第77話 活躍の裏側で
Side リスランテ・ミーレ・フォルス
「おや? 珍しいね」
帝城の廊下でリスランテは前方から歩いてくる見知った顔を見て足を止めた。
「フォルス公爵令嬢か。久しぶりだな」
「相変わらず堅苦しいね。ガーランドはどうして帝城に? 確か第2騎士団に配属されたって聞いてるけど」
問いにガーランドがわずかに顔を顰めたのをリスランテは見逃さず、ニンマリと悪戯っぽく笑みを見せた。
「ボクはちょうど休憩しようと思ってたところなんだ。飲み物くらいは出すから付き合いなよ」
「いや、俺は……はぁ~、仕方ない。手短にしてくれ」
断ろうとしたガーランドだったが、リスランテの表情を見て諦めたらしい。
溜め息を吐いてから渋々といった様子で彼女の後をついていく。
「ここだよ。広くはないけど個室だし、ここなら誰にも聞かれないだろうからね」
「令嬢が密室に男を連れ込むなど感心しないな」
「さすがにボクひとりじゃないさ。秘書官、ああ、昔からボクの世話をしてくれる女性だけど一緒に居るからね。でも口は堅いから心配いらないよ。ボクだって余計な誤解は避けたいから。それに、キミの技量は知っているけど、ボクだってそれなりに戦えるさ」
リスランテの言葉にガーランドは苦笑と安堵が混ざったような微妙な顔で小さく頷いた。
リスランテの部屋は普通の家の寝室くらいの大きさだろうか。デスクとふたり掛けのソファーがふたつ、それにテーブルとちょっとした応接もできるようになっていて、水瓶と小さなコンロも置かれている。
「新米騎士の部屋とは思えんな」
「まったくだね。特別扱いにうんざりすることも多いけど、こういうときは助かるよ」
ガーランドが呆れたように言うとリスランテも苦笑を浮かべて肩をすくめる。
実際、高位貴族家出身だと宿舎こそ個室を与えられるが待遇自体は他の騎士と変わらない。
ましてや帝城内に部屋を与えられるなど近衛騎士団でも部隊長以上のはずだ。ガーランドが配属されたような他の騎士団にいたっては騎士団長と上級参謀、兵団長だけが帝城内に部屋を与えられている。
もっとも、リスランテに与えられた個室はそれらよりもずっと狭いのでさすがに同等の扱いというわけではないようだが。
それでも近衛騎士団に入って一年目で秘書官まで許されているのは十分すぎる特別待遇だろう。
リスランテがガーランドを促して向かい合わせのソファーに座ると、部屋に控えていた秘書官の女が淹れたてのお茶をふたりの前に置く。
「ありがとうねクレジェス」
「……クレジェス・ミーレ・カルウォース嬢か。久しいな」
「ご無沙汰しております、プルバット様」
秘書官の顔を見てガーランドがわずかに片眉を上げるが、彼女、クレジェスは学院時代からリスランテの侍女のような役割をしていたのを知っている。なので意外ではなかったのだろう。まぁ、さすがに騎士団に配属されてからも同じようなことをしているとは思わなかったが。
「で? 帝都に近いとはいえ、中南部に駐屯する第2騎士団のキミがわざわざ休暇を取って帝城まで来た理由を教えてもらっても良いかな?」
「…………」
リスランテとガーランドの視線が交錯する。
しばしの沈黙が流れ、そしてガーランドが大きく溜め息を吐いた。
「貴様と似たような状況に嫌気が差した。部隊長に言っても埒があかないからな。直接転属願を出しに来た」
「なるほどね。ぬるま湯じゃ満足できないのはキミらしいと言えるかもしれないけど、プルバット侯爵家の令息、そして近い将来伯爵家の当主になる立場を考えれば後方勤務に回されるのは当然じゃないかな」
帝国の法によって貴族子息は必ず一定期間兵役に従事しなければならないことになっているが、実際にはリスランテもそうだが高位貴族、特に中央に影響力を持っている貴族家は色々と忖度されて後方勤務、つまり万が一にでも危険な場所に行くことがない部署に配属される。
リスランテが近衛騎士団に配属されたのも、ガーランドが戦火から遠く治安の安定している帝都近郊の騎士団に配属されたのもそれが理由だ。
「プルバットは武門の家だ」
ガーランドはそう理由を言うが、リスランテは悪戯っぽく笑みを見せる。
「フォーディルトは配属早々色々と目立ってるみたいだよね。どっかの国が侵攻のために作った拠点を見つけたり、つい最近は商隊に紛れ込んだ暗殺者を捕まえたってさ」
