第84話 歪みの街
Side ガーランド・タイフ・プルバット
「ガーランド・タイフ・プルバット以下15名、本日着任いたしました」
帝国東部地域の治安維持を担当する第5兵団。
ハクシラス伯爵領の領都であるルメンリラの郊外に駐屯地を構え、東部地域全体の治安維持を担っている帝国軍部隊だ。
ただ、北方の情勢が怪しくなるにつれ難民が流れ込んで来るようになり、東部地域全体の治安は悪くなっているらしい。
「名門プルバット侯爵家の令息か。近々伯爵となることが決まっているというのに酔狂なことだ」
兵団長のグレンザが皮肉っぽく口元を歪めながら返した。
明らかにガーランドたちの着任を歓迎していない態度だ。
「ご苦労だった。だが、貴公の家や爵位がどうあれ自ら志願してこちらに配属された以上、扱いは他の者と同じだ。中央と同じように配慮してもらえるとは思わないように」
副兵団長のゾグレブトが神経質そうな目で睨めつけながらそう言うと、ガーランドはわずかに片眉を上げながらも敬礼を返す。
「承知しております。新参者ですが、なにとぞご指導願います」
「指導か。そんな甘い考えでは困るな。まぁ良い。知ってのとおり治安の悪い地域だ、精々身の安全には気をつけることだな」
「貴公及び同行した者達は新設する第88分隊として配置する。明日はルメンリラの街とその周辺を案内させるから二の鐘が鳴る前に修練場まで来るように。……下がれ」
「はい」
一通りの挨拶が終わるとゾグレブトがぞんざいに手を振り、ガーランドは一礼して司令部の部屋を後にする。
「……ずいぶんな態度でしたね」
ガーランドの副官を務めるベルジットが憤慨した様子で吐き捨てる。
「そう言うな。突然中央に太いパイプがある高位貴族の縁者が配属されてきたのだ。弱みを見せられないと警戒しているのだろう。それに、まだ叙爵していないとはいえ同じ爵位の若造を面白く思っていないのかもしれん」
「だからといって!」
「任務に支障がなければ構わん。実際経験不足の新兵なのは確かだからな。態度は実績によって改めさせれば良い」
兵役期間のガーランドと違ってベルジットは正規の騎士であり年齢も上だ。
だが、彼は元々プルバット侯爵家の分家出身でガーランドとは帝国軍に入る前からの知人であり、ガーランドの実直で芯の強いところを尊敬すらしているらしく、副官という立場も自分で望んで勤めている。
それだけにたとえ兵団において最高位の司令官と副兵団長といえど厳格に身分制度のある帝国で名門プルバット侯爵家の令息であり、兵役を終えればプルバット家が権利を有する伯爵位を陞爵することが確実なガーランドへの無礼な態度は看過しがたいものがあったのだ。
だがガーランドに取ってはそれは気にするほどのことではないらしい。
「それよりも、明日からの任務のことだ。話には聞いていたが、東部地域の治安は相当悪いようだ。我々も十分に気をつけねばならない」
「承知してます」
ガーランドの言葉にベルジットは表情を改めて頷いた。
ガーランドの転属願には軍上部もかなり頭を悩ませたようだ。
プルバット侯爵家といえば歴史ある名家でその実直さと武勲によって歴代の皇帝から厚い信頼を得ていて、軍部への影響力も強い。
そんな高位貴族の令息となれば嫡男ではないとはいえ軽く扱えるような存在ではない。
ちなみに、侯爵位以上の高位貴族には爵位の推薦権の割り当てがあり、事実上分家や家臣に爵位を与えることができる。
割り当ては歴史や帝国への貢献などを考慮して時の皇帝によって与えられることになっているが、いくつかは親族のために保持していることが多い。ガーランドが受け継ぐ予定になっている伯爵位もそのひとつだ。
結局、ガーランドの強い要望と、武威を重んじるプルバット侯爵家の口添えによって北部とは別の意味で前線と言える東部に転属が決まったわけだが、さすがにひとりで危険地帯に放り込むことまではできず、規定どおりの分隊長の軍階級と15名の部下を直属として連れて行くことになった。もちろん、全員がプルバット家所縁の者でガーランドに忠実かつ実力の高い者たちだ。
尚、この者たちの人事権は兵団長でも勝手にすることができないようになっている。完全にガーランドのみの部下だ。
翌日、ゾグレブトの命令を受けた第5兵団の兵士数人の案内でルメンリラの街の巡回を始める。
さすがに全員が一緒に移動するには人数が多いので5名ずつ3班に分かれての行動だ。
「随分と活気があるようですね」
「はい、まぁ。元々交易で栄えている街ですので活気はあるんです。ただ、それは中心街に限ったことで、外縁部や裏路地は我々兵士でも単独で行動するのは危険なほど治安が悪いのが実情です」
兵団長たちの態度から心配していたものの、案内役の兵士はガーランドたちに礼儀正しく、気さくな態度で接してきたのでガーランドも内心で息を吐いた。
「兵団でも手を焼くほどとは」
