第79話 黒い奴が出ました!
ブランディス砦を出て北におよそ5ライド(約4km)。
背の低い草が生えるばかりの平原から、ところどころに灌木の茂みと大きな岩が点在する地域に入ったところで俺はバスクの足を止める。
このあたりに来ると見通しが少しばかり悪くなるのだが、それもあって砦から哨戒任務の分隊が巡回する場所となっている。
そして、ボーグ司令官の言葉にあった行方不明の分隊が担当していた区域だ。
「レスタール分隊長、どうされますか?」
第15分隊のロクジェ・ポルス分隊長が騎乗したまま俺の隣に来て訊いてくる。
その隣には第61分隊分隊長のサムル・センジグも同じように俺の言葉を待っているみたいだ。
「出発前に話したように第17分隊と第24分隊が未帰還なのは襲撃を受けた可能性が高い。しかも、伝令すら出せなかったという状況から考えて待ち伏せで包囲された上である程度遠距離から狙い撃ちされたんじゃないかと思う」
俺がそう言うとふたりのベテラン分隊長も同意見らしく頷いてくれた。
行方不明となったふたつの分隊も練度は高く、哨戒という任務をよく理解している。
仮に数倍する敵兵に囲まれたとしても、状況を砦に伝えるために全員で一点突破を図ってひとりでも離脱させようとしたはずだ。
それができなかったということはそれこそ10倍とかの圧倒的な人数差があったか、距離を開けた包囲網で逃がさないようにしつつ遠距離攻撃で削り取られたというのが考えられる。
まぁ、逃げられないほどしっかりと包囲されて捕虜になってしまった可能性もあるけど、それは楽観的すぎるだろう。
「各分隊から2名ずつここで待機して、我々が戻らなかった場合に砦に報告に戻ってもらう。それと、ここから先、半数は馬を下りて盾で周囲からの攻撃に備えて徒歩で移動しよう」
「分隊ごとに別れますか?」
「いや、それだと各個撃破の対象になる恐れがある」
「うん。効率は悪いけどまとまって動いた方が、もし敵が多くても突破できる可能性が高いと思う」
「承知しました」
「レスタール卿の指示に従います」
ふたりの分隊長は軍の階級で言えば同格。というか、経験を考慮すれば先輩だ。
なのになぜこうして俺が指示をしているかというと、昨日のボーグ司令官の話に起因する。
「第17分隊と24分隊は砦の北方、ファンル王国との緩衝地帯の哨戒任務にあたっていた。担当地域は隣り合っていて、どちらも昨日までは特に異常は観測されていない」
ボーグ司令官の言葉に俺とオーリンドさんは頷いた。
哨戒任務は持ち回りだが、ある程度は同じ範囲を交代で巡回していて、そのふたつの分隊を含む2小隊で北側の広い地域を担当していたはずだ。
ちなみに帝国軍の兵団は8~15名で編制される分隊、4~5分隊と1輜重隊で小隊、5~8小隊と1工兵隊で中隊、そして大隊が4~6中隊と治療部隊で編成されている。
「貴公の索敵能力と第76分隊の実力は私も高く評価している。その上で、今回は不測の事態が発生したものと判断し、貴公の部隊に調査を命じる。ただし、消息がわからないふたつの分隊も精鋭だったにもかかわらず伝令すら戻らないことを考えて、2分隊を貴公の指揮下に配置する」
司令官の言葉に俺は驚いた。
「自分はまだブランディス砦に配属されて間もない新兵です。他の分隊、まして分隊長が不満に思うのでは?」
率直に聞いてみる。
「いや、先の森での掃討戦の活躍もあるが、普段の鍛錬を見て貴公を侮るような者はいないだろう。そもそも今回の調査は一分隊で行うには危険すぎるが、かといって小隊まで動員して王国の部隊とかち合ったら戦闘の規模が大きくなる可能性がある。互いに兵力を逐次投入し続けて一月後には全面衝突となってはたまらんからな」
「はぁ」
「とはいえ状況を軽く見るわけにもいかん。だから3個分隊を割くわけだが、貴公の家柄では他の分隊長が指示も出しづらかろう」
そんな言葉で俺が3個分隊の指揮官に任命されることになったわけだ。
一応、ふたりの分隊長には俺が指揮官で不満はないかと訊いてみたんだけど、ふたり揃って「よろしくお願いします!」と頭を下げられてしまった。
年齢はふたりの方がずっと上だし経験も豊富だ。
第76分隊のメンバーに指示を出すのにはいい加減慣れたけど、同格の分隊長相手となればやりづらいったらありゃしない。
それでも不満そうな感じはなかったので溜め息を吐きつつ、調査任務に入ったというわけだ。
俺たちは人員の半数が馬を降り、代わりに全身を隠せるような大楯を担いでもらって荒れ地に足を踏み出した。
俺を含め、騎乗したままの者が注意深く周囲を警戒し、徒歩に合わせた速度で北に向かう。
進むごとに耳の後ろがピリピリと毛が逆立つような感覚がある。
微かな殺意。
今のところ俺たちに向けられたものというよりは残滓に近いもののように思えるけど、少なくともこの周辺で何かがあったのは確かなようだ。
警戒しながらの移動は遅い。
半刻(約1時間)ほどは歩いただろうが、進んだのはせいぜい5ライド(約4km)程度。
そこで俺は部隊を制止した。
「……臭いな」
「どうしました?」
俺の呟きにセンジグ分隊長が聞き返し、ポルス分隊長は他の兵士に一層の警戒を促す。
微かに漂ってくる臭いに神経を集中させる。
ある種嗅ぎ慣れた、それでいてこの場で嗅ぎたいとは思わない臭い。
「……あのあたりか」
警戒を維持しつつゆっくりと進むと、下生えのない石だらけの広場のような場所が前方に見えてきた。
そしてそこに何かがあるのも。
「あれは、まさか!」
ポルス分隊長たちにも見えてきたのだろう、慌てて馬を走らせようとしたのを俺が戟で遮って止める。
「動くな!」
「な!? しかし……」
「風笛矢を飛ばせ! 2本ずつ、3回」
俺がそう指示すると、その意味がわかったふたりの分隊長の顔が強ばる。
ピュルルルル! ピュルルルル!
