第86話 襲撃
Side ガーランド
「随分と忙しくしているようだな」
「与えられた役目を果たすべく奔走してるばかりです」
第5兵団の司令室に呼び出されたガーランドはグレンザ兵団長の皮肉の混ざった言葉に鹿爪らしく答えた。
「ふん、まるで我が兵団が役目を果たしていないと言わんばかりだな」
「そのような考えはありません。皆、悪化し続ける治安を保とうと懸命に励んでいるのは知っております」
なにを考えているのかわからないジットリとした目で睨めつけるグレンザだったが、ガーランドのピクリともしない表情を見てつまらなそうに鼻を鳴らす。
「貴公がここに来て10日あまり。昨日までに窃盗犯を78人、強盗が13人、野盗を3度捕縛。見事なものだ。とはいえ、まったくの無駄だがな」
「…………」
「捕縛した者達は即座に斬首した。あまり手間を増やさないでもらいたいものだ」
「……帝国法では犯罪者は可能な限り捕縛して裁定を受けさせることになっておりますので」
「この街は犯罪者に対して悠長に裁定などかけておれんのだ。他に重要な仕事が沢山あるのでな」
罪を犯した者の命など何の価値も無いと断じるグレンザに、さすがにガーランドが微かに眉を顰める。
「まぁいい。仕事熱心な貴公に任務を与える」
「はい」
兵団長からの命令であればガーランドに拒否権はない。
「貴公もよく知っている通り、ルメンリラは犯罪が多い。その原因は無論近隣諸国からの難民どもだが、能なしの役立たずでも集まってしまえば面倒な団体になる」
「犯罪組織、ですか」
「そんな大層なものではないがな。だが、虫の集まりとはいえ数が増えれば平民や我が兵団の兵士も危険にさらされる。適度に間引かなければな」
「…………」
「貴公の分隊は明日からルメンリラの街壁外を巡回し、不法に滞在している犯罪者どもを処断してもらう」
グレンザの命令は意外、ではない。
本来、納税義務を果たさない難民を街に滞在させる理由はないし、問答無用で追い払うことに問題はない。むしろ治安を保つためにも必要な措置だ。
「88分隊だけで、ですか? 我々だけでは犯罪を摘発するだけでも手に余りますが」
「自信がないとでも言うのかね」
「自信云々の話ではなく、捕縛しても収容する場所はありませんし追い払ったところですぐに戻ってくることでしょう。……仮に、閣下の言う通り処断、つまり殺すとなれば死に物狂いで抵抗するのは間違いありません。大規模な暴動になれば間違いなくルメンリラの街にも被害が広がります」
淡々とした進言、いや反論にグレンザが顔を顰める。
「命令だ、と言ったら?」
「もちろん従います。閣下が全ての責任を負ってくださるのでしょうから」
「……チッ、可愛げのない。まぁいい、貴公は自己の判断で職務を全うするが良い。無論、自分の責任の範囲でな」
「承知いたしました。それでは」
敬礼してガーランドは司令室を後にした。
「貧民街の取り締まり、ですか」
翌日の早朝。
88分隊、ガーランドの部下たちは兵団長の命令を聞いて眉を顰めた。
「我々だけでどうにかできるような場所ではありませんね。狙いは別のことでしょう」
副官のベルジットが溜め息をつきながら首を振る。
通称で貧民街と呼ばれているルメンリラ街壁の外はどこからか持ち込まれた木材や粗末な布を雨除けにした建物がひしめく場所で、住人は街の中よりも多いほどだ。
5万人にも上る難民たちをわずか十数人の分隊でどうにかできるわけがなく、それどころか第5兵団が総掛かりになってもできるかどうかという規模だ。
大部分が戦闘の経験がない素人とはいえ3倍もの人数を相手にするのはそれほどに困難なのだ。
兵団長がそれを理解していないはずはないし、ガーランドが赴任して数日で次々に犯罪をおかした連中を捕縛して難民たちから恨みを買っているだろうことも把握している。
にもかかわらずあえてそれを命令したということは、犯罪組織の摘発を期待してではないのは明らかだ。
「……いずれにせよ命令が兵団の任務から外れたものではない以上は遂行しなければならない。とはいえ、人数を分散させるのも危険だが全員固まっては動きづらい。分隊をふたつに分け、何かあればそれぞれが救援できるよう距離を保って移動する。ベルジット、半数を任せる」
「了解しました。ですが、あまり奥に行かないようにしたほうがよろしいでしょう」
兵団長の目的がわからない内は危険を避けた方が良いのはガーランドも同意見だった。
