第93話 やってきました近衛騎士団
ブランディス砦周辺は見通しの良い平原になっている。
奇襲を防ぐために長い期間を掛けて下生えは刈り取られ、樹木は切られ、細かな石が敷き詰められている。
砦に繋がる街道は二本あり、ひとつは砦を含む広大な領地を治めるブルゲスト辺境伯の領都へ繋がる道。そしてもうひとつが真っ直ぐ帝都へと繋がる道だ。
その街道の向こうから砦に向かってくる一団。
白銀に輝く甲冑に翻る赤いマント。
誇らしげにたなびく団旗と帝国旗。
隊列は整然と並び、一筋の乱れも無い。
威風堂々。
まさしくそんな雰囲気を周囲にまき散らしながら砦の門前までやってきたのは、普段帝都の中心たる帝城を守護している近衛騎士団だ。
二個大隊。
騎士団の中で最も少ない人員数の近衛騎士団の半数、1000人が演習という名目で派遣されてきたのだ。カシュエス元帥の言った通りに。
俺はその光景を砦の城壁の上から見下ろして、溜め息をついた。
二月ほど前、カシュエス元帥から面倒事を押しつけられた俺は、密輸事件の調査が一段落したのでブランディス砦に戻ってきた。
休暇がまるまる潰れるのはさすがに可哀想と思ってくれたのか、多少期間は短くなったもののその翌日から半月お休みと特別手当をもらうことができたので領都でしっかりと英気を養うことができた。
領都に滞在中、毎日通った甲斐があって飯屋の看板娘であるセリアさんとの距離も縮まって、一度だけだけど街を案内してもらうこともできた。
彼女が仕入れ中に若い男数人に絡まれているのを助けたのが切っ掛けなので、彼らには感謝してもしたりない。ゆっくりと養生してくれ。折れた骨は授業料とでも思ってくれていることだろう。
そんな風に充実した休暇を終えて、妙に不機嫌なカルーファさんにビクビクしながら任務に戻った俺たちだったが、それから少しして正式に近衛騎士団の遠征と実地訓練の話が砦に伝えられたらしい。
ボーグ司令官とブルゲスト辺境伯は協議の結果いくつかの条件をつけて受け入れを受諾した。
その条件は、
ひとつ、必要な物資は近衛騎士団側で用意すること
ひとつ、ブランディス砦に到着してからは一切の特別扱いはせず、他の兵士と同じ宿舎で過ごし、同じ訓練を受けること
ひとつ、近衛騎士団は階級にかかわらず第8兵団及びブルゲスト領兵への命令権を持たない
ひとつ、遠征期間中に隣国の侵攻があった場合はボーグ司令官の指揮下に入ること
これらの条件をカシュエス元帥は全て認め、近衛騎士団が来ることが正式に決定したわけだ。
とはいえ、近衛騎士団といえばほぼ貴族家出身の者ばかりで占められていて高位貴族の子息も少なくないし、代々騎士家系って奴も多い。
要するに帝国軍の中のエリート集団。総じてプライドが天元突破してるような連中ばかりだ。
それがこんな辺境の、しかも最前線の砦に来て問題が起こらないはずがない。
「帝国軍近衛騎士団である。開門せよ!!」
先頭の騎士が馬上で大声を張り上げる。
目の前に門兵が居るのにだ。
「先触れがありませんでした。ブランディス砦に来た目的とそれを証明できる命令書を提示願います」
砦の門兵が冷静にそう言うと、騎士は大層気分を害したようだ。
「貴様、我々を誰だと思っているのか!」
「知りません。ですから身分と目的を明らかにする確かな証を提示してくださいと申しています」
高い位置から怒声を浴びせられても門兵はまったく動揺する様子を見せず淡々と応じる。
最前線の砦は奇襲やだまし討ち、陽動、擬態なんでもござれの無法地帯だ。
真っ先に殺される可能性がある門兵は、当たり前だが一般兵であっても肝が据わっている。
「ええい、門兵風情が生意気な! 貴様では話にならん、砦の司令官、第8兵団長を呼べ!」
「身分と目的を明らかにできない方を司令官と会わせることはできません。規則ですから。それがご不満ならどうぞお帰りください」
「貴様! 我等がこんな辺境まで来たのは元帥閣下の命を受けてのこと。通さぬというのなら後でどうなるかわかっているのか!」
「ですから、帝都にお戻りになって元帥閣下に報告なされればよろしいでしょう。軍紀を無視したら開門してもらえませんでした、どうしましょうと」
「ぐぬぅ!」
毅然とした門兵に騎士はそれ以上ゴリ押しができないようだ。
ってか、ぐぬぅとかホントに言うんだ。
「ほら、これで良いだろう!」
さすがに門兵を斬るわけにも帝都へ帰るわけにもいかず、騎士は後方の輜重部隊から命令書を持ってこさせて広げて見せた。
「……確認しました。開門しますが、砦は緊急時以外騎乗したまま門を通過してはいけない規則になっていますので全員馬から下りてください」
「なっ! くっ、総員、下馬して通過せよ!」
不満がありありとわかる態度で馬を下りる騎士団の面々。