「…………」
「2年の兵役の間にどれだけ戦功を立てるんだろうね。ただ、まぁ、それが終わればレスタール領に戻るって言ってたからそんなに気にする必要ないんじゃない?」
煽るように言う。
学院時代、誰よりもフォーディルトを意識し、対抗心を燃やしていたのはガーランドの方だ。
フォーディルトにとっては単にいちいち張り合ってくる面倒な堅物といった印象しかないが、ガーランドからすれば武の名門で幼少から嘱望され、その才を認められてきた彼の前に常に立ちはだかった越えるべき壁だ。
それが今は、片や最前線で武威を余すことなく発揮する機会に恵まれ、片や帝都近くで過保護に訓練だけしている状況。
それを良しとするにはガーランドは自尊心が高すぎたのだろう。
「今の環境ではいつまで経っても奴に追いつけない」
「素直だね。それで、どこの騎士団に転属願を出したんだい?」
「東部、第5兵団だ」
「それは、ずいぶんと思い切ったね。でもさすがに高位貴族をあんなところに送るのは嫌がりそうだけど」
「問題無い。部隊長と騎士団長の承認はもらってある」
帝国の領土の中でも東部は特に不安定で治安が悪いことで知られている。
辺境伯領と違って他国との前線というわけではないが、統治が行き届いておらず、領主も手を焼いている地域だ。特に、昨年北部の国、ファンル王国が大陸東部沿岸にあった小国を武力で併呑した影響で数多くの難民が流れ込んできていて、領主に認められている兵力だけでは大きな街での中心部を守るのが精一杯だという。
実質的に駐留する兵団だけが治安維持組織となっている状況で、犯罪組織や反帝国集団も確認されているという。
貴族の権威も通じず、少人数では騎士ですら身の危険があるのが第5兵団が管轄する地域だ。
武家の名門とはいえ侯爵家の令息が好んでいくような場所では到底ない。
だが、それこそがガーランドが求める場所なのだろう。
Side アミュゼ・ノル・セント・ファルセット
ガラガラガラ……
荒涼とした平原を貫くように通る街道を数十台の荷車と数百もの武装した男たちが馬に乗って南へと足を進めている。
「ここまで無事にやってこられましたな。正直、もっと邪魔されるのでは思っていましたが」
「それどころではなかったのだろうよ。砦に何か仕掛けようとしたようだが失敗したらしいからな」
「今頃また責任のなすりつけ合いとできるだけ傷口を小さくする工作に明け暮れているんでしょうなぁ」
「そのせいでこっちに尻拭いの任務が回ってきたがな」
頬に大きな傷のある厳つい壮年の男が隣の馬上にいる青年に話しかけ、青年は表情を崩すことなく前を向いたまま答えた。
「それで、アミュゼ殿下はどこまで突っ掛かるつもりです? さすがにこの戦力で砦の攻略までは考えておられないでしょうが」
「こんなつまらないことで兵士を無駄にしたくない。するのは精々嫌がらせ程度だな。我々に求められているのは、あくまで帝国の部隊と戦って勝利したという形式だけだ。今の状況で戦果を上げたところで功績を奪われるだけだ。連中の目的は砦の奪取よりも私の戦力を削って弱体化させることだろうからな」
「貴族ってのは難儀な生き物ですなぁ。やっぱり俺は戦場で敵と殺し合ってる方が性に合いますよ」
「私はできればそれも遠慮したいのだがな。いっそどこかの片田舎で物作りでもして過ごしたいとすら思っている。もっとも、私にそんな技術はないが」
男の言葉に、アミュゼ、ファンル王国第5王子アミュゼ・ノル・セント・ファルセットが苦笑を漏らした。
ひと月ほど前に王国が帝国側の森の中に拠点を築いていたのを帝国が発見し、惨敗したことから士気を保つためアミュゼ率いる旅団に報復を命じた。
そして今、彼らは帝国との国境に向かっているところなのだ。
「今回は物資が潤沢なのが幸いでした。おかげで騎馬の補充もできましたし、装備も新しく追加しましたからな」
「他人の財布だ。精々目一杯利用させてもらうさ。最後の街に到着したら三日ほど休暇とする。兵士たちに一時金を出してやってくれ」
「アイツらも喜びますよ。ただ、残してきた連中には後で愚痴を言われるかもしれませんな」
帝国との国境まであと数日の距離。
黒衣の魔王子と魔境の狩人の邂逅は近い。