甲高い音が鳴り響く。
弓兵が放った風笛矢だ。
これは鏃の代わりに笛を取り付けた合図用の矢で、風向きにもよるがかなり遠くまで音を届けることができる。
今の風向きと天候なら荒野の境目に残してきた連中まで聞こえるはずだ。
2本の風笛矢は接敵の合図。
これで砦に伝令に向かってくれるだろう。
そして、大音量の矢に反応するのは当然味方だけじゃない。
おそらく結構な距離からあの広場を監視していたであろう連中が気配を表してきた。しかもかなり広がってこちらを包囲するような位置取りだ。それに早い。
全員が騎乗していればまだ逃げられただろうが、残念ながらこちらの半数は徒だ。
読みが甘かったかもしれないと思いつつ、密集隊形を取って周囲を大楯で囲ませる。俺とバスクはその外側だ。
「レスタール卿?」
「俺たちは大丈夫。リグムは普通の弓矢じゃ傷つかないから」
強弓を至近距離から射かけられない限りリグムの毛皮は貫けない。そして至近距離ならコイツらからすれば一瞬で詰められる。
俺は、まぁ、矢が飛んできても叩き落とせば良いし。
「やっぱり罠ですかね?」
「だろうな。敵兵の遺体を集めて放置、近づいて来た敵に集中攻撃。学院で習った局地戦の戦術だね」
亡骸を回収してやりたいけど、まずはこの場を切り抜けるのが最優先だ。
これ以上犠牲者を出してたまるか。
「来るぞ!」
俺たちを囲んだ気配から殺意が膨れ上がったのを感じた直後、一斉に矢が放たれてきた。
だが、数十本飛んできた矢の半数は外れ、残りは大楯で弾かれて被害無し。そもそも距離があるので威力なんてたかがしれてる。数本は騎乗したままの兵に向かってきたがちゃんと剣ではたき落としている。
すぐに二射目、三射目と射かけられるがことごとく防いでいく。
矢は貴重な消耗品だ。効果が無いとなれば向こうもすぐに手を変える。
「動いた」
「いや、なんでわかるんですか!?」
「姿も見えないのに」
目は感覚器官のひとつってだけだぞ。
森なんてほとんど見通しがきかないんだから自然と耳と鼻、それに直感が磨かれるから姿が見えなくても気配を感じられるようになる。
けどまぁ、もうすぐ他の連中にも見えるようになる。
「うわっ、ホントに来た!」
「足の無い奴は後ろを警戒しつつ砦に向かって退却! 騎乗してる者は周囲を旋回しながら援護しろ!」
歩きの連中が大楯を背負い直して走る。
それに敵が近づけないように騎兵で牽制しながら退却を支援する。
「センジグ分隊長とポルス分隊長は退却の指揮をお願いします」
「承知した!」
「では私が騎兵をまとめる」
ふたりの分隊長が頷いてくれる。
危急の時でも俺みたいな若造の指示を聞いてくれるのは本当にありがたい。
「騎乗してる76分隊は、悪いが俺と一緒に殿をしてもらうぞ」
自慢じゃ無いが、俺の分隊はこの一月半の間に随分武力と対応力を上げている。森の掃討戦もあったし、俺のペースに付いてきてもらえるようにかなり鍛錬したからな。
気配から察するに敵の数は100名前後。数だけでも俺たちの3倍だし、しかも全員が騎兵だ。普通に逃げてたら追いつかれてあっという間に殲滅される。
俺ひとりならどうとでもする自信があるけど、仲間を守れなきゃどうしようもない。
「ムルドとドラグジッドは右、オーリンドさんとジュセッドは左側からの突出に対応してくれ」
4人はそれぞれ顔を見合わせてから頷く。
「レスタール分隊長はどうされるのですか?」
「俺はとにかく動いて向こうをかき回す。ついでに指揮官見つけて倒す」
オーリンドさんの問いに短く答えておく。
呆れたような顔をされた気もするけど気のせいだろう。
「んじゃ頼んだ」
そう言い残して一番近い位置まで迫ってきた王国と思われる騎兵の一団に向けてバスクを突っ込ませた。