そしてようやく大きく開かれた門をくぐって砦の中に入ってくるのを上から見ていると、隊列の真ん中くらいに居たひとりが俺の方を見て軽く手を振った。
「リス、だよなぁ。兜で顔はよくわからなかったけど、本当に来るとはなぁ」
心なしか楽しそうな足取りで門を通っていく親友に、もう一度大きな溜め息をついた。
「あの無礼な門兵の態度はどういうことか!」
俺が司令室に入ると唾を飛ばしながらボーグ司令官に食ってかかる騎士が居た。
よっぽど腹に据えかねたらしいけど、司令官は面倒そうに顔を顰めただけだ。
「どういうことも何も、規則どおりの対応をしただけだ。ここはファンル王国との最前線なのでな。平和な帝都と違ってどんな不測の事態が生じるかもわからない以上、規則は厳格に遵守しなければならない。誰が相手であってもな」
「くっ!」
悔しそうに口を噤む騎士。
司令室に居たのはボーグ司令官とブルゲスト辺境伯、帝都から来た騎士がふたり。こっちは多分大隊長だろう。
今は兜を脱いで、その端正で気位の高そうな顔を露わにしている。名前はよく知らないが、確か侯爵家出身の騎士だって聞いたことがある。
「元帥閣下からの要請は、近衛騎士団を砦の訓練に参加させることと、定常巡回に同行させること、万が一王国からの侵攻があった場合は防備にあたること。期間はひと月。齟齬はないか?」
司令官が確認すると、むっつりと不機嫌そうにしながらふたりの騎士は頷く。
「貴公らが近衛騎士団であることも、高位貴族の縁者であることも、この砦では一切考慮しない。階級もだ。そして、もし途中で帝都に帰るという場合でも引き留めることはしない。よろしいな?」
「……我々が訓練に耐えかねて逃げ出すとでも言うのか? 我等は帝国軍でももっとも厳しい訓練を自らに課している。余計な心配はしないでもらおう。それは我等への侮辱だ」
「ふん! 貴様等は前線にたつ自分たちが帝国を守っているとでも思っているのだろうが、我等こそが帝国と皇帝陛下を守る盾であり矛なのだ。それをすぐに知ることになるだろう」
自信満々な様子の近衛騎士ふたり。
「……近衛騎士団の訓練は第24小隊が指導する」
「ご無沙汰しています。フォーディルト・アル・レスタールです。明日から自分と、自分が指揮する第24小隊の訓練と、巡回任務に参加してもらいます」
司令官と辺境伯を前に、あとついでにプライドとの葛藤に意識を奪われていた騎士達は俺が部屋に入ってきたことにも気付いてなかったのか、辺境伯がこっちを見ながら促して初めて俺がいることを知ったらしい。
が、俺の顔を見てものすごく嫌そうに顔を顰めた。
「レ、レスタール卿、か」
「……そう言えば第8兵団に配属されたと聞いた憶えが」
いや、いくら嫌でも目ぐらいは合わせようよ。
ふたりしてボソボソ会話するのやめてくれない?
たしかに、カシュエス元帥に強引に連れて行かれて何度も近衛騎士団の訓練に参加させられたけどさぁ。
さすがに到着した早々、これ以上司令官に文句を言えなかったのか、ほどなくふたりの騎士は司令室を出て行き、俺も辺境伯たちに一礼して外に出た。
「フォー、来たよ」
建物を出たところで待ち構えていたリスの頭を軽く小突く。
「なんでお前まで来てんだよ。高位貴族の、それも令嬢が顔を出す場所じゃないぞ」
言うまでもなくブランディス砦は最前線の軍事拠点。
1万を超える兵士が常駐しているがそのほとんどは男だ。
厳しい軍紀と高い士気のおかげで、ごく少数の施設管理を担う女性や商隊が連れている女性に馬鹿なことをする奴はほとんど居ないが、それでも女性にとって必ずしも安全とは言えない場所だ。
実際、ブルゲスト辺境伯の遠戚で我が小隊の副官でもあるカルーファですら信頼できる仲間と常に一緒に居てひとりにならない程度の警戒はしているほどだ。
「ふふ、ここに居る間はフォーと一緒に行動するつもりだから大丈夫だよ。それに最低限身を守るくらいはできるつもりだよ」
「ったく、後で同じ部隊の女性を紹介するから、俺かその人と一緒に居るようにしてくれよ」
「……ふ~ん、同じ部隊に女の人が居るんだ。へぇ~」
一瞬、リスの顔が怖かったんだが?
「とにかく、明日からよろしくね」
「ああ。けど、大丈夫か? ここの訓練、かなり厳しいぞ」
「う~ん、元々が甘やかされて弛んだ近衛騎士団の鍛え直し目的だし、仕方ないんじゃない? 僕はフォーの鍛錬に付いていけるように鍛えてるから多分大丈夫、かな」
俺の言葉に、リスは曖昧に微笑みながら答えたけど、ホントに大丈夫かよ。
この時は不安しかなかったんだが、翌日、見事に的中することになった。
「えっと、小隊長、これが近衛騎士って、大丈夫なんですかね」
「こりゃぁ、先が思いやられますな」
カルーファとムルドが目の前の惨状を見て、あきれ果てたといった様子。
無理もない。
近衛騎士団二大隊。
総勢千人がものの見事に全員へたり込んで倒れ込んでいるんだからな。




