第88話 裏切り者はだれだ
なんだかよくわからないが、帝国軍っぽい連中同士がなにやら剣呑な様子で衝突しそうになっているのを見てとりあえず割って入ることにしたんだが。
ちょっと目測を誤った、というか、俺の指示を曲解したらしいバスクが片方の先頭に居た騎士を馬ごと吹っ飛ばしてしまった。
10リード(約8m)くらいゴロゴロと転がってたけど、あ、騎士も馬も起き上がった。大丈夫そうだ。
「なんか、面倒なことになってんなぁ」
事情は知らんが、思わずそんなふうに呟くと、聞き覚えのある、あんまり嬉しくない声が聞こえてきた。
「フォーディルト、貴様がなぜここに居る!」
……ガーランドかよ。
コイツが何かやらかすとは思えないから、察するに相手側に問題があるんだろうが。
目が合うと向こうは滅茶苦茶嫌そうに顔を顰めるが、多分俺も似たようなもんだろう。
「随分と物騒な状況っぽいけど、何があっ……」
「なんだ貴様! 邪魔をするな!」
ガーランドに状況を聞こうとしたら、俺、いや、バスクが跳ね飛ばした騎士が立ち上がって怒鳴ってきた。
ってか、邪魔するに決まってんだろ。帝国兵同士が争ってたら。
俺の後に続いてきたうちの小隊の連中も、両者の間に割り込んで双方を引き離している。
「第8兵団24小隊、小隊長のフォーディルト・アル・レスタールだ。ブランディス砦司令官ボーグ兵団長及びブルゲスト辺境伯閣下の命によりハクシラス伯爵領の調査に来た。状況を説明せよ!」
面倒だが、権威主義の連中にも理解できるようにあえて居丈高に声を張り上げてやる。
「なっ!? 第8兵団とブルゲスト辺境伯だと? それに、レスタール、魔人卿がなぜ」
もう一回吹っ飛ばしてやろうかコイツ。
「……第5兵団に所属するプルバット分隊長が兵団長の命じた任務を放棄して持ち場を離れたため連れ戻すための行動です」
男は困惑した様子だったが、俺の視線に目を伏せながらそんな言葉を返してきた。
「って、こっちは言ってるけど、ガーランドの言い分は?」
内心で聞くまでもないだろうなとは思いつつ、形式的に水を向ける。
この融通のまったく利かないクソ真面目が軍服着てるような男が理由も法的根拠もなく軍紀を破るわけがない。
「ゼシラス伯爵としての公務だ。第5兵団に組織的な背信行為が疑われる事案があり、帝都の元帥府及び法政府に報告するため已む無く任地を離れた」
よどみなく、一片の後ろめたさも感じさせることなく堂々とした態度のガーランドに頷いてみせる。
「この場は俺が預かる。双方剣を収めろ。そっち……」
「第5兵団第7小隊だ」
「あっそ、そっちの小隊は事の次第を兵団長にでも伝えるように。で、ガーランドはひとまず俺と来てもらおう」
ガーランドと争っていた方の所属がわからないので言葉に詰まると、ガーランドの奴が偉そうに補足する。
で、続けて俺が言った言葉に、第7小隊の男は納得いかなかったようだ。
「ま、待たれよ! これはあくまで第5兵団内部のこと。いかに同格の兵団長から任務を与えられているとはいえ部外者に裁定する権利などない!」
「辺境伯には国境守護に関わる事項の専決権が認められている。そして俺もまたレスタール辺境伯の後継者としての代理権がある。今回のプルバット卿、いや、ゼシラス伯爵殿の主張は国境守護に影響する事柄だと判断する。ブルゲスト辺境伯及びレスタール辺境伯二家の決定に異があるのなら帝都の議会か皇帝陛下に直接申し立てればいい」
帝国の国境、特に敵対国やうちみたいな難しい地域を守る辺境伯は、有事の際に中央の決定を待っていては手遅れとなるため広範な権限が認められている。
もちろん事後に議会と皇帝陛下に報告して承認を得る義務はあるが、辺境伯が国境守護に関わると判断した決定には全ての兵団と騎士団は従う義務があるのだ。
まぁ、いろんな軋轢を抱えることになるし、中央に異議を申し立てれば監察官が派遣されて事情を説明しなきゃいけないので滅多にやらないけどな。
ともあれ、さすがに小隊長? の権限で俺の言葉を無視することはできないし、ゴリ押ししようにも今や数の上でも劣勢の状況ではどうにもならない。
「やむを得ん。だが、このことは兵団長閣下に報告させてもらう」
「どうぞ。というか、後でこっちから話を聞きに行くと思うから、そう伝えておいてくれ」
俺がそう返すと、ことさらに憤懣やるかたない様子で男は部隊を率いて戻っていった。
「帰しても良いんですか? 一時的に拘束して調べた方が」
副官のカルーファさんが耳を寄せてそう言ってきたけど、俺は首を振る。
「どうせ大したこと知らないだろうし時間と手間の無駄だよ。それより……」
俺は改めてガーランドに向き直る。
「……まさか貴様とこんなところで遭うことになるとはな」
「そりゃこっちの台詞だっての。そもそもなんでこんな東部の兵団に居るんだよ。帝都周辺の部隊じゃなかったのか?」
「貴様には関係ないことだ」
「あん? 助けてもらっといてその態度かよ」
「頼んでもいないことで恩を売ったつもりか」
俺とガーランドが睨み合う。
「……まぁ良いや。とにかく話を聞かせてもらうぞ」
「その前に、貴様が任地を離れて東部に来た理由が知りたい。司令官と辺境伯殿の命令と言っていたな」
双方の部下たちにやんわりと窘められ、とりあえず街道から少し離れた場所に移動して互いの事情を話すことになった。
「ひと月ほど前に、帝国の東から国境の向こう、ファンル王国側を通って荷を運んでいた商人が捕まったんだよ」
俺は少し前のことを話し始めた。
「貴公の部隊には東部に調査に赴いてもらいたい」
その日も哨戒任務の後、のんびりと(小隊の連中はヘロヘロになってたが)鍛錬していたらボーグ司令官から呼び出されたので司令室に出頭すると、そこに居たのは司令官とブルゲスト辺境伯のふたり。
そして促された椅子に座るなりそんなことを言われて面食らう。
「東部、ですか? そこは確か難民が多くて治安が悪いので第5兵団が駐屯していると聞いていますが」
疑問を口にすると、ボーグ司令官が頷いた。
良かった、うろ覚えの知識が合っていたらしい。
でもなんでだ?
