだけが荒い息をつきながら身体を起こした。
「な、なんとかね」
昨日、自信ありげだっただけあって他の連中よりもマシのようだ。
「帝都の訓練とはやり方が違うから結構キツいだろ?」
「正直、甘く考えてたよ。こんなのを毎日のようにやってるのかい?」
俺の問いかけにリスは悔しそうに唇を噛む。
近衛騎士団にまずやってもらったのは集団での模擬戦。
千人をふたつの組に分け、100人ずつで集団戦を行う。
いつも身につけている全身甲冑ではなく、簡易的な革の軽鎧と木剣という装備だけで、木剣の刃には赤い染料が塗られている。
その状態で戦い、急所が赤く染まれば戦闘不能扱いで離脱し、控えの騎士と入れ替わる。そして控えが居なくなればまた順番に復帰、というのを延々と繰り返す。
もちろん意味も無くしごいていると思われないように、第24小隊の兵士も訓練に加わっていたが、こちらは慣れているので離脱者は無し。
時間にして半刻(約1時間)程度の訓練だった。
「ま、まさか、前線の、兵士と、こ、ここまで実力差が、あるというのか」
騎士団の大隊長のひとりが木剣を杖代わりにしながらヨッタラヨッタラ歩いてきて、息も切れ切れに落ち込んだ様子で呟いた。
ただ、勘違いさせたままだとさすがに可哀想なのでちゃんと訂正する俺は優しいと思う。
ちなみにこの大隊長、指揮官を狙うという基本を相手騎士が守ったからか、それとも部下たちからの人望か、かなり集中的に狙われたようで、全身至る所に木剣の染料が着いて真っ赤っかだ。
「訓練の質が違うから比べるものじゃないでしょう。剣の技量で言えば砦の兵士より近衛騎士の方が間違いなく上ですよ」
「そう、なのか? だが……」
「軍と軍がぶつかる戦争は基本的に乱戦です。最初に矢を射かけ、接近したら槍で応戦、その後は敵味方入り乱れてひたすら戦う。少数の潜入部隊や暗殺者との戦いを主眼に剣技を磨く近衛騎士とは根本的に土台が異なります」
俺の言葉に、大隊長は意外そうに見返してくる。
実際、近衛騎士の連中は単にプライドが高いだけの役立たずってわけじゃない。
分隊単位ではしっかりと連携が取れるし、対人での訓練は口だけじゃなくしっかりと積んでいるのは間違いない。ただ、それは帝都の街中や帝城の中での戦闘を想定したものだ。
昔は高位貴族のボンボンが格好をつけるために所属する名ばかり騎士なんて陰口をたたかれたこともあったらしいけど、今では学院の軍務科で優秀な成績を上げ、さらに厳しく選抜された者だけが配属される精鋭とされている。
まぁ、それだけに尊大で傲慢な態度には腹も立つし、それが行き過ぎて今回の話になったわけだが。
そして、最前線での戦闘は数千から数万の敵味方がぶつかり合う乱戦となることが少なくない。
今回の訓練もそれを想定した砦では通常のやり方であり、兵士は乱戦の中で体力を温存しつつ持ち場を死守し、効率よく敵を倒す。それも殺すのではなく戦闘不能にしつつも殺さないという戦い方をする。
時には戦ってる振りをしながらも身を潜めて息を整えるなんてことも戦場で成果を上げながら生き残るコツだったりするのだ。
それがわかっていない近衛騎士は全力で相手を排除しようとして戦い、息が上がったところで死角からの一撃で離脱というのが繰り返された。
さらに、最後まで体力が持つようにというペース配分もわからないので、全員がこうしてへたり込んでいるというわけだ。
まぁ、砦の兵士に舐められまいと張り切りすぎたってのもあるだろうけど。
俺の説明に、大隊長の表情が少し柔らかいものに変わる。
「そう、か。我等が劣っているわけではないのだな」
「そもそも砦の兵士に帝城の警護や式典の儀仗なんてできませんよ。殺伐とした技術なんて帝都では役にたたないでしょう? それだけじゃなく要人警護の技術は俺たちも学びたいと思ってます」
俺はあえてカルーファやムルドたちにも聞こえるように大きな声で言った。
半分は慰めるためだけど、それだけじゃない。
実際、不審者を見分ける目や護衛は間違いなく近衛騎士団の方が技量が高い。
俺はどういうわけか学院時代に度々帝城に呼び出されていたので、近衛騎士団が他国の要人を警護したり、潜入しようとした間者を捕まえたりしている現場を目撃したことがあり、カシュエス元帥からもお互いに刺激になるだろうと言われている。
訓練について来れないからと砦の兵士たちが近衛騎士を侮って反目するのはよろしくないし、押しつけられた面倒事だろうが、せっかくだからこっちの技術向上にも協力してもらおうと思っている。
数日後、俺は近衛騎士団の分隊長以上の士官を連れて砦の西側数十ライドにある森にやってきた。もちろん第24小隊の面々も一緒だ。
以前、ファンル王国が森の中に拠点を築こうとしていたので、今では定期的に森に入って変化がないかを確認することになっている。
それに近衛騎士も同行してもらっているのだが、分隊長以上の指揮官だけに絞ったのにも理由がある。あ、大隊長ふたりは残りの騎士を統率するために居残りだ。
初日の訓練以降、近衛騎士団の偉そうな態度が激変した、なんてことはなかった。尊大さは相変わらずだが、さすがに砦の兵士を侮るようなことは言わなくなった。