その後、騎士の割り振りや移動経路、想定される事態の対応方法などを打ち合わせ、駐屯地を出発する。
馬には騎乗せず、徒歩で街壁外に向かう。
これまでは街の中や街周辺の街道を巡回していたガーランドたちは貧民街と呼ばれる区画に入るのは初めてのことだ。
「見通しが悪いな」
「まるで迷路ですね。それに、火災でも起きたらとんでもないことになりそうです」
貧民街の入り口は街の門から少し離れた場所にある。
あまり街道に近いと兵団によって撤去されてしまうからだろうが、基本的に門は昼間は解放されているため、貧民街の住人たちは自由に街に入り、日々露店や物乞い、はたまた犯罪を行っている。
ガーランドたちが近づいていくと難民たちの警戒と敵愾のこもった視線が集まってくる。
難民にとって自分たちを保護してくれるわけでも仕事を与えてくれるわけでもなく、犯罪をおかせば容赦なく切り捨てようとする兵団は敵でしかない。そんな相手が制服姿で堂々と入ってくれば警戒するのは当然のことだろう。
ガーランドたちは警戒を一段引き上げ、周囲を油断なく見回す。
ただ、これまでは街や街道で処断されることはあっても貧民街にまで入ってくることがなかった兵士が来たことへの戸惑いと恐れも感じられ、住人たちは身を隠したり距離をとったりしているようだ。
「……内部は意外に整っていますね」
部下のひとりが呟いたように、入り口こそ狭くて内部をうかがい知ることができないようにしているが、一歩入ると通りの幅は4リード近く(約3m)ほどあり、ところどころに40パーズ(約32平方m)ほどの広場が設けられていて小さな露店などが並んでいる。
分隊が近づくと露骨に離れていくもののなかなか活気があるようだ。
もっとも、露店に並んでいる商品のほとんどは盗品なのだろうが。
「なにか、建物は粗末でも普通の街のようですね。むしろルメンリラの街中より落ち着いているようにも」
「ここは難民たちの暮らす場所だ。彼らなりの秩序があるのだろう。帝国の法ではないが」
彼らにとって街は仕事場或いは狩り場だから多少混乱していても問題ないが、生活する場は安定していないと困るから自然と生まれたルールがあるのかもしれない。
だがそれは帝国の法に基づいたものではない。
不安定で、危険をはらんだものであり、帝国貴族として放置しておけないものだ。
それに、秩序が生まれているとはいっても明確な法が機能しているわけではない。
貧民街を進むにつれ、徐々にどことなく薄暗く、雰囲気も剣呑になってくる。
「ガーランド様」
「警戒しろ。背後や足元にもだ」
囁くような警告に、ガーランドも油断なく周囲を見回す。
「兵隊さんがこんな吹き溜まりになんの用だ?」
20リード(約16m)先の辻から大柄な男が出てきて行く手を塞いできた。
「……巡回だ。ここも帝国の領地だからな」
「へぇ? ってことは帝国の領地に住み着いた俺たちも帝国民って認められたのかよ」
「帝国の民と認められるのは決められた税を払った者だけだ。貴様等は不法に居着いた流民でしかないな」
煽るように言う男に、ガーランドは生真面目に応じる。
「噂通り、融通の利かねぇ小僧だ。とっとと失せな。街で仲間を殺したことには目を瞑ってやるが、ここじゃあ俺たちが法だ。兵隊や貴族の出る幕じゃねぇ」
「……帝国内で勝手に決めた法など認めるわけにいかないな。それに、失せろという割には我々を逃がすつもりはなさそうだが」
ガーランドがそう返す。
その言葉の通り、男との問答の間に道の先、そして後方、周囲の建物からも次々にガラの悪い男たちが出てきて分隊の面々を囲み始めている。
「いいや、嘘は言ってねぇぜ。命ごと失せてほしいからなぁ。偉い貴族様なんだろ? 剣も高く売れそうだし、俺たちがありがたく貰ってやるよ」
男が顎をしゃくる。
囲んでいた男たちが短剣やナイフ、手斧を抜いた。
包囲の仕方といい、手慣れているというか準備を整えていたような印象を受ける。
「総員抜剣! 攻撃してきた者への反撃を許可する。逃げる者や他の者へは手を出すな」
短く、そして鋭くガーランドの声が響く。
人数は明らかに貧民街の男たちの方が多い。
だが通りは分隊を包囲するほどの幅はなく、前後を挟んだ上で数人が襲いかかるのがせいぜいだ。
そして当然ながら練度は比較にならない。
「死ねやぁ! がっ、ぐえ」
「くそっ、ぎゃあ!」
鍛え上げられたガーランドの部下たちは動揺することなく互いに背を庇いながらひとり、またひとりと斬り捨てていく。
ビュッ!
