第92話 久しぶりの帝都
「はぁ~~!」
朝から掛かってようやく一枚の報告書を書き上げて溜め息をついた。
俺が今居る場所は帝都の中心たる帝城の中にある部屋のひとつ。
まだ学院生だった頃、書類仕事に忙殺される俺に同情? した陛下が優秀な事務官カオさんの仕事部屋として提供してくれた部屋なのだが、カオさんがレスタール領に引っ越した後もレスタール家用としてそのままにしてくれていたらしい。
ありがたいような、そうでもないような。
東部地域の第5兵団長の主導による密輸事件を解決した俺とガーランドたちは、俺の必死の抵抗も虚しく、揃ってグレンザと第3中隊の主立った連中を帝都まで護送してきた。
中隊の分隊長以下はまだ東部の駐屯地に残っていて任務と武器を取りあげられ監視状態になっているが、グレンザは伯爵位の高位貴族だし、中隊長や小隊長も貴族家出身者ということで帝都で正式な審問を受けなければならないからだ。
んで、俺はというと、第8兵団のボーグ司令官とブルゲスト辺境伯からの命令で密輸の調査を行っていたことと、今回の経緯を内政府の裁定省ってところに提出するための書類を書いていたというわけだ。
これが密輸事件の裁定に関わる重要な書類ということで、クソ細かい決まりに沿って決まった形で作らなきゃならない。
何度か係の事務官に確認をしつつ、なんとか書き終えたのだけど……
これで終わりじゃねぇんだよな!
同じ内容を別の書式で軍を統括する元帥府と、これまた規定の書式で議会にも出さなきゃならない。
内容の大部分は同じなのに、書き方が異なるし、それぞれに書かなきゃいけない項目と書いちゃいけない項目があるんで丸写しはできないと。
統一しろや!
「どうりで帝都に事務官が沢山居るはずだよなぁ。いろんな書類を全部一緒にすれば人数半分にできるんじゃね? そうすればうちの領に何人かは来てくれるかもしれんのに」
ぶつくさと愚痴をこぼしながら次の書類を書き始める。
「あっ!? くそ、失敗した! この紙高いのに」
ただでさえ紙ってのはそれなりの値段がするのに、提出用の紙は普通の奴の倍以上する。にもかかわらず一文字も間違えちゃいけないって厳しすぎるだろ。
カオさん、よくこんなの毎回間違えずに書けてるよな。
「フォー、久しぶり!」
暑くもないのに汗だくになりながら書類に悪戦苦闘していると、不意に合図もなしに扉が開かれ、懐かしい顔がひょっこりと覗いてきた。
「リス!? あ、そういえば近衛騎士団に配属されてたんだっけか」
俺と同じく兵役に就いているはずの友人が唐突に訪ねてきたのに驚いたけど、考えてみればリスが配属されたのは近衛騎士団。つまり職場は帝城の中で、この部屋もそこにある。
近衛騎士団なら帝城の人の出入りは常に監視しているから、俺がここに居るのを知っていても不思議じゃないわけだ。
……持ち場を離れて旧友の顔を見に来るのが良いかは知らんが。
「相変わらず騒動に巻き込まれる体質は変わってないみたいだね」
「んな体質あってたまるか! おかげでせっかくもらえたはずのお小遣い付休暇は絶望的だよ」
ニンマリと嫌らしい笑みを浮かべて揶揄ってくる友人を睨みつける。
「あはは、それはお気の毒さま。でも、どうせ審問が終わるまでは証人として待機しなきゃいけないんでしょ。その間は休暇みたいなものじゃないか」
……確かに?
いや、けど、いつ呼び出されるかわからない休暇も嫌だぞ?
「帝都で休暇って言ってもなぁ。別に遊びたいってわけじゃないし、お嫁さんを探すにも帝都なんてそうそう戻って来れないから仲を深めることもできないし」
「……まだ諦めてないんだ」
俺の言葉にリスは呆れたように苦笑を浮かべる。
「諦めるわけないだろ。レスタールに戻るまでまだ1年以上あるんだ。この際下級貴族とか贅沢言わないから、とにかく俺が家に帰るまでになんとしてもお嫁さんを探す!」
「まぁ、フォーらしいか。でも、その前に仕事は終わらせないとね」
俺の前にある書き損じの紙を見てリスが肩をすくめた。
「そうなんだよなぁ。朝から始めてまだ裁定省に出すのしか終わってないんだよ。多分、明日には終わらせられるとは思うけど」
「仕方ないなぁ。裁定省の書類を見せてくれたら議会に出す報告書はボクが手伝ってあげるよ。さすがに元帥府へはフォーが自分で書かなきゃいけないでしょ」
マジで!?
