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嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~  作者: 月夜乃 古狸
軍務編

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第85話 不穏の影

Side ???


「面倒なお人が来たと聞きましたが」

「ふん、突然呼び出したと思えばそんなことか」

 帝国東部の街ルメンリラの歓楽街。

 その中心近くにある豪奢な建物の一室で待っていた男の言葉に、第5兵団副兵団長のゾグレブトが皮肉気に口元を歪めた。


「なんでも中央の高位貴族のご子息だとか。随分と仕事熱心なご様子で、赴任早々から犯罪者の捕縛や違法売買の摘発など大活躍されているようですね」

 男の言葉に含まれた棘を察してもゾグレブトの表情は変わらない。

「最初だけだ。一分隊ごときがどれほど動き回ろうができることなどなにもない。せいぜい小さな手柄をたてて悦に浸らせておけばいい。功名心だけは立派な甘やかされた小僧などすぐに現実を知って逃げ帰るだろう」

 

「そうであれば良いのですがね。ですが、あまり嗅ぎ回られるのは閣下たちにとってもよろしくないのでは? なにしろ生真面目な人間というのは融通が利きませんから。中央に伝手があるというのも厄介ですし」

「その程度のことは承知している。奴らの行動は常に監視させているし、ハクシラス伯爵が我々の意向に逆らうことはないから問題ない」

「ですが、あまり好き勝手に動かれると下の者が暴発しないとも限りませんよ。高位貴族のご子息の安全は保証できなくなりますね」

「……しかたあるまい。わざわざ自分から危険な場所に首を突っ込んできたのだからな。部下は全滅、本人は重い怪我あたりが理想だろう。まぁ、やり過ぎた場合でも末端組織の首でもあれば中央も納得するだろう」


 ゾグレブトが少し考える素振りをみせてからそう返すと、男はニヤリと笑みを浮かべた。



Side ガーランド


 ドガッ!

「ぎゃっ!」

 横をすり抜けようとした男のコメカミにガーランドの拳が突き刺さり、一瞬で意識を朦朧とさせて倒れ込んだのを部下がすかさず押さえ込んで縛り上げる。


「あ、ありがとうございます騎士様」

 男が倒れた拍子に投げ出された大きな麻袋を持ち上げ、それがもともと置いてあった店の主人らしき男に手渡すと、男は恐縮した面持ちで頭を下げた。

「袋の口から少し零れてしまったようだ。代金は88分隊に請求してくれ」

「い、いえいえ、とんでもありません!」

 ガーランドの言葉に主人が慌てて首を振る。

 商品を取り返してもらった上にわずかに零れた程度の麦を請求など、彼にしてみれば恐ろしくてできるわけもない。


 ガーランドたちが街を警邏中、目の前で商店から麦袋をひったくって逃げようとした男に出くわしたのを捕縛したわけだが、これは偶然というわけではない。

 というのも、ひったくりや強奪などこの街では頻繁に起こっていて、それを目撃することなど珍しくもないのだ。

 ガーランドたちだけでなく、待ちを含めた東部地域の治安を担う第5兵団が警邏を行いその都度取り締まっているが一向に減ることがないらしい。


「災難だったな。だが、こうまで値が高くては麦すら買えぬ者も多いだろうな」

「は、はぁ、ですが、私どもも仕入れが高騰していまして。それに今日のように盗まれることも少なくありません」

 だから生活するためには値を下げられないと店主は言う。

 実際、売られている麦袋はひとつ10ケルド(約10kg)で2000ミール、大銅貨10枚もする。物価が高いと言われる帝都の2倍近い価格だ。

 平均的な収入があってもこれでは生活は苦しいだろうということは庶民の生活水準を机上でしか学んでいないガーランドでもわかる。


 価格が高いのは麦に限らず、他の食品や生活必需品にも及び、難民の流入によって近隣の農村も被害に遭っていて食料の大部分は他領からの買い付けで賄うしかなく、それすらも頻繁に盗難に遭えば価格を上げざるを得ない。