必要があればそっちの兵団に調べさせれば良いと思うんだが。
「先日、国境の北、街道も無い荒野を5台の荷車でファンル王国に向かう怪しい商隊を捕らえたという話は聞いているか?」
「ええ、まぁ。通達にありましたし、兵士の噂話程度には」
建前上は帝国とファンル王国に国交は無く、通商も認められていない。
それでもあの国は鉱物や毛織物など帝国では高額で取引される物産がいくつもあるので利に敏い商人が小規模な交易をしていたりするらしい。
帝国から持ち込まれるのは主に麦や塩などの食料品で、一応敵国ということで公には認められていないがある程度は目こぼしされているのが実情だとか。
もっとも、その場合でも紛争地帯であるブランディス砦周辺は避けて西側の森に沿って北に抜けて、荒野を進んで運んでいるという話は聞いたことがある。
「密輸の商隊を捕まえることはそこまで珍しくないのだが、今回はその積荷が問題だ」
普通はファンル王国への密輸が見つかっても積荷の没収と罰金程度で済ませることが多く、稀に違法な薬や毒性のある鉱物を運んで重罪になる場合がある。
「えっと、積荷はなんだったんですか?」
「鉄だ。製錬された鉄塊を1500ケルド(約1.5トン)ほど運んでいた」
ボーグ司令官はチラリと隣のブルゲスト辺境伯に目をやってから言った。
なるほど。
そりゃあ問題になるか。
鉄は様々な物に使われる重要な金属で、その生産は帝国の重要な産業だ。
そして当然、武器を作るのに欠かせない鉄を敵国に売り渡す行為は重大な利敵行為であり、見つかれば処刑は間違いないほどの重罪だ。
鉄の原料となる砂鉄や鉱石はそこまで珍しくなく、もちろんファンル王国でも産出されている。
けど、実際に砂鉄や鉱石を鉄に精製するためには大量の木炭が必要で、精製された鉄の加工よりもはるかに多くの燃料を消費するのだが、温暖な地域が多く、広大な領土に多くの森林地帯を抱える帝国と違い、大陸北部では厳しい気候もあって木材が不足気味だという。
ということは鉄の価値は帝国よりもファンル王国の方がずっと高いのだろう。
それに、製錬された鉄塊は領主や行政官に届け出た上で各地の鍛冶組合から直接鍛冶士の工房に卸されるので普通の商人が大量に買い付けることはできないって学院で習った。
「荷を運んでいた商人を尋問した結果、東部で仲介人に鉄の交易を持ちかけられたそうだ」
「一介の商人がそれだけの鉄を用意できるはずがない。高位の行政官の許可か、正規以外の経路で流入したものだろう。そして、それを治安維持を担う兵団が把握していないとは思えん」
ボーグ司令官、それにブルゲスト辺境伯が言葉を加える。
「つまり、東部地域の領主か東部を管轄する兵団が鉄の密輸を主導している?」
少し考えつつ、あんまり嬉しくない推測を口にすると、ふたりが揃って難しい顔で頷いた。
「一応、内政府と法政府に特別監察官の派遣を要請するが、それに先だって貴公の小隊に東部地域の調査を頼みたい」
「内密に、ですか?」
「いや、第8兵団とブルゲスト辺境伯の指示であると明らかにして構わない。堂々と第5兵団の管轄に入って揺さぶりを掛ける。その上で、貴公にはその卓越した調査能力を駆使して詳細を掴んで欲しい」
「……一個小隊で?」
「「うむ」」
うむ、じゃねぇよ!
「さすがに公式な任務で派遣された部隊に直接危害を加えることはないだろう。野盗に扮した小部隊や暗殺程度なら貴公と、貴公に鍛えられている部下ならどうとでもなるだろう?」
なんで無駄に評価が高いんだ?
「今の状況であまり砦やブルゲスト領の兵を割くわけにはいかない。それに、多少の牽制になればそれで良い。本来は中央の仕事だからな」
つまり、俺たちが餌になって何か動きを見せるなら決定的な証拠になるし、見せないならそれで牽制と時間稼ぎになると。そういうことか。
「……代わりに、任務を終えて帰投したらひと月の休暇を与える」
「特別手当、とかは?」
「……良かろう。砦の予算ではなく我が領の予算から手当を出す。ひと月十分に楽しむには十分なものを」
「早急に準備して東部に向かいます!」
「ってことだ」
俺が事情を話すと、ガーランドは呆れと苛立ちが混ざったような冷たい目を向けてきた。
「相変わらず不真面目な。貴様に帝国貴族の誇りはないのか」
「うっせぇな、任務をちゃんとこなしてるんだから放っとけよ。こっちの事情は話したぞ。今度はガーランドの話を聞かせろ」
いつものように突っ掛かってくるのを無視して、向こうの話を聞くことにする。