矜持が傷ついたのは確かなようで、負けてなるものかと弱音も愚痴も吐かず必死になって訓練に食らいついているし、教えを請うほど謙ることはできなくとも俺たちの動きを観察して真似するようになっている。
別に和気藹々と打ち解ける必要もないからそれで構わない。
「えっと、フォー? 今日の訓練は狩りって、本気?」
リスが困惑顔でそう聞いてくる。
「もちろん。何しろ砦は人が多いからな。常に物資、特に生鮮食品は不足してるんだよ。一匹二匹じゃ到底足りないから頑張ってもらうぞ」
俺が笑顔で答えると、リスだけじゃなく他の近衛騎士も戸惑った顔を見合わせてざわつく。
俺が砦に来てから第24小隊だけじゃなく、他の隊にも指導して森で獣を狩るようになった。
目的はふたつ。
さっき言ったように、必要分は納入されるとは言っても砦で食べられる食事は簡素で保存食に近いものが多く生鮮食品が不足している。だから新鮮な肉を現地調達するってのが手っ取り早いのだ。
それともうひとつ。
狩りをするためには森の奥深くまで注意深く入らなければいけないのだけど、獲物を探して射たり、罠を設置するには森の土や木の状態を深く観察する必要がある。
それは同時に、森の異変をいち早く察知する能力を身につけることができるということでもあるのだ。
それに、警戒心の強い野生の獣を狩るにはいち早く気配を察知し、気付かれないように近づき、一撃で仕留めるという技量が必要となる。
そこまで説明すると、さすがにわかったらしい。
騎士のひとりが考え込みながら呟く。
「……暗殺者の能力と同じ、だな」
「なるほど、それを体験できれば防ぐ方法も身につけることができるかもしれんな」
正解。
まぁ、一朝一夕にできるようになるわけもないけど、体験しておいて損はないだろうと思う。あと、砦の食糧事情も知っておいてもらいたい。
ボーグ司令官と事務官がいつも物資の予算に頭を悩ませているからな。
そんなわけで、俺たちはいくつかの組に分かれて森に入る。
近衛騎士たちは主に俺が、数人をムルドとカルーファの組に振り分けた。
正直言って、今日は狩りの成果は期待していない。
素人をゾロゾロ引き連れて成功できるほど簡単なものじゃないからそれは仕方ない。近いうちに76分隊の連中だけで改めて狩りをしよう。
ガサガサ、ガツッ、ゴッ。
「歩き方が雑すぎ。石畳だって足音は立つんだからそんなんじゃ敵に気付かれるよ」
「足場の悪い場所を見るのは足元じゃなくもっと先。視野は広く」
案の定、森の中で騎士達は四苦八苦している。
城内じゃあ足音を立てるのも牽制になるけど、逆に足音を消せればそれも武器にできる。
最初は俺の指摘に不満そうにしていた騎士達も、任務に応用できることを伝えると不承不承ながらなんとか音を立てないように気をつけていく。
そんな中、リスはというと、以前レスタール領で狩人の真似事を体験しているせいかほとんど物音を立てない足さばきを見せている。
それにどことなく楽しそうな笑みを浮かべて俺のすぐ隣を歩いている。
「えっと、どうかしたのか?」
「ん? なんか、レスタールに一緒に行った時のことを思い出したんだ。楽しかったからさ」
「あれを楽しめるのは大したもんだけどな。サリーフェさんには引かれたし」
魔獣の襲来を祭りだと言ってのけるのはレスタールの狩人くらいなものなんだけどな。
俺が苦笑を浮かべてもリスはクスクスと笑うだけだ。
「っと、止まって! 全員その場でしゃがんで動くなよ」
「なにを」
「シッ!」
突然の俺の指示に怪訝な顔をした騎士を黙らせる。
しばらくして、騎士達が我慢がきれる直前、20リード(約16m)ほど先の茂みがガサリと音を立てて揺れ、そこからヌッと大きな鹿が姿を現した。
「っ!?」
驚く騎士達だったが、なんとか声を上げるのは堪えてくれたようで、鹿は一瞬耳を動かして警戒する素振りを見せるも少ししてまた歩き始める。
鹿の大きさは体高2リード、体長は3リード近い大物だ。
俺は弓に矢をつがえ息を止める。そして狙いを定めるとすぐに放つ。
トス。
「グゥオ!」
首筋に矢が突き立ち、鹿は後ろ足で立ちながら方向転換して逃げようとする。
が、すぐさま次の矢を、今度は喉に放つとその場で崩れ落ちてもがき始めた。
「やった!」
「お、おい!」
始めて狩りを見たことで興奮したのか、騎士のひとりが俺の制止も耳に入らず倒れた鹿に向かって走り寄る。
「う、うわぁっ!」
騎士が近づいた瞬間、鹿が立ち上がり後ろ足で蹴りつけ、それを肩に受けた騎士が吹っ飛ばされる。
そして鹿の方はそれが最後の力だったのだろう、再び倒れて何度か痙攣してから完全に動きを止めた。
「はぁ~、相手が倒れたからって無防備に近づかないように。とりあえず手当てしてやってくれ」
一連の出来事に固まっていた他の騎士にそう言ってから、俺、とリスは注意深く鹿に近づき、完全に絶命していることを確認してから後ろ足を綱で縛って木に吊してから首の血管を切って血抜きをする。
その光景を見て、顔を顰める奴が数人。まぁ、それはマシな方で、吐き気を堪えるように口を押さえる連中も。
これにはさすがにちょっと呆れた。
……もうちょっと鍛えてやろう。