 物価の高騰が治安の悪化を加速し、それがさらに経済を破壊するという悪循環だ。

 実際、正規の領民で定職を持っていながらも生活苦によって犯罪行為に手を染める者も後を絶たないという。

 このような状況ではいくら兵団が治安を維持しようにも限界があるだろう。




 その日の任務を終え、ガーランドは与えられた執務室で部下たちからの報告を受ける。

 新任の分隊長に過ぎない彼に部屋が与えられているのは侯爵家の子息だからというだけではない。

「今日の捕縛は窃盗が3件、強盗が2件、殺人未遂が2件、捕縛者は11名か」

 ガーランドは部下をみっつの班に分け、ひとつを自分が率いてルメンリラの街中を、ふたつに貧民街と街周辺の街道を巡回させている。

「街道では数人の男が商人を狙っていたようですが我々の姿を見て逃げ去りました。申し訳ありません」

「構わない。相手の人数も構成もわからず深追いするわけにいかないからな」


 ガーランドは副官のベルジットの謝罪に首を振る。

「だが、聞いていた以上に治安が悪いな。これではきりがない」 

 捕縛された罪人は帝国の法規定では程度に応じて死罪や鞭打ち、鉱山送りなどの罰が与えられることになっているが、東部地域ではその数があまりに多くロクに処罰されずに解放されることが少なくないという。

 だからこそ街を案内された際に即座に切り捨てるようにと教えられたのだが、法を遵守することにこだわるガーランドはできる限り捕縛することにしている。


「……おそらく今回もすぐに解放されますよ。このままでは」

 ベルジットが懸念の言葉を言おうとするのをガーランドは片手を挙げて制止する。

 彼が言おうとしたことはガーランドも十分に理解している。

 多すぎる犯罪に領主の対応が追いついておらず、捕縛したところで留め置ける場所も無いためそのまま釈放されてしまっては犯罪が減るはずもない。

 むしろそのせいで仕事(違法行為)の邪魔をされた連中からの恨みをガーランドたちが受けることになる。


「犯罪を行った者であろうと無闇に処断するのは法によって禁じられている。それは裁定所の職責であり、やむを得ない場合以外に行使することはできん」

「やはり、第5兵団は信用できませんか」

「煙たがられているのは間違いないな。なにも排除する口実を与える必要はないだろう」

 ガーランドが無意味だと知りながらも犯罪者を切り捨てるのではなく捕縛しているのは、単に彼が頑なに法を守る堅物だから、というわけではなく、越権行為を糾弾されるのを防ぐためだ。


「だが、こうして警邏するばかりでは埒があかないのも事実。それに気になることもある」

「気になること、ですか?」

 ベルジットが聞き返すと、ガーランドは小さく頷いてから声を潜めた。

「以前から問題を指摘されていたが、それでもルメンリラは交易の街だ。海路でも陸路でも毎日膨大な荷が運び込まれている。にもかかわらず街では常に物資が不足し、物価が高騰し続けている」

 これは赴任して数日、ガーランド自身が街の住民に聞き取り、また、数多くの商船や商隊を見たことで確信している。


 ルメンリラの人口は4万人ほどで、難民や他領からの流入を含めて10万人にものぼるのだが、運び込まれる荷の量はそれらの需要を十分に満たしているように思えた。にもかかわらず物価は高騰し続けているという。

 普通は物資が不足することで物価は上がる。逆に豊富にあれば下がるはずなのだが現実にはそうなっていない。

 かといって、商店の中を見てもそれほど過剰に抱え込んでいるわけでもなさそうだった。


「……やはり元帥閣下の懸念は」

「決めつけるのは早計すぎるがな。少なくとも物資がどこで止まっているのか、それとも他の場所に流れているのかを調べる必要がある。その上で、何らかの嫌疑があるのであれば法政府に特別監察官の派遣を要請する」

「ですがルメンリラにも監察官がいるはず。それに、兵団長の頭越しにすると問題になりませんか?」

「我々は指揮官の命令に従う武官であるより先に皇帝陛下の臣であり帝国の法と秩序を守る責任を負っている。それが貴族として生まれた者の責務だ」


「はぁ~、まったく融通の利かない上司に仕えるというのは苦労しますね」

 あくまで真面目くさったガーランドの表情をジッと見てから、苦笑気味に溜め息をついてみせるベルジット。

「性分なのでな。私についてきたのを後悔するか?」

「まさか。とても仕え甲斐のある方だと思っていますよ。心からね。他の者たちも同じ意見でしょう」

 どこか軽い口調でベルジットが返すと、ようやくガーランドは口元を綻ばせた。

 


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