「この地域は帝国に併呑されてそれほど経っていないこともあって領主に許された兵力が少ないんです。だから以前からあまり治安は良くなかったんですが、ここ最近は他国からの難民が入ってくるようになって」
「難民の数はどのくらいですか?」
「ルメンリラの街は公式には人口4万前後ですが、貧民街や外縁の非正規住人を含めると今は10万を超えています」
兵士の説明を聞いてガーランドの眉間に深い皺が寄る。
正規の、つまり税を払っている住人よりも多い数の非正規住人。
そのほとんどはロクに職に就くことができず、生きていくために犯罪行為に手を染めざるを得ない。そんな状態では治安が悪くなるのは当然のことだろう。
「領主の、確かハクシラス伯爵だったか、対策はしておられないのだろうか」
「定期的な炊き出しと、街道や港湾整備の人足を雇ったりはしているようですが解決できるほどでは」
「兵団としてはどう対応されているのでしょうか」
ガーランドの問いに、兵士は目を伏せて言い辛そうに口を開く。
「兵団は問題が起こった時に対応する形です。その、難民や貧民対策は領主の仕事だから軍が口出しするべきではないと」
「……そうか、だが」
兵士も内心で思うところがあるのだろう。
だが一応は兵団の方針も筋は通っている。
兵団はあくまで帝国の国軍であり、治安維持と外敵への対処が任務だ。
皇帝陛下の勅命もなく貴族の治める領地へ干渉することは緊急事態を除いて認められないのは当然のことだ。そうでなければ貴族たちの反感を招いて帝国の統治体制が揺らぎかねない。
とはいえ、東部地域の治安悪化は深刻で、兵団によってなんとか保たれている現状、領主のハクシラス伯爵は兵団の方針や要請には対応せざるを得ない。
加えて、問題が起きてからの対処だけでなく、混乱を未然に防ぐことも兵団に求められる任務という見方もできるのだ。
場当たり的な対応では兵士自身の危険も高まるし、臣民である住人からは絶えず陳情が兵団にも寄せられている。
巡回中に助けを求められることも少なくないのだろう。
兵士の表情には苦いものが含まれているようだ。
「だ、だれか! 強盗だ、ギャアッ!」
ガーランドが思わず足を止めて言葉を失っていると、突如として通りの先から叫び声が響いた。
「チッ! プルバット分隊長殿、手を貸してもらえますか」
「無論だ」
案内の兵士が腰に佩いた剣に手を伸ばしながら訊ね、ガーランドはすぐに了承する。
同行している部下たちもすぐに通りを塞ぐように広がって剣に手を掛ける。
通りを行き交っていた人々は巻き添えを恐れて慌てて道を空けるように両側に並ぶ建物そばまで移動していく。
そして視界が開けた向こう側から短剣や手斧を持った数人の男たちが走ってくるのが見えた。先頭の男の持つ短剣の切っ先は血で塗れている。
「退け退けぇ!」
「邪魔すんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ!」
「プルバット分隊長殿、捕縛ではなく切り捨ててください」
「っ! ……承知した。聞こえたな」
『応っ!』
兵士の指示に、ガーランドは驚いたように声を詰まらせるも、一瞬の躊躇いの後に頷く。そして部下たちに同じ命令を下した。
「止まれ! 武器を捨てねば切り捨てる!」
「チィッ! 軍兵か!」
「逃げるぞ!」
前方に立ちはだかったガーランドたちを見て、男たちは一瞬足を止めるが、分が悪いと察したのかバラバラに逃げようとする。
「逃がすか! フンッ!」
「ぎゃぁっ!!」
「…………」
「がっ!?」
「ま、待って、ぎゃっ!」
こういった事態に慣れているのだろう、案内の兵士は流れるような動きで踵を返した男のひとりに追いつくとその背中に剣を振り下ろした。
そしてガーランドたちもそれぞれ逃げた男たちの前に回り込んで躊躇いつつも切り捨てる。
中には近くにいた女性を人質にしようとする男もいたが、いち早く察知した兵士が投げた剣に背中を貫かれて倒れた。
「ふぅ。ありがとうございます。さすがですね」
「いや、咄嗟の動きと判断、貴公の方が見事でした。後処理はどのように?」
「少しすれば領兵が来るでしょう。彼らに任せることにします」
あまりに淡々と言う兵士にガーランドは呆気にとられるが、しばらくして首を振る。
「……どうやら想像した以上に大変な場所のようだな」
フォーディルトへの対抗心から転属を希望したが、帝国東部はガーランドの予想を大きく上回る混乱の種が埋まっているようだった。
というわけで、今回からはしばらくガーランドくんのお話になります
嫁取りとはちょっとだけ離れますが、その間にきっとフォーくんは頑張っているはずですw
しばしお付き合いください
それから、連作短編を投稿しました。
色をテーマにした掌編小説となります
是非一度読んでみてください
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた次週の更新までお待ちください。




