第78話 ようやく騎乗できます
砦が、というか、砦の兵士たちがザワついている。
別に隣国が攻めてきた知らせが届いたわけでも高圧的な軍高官がやってきたわけでもない。
まぁ、客人が来たという部分は間違いないが、やって来たのはわずか数名の男たちと巨大な荷車が2台、そして馬に似た動物が数頭だ。
「あれが、レスタールの狩人か」
「デカいな。それに、噂通りとんでもなく強そうだ」
兵士たちからそんな声が漏れるが、連中が口にしたとおり砦に入ってきたのは我が愛しのレスタール領からやって来た狩人たちである。
「あ、いた! 若ぁ!」
騒ぎになるのも困るので急いで駆け寄っていくと、俺の気も知らずに若い狩人、ヴィルンが手を振っている。
「リグムを連れてきましたよ。とりあえず3頭で良いんですよね?」
「ありがとう。遠いところまで悪かったな」
「いえいえ、こんな機会でもないと帝都以外の場所なんて来れないですからね。帰りにちょっと寄り道するつもりなんで逆にお礼を言いたいですよ」
ヴィルンはそう言って笑い、一緒に居たふたりの狩人も口元を緩めながら頷いてるから言葉どおりなんだろう。
無駄にデカい荷車を牽いてるのも、領の連中に土産を頼まれているからなのは容易に想像できる。
わざわざ帝国の北の端、レスタール領から遠く離れたこんなところまでヴィルンたちが来た理由は、魔境産の馬、リグムを運んでもらうためだ。
分隊に配属されてすぐに頼んでいたのだが、ひと月以上経ってようやく届いたというわけ。まぁ、運ぶって言っても自力で歩かせてきたんだが。
砦の哨戒任務ってのは馬に乗って広範囲を索敵したり情報収集を行うのが仕事なわけだけど、俺は早々に乗馬を諦めた。
なにしろ軍で使われている騎馬ってのは走っても俺とそう変わらない速度しか出ないのに持久力は無いわ世話に手間がかかるわ臆病だわで、俺にとって非常に使い勝手が悪かったのだ。
かといって、他の連中がみんな騎乗してるのに分隊長の俺が徒歩っていうのは滅茶苦茶見栄えが悪い。
普通に付いていけるから任務的には支障がないんだけど、分隊の連中が非常にやりにくそうなのが気になってしまう。
レスタールの狩人は騎乗する習慣が無いのでその技術もかなり拙い。
馬ってのはとにかく繊細な生き物なので、軍馬として鍛えられていてもその扱いは難しく、力任せに手綱を引いたりすれば怪我をしてしまったりする。
がさつと粗雑が骨の髄まで染みついた狩人にそんな芸当ができるわけがなく、だったらとにかく頑丈で持久力があり、狩人と同じくらいの動きができる動物に騎乗するしかないというわけで、魔境産の馬に似た獣であるリグムを使おうと考えたわけ。
前にも少し説明したが、リグムってのは外見こそ馬に似ているが雑食性で、自分と同じくらいの大きさの獣を狩ることもある魔獣だ。
気性は荒く勇猛で、大きくはないが牙も生えているんだけど、子供の頃から育てるとちゃんと人に懐くし頭も良いから人の言うことも理解できる。
軍馬の1.5倍くらいの大きさがあるし、馬鹿みたいに食費も掛かるのに目を瞑れば、長期間の絶食にも耐え、自分で自分の身を守ることもできる。もちろん敵に怯えてパニックになるようなこともない。
元々はとりあえずリグムを連れてきてもらって、司令官閣下とブルゲスト辺境伯に1頭ずつ贈って、代わりに騎乗馬として認めてもらおうと思って母さん宛の信書を帝都の友人経由で送っておいた。
ただ、来てから交渉するつもりだったけど、つい先日商隊に紛れ込んでいた暗殺者数人を俺たち第76分隊が取っ捕まえた時に褒美の話が出たのでお願いしてみたら許可してもらえた。
あ、俺の分の褒美の話ね。
