第90話 帝国貴族の忠義
俺たち第24小隊と、駐屯地の第5兵団が対峙するその場に割って入ったガーランドに困惑する。
ってか、周辺に分散している兵団の説得に回ってるはずのガーランドがなんでここに戻ってきてるんだか。
「おいガーランド、日和見連中の説得はどうしたんだよ」
俺が訊ねると、奴はこっちをチラリと見ただけで説明しようともせずに兵団の方に顔を向けた。
「グレンザ兵団長、武装を解除してください。帝国法の規定に則り、第5兵団の指揮権は一時的にハクシラス伯爵が預かることになります。すでに第1大隊から第4大隊までの各大隊長及び第3中隊と現在駐屯地周辺を担当する第9、第12中隊を除く各中隊長の同意は得ていますので」
「な、なんだと!?」
ガーランドの言葉にあっちの兵団長が驚愕の声を上げる。
……いつの間に? ってか、早過ぎん?
俺がガーランドと別れてまだ一刻(約2時間)も経ってない。
最前線にあるブランディス砦は分散配置すると危険なので第8兵団の拠点は砦一ヶ所だけだが、第5兵団の担当地域は広く、いくつかの拠点を設けてそこに滞在している。
ぐるっと全部回ると馬でも1日じゃ回りきれないはずなんだが。
「馬鹿な! 貴様が任務を離れたのは今日になってからのはずだ。そんな根回しができるはずがない!」
ごもっとも。
となると、前から兵団長を告発する準備をしてたってことになるけど、ガーランド以外で。
「私が頼みました。大隊長も中隊長も以前より東部の状況を憂いておられましたので、皇帝陛下の臣としての務めを果たすと言ってくださいましたよ」
疑問に答えてくれたのはガーランドの後ろでフードをかぶっていた男だった。
「ハクシラス、貴様!」
紹介ありがとう。
ハクシラス伯爵って、帝国東部のルメンリラを中心とした一帯を領地に持つ貴族で、町に隣接するこの第5兵団駐屯地周辺もその一部だったはず。
砦で聞いた話だと生真面目だが凡庸で優柔不断、難しい領地を預かるには器量不足という散々な評価だとか。
ただ、北部国境の不穏が長く続いているせいで近隣国からの難民が押し寄せていて、所持できる戦力に制限のある伯爵領では治安維持すら難しいだろうと、ブルゲスト辺境伯は同情していた。
実際、現伯爵になってから帝都を訪れることも少なく、貴族にとって重要であるはずの社交界にも滅多に顔を出せないほど領地を離れられないらしい。
俺からすれば、治安維持を兵団任せにしているにしても、交易で栄える街に大量の難民が押し寄せていても破綻せずに運営できてるんだから凄いと思うんだけどな。
んで、ガーランドが帝都の議会だか元帥府だかに持ち込もうとしていた兵団の密輸斡旋の証拠の大部分もハクシラス伯爵が調べたものだとか。
……本気でうちの親父と交換してくれないかな。
難民問題はとりあえず親父なら兵団に頼らなくても全員ぶん殴ってなんとかするだろうし、交易都市なら優秀な文官も沢山居るはずだから領主として役立たずでもなんとかなると思う。
逆にうちは事務処理能力に長けた優秀な人が領地を運営してくれれば楽になるんだが。
ダメかな? ダメだろうなぁ、はぁ。
「グレンザ兵団長及びゾグレブト副兵団長、帝国法に基づき貴殿等を拘束します。申し開きは後日帝都での審問にて行っていただきます」
「先程、領兵が早馬で各大隊に応援を要請しましたのでほどなくこちらに部隊が向かってくるでしょう。たとえ我々を殺しても逃れるすべはありません」
おっと、馬鹿なことを考えているうちに話が進んでしまってた。
相変わらず理路整然に投降を迫るガーランドと、さらに追い打ちを掛けるハクシラス伯爵。
今ここに居る第5兵団の兵士が、仮に全員グレンザに従うとして数は多分1000人くらいか?
俺の投降勧告を無視しようとした連中も、数に任せて押し切れば、中央の部隊が駆けつけるまでには十分逃げられると思っていたはずだ。
ところが、同じ第5兵団の別部隊が捕縛側に回るとなるとそうはいかない。
近隣なので足の遅い補給部隊抜きで騎兵だけなら半日もせずに駐屯地まで戻って来られるだろうし、数の上でも圧倒的に不利だ。
けど、こういう連中って諦めが悪いんだよなぁ。
「黙れ! 上官に逆らう裏切り者の言葉など誰が聞くか! おいっ! 貴様等も捕まれば同罪なのだぞ。だがここを切り抜ければファンル王国に亡命できる!」
やっぱりなぁ。
にしても、密輸先のファンル王国とは、とことん帝国に弓引くつもりらしい。まぁ、国を平気で裏切るような連中を厚遇するとは思えないけどな。
捕まれば同罪、って言葉が効いたのか、困惑顔だったグレンザの部下たち、多分子飼いだって言ってた第3中隊が剣を抜く。
「チッ! 愚かな」
「まぁ、悪いことをする奴なんてそんなもんだって。とりあえずこっから先は俺たちに任せろ」
ガーランドが連れているのが部下の1分隊だけなので下がって伯爵を守るように言うと、それを聞いたコイツはムッとした顔で首を振った。
「本来、これは第5兵団内部で処理しなければならない問題だ。帝国貴族として貴様が戦うの止めんが、私が貴様の命令に従う義理はない」
「はぁ? テメェらだけで全員捕縛できるわけないだろ。無駄に怪我人出したくなかったら引っ込んでろ」
「…………」
「…………」
あちらさんがヤル気になってるのそっちのけでしばし睨み合うおれとガーランド。
そもそも俺たちは任務でここまで来たんだ。
牽制目的とはいえ、明確な背信行為が発覚した以上ガーランド任せってわけにはいかない。それに、ガーランドの技量は俺も知っているし、一般兵相手なら多少の人数差は覆せるだけの力はある。コイツが鍛えてるだろう部下たちもそれなりに強いのはわかってる。
が、それでも分隊規模で中隊を相手に戦うのは無茶を通り越して無謀なだけだ。
まさかとは思うが、俺への対抗心で暴走してるんじゃないだろうか。
「……言葉が過ぎた。確かに我等だけでは全員を捕縛することはできん。改めて第8兵団24小隊に要請する。第5兵団第3中隊の謀反の鎮圧に助力を求めたい。兵士は可能な限り捕縛してくれ。我々はグレンザ兵団長とゾグレブト副兵団長の捕縛を最優先とする」
「手柄は譲らないってか?」
俺が突っ込むとガーランドは表情を変えることなく首を振った。
「そんなことは考えていないし、別に書類上の名前は貴様で構わん。だが、そうだな、貴様の流儀で言うなら、獲物に矢を打ち込んだのはこちらが先だ。肉でも骨でも好きにすればいいが、仕留めるのはこちらに任せてもらおう」
「……ったく、相変わらず面倒くせぇ奴。けどまぁ、そこまで言うならきっちり仕留めろよ。最後の最後で噛みつかれたら大笑いしてやる」
「ふん。そんな機会が訪れることはない」
ガーランドはそう言い捨てると、部下たちに合図を送る。
「んじゃ、俺たちも動きますか、って、うわっ!」
ビックリした。
後ろを振り返ったら、いつの間にかすぐ近くにハクシラス伯爵が立っていた。
ガーランドのせいですっかり忘れてた。




