第76話 無気力な企み
「どうするつもりですか?」
傭兵たちの宿舎を出てすぐにオーリンドさんが口を開いた。
「う~ん、とりあえず中隊長経由で一応報告、くらいですね」
俺の言葉が煮え切らないものだったせいかオーリンドさんは眉を顰めた。
「それだけですか?」
「今のところ見慣れない商人が混ざってるってのと、裏稼業の人を雇ってるのかもしれないってだけですからね。もし中隊長が何もしなかったら一応井戸と食料庫の警戒くらいはするつもりだけど」
俺がそう答えると彼女も不承不承といった感じで頷いた。
実際、傭兵たちから聞いた話だけでできることはほとんどない。
隊商の中に新しく商人が加わったりそれまで来ていた商人がいなかったりということはよくあることらしいし、商人が雇った人間の素性を全部把握するのなんて無理な話だ。
裏稼業で働いていたのが本当だとしても、邪な目的があるのかはわからないし、本当はもう足を洗って真面目に働いているのかもしれない。
疑わしいというだけで隔離したりしたら普通の商人の不興を買って隊商が寄りつかなくなっても困るわけだ。
とはいえ、まったく何もしないというわけにはいかない。
ここは帝国の重要軍事拠点なので腕の立つ兵士は山ほどいるから不穏分子が紛れ込んだとしても10数人程度で力押しなんてできるわけがない。
だが打撃を与えるという目的だけなら少数でも色々とやりようはある。
特に拠点の重要施設といえば、傷病者を治療する治療所や軍幹部の集まる指令所、部隊全体の武器防具を保管する武器庫、飲料水を得るために掘られている井戸、それと食料を備蓄している食料庫だ。
その中で、特に大きな被害を加えられる場所といえば井戸と食料庫だろう。
砦の内部にある井戸は7ヶ所。食料庫は4ヶ所ある。
それらに毒を入れられたり火を着けられでもすればその影響は甚大で、場合によっては数ヶ月単位で砦の機能が麻痺する事態になりかねない
なので、平時であっても常に複数の兵士が警備にあたっているわけで、今回のように外部の人間が砦にいる間はその数も増員されているはずだ。
ただ、それでも捨て身になればやりようはある。
例えば、油の入った壺を抱えて自分に火を着けて食料庫に特攻したり、全身に毒や糞便を塗りたくって井戸の中に飛び込んだりすれば、それを完璧に阻止するのは少数の警備兵では難しいだろう。
さすがにそこまでするとは考えたくないけど、何らかの事情で追い詰められた人間ってのはとんでもないことだってやりかねないからな。
中隊長のところに向かいながらそんな話をしていたらオーリンドさんが引き攣った顔で俺を見てきた。
「よくそんな下劣な手段を考えられますね」
「酷くね!?」
別に俺が考えたわけじゃなくて、過去の歴史でそんなことがあったってだけだぞ?
学院の歴史授業を担当していた講師が戦争史の時に無駄に詳しくその手の話をしていたから覚えていただけだ。
それに、かつてまだレスタール領が帝国と争っていた時にもさんざん色んな嫌がらせはされてて、その話も聞いているからな。
「とりあえず私も一緒に話をすれば中隊長も耳を傾けてくれるでしょう」
オーリンドさんは辺境伯閣下の姪だからな。
俺ひとりで報告しても本気にしてくれるかわからないが、彼女も居れば対応してくれるだろう。
隊商の滞在する数日程度、重要施設の警護を増やすくらい簡単なことだ。
何しろ軍事拠点なんで兵士はいくらでもいるからな。
まぁ、そういった手が有効なのは砦が混乱した機会に敵国が攻め込んでくるような局面だけど、かなり索敵範囲を広げたりファンル王国に送り込んでいる間者の報告でも今のところはその兆候はないらしい。
となると、他に考えられるとすれば……
「……そうか。大丈夫だとは思うが一応警戒はしておこう。といってもあまり露骨に過剰な警備をしては商人たちの心証が悪くなる。井戸に6分隊、食料庫は4分隊を交代で配置させよう」
「ありがとうございます」
とりあえず中隊詰め所に来てみたら中隊長はまだ仕事中だったらしくそこにいてくれた。探し回る羽目にならずに済んでよかったよ。
俺とオーリンドさんで傭兵たちから聞いた内容を説明すると、中隊長は意外にもあっさりと受け入れてくれた。
割と上昇志向が強い人だって聞いていたからプライドが高いのかと思っていたけど、些細な手柄でも逃さないって意味だったのかもしれない。
「それにしても傭兵からの情報か。商人たちから聞き取りなどはしていたが、傭兵は兵士を警戒するから、問題が起きないように距離を取っていたのだがな。確かに商人とはまた異なる情報網があるなら利用しない手はない。酒に強くて人当たりが良いのを選抜して慰労名目で交流させてみるか」
中隊長、面倒事を報告されたのになんか嬉しそうというか、機嫌が良い。
あれか、傭兵からの情報収集で何か得られたら功績になるとか考えてるのかね?