他の連中はしっかり特別休暇と一時金をもらってホクホクしてたよ。
「ほう、これがレスタール領の魔境馬か。確かに軍馬とはまるで違うな」
唐突にかけられた声に振り返ると、狩人たちに手綱を握られているリグムを熱心に見つめるボーグ司令官がいた。
急いで敬礼をすると、司令官は苦笑しながら首を振った。
「レスタールの狩人が来たと聞いてな。好奇心が抑えられなかっただけだ。それに寄贈してくれるという魔境馬を早く見たかったからな。辺境伯閣下にも使いを出したから大急ぎでやってくるだろう」
聞いた話だと、俺がリスランテに譲った数頭のリグムのうち一頭は、フォルス公爵がカシュエス元帥に寄贈したらしい。
立場的に前線に立つことはなくなったカシュエス元帥だけど、やっぱり武人の気質はそのままらしく、リグムの頑健さと勇猛さを知って大層喜んだそうで、ことあるごとに自慢気に周囲に話していてブルゲスト辺境伯は内心羨ましかったんだと。
んで、先日、そのリグムを俺が砦で使うために呼び寄せていて、予備が2頭居ると聞いた辺境伯が売ってほしいと言ってきていたのだ。
元々は騎乗を認めてもらう交渉材料として使うつもりだったので譲るのはまったく問題無い。というか、むしろ引き取ってもらわないと食費が大変すぎる。
なので、予定どおりボーグ司令官とブルゲスト辺境伯に1頭ずつ寄贈、というか格安で売却して、代わりに餌代を砦でもってくれることになった。
俺としては大成功といった感じ。
「そんじゃあ、俺たちは帰ります。道中で美味そうな鹿と猪を狩ったんで砦の皆さんで食ってください」
「もう帰るのかね。じきに日が暮れるから砦に泊まっていって良いのだが」
「野営は慣れてるんで気にせんでください。俺たちが砦の中に居ちゃ兵士さんたちが落ちつかんでしょう」
確かに武器は門で預けてあるとはいえ見慣れない、それも大柄のむくつけき狩人が3人も居れば夜番の兵士は気が気じゃないかもしれないが、ヴィルンたちの本音は早く街に行って楽しみたいのだろう。
「あ、そうそう、ボンたちが学院の長期休暇にこっちに顔を出すって言ってましたよ」
「バリーシュとクロアが? ここは遊び場じゃないんだけどなぁ」
俺が溜め息交じりに返すとヴィルンは笑いながら肩をすくめ、荷車に満載されていた獲物、すでに皮は剥がされて防腐効果の高いクーレの葉で包まれている。結構な量があるので砦の兵士全員分に行き渡るだろう。
手早く、いささか乱暴に荷を下ろした狩人たちは休む間もなく砦を出ていった。
「ずいぶんと慌ただしいな。狩人というのはせっかちなのかな?」
「いや、そういう奴も居ますけど、さすがに兵士たちに囲まれて寝るってのも落ち着かないのかも」
言えない。
領の女衆の圧力で買い物行脚に忙しくて自分たちが楽しむための時間を捻出するためにすぐ帰ったなんて。
それから三日後、馬を潰す勢いで急いで来た辺境伯がリグムを見て歓喜の叫びを上げたり、専用の馬具を特注したりと忙しかった。
とりあえず砦にある馬具の中で一番大きな鞍と轡を借りてリグムに装着する。
「デカいですね。っていうか、牙のある馬なんて初めて見ましたよ」
「馬じゃないからなぁ。気質が荒いから無闇に手を出さないようにしてくれ。腕くらい簡単に噛みちぎるから」
ムルドが感心したように言い、他の連中も興味深そうにリグムの身体を撫でようと近づくが、俺の言葉で一斉に距離を取る。
「一応レスタール領で子供の頃から訓練してるから怒らせない限り大丈夫だよ。ただ、直接餌を口元に近づけると危ないからな」
「りょ、了解です」