指揮官が単独行動ってのはどうなんだと思わないでもないが、率直に言ってこの場の最大戦力は俺なので、一番派手に動き回ることで向こうの足を止めることができる。はず。
「なっ!?」
「悪いが、17分隊と24分隊の仇を取らせてもらうぞ」
まさか単騎で突っ込んでくるとは思っていなかったのか、俺の接近に騎兵の集団は驚いたような顔をしていたが、それに構わず戟を思いっきり振り回す。
一振りで先頭に居た騎兵の胴体を馬の首と一緒に両断し、すぐさま直角に向きを変えて5リード(約4m)左の騎兵も馬ごと斬り飛ばす。
「ひ、怯むな! 囲め!」
常識ではあり得ない動きに相手が慌てるが、リグムは馬に似ていても馬じゃない。蹄と爪を持ち、肉食獣のような動きができて、馬よりも頑健で持久力もある。当然動き方も馬とは違うのだ。
10騎ほどの集団の半分ほどを削ったところで向こうが引くような素振りを見せたので俺は追わずに別の場所へ。
ムルドたちが足止めしている集団に向かう。
「うわぁ!」
「ひぃっ!?」
側面から突っ込まれ、同時に一振りでふたりの騎兵が斬られたことで混乱した隙をムルドとドラグジッドが上手く突き、騎馬の足を斬りつけた。
いくら乗っている騎兵が無事でも馬が走れなければ追うことはできない。さすがベテランらしい判断に感心してしまう。
「分隊長! ヤバそうなのが向こうに!」
向こうが下がったのに安心する間もなく、ムルドが緊迫した声で指を指す。
殿のもう一方、オーリンドさんとジュセッドに近づいている一団が目に入った。
先頭に居るのは漆黒の馬体とそれに乗る同じく真っ黒な革鎧の騎兵。それに10騎ほどが付き従っている。
俺は急いでバスクをそちらに向ける。
動きと雰囲気でわかる。
あの連中は他とは違う。
間違いなく精鋭中の精鋭って奴だろう。
だがオーリンドさんはそれに気付いていない。
いや、自分に託された役目をしっかりと果たそうとしているのか、蛮勇をふるうわけではなくただ相手を押しとどめようと槍を構える。
黒い騎士が手に持っているのは槍ではなく剣。ただ並の長剣よりはるかに長い馬上剣だ。
オーリンドさんと黒い騎士が交差する。
接したのはほんの一瞬。
しかしそのたった一合で、オーリンドさんの槍は半ばで断ち切られ、勢いのまま迫る剣先をかろうじて鎧の肩当てで逸らして兜を飛ばされるだけで凌いだのは彼女の技量だろう。
だがそれで済むほど戦場は甘くない。
負傷を逃れたとはいえ武器を失い、頭部を強かに打たれたことでオーリンドさんがふらつく。
当然黒い騎士は追いすがり、斜め後ろから馬上剣を彼女に向けて振り下ろした。
ガギンッ!
「何!?」
ま、間に合ったぁ!
俺はオーリンドさんと騎士の間にバスクを割り込ませ、振り下ろされた剣を戟で受け止めた。そしてそのまま力任せに黒い騎士に叩きつける。
「グッ!」
瞬時に腕を畳んで剣の柄で戟を受け止め、受け流すようにして黒い騎士が距離を取った。
「オーリンドさん、ジュセッド、下がれ!」
苦戦したのはオーリンドさんだけじゃない。
ジュセッドも3騎に囲まれ防戦一方な状況に追い込まれている。
俺の指示に、オーリンドさんは手に残っていた槍の柄をジュセッドに向いている騎士のひとりに投げつけ、それに怯んだ一瞬の隙をついてジュセッドが距離を取ることに成功する。
そして馬首を翻して走り出した。
ふたりを追おうとした騎兵の鼻先を押さえるようにバスクを駆り、牽制する。
周囲を見回すと、どうやら撤退戦も上手くいったようで、歩兵とそれを守る騎兵も大分離れることができている。
というか、この黒い騎士が指揮官のようで、他の連中も無理に追ってはいないようだ。
……さて、なんとか目的は果たすことができた。
ここからは少し暴れるとしようか。
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた次週の更新までお待ちください。