さすが我が親友、話がわかる。
兵団の指令とかもあるからさすがに元帥府への報告は俺が書くとしても、議会のやつくらいなら手伝ってもらっても問題無いだろう。
……ダメなら俺が謝れば良いし。
「よろしくお願いします!」
「あ、一応宰相閣下の許可をもらってあるから怒られる心配はないよ」
持つべきは心優しく頼りになる友人である。
それから1刻(約2時間)ほどで報告書を書き終えることができた。
俺よりリスの方が早く書き終えたことに能力の差を感じたが、まぁ、レスタールの血が足を引っ張ったのだろう。多分。
「じゃあ書き終えた書類を提出しに行こうか。この時間じゃ終わった後に遊びにってわけにいかないから、明日にしよう。ボクも休みだから美味しいものでもご馳走するよ」
「良いのか? なら、ついでにワリスのところにも顔を出しにいこうかな」
ワリスの奴は学院を卒業してから実家の商会に戻ってるはず。
書類をそれぞれの提出先ごとに分け、脇に抱えて部屋を出る。
が、あれ?
リスも付いてくるんだが、なんで?
「元帥府にも行くでしょ? 実はボクも呼ばれてるんだよね。フォーが書類を提出する時に一緒に来いって。カシュエス元帥閣下から」
なにやら不穏な言葉がリスの口から飛び出たぞ。
今度はなにを押しつけるつもりだ? あのオッサン。
嫌な予感がヒシヒシとしてきたんだが、リスはニヤニヤ笑って用件を教えてくれない。
絶対コイツが絡んでるな、これ。
不安な気持ちを押し殺しつつ裁定省と議会の書記官に報告書を提出。
元帥府の文官にも書類を手渡して建物を出ようとしたところでリスに襟首を掴まれた。
「往生際悪いよ。この場を逃げてもどうせすぐにまた呼び出されるだけだから」
わかってるよ!
渋々そのままリスに引っ張られて元帥府の奥に。
無駄に広い通路の突き当たりまで歩いて、リスが扉を叩く。
「リスランテ・ミーレ・フォルス、フォーディルト・アル・レスタールを連れてきました」
『入れ!』
扉の向こうから聞きたくない野太い返事がある。
俺は大きく息を吐き、扉を開いて中に入った。
「久しいな、フォーディルト。着任からまだ一年も経っていないが色々と活躍しているようじゃないか」
「……ご無沙汰しております、元帥閣下。噂には尾ヒレが着くものです。話半分に聞いていただければと思います」
豪奢なデスクにふんぞり返ったこの御仁が、我がアグランド帝国軍の最高位である元帥という地位を与えられたカシュエス伯爵だ。
俺の初陣となったプリケスク王国への救援の時から何かと俺を目に掛け、というと聞こえは良いが、厄介ごとを押しつけてくる要注意人物である。
「相変わらずガリスライに似ず形式張った物言いをしやがる。まぁ良い」
元帥はそう言うと、表情を真面目なものにして俺を見やる。
「知っての通り、長く覇権を唱える帝国の軍は精強なのは貴公も認めるところだろう。レスタールの狩人と比べなければ、だがな」
返答に困るような言い方をしないでくれ。
「だが、それだけにもう百年以上この帝都が脅かされるような事態に陥ることなく、帝都とその周辺は平和を謳歌しているわけだ」
「そりゃそうです。じゃないと困りますよ」
俺が思わず突っ込むと、元帥はニヤリと口元を歪める。
「そのせいか、どうにも最近の近衛騎士団の惰弱さが目に余るようになってきてなぁ」
あ~、嫌な予感が加速していく。
「ここいらで前線の過酷さと緊張感を経験させてやろうと思って、一月ばかりブランディス砦に近衛騎士団二個大隊を演習名目で派遣することにした」
「……本気、ですか?」
「まぁ、色々と準備があるから出発は二月後、霜の月(日本の11月頃に相当)になるだろうが、遠慮なしにしごいてやってくれ」
特大の厄介ごとを押しつけてきやがった。