砦には軍馬の世話をする人が何人も居るが、リグムの世話は俺がすることになっているし、ボーグ司令官や辺境伯閣下も人任せにせずに自分で世話をした方が良いと言ってある。 調教技術が確立してる軍馬と違って元は野生の魔獣だからしっかりとした信頼関係を築いておかないと肝心な時に言うことを聞いてくれないなんてことになりかねない。
「名前はつけてあるんですか?」
「領で飼育してる人が“バスク”って名前をつけたらしい。ちゃんと自分の名前を認識してるから必要な時は名前で呼んでやって、ゆっくりなら撫でても大丈夫ですよ」
オーリンドさんも馬は好きなのか、さっきから触りたそうな素振りを見せながら訊いて来たので触っても良いと許可を出す。
「グルルル」
「馬よりも少し毛が長くて硬いんですね。それにとても力強くて逞しい」
バスクが気持ちよさそうにオーリンドさんに首を擦り付ける。
一応俺に対してはそれなりに懐いて、というか敬意を持っているらしく従順なリグムだが、他の連中に対しては結構警戒してたはずなんだが、オーリンドさんには最初から大人しいんだな。
……アイツ、雄だったな。
そのせいか?
「えっと、とりあえず、そろそろ哨戒任務に出ようか」
「そ、そうですね」
名残惜しそうなオーリンドさんとバスクに言い聞かせ、全員で騎乗して砦を出発することにした。
といっても俺もリグムに乗るのはそれほど慣れていないので最初はゆっくりと、まぁ、リグムにとっては並足でも馬だと速歩くらいの速度なんだが、持ち場の巡回を始めた。
途中で急加速したり転回したり急停止したりと、馬だと難しいような動きをさせたが、まったく問題無く、むしろ普通に歩くだけよりも嬉しそうに手綱に応えてくれる。
リグムの足先は馬のような蹄と熊のような爪の両方を備えていて、かなり敏捷な方向転換や加速ができるようになっている。しかも野生のリグムはこの前足と牙で鹿などを狩ることもあるくらいに力が強いのだ。
ちなみにオーリンドさんがしきりになで回していた毛皮は硬くて、木の枝や獣の爪でも傷つくことはない。多分、普通の弓矢くらいじゃ貫けないんじゃないだろうか。
もしこの砦でバスクが活躍するようなことがあれば、ひょっとしたらレスタールにリグムの注文が入るようになるかも。
そうなればレスタール領の新しい産業になる?
いや、でも結構飼育が大変だからなぁ。
「凄いですね、魔境馬って」
「おかげでこっちの馬が少し怯えてるんで慣れるまではあまり近寄れないかもですけど」
「その、個人的に買い付けることってできませんか?」
任務を終えて砦まで戻ってくると、口々に感心と心配を分隊の連中が言ってきた。
オーリンドさんまで自分用に欲しくなったようだ。
ともかく、しばらくしたらボーグ司令官と辺境伯閣下にも感想を聞いてみることにしよう。
そんなことを考えながら砦の門を潜ると、守備兵に呼び止められて司令所に行くように言われた。
「何かあったんですかね?」
「さぁ? 別に怒られるようなことはしてないと思うし、とにかく行ってみるよ」
「私もご一緒します」
砦の中は特に変わった様子は見えないし、いつも真面目に任務に励んでいるから怒られる覚えもない。
とはいえ、行けばわかるかとオーリンドさんと司令所に向かった。
「失礼します。第76分隊フォーディルト・アル・レスタールです」
「同じく、カルーファ・ジール・オーリンドです」
『入れ』
扉を叩いて名乗るとすぐに入室の許可が出る。
「任務ご苦労。急に呼び出して申し訳ない」
「いえ、何かありましたか?」
俺が訊ねると、ボーグ司令官は眉間に皺を寄せて厳しい顔を見せた。
「第17分隊と24分隊が午前の巡回から未帰還となっている」
その言葉に俺とオーリンドさんは顔を見合わせた。