カッ!
時折短弓から矢が放たれるが、そもそもこんな狭い場所では弓矢は取り回しが悪く、味方に当たらないようにするためか戦闘の合間にしか飛んでこない。
そして弓手の位置と放たれるタイミングがわかれば訓練された騎士が避けたり打ち落とすのはそれほど難しくもない。
「大人しく投降しろ。それが嫌なら逃げるがいい」
貧民街で逃げられれば追うことはできない。
ガーランドの言葉に、男は忌々しそうに唾を吐き捨てる。
「新兵の集まりだと思ってたのによ。だが、舐められたまんまじゃいられねぇんだ」
男がそう言って腰の剣を抜く。
難民が持っているには似つかわしくない上等な長剣だ。ただ、手入れをされていないのか刃は黒く汚れ、剣身全体が曇っている。
ブンッ、ガギン!
横薙ぎに振るった男の剣をガーランドが自らの剣で受け止めた。
難民のゴロツキにしては鋭い太刀筋にガーランドが眉を顰める。
「ハン! 甘やかされた貴族様にしちゃあやるじゃねぇか!」
ガン! ギッ! ブオン。
2撃、3撃、周囲の状況などお構いなしに振るわれる剣をガーランドは慎重に受け止め、流し、弾いていく。
「……毒か」
「っ!?」
ガーランドの呟きに、男の顔が驚愕に固まる。
確かに男の剣捌きはガーランドを斬り捨てるというより、手先の速さで傷をつけることが目的のように振られていた。
「くそっ!」
男が苦し紛れに懐に手を入れ、なにかを掴んだ。その瞬間、ガーランドは一息で間合いを詰めると男の首を跳ね飛ばした。
ドシャリ。
「ひ、ひぃ!」
「に、逃げろ!」
リーダーらしき男の死に、残っていた連中は慌てて逃げ出し始める。
「追うな。どうせ捕まえられん」
後を追おうとした部下をガーランドが制止し、倒れた男の手から長剣を取りあげた。
「ガーランド様!」
「ベルジット、他の者も怪我は無いか?」
数十リード後方で同じく襲撃されていたベルジットたちが走り寄ってくる。
「毒、ですか。よく気付きましたね」
回収した長剣を鞘に入れ、調べるように指示しているとベルジットが感心したように嘆息した。
普通は斬り合いに毒は使わない。
同士討ちを避けるのはもちろんだが、剣で自分を傷つけてしまうことが少なくないからだ。
毒を使うとすれば暗殺に、それも矢や短剣の先端に塗って使う。
とはいえ、もし擦りでもしていたら危険極まりない。
厳しい戦闘訓練を受けている兵士や騎士であっても通常使われることの少ない毒への注意は欠けることが多い。
ベルジットはガーランドが即座に毒に気付き、十分な注意を払っていたことに感心していた。
「チッ! 腹立たしいが、奴に助けられたわけだな」
「……レスタール、ですかぁ」
ベルジットが苦笑を浮かべた。
普段感情を出さないガーランドがああいった表情をする時はだいたい犬猿の仲であるレスタール辺境伯令息がらみだったからだ。
「なにを言われてたんですか?」
「綺麗すぎる宮廷剣術など実戦では役にたたない。森には頭上から襲ってくる獣も姿を消す獣も、毒を持つのも普通に居る。同じこと、それ以上に悪辣なことを人間はするぞ、とな」
学院時代に幾度となく挑み、その型にはまらない、それでいて速く、鋭く、力強い攻撃でいつも叩きのめされた。ガーランドの攻撃は悠々と躱され、一撃たりとも擦ることすらさせられずに。
悔しさとともに、ガーランドはフォーディルトの動きを学び、研鑽してきたのが生かされたということなのだろう。
「とにかく、これ以上ここに留まるのは得策ではないな」
「ええ、一旦貧民街を出ましょう。今回の襲撃は最初から狙っていたようにも思えますからね」
ガーランドはベルジットと頷き合った。
というわけで、今回はここまでです
ガーランドくんのお話は次回か、その次くらいまでですかね
その後はまたフォーディルト視点に戻ります
さて、活動報告にも書きましたが、今週末、6月5日に拙作「実家に帰ったら甘やかされ生活がはじまりました」のコミカライズ版の第3巻が発売になります
すでにAmazonや紀伊國屋オンラインなどのWeb書店で予約の受付が始まっています
幹藻ねずみ先生の可愛らしい絵で生き生きと高校生活を始めた陽斗くんを楽しんでいただけると嬉しいです
それから最後に
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた次週の更新までお待ちください。