ともかく、報告を終えて十分な返答をもらえたので中隊詰め所を出る。
「これで一応は大丈夫でしょうか」
「多分? もともと軍事拠点の重要施設に少人数でなにかしようってのはかなりの賭けだろうから、それを企んでたとしても警備が強化されたら諦めると思う。後は、念には念を入れて……ムルドとドラグジッドに手伝ってもらうか」
俺はオーリンドさんにふたりを呼んでもらうように頼んだ。
Side ???
「無理ですね。なぜかはわからないですが、食料庫らしき建物の周囲はものすごい警戒態勢です」
「軍事施設の急所だからな。警備が固いのは予想していたが近づくことすらできなければどうしようもないか」
部下の言葉に溜め息を吐きつつ諦めを口にする。
商人の我々に宛がわれたのは砦の南門に近い宿舎の一画だ。
有事には近隣からの避難民を受け入れる区画で、それだけに砦の重要区画からは距離があり、監視もしやすいような配置になっている。
帝国にとってこの砦はファンル王国と接する前線基地であり、北部を守る最重要とも言える拠点だ。
警備が厳重なのは想定していたし、計画がそう上手くいくと楽観していたわけではないが、これではリスクの少ない方法が取れなくなった。
「もとより気が進まなかった依頼だ。どうしても成功させたいとまでは思っていないが、それでも何もしないというわけにもいかないというのが困ったものだが」
私の愚痴に部下の男は同意することもできず目を伏せている。
実際、今回依頼された計画は私にとって意味などほとんどない。
私が帝国東部の街で商会を営んでいるのは本当だが、主な顧客は隣国、ファンル王国と帝国の貴族だ。
帝国とファンル王国は今なお度々衝突している敵対国同士。当然国交はほとんどなく、人も物資も行き来を厳しく制限されている。
だが、実際には両国を行き来している商人は少なくない。
何しろ気候の厳しいファンル王国は豊富な鉱物資源を保有している代わりに食料、特に穀物が不足しているため、帝国からそれらを持ち込めばかなりの利益が得られるのだ。
そしてその帰りには製錬された銅や鉄、貴金属や宝石などを仕入れて帝国で売る。
無論やっていることは密輸なので露見すれば処罰されるのだが、経路を領地にもっている貴族へ貢ぎ物をしているのでよほど露骨にやらなければ目こぼしされている。
私の場合、生家がファンル王国の下級貴族で、三男だったこともあって跡を継ぐ家督もないからわずかばかりの元手をつかって行商人になった。
その際に色々と便宜を図ってくれたのが、実家と繋がりがあった今回の依頼主でもある高位貴族だ。
その方が少し前に何やら大きな失態を犯したらしく、立場が危ういということで少しでも功績を立てたいからというものだ。
恩を盾にされては断ることもできず、さりとて成功したところで得られるものなどまったくない危険ばかりの依頼。
これまでお礼と称してずいぶん金品を送り、すでに十分すぎるほど借りは返したはずだし、向こうが失脚濃厚となれば今さら媚びを売る必要はない。
けれど、万が一のことを考えると無視するわけにもいかない。
そんなわけで気が進まないまでも、砦に損害を与えるべく用意したのは片手で掴める程度の大きさの蓋付きの壺。
その中には腐食黴が混ざった土が入っていて、それを食料庫にぶつけるのが第一目標だった。
これは付着したのを放置すればあっという間に周囲に広がり、壁の隙間からでも食料庫の中まで浸食する。そして保管されている食料まで広がればたちまち腐らせてしまうのだ。
ただ、独特な臭いがあって特定が容易なのと、水をかけると枯れてしまうから運良く食料庫に当てても気付かれたら失敗となる。
当初の予定では暗くなってから夜陰に乗じて食料庫に近づいてぶつけるつもりだったが、この様子では無理そうなので早めに処分してしまおう。
処分といっても壺に水を入れれば腐食黴は枯れてしまうので、適当な植物の種でも植えておけば誤魔化せるはず。
ただ、そうなると残る手は、軍幹部の暗殺だけだ。
そのために伝手をたどって裏社会の顔役から暗殺を請け負う組織を紹介してもらったのだが、残念なことに実績のある腕利きは雇うことができなかった。
その連中は場所がブランディス砦だと聞くと揃って断ってきたのだ。
まぁ、それはこの厳重な警備態勢では依頼を遂行した後、逃げ切るのが難しいだろうから目端の利く者が断ったのだろう。
結局、雇えたのは実力も実績も多少劣るふたりの暗殺者だった。
なので、実際のところは成果を期待していない。
あくまで今回の隊商に加わるために急遽雇った荷役人という体裁を整えているし、もし捕縛されても言い逃れできるようにはしてある。
当然そんな者を砦内に引き入れたという責任は追及されるだろうが、償金と今後の砦への出入り禁止くらいで済むでしょう。




